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わたしがわたしになるまで
【第8話:ふたたびの町にて後編】
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魔道エレベーターが最上階につく。
チンと涼やかなベルが鳴り、扉が左右にひらいた。
最上階はラウンジだけになっており、エレベーターの出口がそのまま店の入り口に直結だ。
扉の右に案内の店員がでていて、アミュアとユアをみて微笑む。
訓練されているな、とユアは物腰を評価した。
手練れだ、案内の。
今は並んで進んでいるユアとアミュアは、ほんの軽い化粧だけだがドレスコード的にはOKなようだ。
アミュアが最終的に着せられたのは、ちょっと大人びた薄紫のイブニングドレスだ。
背中とか肩とか素肌が見えるが、スカートは広がりがあり可愛らしさを保っている。
長い手袋や左胸にあしらわれた菖蒲の造花も真珠のネックレスも、フォーマルな雰囲気にピタリとはまっていた。
美人がいると得だな、と自分も評価されているとは思わずニコニコのユアだった。
普段まったく手入れをしないユアの肌は健康的だが、ドレスにはあわないのだった。
ちょっとの化粧でまるでお嬢様のように変身するのは、身のこなしが洗練されているのと、充分かわいらしい容姿によるものだ。
評価していないのはユア本人だけだ。
アミュアやカーニャと並んでも決して見劣りはしないのだった。
「お連れ様がお持ちです」
とだけ案内の店員が告げ、後ろをついてこいと言わんばかりに先導する。
前回Aクラスハンターのカーニャの名前で取った宿なので、今回も同じ扱いを受けていた。
席はラウンジで一番の見晴らしのいい奥の窓際だ。
生演奏のピアノは席の向かいの壁際、適度な距離だ。
ユアに気付いた青年医師は、すっと立ちレディを迎えた。
今日は白衣ではなく、紺のタキシードに、同色の濃い紺色に青い差し色が入ったタイで決めてきている。
高級取りなのか、なかなかの仕立てだ。
「やあ、お誘いありがとうユアくん」
「こんばんわ先生、お待たせしました」
ドレスとお化粧がデバフになり、いつもの「こんばんわ!せんせー!」よりおしとやかなユアであった。
「ええと‥ご紹介いただけますか?」
とは、連れの説明に進まないユアへのサポートだ。
「ああ!とりあえずすわろう♪せんせー。ちょっと説明に時間かかるんで」
デバフは切れたようだった。
「アミュアちゃんだったのか、おどろいた‥そんなことがあるんだね」
とは、さっぱり驚いていなそうな青年医師であった。
「びっくりさせて、ごめんなさい。あの時はおせわになりました」
こちらはまだデバフがきいてるアミュア。
おしとやかである。
いやあ成長期ですかね?育ったんですよ。
との適当な説明に、何か事情があるんだなと察した有能先生であった。
優秀な医師は、患者さんのプライバシーを大切にするのだった。
ゆったりとスローなピアノが流れるなか、互いに少しだけ近況を話し食事は進んだ。
メインの鹿肉ステーキが済んだところで、アミュアから目で合図。
おっ、と気づいたユアが本題に入るのだった。
「せんせ、アイギスにいさんの麻痺って、魔術なのかな?薬?」
どうせ聞き出したら核心しか聞かないだろうと、アミュアが合図するまで聞かない事、と事前に言われていたのだ。
想像通り核心から入った。
少し苦笑した医師はこのやり取りの意味が分かったのだろう。
「診察で分かったことは、魔法ではないと言うことだけだね」
すこし真面目な表情になり答えた。
「少し珍しいけど、薬品によるものが重症化したというのが私の所見です」
そうして話すとやっぱり医師なのだなと感心する二人。
「症状の緩和が見込める薬は処方したので、後は時間をかけてリハビリを根気よくするしかないと思います」
医師の結論は、決して希望がないとは受け取れなかった。
治るかもしれないのだ。
ユアは目に見えて安心が見て取れる。
素直でやさしい子だなと青年医師は微笑む。
途中でお化粧直してきます、とユアが席を外す。
打合せにない動きだ、とアミュアは気になったが、丁度よいので聞きたかったことを聞く。
「先生、入院していた頃から、聞いてみたかったことがあるのです」
ちいさいアミュアを診察した当時を思い出し、白い肌が頭をよぎった医師はちょっとだけ鼓動が早くなった。
今のアミュアは女性として完成したものではないが、充分な魅力があった。
一方診察時のかわいらしさも、面影としては残っている。
アミュアは小さい頃、裸を見られることに抵抗がないのか、前を見せてと言えばずばっと首までシャツを上げる子だったのだ。
「入院していた時の先生は、人におはなしして伝えるのがとても上手だと感じました」
おや、と思わぬ流れにまた戸惑う医師。
「わたしもユアや友達に伝えたいことが沢山あるのですが、うまくできません」
にこっと笑う医師が答えた。
「うまく出来ていないなら、傍にはいないと思いますよ」
やさしい答えだ。
(このやさしさは私に向けたもの)
アミュアは入院当時よりも気持ちの理解力があった。
「先生はやさしいからそういいます。でもわたしの気持ちは半分も伝わらないと感じます」
すこし下がる眉に真剣な思いを読み取り、思考を深める青年医師。
どうやって伝えようかと考えるのだ。
すっと真剣にアミュアを見つめてから青年は言った。
「気持ちを伝えるなら、言葉を選ぶのではなく心を見せる努力をしたらいいですよ」
誠意が心を伝えるのだと、言葉ではなく姿勢と視線で表したのだ。
「言葉が無くても、伝わることはたくさんあります」
少しだけヒントもくれる思いやりもあった。
自分の質問に真っすぐ話してくれる医師の気持ちが判り、アミュアはじわりと嬉しくなった。
左手を胸に当て目を伏せるアミュアが、ゆっくり顔をあげると微笑みが花開いた。
「今とても嬉しい気持ちになりました。これは先生がくれたもの?」
静かに笑顔にもどした医師がゆっくりと伝える。
「もちろん私も伝えたかったのですが、アミュアちゃんが受け取る努力をしたのではないですかね?」
それ以上は伝えず、少し考えてみた方がいいのかな、と医師は言葉を切った。
全てを伝えては学ぶ機会を奪うことになるのだ。
そして成長したアミュアの素直なほほえみは破壊力があるな、とも感じていた。
ちらりと思い出したおへそとともに。
ユアが戻るまでの間それ以上の会話はなかったのだが、とてもいい空気だけがふわりと有った。
すこしマイナーに寄った寂しいピアノに負けないような空気が。
チンと涼やかなベルが鳴り、扉が左右にひらいた。
最上階はラウンジだけになっており、エレベーターの出口がそのまま店の入り口に直結だ。
扉の右に案内の店員がでていて、アミュアとユアをみて微笑む。
訓練されているな、とユアは物腰を評価した。
手練れだ、案内の。
今は並んで進んでいるユアとアミュアは、ほんの軽い化粧だけだがドレスコード的にはOKなようだ。
アミュアが最終的に着せられたのは、ちょっと大人びた薄紫のイブニングドレスだ。
背中とか肩とか素肌が見えるが、スカートは広がりがあり可愛らしさを保っている。
長い手袋や左胸にあしらわれた菖蒲の造花も真珠のネックレスも、フォーマルな雰囲気にピタリとはまっていた。
美人がいると得だな、と自分も評価されているとは思わずニコニコのユアだった。
普段まったく手入れをしないユアの肌は健康的だが、ドレスにはあわないのだった。
ちょっとの化粧でまるでお嬢様のように変身するのは、身のこなしが洗練されているのと、充分かわいらしい容姿によるものだ。
評価していないのはユア本人だけだ。
アミュアやカーニャと並んでも決して見劣りはしないのだった。
「お連れ様がお持ちです」
とだけ案内の店員が告げ、後ろをついてこいと言わんばかりに先導する。
前回Aクラスハンターのカーニャの名前で取った宿なので、今回も同じ扱いを受けていた。
席はラウンジで一番の見晴らしのいい奥の窓際だ。
生演奏のピアノは席の向かいの壁際、適度な距離だ。
ユアに気付いた青年医師は、すっと立ちレディを迎えた。
今日は白衣ではなく、紺のタキシードに、同色の濃い紺色に青い差し色が入ったタイで決めてきている。
高級取りなのか、なかなかの仕立てだ。
「やあ、お誘いありがとうユアくん」
「こんばんわ先生、お待たせしました」
ドレスとお化粧がデバフになり、いつもの「こんばんわ!せんせー!」よりおしとやかなユアであった。
「ええと‥ご紹介いただけますか?」
とは、連れの説明に進まないユアへのサポートだ。
「ああ!とりあえずすわろう♪せんせー。ちょっと説明に時間かかるんで」
デバフは切れたようだった。
「アミュアちゃんだったのか、おどろいた‥そんなことがあるんだね」
とは、さっぱり驚いていなそうな青年医師であった。
「びっくりさせて、ごめんなさい。あの時はおせわになりました」
こちらはまだデバフがきいてるアミュア。
おしとやかである。
いやあ成長期ですかね?育ったんですよ。
との適当な説明に、何か事情があるんだなと察した有能先生であった。
優秀な医師は、患者さんのプライバシーを大切にするのだった。
ゆったりとスローなピアノが流れるなか、互いに少しだけ近況を話し食事は進んだ。
メインの鹿肉ステーキが済んだところで、アミュアから目で合図。
おっ、と気づいたユアが本題に入るのだった。
「せんせ、アイギスにいさんの麻痺って、魔術なのかな?薬?」
どうせ聞き出したら核心しか聞かないだろうと、アミュアが合図するまで聞かない事、と事前に言われていたのだ。
想像通り核心から入った。
少し苦笑した医師はこのやり取りの意味が分かったのだろう。
「診察で分かったことは、魔法ではないと言うことだけだね」
すこし真面目な表情になり答えた。
「少し珍しいけど、薬品によるものが重症化したというのが私の所見です」
そうして話すとやっぱり医師なのだなと感心する二人。
「症状の緩和が見込める薬は処方したので、後は時間をかけてリハビリを根気よくするしかないと思います」
医師の結論は、決して希望がないとは受け取れなかった。
治るかもしれないのだ。
ユアは目に見えて安心が見て取れる。
素直でやさしい子だなと青年医師は微笑む。
途中でお化粧直してきます、とユアが席を外す。
打合せにない動きだ、とアミュアは気になったが、丁度よいので聞きたかったことを聞く。
「先生、入院していた頃から、聞いてみたかったことがあるのです」
ちいさいアミュアを診察した当時を思い出し、白い肌が頭をよぎった医師はちょっとだけ鼓動が早くなった。
今のアミュアは女性として完成したものではないが、充分な魅力があった。
一方診察時のかわいらしさも、面影としては残っている。
アミュアは小さい頃、裸を見られることに抵抗がないのか、前を見せてと言えばずばっと首までシャツを上げる子だったのだ。
「入院していた時の先生は、人におはなしして伝えるのがとても上手だと感じました」
おや、と思わぬ流れにまた戸惑う医師。
「わたしもユアや友達に伝えたいことが沢山あるのですが、うまくできません」
にこっと笑う医師が答えた。
「うまく出来ていないなら、傍にはいないと思いますよ」
やさしい答えだ。
(このやさしさは私に向けたもの)
アミュアは入院当時よりも気持ちの理解力があった。
「先生はやさしいからそういいます。でもわたしの気持ちは半分も伝わらないと感じます」
すこし下がる眉に真剣な思いを読み取り、思考を深める青年医師。
どうやって伝えようかと考えるのだ。
すっと真剣にアミュアを見つめてから青年は言った。
「気持ちを伝えるなら、言葉を選ぶのではなく心を見せる努力をしたらいいですよ」
誠意が心を伝えるのだと、言葉ではなく姿勢と視線で表したのだ。
「言葉が無くても、伝わることはたくさんあります」
少しだけヒントもくれる思いやりもあった。
自分の質問に真っすぐ話してくれる医師の気持ちが判り、アミュアはじわりと嬉しくなった。
左手を胸に当て目を伏せるアミュアが、ゆっくり顔をあげると微笑みが花開いた。
「今とても嬉しい気持ちになりました。これは先生がくれたもの?」
静かに笑顔にもどした医師がゆっくりと伝える。
「もちろん私も伝えたかったのですが、アミュアちゃんが受け取る努力をしたのではないですかね?」
それ以上は伝えず、少し考えてみた方がいいのかな、と医師は言葉を切った。
全てを伝えては学ぶ機会を奪うことになるのだ。
そして成長したアミュアの素直なほほえみは破壊力があるな、とも感じていた。
ちらりと思い出したおへそとともに。
ユアが戻るまでの間それ以上の会話はなかったのだが、とてもいい空気だけがふわりと有った。
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