わたしのねがう形

Dizzy

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わたしのつなぎたい手

【第43話:静かな夕べの静かな戦い】

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夕暮れが進み、少しづつ夜の領域を増やしていく。
交渉を引き受けたカーニャが人型の獣に問いかける。
「提案とやらの前に、わたくし達は何をもってそのテーブルに着けるというのかしら?」
きっと睨むように瞳に力を込める。
「今どんな信頼があるというのです?交渉するだけの」
こういった持って回った表現は貴族社会では常識で、カーニャも素養があった。
ズシンと重い音で影の人型が座る。
胡坐を組んだようだ。
一番前で未だ剣をもつユアとの間合いは、ユアの一足一刀。
ラウマの異能で強化されたユアなら、一歩踏み入れば切れる間合いだ。
その中で構えすらせずに、腰を下ろす。
武装解除の姿勢とみてよかろう。
『今は話がしたいだけである』
獣の気配すら若干抑えられて見えた。
カーニャがうなずくのを見てユアも剣を降ろしたが、納刀することはなかった。
こうして沈みゆく夕日を背にする巨影と3人の奇妙な会談が始まったのだった。



『そこの手ごわそうな交渉相手には、まず誠意を見せよう』
カーニャをみやり巨影が言う。
夕日が背後に回り、完全にシルエットだ。
3人はさっと目線だけかわし、うなずき合う。
交わした意思は、カーニャに任せた、だ。
「では、其方のお話をどうぞ」
必要最低限の言葉だけになり、交渉を進めるカーニャ。
シルエットで良く見えないはずなのに、影が嗤ったように感じた3人。
『それはありがたい、我も命じられてきたものでな。しくじれば立つ瀬がない』
人影の縁取る黒い炎も弱まって見えた。
『我が名はスヴァイレク、今はただその名だけ告げよう』
カードは切ったとばかりに、話が進むのを待つカーニャ。
これは手ごわいと思ったかどうか、スヴァイレクは話を続ける。
『そこな娘の仲間、アイギスといったか?居場所を教えよう』
カーニャに任せたはずのユアが、未だ握りしめていた剣をピクリと動かす。
獣の口から出てほしい名前ではなかった。
ユアの瞳が戦闘態勢に入り細められる。剣先はじりじり上がり獲物を指す。
『まあまて、聞いて悪い話ではなかろう?探しているのだろう?その男を』
カーニャは焦っていた、手ごわいと。
最初から切り札級の情報で押してきた。
駆け引きもない、する気もないと言うこと。
つまり、いつでも逃げられるか、勝てると考えているぞと。
なめられたとは思えない、そこまで驕りもないし、先のプレッシャーは本物だった。
「ユア、任せて」
言葉に出しながら、視線でも抑えた。
「その根拠はなにかしら?どうして信じればよいのかしら?」
とりあえず話をさせることにしたカーニャ。
間違いなく言えるのは、その情報をこちらに伝えたいのに嘘はないということ。
今の段階では、騙す理由も利点もない。
その言葉の端々には、手ごわい交渉相手としての知性が滲んでいた。
しらずカーニャの頬を汗が伝い落ちる。
『何か当てがあるわけではあるまい。信じた所で損はなかろう?』
話しがすすむにつれ、最初あった侮りは影を潜めている。
狙ってやっているのなら本当に手ごわいな、とカーニャは内心焦る。
「一旦聞きましょう」
こうなっては言葉を減らす以外に対処も思いつかなかった。
ふっとまた獣の気配が弱まる。
力を抜いたようにも見えた。
『では一つ根拠を。われら影の軍も一枚岩ではないのだと、伝えよう』
カーニャはぞっとして、気持ちを引き締めなおす。
これは獣相手ではない、高度な貴族同士の駆け引きになると。
なんと答えるか。瞬時に数通り考えてみて答える。
「あなた達に利益がある話だと?」
ふわっと嫌な気配が増す。
『くっくっく』
どうやら笑ったようだ。
『年の割にさかしいな、娘。気に入った。理解が早くて助かる』
こうなっては、聞き終わるまで止めれない状態に持ち込まれた。
返す札が無くなったのだ。
『今ぬしらを襲っている獣どもは、ダウスレムが配下。山向こうの古城を根城にしておる』
すっと気配が遠のく。
動いたとも思えなかったし、ユアにも少し思考に沈んだ隙があった。
見逃さず動いたのだ。
きっと構えるユアにもこの敵の怖さがやっと見えた。
この間合いでは一手足りないと。
『よいなそこの娘も、よく錬られておる。いい気迫だ。古城にて探し人を見出すだろう』
言った瞬間にすっとまた下がった。
いちいちカーニャとユアを惑わせる言葉選び。
もう坂の上である。
今度はユアが反応し同じ距離を詰めようとしたのだが、わずかに間合いが広がった。
ユアの追い足を超えて下がったのだ。
ユアのこめかみからも汗が落ちる。
アミュアは終始よくわからず、キョロキョロとユアとカーニャを見ていた。
『まずは、期待している。また会おう』
そのセリフはすっかり落ちた闇に滲み消えた。



「ふしゅううー」
「ふわあ」
「よくわかりませんが?」
各々の感想とともに、やっと力を抜いたのは暫らくたってからだった。
はてなはてなになってるアミュアは置いておいて、カーニャもユアも汗だらけだった。
「獣の中には、あんなのがいるんだね。カーニャも凄かった」
「いえ、ほとんど何もできなかったわ。完敗といってもいい」
謙虚なカーニャにこつんと肘をあててユア。
「しょうがない、ご飯食べたらもう一回温泉だね!汗かいちゃった!」
「いえアミュアは汗かいてないです」
温泉と聞き食い気味にもういいと意思表示のアミュア。
ユアとカーニャがクスクスとなって、本当に気を抜けたのだった。


こうして遂にユア達は導を見出し、進んでいくこととなった。
山中の乾いた寒さに負けない暖かさを持ち寄って。
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