記憶喪失をした俺は何故か優等生に恋をする

プーヤン

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第29話

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宮藤さんとのデートの日は来週の土曜日ということになった。

特に学校内で彼女と話すことはなく、お互いに親しい友人と時間を共にした。いや、宮藤さんは相変わらず本の虫であったが。

友人関係の話題を言えば、橘が家に来た日から三日が経とうとしていたが、どうにも最近、彼らとも遊ぶことがめっきり減っていた。

俺自身は本田たちとも別に仲が悪いわけでもないが、小西は本田を意図的に避けている節があるし、やはり漆原は学校に来ていない。

本田グループの坂口は高2の冬だからか熱心に塾に通っているようだし、佐竹と本田は二人して俺たちとは違う他のグループと交流を持ち始めたようだ。

それに橘も何やら気が沈んでいる様子であった。

誠が橘の様子がおかしいと言っていたが、どうやら何か落ち込んでいるらしい。いつも明るい彼が沈んでいれば、やはりそれは周りの人間にも影響し、前までの楽し気な雰囲気など生まれるはずもない。

その所為か、徐々に俺たちは学内でも話さなくなっていった。

何か日常の歯車が大きく狂い始めた気がする。事の発端と言えば、漆原が学校を休み始めたくらいからだろうか。

それとも宮藤さんと俺とあいつの三人が出会った時か?

俺は何か嫌な予感がして、無意識に後頭部をさすっていた。

妙な頭痛がして、ふと記憶が頭を過ぎる。

どうにも嫌な日々が続く。

俺は携帯を開き、宮藤さんとのメールでのやり取りを見て、平静を保った。

 

 

 

土曜日はすぐに訪れた。

ちょうど昼になったタイミングで待ち合わせの場所に向かうと、彼女は先に来ていた。

白いコートに身を包み、駅前で所在なさげに立っていた。俺は彼女を見ると、胸の動悸が早まるのを感じる。

白いコートと一緒に風に揺れる黒髪のコントラストに目を奪われていた。そうして、こちらが茫然と彼女を見ていると、彼女もまたこちらに気が付き、恥ずかしそうに小さく手を振ってきた。

「えっと………時間より早く着いてしまいました」

彼女は腕時計を見ながら、小さく笑った。

彼女のことだから遅れないように意図して早めに来たのであろうことは分かっていた。俺は「そっか。俺もちょっと早めに出たはずなんだけどな」と言い、二人して水族館に向かった。

海岸沿いの水族館には、休日ということもあり、お客で賑わっていた。

駅からは近く、徒歩10分圏内。待ち時間も客の量の割にはそこまで長くはなく、同じく10分ほどで入館できた。

こんなところに来るのは子供の頃以来だからか、入館料というものが新鮮に感じた。

親に払ってもらって、タダで見ていたものに金を払って、休日を潰して来ていることに違和感を覚えたのかもしれない。

水族館の内装は青い壁に、青いライトがそこかしこから一面を照らしており、まぁ想像していた通りのものであった。
幻想的な雰囲気に身を包まれるも、何故かそれに既視感を覚える。

少し仄暗い室内に二人して、いつもと違う非日常を味わって、歩を進めていく。彼女は何かを期待しているのか、少し顔を強張らせていたが、俺は水族館自体にそこまでの期待はなかった。

想像通り魚が泳いでいるだけである。

なんたらトンネルでは円錐型のドーム状の真ん中の道を歩いて行くと、360度、周りを魚が泳ぎまわる。

筒状の水槽の中央を歩いている感じであるが、それもホームページで見ていたことから感動はあまりなかった。

新鮮味がないのだろうか。見たこともない水族館の構造に、綺麗な魚たちの群れを見ても心はあまりときめかない。

「すごいですね」

彼女は少し上気し、赤くなった顔でこちらに笑いかける。

俺はその顔を見て、初めて水族館に来てよかったと顔が自然と笑顔になった。何メートルあるのか分からない大型水槽を泳ぐサメやらエイやらアジの群れを見て、彼女は隣で見ていた子供と一緒になってはしゃいでいた。

普段、大人しい彼女の違う一面を垣間見て、嬉しくなって俺も顔のニヤけが止まらない。

俺はデートということで少しは気まずくなるかと思ったが、そういった心配はなく、安心して魚を見ていた。

特に新鮮味のない水族館は感動も喜びも薄いが、彼女を見ると、それは反転する。
彼女が楽しんでいる姿は何より幸福に繋がる。

「私、水族館は何故か好きなんです………あまりいったこともないんですけどね」

彼女は不思議そうに言う。

「なんでだろ?子供の時に修学旅行かなんかで行ったことがあるんじゃないか?」

「いえ。小学校の時は動物園でしたし、中学校はお城巡りでしたから」

「なるほど。俺も過去にそんなに来たことはないんだけどな」

「もう飽きちゃいましたか?」

彼女は心配そうにこちらを見る。

水族館は明るさに乏しく、彼女の顔は影に隠れて表情が掴めない。しかし、時折、彼女の困り眉が見え、俺は否定する。

「いや。そんなことはない。たまにはいいもんだと思うよ」

「そうですか………よかったです」

彼女がいつになく上機嫌でいるので、俺は気を遣って優しく声をかける。別にそれが苦ではなく、俺も彼女といれることに満足感を得ている。

特設ブースに設けられた小さな水槽に入れられたタツノオトシゴ、クマノミ、ナンヨウハギ等の小魚から、蟹、海月へとつながり最後は海洋生物との触れ合いコーナーを経て、お土産屋に終わる。

俺たちは二時間ほどかけて、水族館を回った。

彼女はおさわりコーナーでは特に触れることはなく、小さな子供が触っているのを遠巻きに見ており、楽しそうにしていた。

俺は見たことのある水族館を回って、特に感動も少なく、ただ薄っすらとある記憶を上からもう一度重ねて、濃くする作業をしている気持ちであった。

型のある線で出来た絵に色を塗っている感覚である。

そうして、水族館を出たときには、あたりは暗くなっていた。

もう時計は17時を指している。

冬の冷気を帯びた風が二人の間を通り抜けていく。
俺は手をポケットに入れ、彼女はそれを見て、自分の手をコートの中に入れた。

「暗くなってきたし、飯でも行かないか?」

俺が言う。
彼女は答える。

ならば、水族館の近くにイタリヤ料理屋があるのでそこに行こうと。今日のデートのために調べてきたのだと後から聞いた。

「えっと………ここの近くにイタリヤ料理屋があるので、そこはどうですか?」

「ああ。そこにしよう」

俺と彼女はすぐに店を見つけ、夕飯を食べ終わるころには空は黒一色になっており、水族館近くの海岸沿いに並んでいる街灯にも明かりが灯っていた。
俺は少し歩こうと彼女を誘う。彼女は俺の隣に並んで歩いた。

「パスタも美味しかったです。水族館に行った帰りに、魚介パスタはどうかと思いましたが」

「はは。それもそうだ。でも上手いからいいよ。蟹を見たときから食べたくなっていたんだ。そんなときにメニューに蟹入りの魚介パスタなんてもんがあれが頼むだろ?」

「そうですね……ふふ」

彼女は楽しそうに笑う。

それが自分の最近の悩みを払拭する。靄のかかった心からすべてを吹き飛ばし、真っ新な状態へとしてくれる。

俺はふと彼女の手を握りそうになる。しかし、何かがそれを止めた。

俺の心に自制が働く。どうしてだろう。それは酷く気味の悪い感情に思えた。

人の晴れた惚れたなど俗世間にありふれた話であるのに俺はそれを何故か肯定できない。自分が許せず乾いた笑いが口から漏れ出た。

惨めに手を引いて、彼女の不思議そうな顔を見る。

「やっぱり外は冷え込みますね」

「そうだな。冬に海の近くにくるなんて…………」

俺は自分の手を握りしめて、謎の感情の波に耐えていた。
彼女はもうこのデートが終わる事を予感しているのだろう。
俺の言葉が途切れても、次の言葉を待っていた。

「あの文化祭の日から妙な噂がまた流行ったな………すまない。迷惑をかけた」

「私と上原さんの事ですね………」

「ああ。勝手なことを言われるのは嫌だろ?すまないな」

「なにに対しての謝罪ですか?私は迷惑だとは思って……いません」

彼女は一瞬、言葉を詰まらせ、俺の顔色を伺った。
俺は彼女の言葉に一瞬、心を揺さぶられ、目を見開いて彼女を見た。

「あの俺と宮藤さんが付き合ってるっていう噂のことだぞ?」

「はい」

彼女は赤くなりながら小さく頷いた。

それを見て、俺の中で何かが弾け飛んだ。それは意味の分からない記憶が作り出した自制心の鎖なのだろう。

いや、この想いはもう止められそうにない。

俺は海岸沿いのベンチに彼女を誘導する。彼女は少し頬を赤く染めて、ベンチに腰掛けた。

黒い海から波の音だけが聞こえる。
街灯の下に彼女が現れ、スッと息を飲んだ。

何か飲み物でも買えばよかったと後悔しながら、乾いた喉が低い音を出す。

そうして、緊張のせいか手を握りしめて強張る彼女を俺は心底愛しく思い、手は自然と彼女の手を包む。
波の音はもう聞こえない。

「あの………宮藤さん」

「は、はい」

上擦った彼女の声に被せて俺は言う。

「あなたの事が好きです。俺と付き合ってくれませんか?」

「………え……えっと。はい。よろしくお願いします」

彼女は真っ赤になった顔で俺の手を握り返す。
冷たい両者の手は徐々に温かくなり、黒い空に、黒い海の中、無音の世界に二人は漂う。
全てが消えて、二人だけになった。
俺はそうして首下まで赤くなった彼女にキスをした。

 

 

 

そうして、すべては思い出される。

やはり高校生の時から遡る。いや別に変らないか。俺は変わらない。いつの時代も俺は馬鹿なままで変わらない。

今と一緒だ。

成長しない。

だから自殺なんて結末に向かっていくんだ。馬鹿は死んでも治らないんだ。つくづく思うよ。全く。

だから冬の海なんて嫌いなんだ。全く。嫌になる。

すべて思い出せば簡単なことだ。記憶なんてそんな難しい話じゃない。

いつの時代も自分は自分なんだ。

俺は結局のところ自分自身が嫌になって、死ぬことにしたんだ。

 

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