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わたしのつなぎたい手
【第59話:カルヴィリスの狂気】
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ルイム城の城壁の上に明け方の光が届く。
もうあちこちに穴が開き、城塞としては機能しないだろうその上にダウスレムがいた。
明るくなる東の空に何を思うのか、表情は影になり見えない。
斜め後ろに付き従い、今は膝を付くカルヴィリス。
屍達を配置に付け戻っていた。
唐突にダウスレムが兜を取って振り向く。
カルヴィリスにとっては一体何年ぶりの主人との顔合わせ。
それだけで上気するほど感動していた。
「カルヴィリスよ、ひとつ頼まれてはくれないか?」
静かな若々しく引き締まった表情の中に、微かな悲哀をみいだし身を正すカルヴィリス。
「はっ、なんなりと」
ダウスレムは続ける。
「アイギスを逃がしてほしい。そしてラドヴィスの娘をここに連れてきてほしい」
「はっ……はい?」
揺るがない瞳の中にはなんの答えも見いだせなかった。
とまどうカルヴィリスは思考を速めどんな策なのか検証し始めた。
「カルヴィリス、お前は昔から頭がよすぎるな」
振り返り前を向く寸前、たしかにその微笑みを見た気がした。
カルヴィリスは敬意すら忘れて思考を停止した。
「セルミアを放置はできない、そのためにアイギスには情報を持たせた」
はっと思い至り、頭を下げるカルヴィリス。
「了解いたしました。」
「あれは危険すぎる。その上、亡き陛下への敬意を感じられぬ」
再度カルヴィリスを振り向いた表情には静かな怒りが滲む。
その威に自然と首がさがるカルヴィリス。
それ以上を語らないダウスレムに、ついにカルヴィリスは訊ねた。
「おそれながら…で、ではかの娘を所望とは?なぜでしょう?」
少しだけ素顔の力が、カルヴィリスに訊ねる勇気をくれた。
ダウスレムは答えずじっとカルヴィリスを見ていた。
その澄んだ緑色に見つめられると、もう滅んでもよいなとカルヴィリスには思えた。
「これ以上戦いで部下を失いたくないのだよ。我が直接あの裁きの力を受ける」
カルヴィリスの目が見開かれる。
思考が止まり、呼吸さえ忘れて固まっている。
「カルヴィリス…それが済んだらお前も立ち去り自由にせよ。暇(いとま)を与える」
それだけを告げると、ゆっくりと靴音を響かせダウスレムは去った。
残されたカルヴィリスを、登ってきた朝日が打つ。
ぎらぎらとしたそれはカルヴィリスを溶かすことはなかった。
遂に城壁が見えてくる。
ユアは足を止め周囲警戒し身を潜めた。
(単独だから、最初から潜入で行こう。あのでかい影獣が言ってたのが嘘じゃないならここにアイギスにいさんがいるはず)
止まってからわずかな時間で鼓動は静かになり、思考も澄み渡る。
体に熱はとどめたまますっと心は澄み渡る。
戦士の心得である。
実際にユアを救う教えは技術よりも、こういった心構えなのかもしれない。
揺るがない心こそ、澄んだ技となるのだ。
(よし気配はないから進もう)
ユアがそう思った直後、背後にかすかな気配を感じた。
瞬時にしゃがみこんだユアの髪を数本薙ぎ払いながら剣が走った。
しゃがんだバネのまま前に飛ぶユア。
くるりと受け身を取った時は後ろを振り向いている。
木の影から滲むように人影が現れる。
黒装束のカルヴィリスだ。
右手に一本の曲刀を持っている。
シャムシールであろう、柄や鍔に東方異国の装飾が見えた。
その青白い刀身をすっと向けするりと間合いを詰めてくるカルヴィリス。
ユアも腰から短剣を抜いた。
リーチより速度がいると瞬時に判断したのだ。
(城から離れたほうがいい、増援もありえる)
じわりと右周りに間合いを保ちながら動いたユアを恐ろしい視線が仮面の奥から差し込まれる。
「なぜ…」
カルヴィリスの唇がわずかに動き、声が漏れた。
ユアが仕掛ける、一瞬僅かだけ前に進む動きから、足首のバネだけで右に再度飛んだ。
カルヴィリスは瞬きより短く見抜き、ユアに詰め寄る。
シュンっと鋭い音をたて、シャムシールが降りぬかれる。
片手用とは思えないほどの伸びがあり、ユアはよけきれず短剣で受け流す。
きいぃんと澄んだ音が鳴り、結果二人は位置を入れ替えた。
(逃がしてはくれないかな)
ユアはわずかに焦りを感じた。
それくらいカルヴィリスの切込みは鋭かった。
(まるでアイギスにいさんみたいな刃筋だった)
今一度、間合いが開いたカルヴィリスがユアに訊ねる。
「なぜお前たちはダウスレム様を滅ぼそうとする」
暗闇に沈んだカルヴィリスの目が赤光を帯びる。
濃密な殺意だ。
撤退しようとしているユアの覇気では対応できず、じわりと下がる。
下がったタイミングでカルヴィリスが飛んでくる。
切り上げだ、ユアは短剣の鍔で受けるが軽いユアは吹き飛ばされる。
「くぅっ」
右手がしびれたユアはなんとか威力を殺しながら着地した。
また一歩城からははなれた。
しびれた右手を後ろに隠しながら左半身になるユア。
左手は無手だが手刀にして差し出している。
そしてここまで来てやっと異能を開放できたユア。
カルヴィリスの攻めと殺気で隙が無かったのだ。
全身にまわるラウマの力がユアに味方する。
未だしびれる右手の短剣にも金色が纏われていた。
ペルクールの力を出した瞬間カルヴィリスの体が闇に溶け消える。
(闇魔法?アイギスにいさんとおなじだ!)
一気に身体強化の力を開放し、斜め後ろに飛ぶユア。
かなりの距離をかせいだはずなのに、目の前にカルヴィリスがいる。
同じ方向に同じ力で飛んだのだ。
いや近づいてくる刃はユア以上の速度で飛んだ証。
低空を飛びながらユアの短剣とカルヴィリスのシャムシールが打ち合わされる。
キィィン
澄んだ音をたて切り結ばれた刃を支点にユアを押し込むカルヴィリス。
遂に地面に伏し、首元にシャムシールが迫る。
差し入れた短剣が震え、カルヴィリスの力が伺える。
あと一歩で押し返せる力が貯めれる、そう思いお腹に力を入れるユア。
ズブリとその腹に差し込まれる何か。
ずっと見せずにいたカルヴィリスの左手だ。
その指先に付いた金属の爪がユアのお腹に刺されたのだ。
「ぐぅ!」
力が抜け一気に首を落とされると思った瞬間にカルヴィリスが飛び去る。
ユアはお腹にひろがる熱と冷気にくの字になり声を漏らす。
「ぐぐぐぐ」
耐えようとしたが口の端から血があふれる、横を向いたのは自分の血で窒息しないようにだ。
「思ったより早く目覚めたわね」
カルヴィリスがユアの横に声を掛ける。
ユアの横にある木の影からすうっとアイギスが現れる。
「なんのつもりだカルヴィリス」
ちらとユアをみて、致命傷ではないと判断しカルヴィリスに視線を向ける。
「なぜ俺を逃がした」
じっとアイギスをみるカルヴィリスの瞳には、ユアに向けたような狂気はもうない。
もの言いたげな視線だけを投げ、すっと影に消える。
「…ベルドールの毒よ」
ささやくような声を残し気配も去った。
その言葉を聞いたアイギスは凄まじい速度でユアを拾い上げ、走り出す。
「夜霧!」
短く呼びかけるとすぐにしなやかな黒い影がアイギスによってくる。
ユアを片手で抱えながら飛び乗ったアイギスはアビスパンサーの夜霧とともに夜に消えていった。
その顔に焦りを隠せずに。
もうあちこちに穴が開き、城塞としては機能しないだろうその上にダウスレムがいた。
明るくなる東の空に何を思うのか、表情は影になり見えない。
斜め後ろに付き従い、今は膝を付くカルヴィリス。
屍達を配置に付け戻っていた。
唐突にダウスレムが兜を取って振り向く。
カルヴィリスにとっては一体何年ぶりの主人との顔合わせ。
それだけで上気するほど感動していた。
「カルヴィリスよ、ひとつ頼まれてはくれないか?」
静かな若々しく引き締まった表情の中に、微かな悲哀をみいだし身を正すカルヴィリス。
「はっ、なんなりと」
ダウスレムは続ける。
「アイギスを逃がしてほしい。そしてラドヴィスの娘をここに連れてきてほしい」
「はっ……はい?」
揺るがない瞳の中にはなんの答えも見いだせなかった。
とまどうカルヴィリスは思考を速めどんな策なのか検証し始めた。
「カルヴィリス、お前は昔から頭がよすぎるな」
振り返り前を向く寸前、たしかにその微笑みを見た気がした。
カルヴィリスは敬意すら忘れて思考を停止した。
「セルミアを放置はできない、そのためにアイギスには情報を持たせた」
はっと思い至り、頭を下げるカルヴィリス。
「了解いたしました。」
「あれは危険すぎる。その上、亡き陛下への敬意を感じられぬ」
再度カルヴィリスを振り向いた表情には静かな怒りが滲む。
その威に自然と首がさがるカルヴィリス。
それ以上を語らないダウスレムに、ついにカルヴィリスは訊ねた。
「おそれながら…で、ではかの娘を所望とは?なぜでしょう?」
少しだけ素顔の力が、カルヴィリスに訊ねる勇気をくれた。
ダウスレムは答えずじっとカルヴィリスを見ていた。
その澄んだ緑色に見つめられると、もう滅んでもよいなとカルヴィリスには思えた。
「これ以上戦いで部下を失いたくないのだよ。我が直接あの裁きの力を受ける」
カルヴィリスの目が見開かれる。
思考が止まり、呼吸さえ忘れて固まっている。
「カルヴィリス…それが済んだらお前も立ち去り自由にせよ。暇(いとま)を与える」
それだけを告げると、ゆっくりと靴音を響かせダウスレムは去った。
残されたカルヴィリスを、登ってきた朝日が打つ。
ぎらぎらとしたそれはカルヴィリスを溶かすことはなかった。
遂に城壁が見えてくる。
ユアは足を止め周囲警戒し身を潜めた。
(単独だから、最初から潜入で行こう。あのでかい影獣が言ってたのが嘘じゃないならここにアイギスにいさんがいるはず)
止まってからわずかな時間で鼓動は静かになり、思考も澄み渡る。
体に熱はとどめたまますっと心は澄み渡る。
戦士の心得である。
実際にユアを救う教えは技術よりも、こういった心構えなのかもしれない。
揺るがない心こそ、澄んだ技となるのだ。
(よし気配はないから進もう)
ユアがそう思った直後、背後にかすかな気配を感じた。
瞬時にしゃがみこんだユアの髪を数本薙ぎ払いながら剣が走った。
しゃがんだバネのまま前に飛ぶユア。
くるりと受け身を取った時は後ろを振り向いている。
木の影から滲むように人影が現れる。
黒装束のカルヴィリスだ。
右手に一本の曲刀を持っている。
シャムシールであろう、柄や鍔に東方異国の装飾が見えた。
その青白い刀身をすっと向けするりと間合いを詰めてくるカルヴィリス。
ユアも腰から短剣を抜いた。
リーチより速度がいると瞬時に判断したのだ。
(城から離れたほうがいい、増援もありえる)
じわりと右周りに間合いを保ちながら動いたユアを恐ろしい視線が仮面の奥から差し込まれる。
「なぜ…」
カルヴィリスの唇がわずかに動き、声が漏れた。
ユアが仕掛ける、一瞬僅かだけ前に進む動きから、足首のバネだけで右に再度飛んだ。
カルヴィリスは瞬きより短く見抜き、ユアに詰め寄る。
シュンっと鋭い音をたて、シャムシールが降りぬかれる。
片手用とは思えないほどの伸びがあり、ユアはよけきれず短剣で受け流す。
きいぃんと澄んだ音が鳴り、結果二人は位置を入れ替えた。
(逃がしてはくれないかな)
ユアはわずかに焦りを感じた。
それくらいカルヴィリスの切込みは鋭かった。
(まるでアイギスにいさんみたいな刃筋だった)
今一度、間合いが開いたカルヴィリスがユアに訊ねる。
「なぜお前たちはダウスレム様を滅ぼそうとする」
暗闇に沈んだカルヴィリスの目が赤光を帯びる。
濃密な殺意だ。
撤退しようとしているユアの覇気では対応できず、じわりと下がる。
下がったタイミングでカルヴィリスが飛んでくる。
切り上げだ、ユアは短剣の鍔で受けるが軽いユアは吹き飛ばされる。
「くぅっ」
右手がしびれたユアはなんとか威力を殺しながら着地した。
また一歩城からははなれた。
しびれた右手を後ろに隠しながら左半身になるユア。
左手は無手だが手刀にして差し出している。
そしてここまで来てやっと異能を開放できたユア。
カルヴィリスの攻めと殺気で隙が無かったのだ。
全身にまわるラウマの力がユアに味方する。
未だしびれる右手の短剣にも金色が纏われていた。
ペルクールの力を出した瞬間カルヴィリスの体が闇に溶け消える。
(闇魔法?アイギスにいさんとおなじだ!)
一気に身体強化の力を開放し、斜め後ろに飛ぶユア。
かなりの距離をかせいだはずなのに、目の前にカルヴィリスがいる。
同じ方向に同じ力で飛んだのだ。
いや近づいてくる刃はユア以上の速度で飛んだ証。
低空を飛びながらユアの短剣とカルヴィリスのシャムシールが打ち合わされる。
キィィン
澄んだ音をたて切り結ばれた刃を支点にユアを押し込むカルヴィリス。
遂に地面に伏し、首元にシャムシールが迫る。
差し入れた短剣が震え、カルヴィリスの力が伺える。
あと一歩で押し返せる力が貯めれる、そう思いお腹に力を入れるユア。
ズブリとその腹に差し込まれる何か。
ずっと見せずにいたカルヴィリスの左手だ。
その指先に付いた金属の爪がユアのお腹に刺されたのだ。
「ぐぅ!」
力が抜け一気に首を落とされると思った瞬間にカルヴィリスが飛び去る。
ユアはお腹にひろがる熱と冷気にくの字になり声を漏らす。
「ぐぐぐぐ」
耐えようとしたが口の端から血があふれる、横を向いたのは自分の血で窒息しないようにだ。
「思ったより早く目覚めたわね」
カルヴィリスがユアの横に声を掛ける。
ユアの横にある木の影からすうっとアイギスが現れる。
「なんのつもりだカルヴィリス」
ちらとユアをみて、致命傷ではないと判断しカルヴィリスに視線を向ける。
「なぜ俺を逃がした」
じっとアイギスをみるカルヴィリスの瞳には、ユアに向けたような狂気はもうない。
もの言いたげな視線だけを投げ、すっと影に消える。
「…ベルドールの毒よ」
ささやくような声を残し気配も去った。
その言葉を聞いたアイギスは凄まじい速度でユアを拾い上げ、走り出す。
「夜霧!」
短く呼びかけるとすぐにしなやかな黒い影がアイギスによってくる。
ユアを片手で抱えながら飛び乗ったアイギスはアビスパンサーの夜霧とともに夜に消えていった。
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