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わたしがわたしになるまで
【第56話:三つの対比構造】
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「ノアお姉さんどこかにいっちゃうの?もうかえってこないの?」
ぎゅっと抱きついてくるその小さくて熱い生き物の扱いに、かなり困ったノアであった。
「うん?また近くに来たらね?」
腰にしがみつく、その腕が細くて熱い。
子どもは弱々しくほんの少し力を入れるだけで、振り払うことが出来るのだが、昨日それをして泣かれたのだった。
昨日助け出した女児であった。
父母は無惨な姿になっていたのだが、未だ伝えることはできていない。
現場に対応に来た大人たちがそう決めたからだ。
ノアには理由が良くわからなかったが、集まっていた全員の一致した意見となった。
ノアの返答を聞き、さらに力を込めてしがみつくのでいっそう熱をおびるのだった。
ぽんぽんと頭に手をおいてあげても、態度は変わらなかった。
この頭以外がふにふにで柔らかい生き物に逆らえない自分に驚いてもいたのだった。
「ノアそろそろ行くわよ?あらら随分なつかれたわね」
くすりと笑ってカルヴィリスがノアをみる。
牡蠣のようにへばりついた女の子が、小さなノアよりもずっと小さく対比が面白かったのだ。
女の子に捕まったノアを放置して、大人たちと話し合っていたカルヴィリスがノアの頭をぽんぽんとした。
「あまり遅くなると大変だけど、もう少しなら遊んでていいわよ?」
「遊んでないよノアは。遊ばれてる?だけだとおもう」
あはっと珍しくカルヴィリスが声を出して笑う。
「くっくっ、いいわよ遊ばれてても。買い物してきちゃうから待ってて」
ひらひらっと手を振りながらカルヴィリスが離れていった。
残されたノアが腰にくっついている子をみると、じっと見上げていた女の子はふいっと横をむいて、さらに力をこめてしがみつくのであった。
詳しく説明がなくとも、今の状況からなにか恐ろしいことがあり、父母とは当分会えないのだと幼い心で理解しているのだ。
ノアにしがみつくのは、それが残された最後の命綱だと思い込んでいるからだった。
「どうしたらいいの?」
困り果てて逆に女の子に尋ねるノアであった。
そうして後ろ髪を引かれながらノア達は村を去ったのだった。
カルヴィリスは十分な情報を得たようで、迷いなく進んでいる。
ノアは残してきた女児の鳴き声が頭から離れないでいた。
「次の町は歩いたら二日くらいと聞いたわ。私達なら急げば今日中に着くわね」
カルヴィリスはこの村までに移動速度を把握したくて、ノアに負荷をかけてみたが、手応えは十分で遅れることはあまりないだろうと把握していた。
「わかった‥‥」
ノアの表情は晴れない。
泣きながらもいつまでも見送った女の子が頭から離れないのであろう。
(いままでたくさん愛されて来たけど、それを求められたことがないのねきっと)
ノアに見えないようにニコリとして、カルヴィリスはノアが可愛らしいなと思うのであった。
「少し気になる話もあったわ。影獣の襲撃は2度目らしくて、色々情報を集めていたらしいわ」
すっと表情を消してカルヴィリスがノアを見る。
ノアも気配の変化を察してカルヴィリスを見上げた。
カルヴィリスは女性にしては身長が高い方で、どちらかと言うと小さめなノアとは少し視点に差があった。
それは最初の頃のユアとアミュアの視点差に似ているのであった。
「あの獣はおそらくセルミアの手下ね。公都エルガドール方面が発生源ではと村ではいっていたわ」
すうっと険しい顔になるカルヴィリス。
「公都エルガドールは昔からのセルミアの拠点だわ」
お昼に一度休憩を挟んだ。
しばらく平坦だが木々の濃い林道を進んできたが、時々ある休憩所のような広場で休むこととした。
カルヴィリスは生活魔法全般が使えるので、食事の準備には困らなかった。
そもそも一人なら携帯食料のバーで済ますカルヴィリスだった。
あまり手慣れてはいないが滞りなく作ったスープをカップで提供する。
一口のんだノアは顔をしかめた。
「味がしないよ」
贅沢に慣れてしまっているノアには、素朴なスープは口に合わなかったようだ。
「あら、失礼ね。ちゃんとおいしいわよ?いつも何を食べてたやら」
カルヴィリスにとっては十分な味と感じられたのは、普段食事にこだわらず過ごしているからなのだが、これも主観の違いを浮き上がらせるだけであった。
なぜか泣きそうな顔になっているノアに気づいて、尋ねるカルヴィリス。
「そんなに美味しくなかったかしら。ごめんねノア」
ふるふると首をふるノア。
「ちがうの‥‥これがきっと当たり前のものなんだ。いつもメイド達に美味しいものを食べさせてもらっていたのだと気付いたの」
すっとノアの瞳に涙が浮かぶ。
今の自分の姿が、すがりついてきた女児と変わらないことに気づかずに。
「きっともう会えない。ノーラにも皆にも」
顔が真っ赤になり、涙をこらえるノア。
「わたしはなにもできなくて、きっと皆に迷惑をかけていた。ごめんなさいと言いたかった」
カップを置き、両手で乱暴に涙を拭くノアが、とても痛ましく見えてカルヴィリスは胸が苦しくなるのだった。
「何が出来るか解らないけど、貴方がいいと言うまではそばにいるわ。」
何かに突き動かされるように言葉にしたカルヴィリスであった。
体は動かず、やっとそれだけを口にしたのだった。
ぎゅっと抱きついてくるその小さくて熱い生き物の扱いに、かなり困ったノアであった。
「うん?また近くに来たらね?」
腰にしがみつく、その腕が細くて熱い。
子どもは弱々しくほんの少し力を入れるだけで、振り払うことが出来るのだが、昨日それをして泣かれたのだった。
昨日助け出した女児であった。
父母は無惨な姿になっていたのだが、未だ伝えることはできていない。
現場に対応に来た大人たちがそう決めたからだ。
ノアには理由が良くわからなかったが、集まっていた全員の一致した意見となった。
ノアの返答を聞き、さらに力を込めてしがみつくのでいっそう熱をおびるのだった。
ぽんぽんと頭に手をおいてあげても、態度は変わらなかった。
この頭以外がふにふにで柔らかい生き物に逆らえない自分に驚いてもいたのだった。
「ノアそろそろ行くわよ?あらら随分なつかれたわね」
くすりと笑ってカルヴィリスがノアをみる。
牡蠣のようにへばりついた女の子が、小さなノアよりもずっと小さく対比が面白かったのだ。
女の子に捕まったノアを放置して、大人たちと話し合っていたカルヴィリスがノアの頭をぽんぽんとした。
「あまり遅くなると大変だけど、もう少しなら遊んでていいわよ?」
「遊んでないよノアは。遊ばれてる?だけだとおもう」
あはっと珍しくカルヴィリスが声を出して笑う。
「くっくっ、いいわよ遊ばれてても。買い物してきちゃうから待ってて」
ひらひらっと手を振りながらカルヴィリスが離れていった。
残されたノアが腰にくっついている子をみると、じっと見上げていた女の子はふいっと横をむいて、さらに力をこめてしがみつくのであった。
詳しく説明がなくとも、今の状況からなにか恐ろしいことがあり、父母とは当分会えないのだと幼い心で理解しているのだ。
ノアにしがみつくのは、それが残された最後の命綱だと思い込んでいるからだった。
「どうしたらいいの?」
困り果てて逆に女の子に尋ねるノアであった。
そうして後ろ髪を引かれながらノア達は村を去ったのだった。
カルヴィリスは十分な情報を得たようで、迷いなく進んでいる。
ノアは残してきた女児の鳴き声が頭から離れないでいた。
「次の町は歩いたら二日くらいと聞いたわ。私達なら急げば今日中に着くわね」
カルヴィリスはこの村までに移動速度を把握したくて、ノアに負荷をかけてみたが、手応えは十分で遅れることはあまりないだろうと把握していた。
「わかった‥‥」
ノアの表情は晴れない。
泣きながらもいつまでも見送った女の子が頭から離れないのであろう。
(いままでたくさん愛されて来たけど、それを求められたことがないのねきっと)
ノアに見えないようにニコリとして、カルヴィリスはノアが可愛らしいなと思うのであった。
「少し気になる話もあったわ。影獣の襲撃は2度目らしくて、色々情報を集めていたらしいわ」
すっと表情を消してカルヴィリスがノアを見る。
ノアも気配の変化を察してカルヴィリスを見上げた。
カルヴィリスは女性にしては身長が高い方で、どちらかと言うと小さめなノアとは少し視点に差があった。
それは最初の頃のユアとアミュアの視点差に似ているのであった。
「あの獣はおそらくセルミアの手下ね。公都エルガドール方面が発生源ではと村ではいっていたわ」
すうっと険しい顔になるカルヴィリス。
「公都エルガドールは昔からのセルミアの拠点だわ」
お昼に一度休憩を挟んだ。
しばらく平坦だが木々の濃い林道を進んできたが、時々ある休憩所のような広場で休むこととした。
カルヴィリスは生活魔法全般が使えるので、食事の準備には困らなかった。
そもそも一人なら携帯食料のバーで済ますカルヴィリスだった。
あまり手慣れてはいないが滞りなく作ったスープをカップで提供する。
一口のんだノアは顔をしかめた。
「味がしないよ」
贅沢に慣れてしまっているノアには、素朴なスープは口に合わなかったようだ。
「あら、失礼ね。ちゃんとおいしいわよ?いつも何を食べてたやら」
カルヴィリスにとっては十分な味と感じられたのは、普段食事にこだわらず過ごしているからなのだが、これも主観の違いを浮き上がらせるだけであった。
なぜか泣きそうな顔になっているノアに気づいて、尋ねるカルヴィリス。
「そんなに美味しくなかったかしら。ごめんねノア」
ふるふると首をふるノア。
「ちがうの‥‥これがきっと当たり前のものなんだ。いつもメイド達に美味しいものを食べさせてもらっていたのだと気付いたの」
すっとノアの瞳に涙が浮かぶ。
今の自分の姿が、すがりついてきた女児と変わらないことに気づかずに。
「きっともう会えない。ノーラにも皆にも」
顔が真っ赤になり、涙をこらえるノア。
「わたしはなにもできなくて、きっと皆に迷惑をかけていた。ごめんなさいと言いたかった」
カップを置き、両手で乱暴に涙を拭くノアが、とても痛ましく見えてカルヴィリスは胸が苦しくなるのだった。
「何が出来るか解らないけど、貴方がいいと言うまではそばにいるわ。」
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