きぃちゃんと明石さん

うりれお

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本編

遅くなるなんて聞いてません!

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「一名様カウンターご案内でーす!」

「あれっ?何でいるの?」

九月の半ば、結露がテーブルに滴るほど
キンキンに冷えたレモンサワーを片手に
ねぎまにかぶりついていると、
季衣きいの隣の椅子がギギギっと引かれる。
脱いだジャケットを背もたれにかけ、
こちらを覗き込んでくるのは最近出来た飲み友である。
いやー、今日も今日とて顔がいいね、お兄さん。

「ん!もぐもぐもぐ、ごっくん、はぁー。
  明石さん、遅いじゃないですかぁ。」

「いやー、ちょっと立て込んでてね。
  じゃなくて、あなた今日飲み会でしょ。
  なんでここにいるの。」

焼き菓子をメインに全国に展開する菓子メーカーの名古屋支部で営業事務をしている私だが、最近、担当の営業二課が大口契約を取った。
今日は事務も一緒にお祝いの飲み会の予定で、もちろん季衣も参加しなければならないはずなのだが。

「あー、課長にお願いして逃げて来ちゃいました。
  えへっ。」

仕事は出来ても幼稚な奴が多いし、私限定いや、私達限定のイジりがダルいのなんの。
何より、どんちゃん騒ぎは苦手だ。
頭が痛くなる。
一度、飲み会の途中で、酷い頭痛に襲われて、
店の外に出て、しゃがみ込んでいる所を、遅れてきた課長に見つかった。
それからは少しズルをして、たまに免除してもらっている。

「わぉ。なかなかやってんね。
  悪い子にはこうだっ!」

「いたっ。何するんですか!
  暴力はんたーいっ!」

サボった事を正直に白状するとおでこにデコピンをお見舞いされる。
お茶目な明石さん、珍しくて可愛いな、なんて思ったが、デコピンの威力は全然可愛くない。
普通に痛い。

「飲み会も仕事のうちでしょ。
  まぁ、会社の飲み会が地獄なのは認めるし、
  俺も出来れば参加したくないけどね?」 

「でしょー?今日に限って美沙が休みやし、
  私がおってもおらんくても一緒やろぉ。
  だいたい、なんで二課のやつらのお祝いしな
  きゃいけないんですか。
  そんなん私やって手伝ったのに、
  誰もありがとうも言いに来やんくせにっ。」

子どもじみた我儘を言っているのも分かっているが、今日はいじけたい気分なのである。

「まぁまぁ、そう言わずに。
  二課ってきぃちゃんの担当でしょ?
  上手くいった時は皆でお祝いぐらいしないと
  社会人なんてやってらんないんだよ、きっと。
  お偉いさんとも仲良くなった方が、
  いざという時に自分を守りやすいしね。
  …あっ、生と唐揚げお願いします。」

彼は優しい人だが、甘くはない。
私が間違っている時は間違っていると言うし、
私が駄々を捏ねると、納得出来るまで話し合ってくれる。
そんなところが好ましくて、ついつい甘えて愚痴をこぼしてしまう。

「分かってるんです。
  分かってるんですけど…、飲み会でそんなに
  喋る方じゃないし、多分明日になったら
  私が来てへんかった事なんて
  誰も覚えてへんやろうな…とか、
  考えたら行きたくなくて。
  明石さんと飲んでる方がいいなって思っちゃって。」

「そっかぁ。
  そう言ってもらえるのは嬉しいなぁ。
  けど、敵を作らない程度にしときなね。
  まぁ、実は俺も今日はきぃちゃんいないの
  知ってたけど、
  なんか他の店で飲む気になれなくて、
  結局来ちゃったんだよね。」

珍しく明石さんが照れながら、
へへっと人懐っこい甘い顔でへらりと笑う。

明石さんとは、ちょうど一ヶ月前にこの居酒屋で知り合った、印刷会社で働く営業さんで、
東京生まれの三十二歳。
本名は明石柊真あかしとうまさんという。

私と明石さんは、五年前に大型オーディションで結成された、『セカンド』というKーPOPアイドルの大ファンである。
隣の席で彼女達のミュージックビデオを見ている明石さんに、私が耐えきれずに覗き見してしまった事がきっかけでヲタバレし、週末は一緒に飲むようになった。

大阪から名古屋に来て、初めて出来た飲み友でありヲタ友で、出会ってからちょっとしか経ってないのに、もう明石さんは私にとって無くてはならない存在になってしまった。

「あっ!!そういえば明石さん!
  ライブの日程出ましたね!!
  名古屋来ますよ!!」

何の話かというと、今日の正午に以前から決まっていたセカンドの全国ツアーの日程が発表されたのである。
東京から始まり、十二月の頭からの土日で埼玉、名古屋、大阪、広島、福岡と順に回ってくる。
チケットの応募は日曜日から、先着順ではなく抽選である。

「そうだ!今日の昼に発表されたやつ!
  もちろんW会員先行で名古屋ドームは両方
  応募するつもり。きぃちゃんも一緒?」

「私は名古屋両方と、あと大阪も両方応募しま
  す。あー、当たって欲しいなぁ。」

大阪には実家があるので、わざわざホテルを取らなくてもいい。
推しのためなら大阪だって東京だって近いものだ。
一度、セカンドのライブのために日帰りで幕張メッセに行ったこともある。

「お待たせしましたー。生と唐揚げでーす。」
ライブの日程を再度確認しながら話していると明石さんの生ビールと唐揚げが到着したので、大将にお礼を言って二人で乾杯する。

「「かんぱーいっ」」

ゴクゴクゴクっぷはーーーっッとCMのように飲み干して、すぐにおかわりを頼む。
飲み会行かなくて正解だな。

「大阪って会場どこだっけ?
  あー長居かぁ、俺も応募しよっかなぁー。」

「しましょ、しましょ。」

W会員とはファンクラブだけでなく、月額四百円でメンバーのオフショットやメッセージが閲覧できる、追加コンテンツの両方に登録している人のことで、普通のファンクラブ会員よりもチケットの当選率が上がるのである。
とはいえ、確率は渋いもので、ファンクラブだけで当選する人もいれば、W会員で落選する人もいる。
ただ、セカンドは韓国を中心に活動するため、この機会を逃すと次日本に来るのはいつになるか分からない。
だから絶対に当てなくてはならないのだ。

「そういえば、去年のクリスマスライブのDVD
  先週の土曜に届いたんだよね。」

「えっ!いいなぁ…初回限定盤ですよね?
  次の給料日に買うつもりやけどさすがに
  通常盤しか残ってないよなぁ。
  あぁ一日目のアンコール見たかったぁ…。」

去年のクリスマスイブと当日の二日間、東京で行なわれたライブのDVDが、二枚組で発売されたのである。
一枚目には二日目のライブ映像がフルで、二枚目には舞台裏の密着とメンバーへのインタビューなどが収録されている。
さらに、初回限定盤には一日目のアンコール映像が三枚目として同封されているのである。
しかし、予約が開始した先月はポップアップショップで散財し、社会人三年目の一人暮らしの季衣には、二万という数字は手が出せなかった。

「早速日曜に見たんだけどさ、あれは絶対見な
  きゃダメ。ジアオンニがさぁ…」

語り出した彼はライブ映像を脳内で再生しているようで、ヲタク特有のニヤつきを抑えられないでいるのだが、買えなかった私からすると、飯テロならぬ推しテロである。

「うわぁーーー!
  悲しくなるからそれ以上言うな!」

「あっ、ごめん。………………そうだ!
  俺が貸せばいいんじゃない?」

神か?私の推しであるユナの伝説の投げキッスが見れるというのか。私は近日死ぬのか?
いや、ライブに行くまで死ねない。

「マジですか?いいんですか?
  泣いて喜びます。」

「俺全部見終わったし、きぃちゃんと感想語り
  合いたいし…。来週持ってこようか?」

「お願いします!あぁ、神様、仏様、明石様。 
  今日は私の奢りです。」

「いいの?やったぁラッキー!
  大将ビールと唐揚げおかわり!」

と、このような具合で、華金の二人の夜は深けていく。












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