機械人形のサザンクロス

悠斗トワ

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第三章

機械人形のサザンクロス 第三章

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 スリープモードが解けたのは一時間ほど経った頃だった。
首だけで周りを見渡すとあの男共は居らず乱れた衣服、白濁に塗れた身体、ボロボロの右腕と左足の自分がそこに居た。
右腕は主に肩の関節部がイカレていて、左足は内部の配線が飛び出す程に壊されている。

(ようやく、居なくなったか…)

 ほっと安堵するもこのままでは屋敷に帰ることもままならない。
左腕で何とか半身を起こし、ずりずりと身体を引き摺り壁に凭れ掛かる。

「…はぁ」

 小さく息を吐き近くの衣服を左腕で手繰り寄せ、どうにかズボンに裾を通し申し訳程度に上着を羽織る。それだけでもかなりの時間を要した。
上着はボロボロに破けており、ズボンも左足が破け隙間からコードがわずかに飛び出している。

(こんなにやられてしまうとは…)

 イルギスは後悔した。

(これじゃあ、エイトに怒られそうだ…)

 抵抗しなければ、ここまで酷くされることはなかったかもしれない。

 ――すると建物の屋上からザッと人影が落ちてきた。
それにビクリと身体を震わせ後退るも、見知った顔で少し安心する。

「……」

 その相手はイルギスを見つけると、ただ黙ってじっと見つめていた。

「……露出狂の真似事ですか」
「…っそんなわけないだろうが!」

 イルギスは羽織った上着を左手でギュッと握り締める。

「では、何をしているんですか?」
「詳しくは言わんが、こんなになって屋敷に帰れないだけだ」
「それは“だけ”のことに入るのですか」
「あぁ、そうだ。それよりも手を貸せ、“アレス”」

 ――アレスと呼ばれたのはイルギスと同じ機械人形だ。
アレスは、機械人形:11型。
背中に羽根のようなマントを垂らし、肩丸出しノースリーブに目深にかぶったフードから覗く金の双眸。
身体能力はかなり身軽で、アレスはよく屋根や屋上などを飛び越えて移動している。

「イルギス、手足が壊れています――“役割を終えた”のですか?」
「…まだ、だ」

 アレスがイルギスにそう聞くのは、役割を与えられた機械人形を監察し役割を全う出来ない機械人形の電源を切り回収する役割を持つ。
――そう、アレスはイルギスをその対象ととっていたのだ。

「そうですか。〝手を貸せ〟ということは、あなたの屋敷に連れて行けばいいんですか」

 そう言いながらアレスはイルギスの眼鏡と帽子を拾って適当に掛けてあげ、被らせた。

「あぁ、悪い。肩を貸してくれ」
「……」
「――ッな…!お、おい!」

 そういうとアレスは無言でイルギスの身体ををひょいっと肩に担いだ。

「なにか?」
「肩に担げとは言っていない!」
「ふむ、しかし私も暇ではありません。機械人形の監察で忙しいので」
「わ、わかった」

 アレスは肩に担いだイルギスを落とさないように担ぎなおすと、建物の上と壁とを交互に確認し無言で壁に向かってぴょいっと跳ぶ。

「……!」

 イルギスは驚き左腕でギュッとアレスにしがみつく。
アレスは壁の小さな凹凸や窓際などに器用に足を引っかけトントンと小気味よく登っていく。
ふわりと浮遊感を感じるとアレスのマントがはためいてパタリと重力に従う。
周りを見ると街全体が見渡せるほど高い建物の屋上に来ていた。
アレスはキョロキョロと辺りを見渡す。
――街の中心地である時計塔。
時計塔の方角を見据えアレスはまた建物から建物へ飛び移っていく。
あまり時間を掛けずに時計塔のほうへ跳ねて、イルギスの屋敷へ辿り着く。

「着きました」

 そう言うとイルギスをどさりと玄関の壁際に落とす。

「助かった。あとは大丈夫だ」
「私は仕事に戻ります。ちゃんと整備してもらわないと“電源切り”に来ますから」
「……次会うときはまともな姿の時にな」
「……」

 アレスは返事をせずに振り返るなり一気に飛び出してすぐに見えなくなった。
イルギスはどうにか壁伝いに立ち上がりコートの内ポケットに入っている屋敷の鍵を取り出し鍵穴にガチャガチャと少し乱暴に差し込み開ける。
屋敷の中に入り再び鍵を閉める。
普段は基本的に鍵は解放しているが今日はあんなことがあって、とても安心できない。
足を引き摺りながら奥の寝室に辿り着く。
そのまま服も脱がずベッドの上に身を投げる。
――身体も服も汚い、ボロボロの手足……。
イルギスは何も考えられず、瞼を閉じてスリープモードになった。



 日が昇り、10時を過ぎた頃。
エイトは今日もメンテナンスに来る予約をしているイルギスが1時間を過ぎても来ないことに疑問を抱いていた。
いつも通りに9時前の予約案件を片付けてイルギスのことを待っていたのだがあまりにも遅すぎる。
遅くなる時やレムが送れない時には必ず連絡があったし約束を違えることはは決して無かった。

(電話してみるか…)

 ガチャリと受話器を手に取り、イルギスの電話番号を回す。
――プルルルル。
――プルルルル。
――プルルルル。
3回のコール音を聴きながら、机をトントンと指でたたく。
もう数回のコール音を聴く。
しかし、出ない。

(何故だ?)

 最近はイルギスだけでも店に来れるようになったのに…。
――来れない理由が…?

(だが電話に出ないのはおかしい)

 ガチャンッと勢いよく受話器を置く。

(レムに電話してみるか…)

 再び受話器を手に取り、次はレムの居る時計塔の電話番号を回す。
数回のコールですぐにガチャと電話が通じる。

『はい、時計塔管理室。レムです』
「もしもし、ラテーナのエイトだ」
『エイト、どうした?』
「急に悪い。イルギスから連絡来てないか?」
『――イルギス?…いや今日は連絡ないが……』
「俺のほうで電話したんだが、出ないんだ…。約束した時間も1時間過ぎている」

 レムはありえないといったように小さく呟く。

『おかしいな……イルギスは約束は守る奴だ。イルギスの屋敷に行ってみるか…』

 レムがそういうと同時に後ろから“バタンッ”と勢いよく扉が開く音がして、大慌てのエデルの声が電話越しに聞こえてきた。

『――レ、レムさ~ん!歯車が、ガタガタいってます~~ッ!』
『な、なに!?』
「レム、大丈夫か?」
『あ、と…え~、エイト、悪いお前だけでイルギスの屋敷に行ってみてくれ。そうだ――後からエデルを寄越す』
「わかった」

 レムはあたふたとしながら提案し、エイトはそれを了承して電話を切る。

(何事もなければいいが…)

 エイトは緊張感から受話器を持つ手が少し汗ばんでいた。
ガチャンと受話器を置き、ぐっと手を握りしめた。



「――はぁ、はぁ、はぁ…」

 ようやくイルギスの屋敷に到着したエイトは息を切らせ、呼び鈴を鳴らす。
しかし扉が開かれる気配がない。
ガチャガチャ――とドアノブを回すも鍵が掛かっており開くことができない。

(開かない…)

「――エイトさーんっ!」

 エデルが走りながらエイトの隣に辿り着く。

「エイトさん。入らないんですか?」
「入れない」
「え、イルギスさんの家はいつも鍵が掛かってないってレムさん言ってたのに……」

 エデルはレムから聞いたことを小さな声で呟く。
――そういえば、とエイトはあることに気づく。

「イルギスを迎えに行ったとき大体鍵が開いていたな…」
「レムさんの言う通りなんですね…」

 どうするべきか…とエイトが思案していると――。

「――あっ!忘れてた!」

 エデルがあわあわしていたかと思うと、大きな声を出す。

「どうした?」
「えっと、これもレムさんが前に言ってたんですよ。イルギスさんの家のスペアキーは同じプロトタイプの“ゼノシスさん”が持ってるって」

 ――仕事の関係上で持っているらしいです。と一言付け加えた。

「ゼノシスさんのところへ行きましょう!」

 エデルはエイトの腕を引き急いでと言わんばかりにぐいぐい引っ張る。

「ちょっ、腕を引くな!」
「す、すみません!こっちです!」

 エイトは誰かもわからないまま、エデルの案内のもと急いでスペアキーを持つ“ゼノシス”の居場所へ走った。



 駆け足で10分近く走るとようやく目的の場所へと辿り着いた。

「ここです!」
「――はぁ、ど、どんだけ今日走るんだよ…」

 エイトは息切れしながら愚痴を溢す。
エデルはよーし、と言って一思いに呼び鈴を鳴らす。
程なくして硬質な扉がゆっくり開く。
ムスッとした無愛想な顔がエイトとエデルを出迎える。

「――なんだ、“出来損ない”と…おまえは誰だ?」
「ゼノシスさん、急にすみません!こちらは、エイト=ラテーナさん。機械人形専門店の整備士さんです」

 “出来損ない”と呼ばれたエデルは気にも留めずにゼノシスにエイトを簡単に紹介する。

「で、私に何の用だ」

 ゼノシスは冷徹な声音で告げる。

「イルギスさんの家の鍵を貸してほしいんです!」

 エデルは急にゼノシスと距離を詰め端的に用件を告げる。

「は?」

 ゼノシスが怖い顔つきになり理解できないといった声を出す。

「ふざけたことを言うな。“出来損ない”が」

ゼノシスが扉を閉めようとするその扉をエイトが掴み閉めさせないように阻止する。

「待て!エデルの説明も不足していたが、ちゃんと話を聞いてくれ」
「私は役割にないことはしない」

絶対に自分の役割は違えないといった姿勢を崩さないゼノシス。

 ――ゼノシス。型機械人形:PROTOTYPE。
左右で違う色の瞳を持ち、黒を基調とした軍服風の衣服を纏っている。
ゼノシスの役割は『廃棄機械人形の運搬』だ。
回収されてきた機械人形の身元を精査し、そして管理局へ登録抹消等の手続きをし、イルギスの機械人形処理施設の地下まで運ぶ役割をしている。
だから、ゼノシスがイルギスの屋敷のスペアキーを持っているのだ。

「頼む。イルギスが心配なんだ!連絡も取れない、イルギスの家も鍵が締まっている…」
「あいつの屋敷に鍵……だが、それがなんだ。あいつが屋敷の外に出ないのはいつものことだろう」

 ゼノシスはいつもと違う状況であることに、少し思案したが再び二人を突っぱねる。

「イルギスさんは最近メンテナンスのためにエイトさんのお店に通ってたんです!」
「そうだ。今日も約束してたんだ」

 エイトとエデルは、一生懸命理由を説明するがゼノシスは顎に手をあて押し黙る。

「――…」

 ゼノシスは解せないという表情で真剣なエイトの瞳を見つめる。
軍帽の隙間から冷たい瞳が細められる。

「しかし、“私は役割にないことはしない”」

 それでも頑なに考えを変えないゼノシス。

「どうしたらいいんだ…」
「やっぱりレムさんが言っていた通り、頑固みたいですね…」

 レムとエデルは引き下がるわけにもいかずに小声で困惑する。
ゼノシスは帰れと言わんばかりな態度で腕を組む。

「だが、俺たちも帰るわけにもいかない」
「そうです!」
「私には関係ない」

 ゼノシスは関係ないの一点張りだ。
エイトとエデルはどうしようかと視線を交わす。

「――何をしているんですか?邪魔ですよ、あなたたち」
「え…“アレスさん”!?」

 急に後ろから話しかけてきたのは、肩にボロボロになった機械人形を担いだ“アレス”だった。

「――あぁ、アレス」
「何をしてるんですか?ゼノシス」

 アレスはゼノシスに尋ねながらエデルとエイトを交互に見る。

「実はイルギスさんと連絡が取れず、家も鍵が掛かってて…コンタクトが取れないんです」
「そうですか。しかし、イルギスには昨夜会いましたが――」
「えっ――」

 エデルは驚き声を短く上げる。

「昨夜?」
「はい。屋敷に帰れないからと、私が送り届けました」
「――帰れない?」

 おかしい、とエイトは思った。
イルギスは普通に帰れるようになったのに帰れないというのはどういうことかと…。

「そうですね。右肩と左足が損傷していたため――」
「損傷!?」
「は――!?」

 エデルは再び驚き声を上げ、一緒にエイトも驚愕した。
だから電話に出れなかったんだ…とエデルは呟く。

 ――損傷、故障。この二つの言葉がエイトの頭に渦巻く。

「ゼ、ゼノシスさん!渋ってる場合じゃないですよ!イルギスさんが――」

 壊れてしまったら…と言葉尻が小さく続く。

 ――そうだ、こんなことでイルギスを失うわけにはいかない。

「頼む!ゼノシス。鍵を貸してくれ!」
「……」

 ――自分には関係ない仕事はしない。
表情だけでまた告げられた気がした。

「ゼノシス――」

 アレスはいつの間にか肩に担いでいた機械人形を室内に移動させ、ゼノシスの後ろから声をかける。

「なんだ、アレス」
「役割を全うするのは良いことですが…頭が固いのはどうかと思いますよ」
「なに?機械人形は役割以外をする必要などない」
「あなたと同じプロトタイプがまた消えても良いのですね。回収する私の身にもなってください」

 アレスはズイッとゼノシスに詰め寄り自分の気持ちを乗せ説得に加わる。
ゼノシスはアレスを見下すもアレスは物怖じする気配はない。

「………」
「ゼノシス。たかだか“貸す”だけでしょう。そもそもイルギスの屋敷の鍵です。イルギスのために使うのは普通ですよ。すぐに返せば問題ないでしょう」
「――はぁ……チッ、仕方ない。勝手に使え」

 その代わり早く返せと言わんばかりに懐からスペアキーを取り出し、アレスに押し付ける。

「ありがとうごさいます、ゼノシス。エデル――」

 アレスはエデルを呼びポイッと鍵を投げる。

「わわっ――と。ありがとうございます!ゼノシスさん、アレスさん!」
「ありがとうございます。すぐに返します」
「わかったから早く行け」

 ゼノシスは背中を向けて吐き捨て、室内に帰っていく。
アレスは玄関を出て扉を閉め、エイトに伝える。

「イルギスを頼みます。次に会う時には、修理された状態でと約束しましたから」
「あぁ、ありがとう」
「エイトさん、行きましょう!」

 アレスに感謝の言葉を告げ、エイトとエデルは目的の場所へと再び走り出した。
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