わたしのねがう形

Dizzy

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わたしのつなぎたい手

【第58話:明け方のすみれいろ】

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 ルイム城の謁見の間。
かつては絢爛であったことを忍ばせる大広間。
いくつもの装飾柱が列をなし、中央に大きな通路を描く。
玉座付近は3段上がり広がっている。
 その階段の下にひざまずく影達がある。
先頭には煌びやかな鎧の近衛騎士が一列。
少しだけ開けて同じ数で後方の壁近くまで揃いの鎧をまとう戦士達。
すべて滅びを迎え、朽ち果てた姿。
スケルトンの兵団であった。
100は下らないその数が、音もたてずにひざまずいている。
拝する先は壇上に二人の影達。
 玉座に収まっているのはダウスレム、これも鎧マントの姿だがそこに痛みや汚れはない。
その直前の壇上横に控え、ひざまずいているのはカルヴィリス。
いつもの黒装束である。
壁も残ったタペストリーもすべて朽ち果てている中、この二人だけが悠久を越えそこにあるかのように綺麗な姿であった。

 すっと音もなくダウスレムが立ち上がる。
カルヴィリスのすぐ横まで進みダウスレムが声を流し落とす。
「みな、久しいな。この度の来客は、かの怨敵ラドヴィスの子。ペルクールの力を引き継ぐ強敵である」
躯達もカルヴィリスも口は挟まない。
「さらにその娘はかの癒し手の力も宿しているという」
眼は見えないが、沈痛な表情が兜の下に刻まれる。
「皆の力を当てにしている」
ガンガンガンと揃えるように屍達が盾を地面に落とし音を出した。
肯定と受け取ったダウスレムが続ける。
「かなうならば、皆戻ってほしい」
最後の言葉には屍達からの返事はなく、ダウスレムもただ立ち続けていた。
しばしの後カルヴィリスが口を開く。
「では、行ってまいりますダウスレム様」
首をあげ告げるカルヴィリスに鷹揚に頷くダウスレム。
すっと立ち上がり玉座正面の出口に向かう。
すれ違った直後にすっと順番に立ち上がり屍達も続いた。

最後の兵が去った後、ぽつりとダウスレムは呟く。
「こうしてまた見送るばかりか」
吐き出すような苦渋がそこにはあった。



 夜の街道を走り抜ける影があった。
今夜は細い月の共にと、ひらりと何枚か雲が散っていた。
走り抜けるのはユア。
普通の人には全力疾走程にみえるその速度は、シルヴァ傭兵団の速歩であった。
この速度なら休憩なしで半日は走れる。
 だが、ユアの表情は苦し気だった。
それは後ろに残してきたものの引き戻そうとする想いの力か。
抱えてきた後悔の重さか。
なにかがユアの進みを妨げているのだ。
それでも進む。
進むと決めてきたから。
(ごめん、カーニャ。帰ったら正座してあやまるから)
ふと山を下った日のことも思い出して、心で詫びるユア。
(アミュアのそばにいてあげてね…)
一番の思いを胸に刻みなおし、前へと進んでいくのだった。
細い月でも雲がかかれば暗闇を濃くする。
それでもと進むのであった。



 遂にユアの前に屍が現れる。
それは後ろの町で墓地から持ち出した屍達。
鎧も武器も持たない彼らにユアを妨げる術はないかのように見える。
ユアの手が剣の柄に添えられ、目が細められる。
 
揺るがぬ戦士の目だ。
一人目を背から抜きざまにクレイモアが縦に両断。
二人目を切り上げる。今度は斜めに上半身を裁った。
三人目をさらに袈裟に切り下ろし腰辺りで二つにした。
そうして一歩ごとに切り伏せていき、ユアの後ろには瞬く間にうごめく死体が地に伏していた。
30体はいただろうか、さすがのユアも息が上がっている。
「ふぅふぅ、これで全部かな?きっと町から持ち去った遺体だなこれ」
額の汗を片手でぬぐい、剣を背負いなおした。
あいた左手を当然のように差し出し、痛みとともに弔うユア。
少しづつ動くものが減っていき、最後の一体を浄化したユアは、すでに青ざめ限界にも見える。
膝をつき左手を右手で押えうずくまる。
ふるえる背中をみるまでもなく、痛みに伏しているのだ。
「ラウマさまは…やっぱりすごいな。こんな痛み…いつまでも耐えていたなんて」
時々痛みに途切れながらつぶやいた。
 左手の浄化は一体でもかなりの痛みだ。
これが止む前に次にすすんだユア。
今ではその数十倍の痛みが左手を通し体中にあるのだ。
3体程度までなら顔色も変えないユアが、うずくまるほどの痛み。
 そして、そこに遺体がちらばっている。
戦士として育てられたから、という以上にやさしいユアは遺体を放置するのが辛い。
(ごめんね…きっと後から葬りにくるから)
そんな思いだけ心に刻み、先へと進むユア。
ダウスレムの手勢は肉体的にも精神的にもユアを削っていく。
(アイギスにいさん。待っていてね)
その思いだけを今励みに進むのであった。



 そうして進んだ先でユアは力尽きたように眠った。
森の中に大きなうろを見つけ、中身を掘り出し潜りこんだ。
なにかしら森の獣が住んでいたのか、意外に中は広くはみ出さずにすむ。
出口はマントで隠し眠りについたのだった。
ユアはサバイバビリティが高いのだった。

 ほんの僅かな睡眠だった。
それは鍛えられた戦士が戦場の片隅でかろうじて受けとる癒し。
そういった眠りだった。
 目を覚まし進み始めたユアは明るくなりつつある東の空に思いをはせた。
(アミュアちゃんと起きたかな?お腹空いてないかな?)
そこに浮かんだのはすみれいろの瞳。
アミュアはいつも真っすぐにユアを見るのだ。
怒っていることもあったし、楽しそうなときも、寂しそうなときも。
いつも自分を見ていると判る見方をする。
ユアを見ているよ、と。
最近のアミュアは、実に様々な表情を見せる。
(最初はあんなに無表情だったのにな)
ズキと胸が痛む。
足は止めずに進めたが、少し速度が落ちた。
 死骸をみたアミュアの目。
痛ましそうな驚いたような、そんな色だった。
(だからもう連れて行けない)
ユアの思考は矛盾なく整理されていた。
ただ一人で進むのだと。
その整理がアミュアの望むものかは抜け落ちていた。

東の空はいよいよ明るくなり、雲一つない空を染めていく。
無限のグラデーションをもってすみれいろに。

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