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7話 チワワサバイバル
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『ガシャーン!』
チワワ御殿の門が背後で乱暴に閉まった。皆チワバターのまま自分のチワワたちと、執事の黒井に足蹴にされるように転がり出た。泣き出しそうな女の子のチワワもいれば、勇敢に門と黒井に向かって飛び掛っていくチワワもいた。だが、黒井は門の中で皆は門の外だ。
「やめなさい。体力の無駄よ。」
私が低い声でチワワたちを止めた。鳴海さんのことだ、ゲストのためにもセキュリティはしっかりしているだろう。門だって強固に作られている。チワワが脱走したときを考えて、門の格子も細かい目になっている。善のつもりのものも、悪の手に落ちればという使う者次第ということの典型だろう。門の向こうでは、黒井が私たちを出迎えた時とは別人のような恐ろしく残忍な表情で笑っていた。地面に落ちている石を拾うと、気が違ったようにチワワに向かって投げ始めた。
「はぁっはっはっは!散れ!散れ!お前らなど煩くてちっぽけな存在などゴミのように散るのだ!」
悪魔のようだった。いや、これが人間のうちに住んでいるという悪魔が表面に総出で浮き出ている感じかもしれない。
「お前らは犬なのだ。私たちは人間だ!お前らは犬畜生なのだ!なぜ私がお前らにまで仕えなければならない!」
私たちが呆然としていると、雷子さんの飼い主が、
「撤収―!」
と叫んで走り出した。門の前に広がる森の中へ、チワワはドッと走りこんでいった。
しばらく走っていって、もう門も全く見えなくなってしまってから、みんなへたり込むように座った。元からチワワの子達だけが、息を切らせながらも雄雄しく立っていた。
「どういうことよ!いったい、これはどういうことなのよ・・・。」
恵理子さんが泣き出した。リリーちゃんが恵理子さんにソッと寄り添った。いつもはリリーちゃんに恵理子さんが寄り添っているのだろうが、今日は反対だ。
「全く、何だと思っているのかしら。勘違いも甚だしいと思わない?あの黒井って執事はあくまで鳴海さんに雇われているのよ。鳴海さんのお客である私たちやチワワたちにサービスするのが仕事じゃない?なによあの態度!」
楠木さんが顔を真っ赤にしている。
「困っちゃったな。どうやって戻ろう?沖縄に帰る飛行機までには戻れるかな。」
と沖縄のルカさんが言う。
「ちょっと、そんな先までこんな森の中にいないわよ。すぐに帰りましょうよ!」
とレイちゃんが言う。レイちゃんの隣ではやっぱりチワワのハチ平が、レイちゃんの背中をぺろぺろ舐めてなだめている。気がつくと、意外とチワワたちは冷静なのだ。
「とりあえず、飲み物と食べ物をちょっと探そう。それから、夜露をしのげるところを探そう。日が暮れても帰れないことを考えよう。」
そう言ったのはなんと雷子さんだった。写真で見るチャーミングな姿とは裏腹に、キリッとした士官のような出で立ちだ。他のチワワたちは一斉に立ち上がり、
「おおーーーーん!」
と雄たけびを上げると散っていった。雷子さんの飼い主は、
「チワワたちはきっと大丈夫。問題は私たちだろう。絶対に一人にならず、グループで行動すること。グループごとに食料と水と夜休めるところを探すのに分かれよう。」
チワバターの人間たちは、自然にグループを作ると散っていった。ふと不安だったのは、また皆がすんなり集まれるかだ。すると、散る前に雷子さんが言った。
「私の帽子をこの木にかけておく。白い水兵が被る帽子だから森の中では目立つだろう。ここがとりあえずの本部だ。」
チワワでも雷子さんの引率力ってすごいと思った。ただのアイドルチワワではない。
冷静だったのはチワワだけではない。九州のチハナちゃんの飼い主の幸子さんは食べ物グループで、北海道のルルさんと一緒に冷静な食べ物探しに出かけた。木に実がなっているからといって、すぐに喜んで口にしたりはしない。安心して良さそうなグループだ。一方ミーコさんのグループは水の確保。こちらは、
「あ!あっちから水の音が!それ!行くわよ!」
と走っていってしまった。それに続くチワ友とチワワの群れ。まるで織田信長が一騎で飛び出し家来が追いかけるという一幕のように見えた。なんとも勇ましい光景で、森で途方に暮れている場合ではないような気がして、勇気が出てきた。
さて、私はどうしようかと思っていると、私の横にはガリレオコンビがしっかりと寄り添っていた。
「ねぇ、他のチワワたちと走っていかなかったの?」
と聞いてみると、
「そりゃ、お母さんを置いていけないから。」
と揃って言う。
「私のこと、分かっていたの?」
黙って一緒に遊ぼうと思っていたけど、ガリレオコンビにはお見通しだったのだ。
「当たり前じゃないかー!だって、毎日一緒にいるんだよ。毎日お母さんの帰りを待っているんだよ。毎日お母さんと一緒に寝ているんだよ。ねぇ?」
私のチワバターの目から涙がにじんだ。どんな姿をしていても、通じるものは通じるのだ。
「一緒に皆が入れる夜露をしのげる場所を探しましょう。」
そう話しかけてきてくれたのは、黒太郎さんだった。チワワの桃子ちゃんも隣にちんまりと座っている。
「運よく洞窟がある・・・なんてことは望めないので、条件が良いところを探して、ある程度は手を加えてみんなが入れるところを作りましょう。」
黒太郎さんも冷静だ。良かった。冷静を欠いて森にチワワと走っていってしまった人もいるが、ちゃんと残っている人もいる。
「大丈夫。確かにちょっとこの肉球では作るのは不利だけど、でも普段土木関係の設計までしているんで、夜露をしのぐくらいの簡単なものならお手の物です。」
黒太郎さんはチワワの顔でニコッと笑った。奈良の春海さんはルルちゃんとララちゃんを連れて歩いてきた。
「さて、時間がもったいないわよ。行きましょう。森といっても日本の森。ジャングルじゃないのだから。」
とまたスタスタ歩き始めた。まぁ、確かに毎日のようにネットで話したりもする。だけど実際には初めましてに近いというのに、なんて心強いのだろう。森の奥のほうでは、
「水だー!」
というミーコさんの声がする。ミーコさんのチワワのマグロちゃんも遠吠えをしている。飼い主がチワワに似るのか、はたまた逆なのかと、こんな状況なのに何だか楽しくなってしまった。
私と黒太郎さんと春海さんとチワワたちは、一列になって森を進んでいった。
「一番怖いのはこの時期夜露でしょう。霧も怖いですね。夜も早いうちから全身びっしょりになって、夜が明けるころには体温が奪われてしまいます。屋根があるところが理想ですが、テントとかもないし、何かで屋根を作らねばなりません。」
私たちはウンウンと頷いた。
「それから、地面にも敷くものがあったほうがいいですね。地べたでは汚いというよりは、やはり体温の問題です。」
私たちはまたウンウンと頷いた。
「私とチワワたちは、下にしくわらのようなものを探してくるわ!」
と私が言うと、
「では私は皆を収容できそうなところを探してきます。春海さんは屋根を葺けるものを探してもらえますか?」
と黒太郎さんが言った。春海さんはピンときたのか、弾かれるようにチワワたちと探しにいった。いつも思うが、春海さんは頭の回転が速い。次の瞬間には次のことがひらめいている。
「場所はこの近辺にしようと思いますが、遠吠えしてお知らせしますよ。だって今はチワワだし。」
黒太郎さんが桃子ちゃんとカラカラと笑った。このふたりと一緒にいると、まるでキャンプに来たみたいだ。
「下に敷くのは多めにしてください。おそらく寒くてその中に入って皆眠るでしょう。」
私とガリレオコンビは頷いた。
私とガリレオコンビは、ミーコさんが遠吠えを上げていた水辺にやってきた。水辺には葦が生えている。結構枯れかかっていて、それをガサガサと取ってきては、柔らかくなるように踏み拉いた。それを延々と繰り返す。頃合のところを見計らって、黒太郎さんがいるところに運び始めた。
「黒太郎さん、こんな感じでいいですか?」
黒太郎さんは低い木と木の間に太いつる草を何本も通していた。桃子ちゃんは木の下枝や葉をくり抜くように空間を作っている。
「すごいなぁ。」
私は感嘆してしまった。でもこれだけでは全部のチワワとチワバターは入らないだろう。もう二つくらい必要だろう。私とガリレオコンビが用意した草も、これでは足りない。
「その草を下はしっかりと、上はふわっと置いてください。」
私たちは黒太郎さんの的確な指示に従った。と、その時反対側からは萱を束ねて運んでくる春海さんたちが見えた。あれが屋根か。本格的だなぁ。
「まだまだ足りないわね!もうちょっと頑張ろう!」
春海さんに促されて、私もまた水辺に戻った。さすがに喉が渇いて水を飲んだが、水道水でもないミネラルウォーターでもない水を飲むとは思わなかった。
「水を見つけて飲んでも、これを運ぶのが問題よねー。ここは南の島じゃないから、椰子の実の器なんてないしさ。」
とミーコさんが考え込んでいる。
「竹が生えているから、これを切ることができればコップにできるのにね。そこに転がっているのがザルのゴミじゃねぇ」
と私が言うと、うんうんとミーコさんが頷いた。そして、ミーコさんが、
「優さん!それ、ザルよ!」
と目を輝かせた。ミーコさん、ザルじゃ水はみんな落ちてしまいますよ?
「大きな葉っぱをさっき見つけたの。それを上手く敷けば大丈夫。夜寝る前にみんな水分補給をして、ザルの水は夜間用ね。」
ミーコさんとチワワたちはザルを綺麗に洗って、葉っぱを摘みに行った。私たちは引き続き葦を摘んでは柔らかくして運んだ。やがて太陽が傾き始めた。
十回目に葦を運んだ時には、簡単なキャンプのような光景になっていた。屋根があるところの下には柔らかい葦。食べ物がたくさん積まれている。水も揃っている。
「良かった。これだけのチワワとチワバターだから、装備は充分とはいえないかもしれない。でもとにかく飢えや乾くことなく、夜露に震えることもない。一晩過ごしたら、どうやってチワワ御殿へ戻って飼い主たちの身体を取り戻せるか考えよう。」
雷子さんが女の子なのに雄雄しく言った。皆は遠吠えをした。私たちチワバターも遠吠えをした。こんな状況に不謹慎かもしれないが、この一体感は何というか感動に近い。
この夜は、皆で水を飲み、アケビなどを食べ、黒太郎さんと春海さんが作ったテントの下で、私たちが柔らかくした葦の布団で眠った。
ふと、眠りに落ちながら気がついた。娘の麻耶は風邪で自室にいるはずだ。どうしているだろう? 二晩も帰らない母親を探し始めているのではないだろうか? チワバターの施設に向かったのではないか? いや、それ以前に鳴海さんはどこへ行ったのだ? あの残忍な執事といい、鳴海さんに何かがあったに違いない。
チワワ御殿の門が背後で乱暴に閉まった。皆チワバターのまま自分のチワワたちと、執事の黒井に足蹴にされるように転がり出た。泣き出しそうな女の子のチワワもいれば、勇敢に門と黒井に向かって飛び掛っていくチワワもいた。だが、黒井は門の中で皆は門の外だ。
「やめなさい。体力の無駄よ。」
私が低い声でチワワたちを止めた。鳴海さんのことだ、ゲストのためにもセキュリティはしっかりしているだろう。門だって強固に作られている。チワワが脱走したときを考えて、門の格子も細かい目になっている。善のつもりのものも、悪の手に落ちればという使う者次第ということの典型だろう。門の向こうでは、黒井が私たちを出迎えた時とは別人のような恐ろしく残忍な表情で笑っていた。地面に落ちている石を拾うと、気が違ったようにチワワに向かって投げ始めた。
「はぁっはっはっは!散れ!散れ!お前らなど煩くてちっぽけな存在などゴミのように散るのだ!」
悪魔のようだった。いや、これが人間のうちに住んでいるという悪魔が表面に総出で浮き出ている感じかもしれない。
「お前らは犬なのだ。私たちは人間だ!お前らは犬畜生なのだ!なぜ私がお前らにまで仕えなければならない!」
私たちが呆然としていると、雷子さんの飼い主が、
「撤収―!」
と叫んで走り出した。門の前に広がる森の中へ、チワワはドッと走りこんでいった。
しばらく走っていって、もう門も全く見えなくなってしまってから、みんなへたり込むように座った。元からチワワの子達だけが、息を切らせながらも雄雄しく立っていた。
「どういうことよ!いったい、これはどういうことなのよ・・・。」
恵理子さんが泣き出した。リリーちゃんが恵理子さんにソッと寄り添った。いつもはリリーちゃんに恵理子さんが寄り添っているのだろうが、今日は反対だ。
「全く、何だと思っているのかしら。勘違いも甚だしいと思わない?あの黒井って執事はあくまで鳴海さんに雇われているのよ。鳴海さんのお客である私たちやチワワたちにサービスするのが仕事じゃない?なによあの態度!」
楠木さんが顔を真っ赤にしている。
「困っちゃったな。どうやって戻ろう?沖縄に帰る飛行機までには戻れるかな。」
と沖縄のルカさんが言う。
「ちょっと、そんな先までこんな森の中にいないわよ。すぐに帰りましょうよ!」
とレイちゃんが言う。レイちゃんの隣ではやっぱりチワワのハチ平が、レイちゃんの背中をぺろぺろ舐めてなだめている。気がつくと、意外とチワワたちは冷静なのだ。
「とりあえず、飲み物と食べ物をちょっと探そう。それから、夜露をしのげるところを探そう。日が暮れても帰れないことを考えよう。」
そう言ったのはなんと雷子さんだった。写真で見るチャーミングな姿とは裏腹に、キリッとした士官のような出で立ちだ。他のチワワたちは一斉に立ち上がり、
「おおーーーーん!」
と雄たけびを上げると散っていった。雷子さんの飼い主は、
「チワワたちはきっと大丈夫。問題は私たちだろう。絶対に一人にならず、グループで行動すること。グループごとに食料と水と夜休めるところを探すのに分かれよう。」
チワバターの人間たちは、自然にグループを作ると散っていった。ふと不安だったのは、また皆がすんなり集まれるかだ。すると、散る前に雷子さんが言った。
「私の帽子をこの木にかけておく。白い水兵が被る帽子だから森の中では目立つだろう。ここがとりあえずの本部だ。」
チワワでも雷子さんの引率力ってすごいと思った。ただのアイドルチワワではない。
冷静だったのはチワワだけではない。九州のチハナちゃんの飼い主の幸子さんは食べ物グループで、北海道のルルさんと一緒に冷静な食べ物探しに出かけた。木に実がなっているからといって、すぐに喜んで口にしたりはしない。安心して良さそうなグループだ。一方ミーコさんのグループは水の確保。こちらは、
「あ!あっちから水の音が!それ!行くわよ!」
と走っていってしまった。それに続くチワ友とチワワの群れ。まるで織田信長が一騎で飛び出し家来が追いかけるという一幕のように見えた。なんとも勇ましい光景で、森で途方に暮れている場合ではないような気がして、勇気が出てきた。
さて、私はどうしようかと思っていると、私の横にはガリレオコンビがしっかりと寄り添っていた。
「ねぇ、他のチワワたちと走っていかなかったの?」
と聞いてみると、
「そりゃ、お母さんを置いていけないから。」
と揃って言う。
「私のこと、分かっていたの?」
黙って一緒に遊ぼうと思っていたけど、ガリレオコンビにはお見通しだったのだ。
「当たり前じゃないかー!だって、毎日一緒にいるんだよ。毎日お母さんの帰りを待っているんだよ。毎日お母さんと一緒に寝ているんだよ。ねぇ?」
私のチワバターの目から涙がにじんだ。どんな姿をしていても、通じるものは通じるのだ。
「一緒に皆が入れる夜露をしのげる場所を探しましょう。」
そう話しかけてきてくれたのは、黒太郎さんだった。チワワの桃子ちゃんも隣にちんまりと座っている。
「運よく洞窟がある・・・なんてことは望めないので、条件が良いところを探して、ある程度は手を加えてみんなが入れるところを作りましょう。」
黒太郎さんも冷静だ。良かった。冷静を欠いて森にチワワと走っていってしまった人もいるが、ちゃんと残っている人もいる。
「大丈夫。確かにちょっとこの肉球では作るのは不利だけど、でも普段土木関係の設計までしているんで、夜露をしのぐくらいの簡単なものならお手の物です。」
黒太郎さんはチワワの顔でニコッと笑った。奈良の春海さんはルルちゃんとララちゃんを連れて歩いてきた。
「さて、時間がもったいないわよ。行きましょう。森といっても日本の森。ジャングルじゃないのだから。」
とまたスタスタ歩き始めた。まぁ、確かに毎日のようにネットで話したりもする。だけど実際には初めましてに近いというのに、なんて心強いのだろう。森の奥のほうでは、
「水だー!」
というミーコさんの声がする。ミーコさんのチワワのマグロちゃんも遠吠えをしている。飼い主がチワワに似るのか、はたまた逆なのかと、こんな状況なのに何だか楽しくなってしまった。
私と黒太郎さんと春海さんとチワワたちは、一列になって森を進んでいった。
「一番怖いのはこの時期夜露でしょう。霧も怖いですね。夜も早いうちから全身びっしょりになって、夜が明けるころには体温が奪われてしまいます。屋根があるところが理想ですが、テントとかもないし、何かで屋根を作らねばなりません。」
私たちはウンウンと頷いた。
「それから、地面にも敷くものがあったほうがいいですね。地べたでは汚いというよりは、やはり体温の問題です。」
私たちはまたウンウンと頷いた。
「私とチワワたちは、下にしくわらのようなものを探してくるわ!」
と私が言うと、
「では私は皆を収容できそうなところを探してきます。春海さんは屋根を葺けるものを探してもらえますか?」
と黒太郎さんが言った。春海さんはピンときたのか、弾かれるようにチワワたちと探しにいった。いつも思うが、春海さんは頭の回転が速い。次の瞬間には次のことがひらめいている。
「場所はこの近辺にしようと思いますが、遠吠えしてお知らせしますよ。だって今はチワワだし。」
黒太郎さんが桃子ちゃんとカラカラと笑った。このふたりと一緒にいると、まるでキャンプに来たみたいだ。
「下に敷くのは多めにしてください。おそらく寒くてその中に入って皆眠るでしょう。」
私とガリレオコンビは頷いた。
私とガリレオコンビは、ミーコさんが遠吠えを上げていた水辺にやってきた。水辺には葦が生えている。結構枯れかかっていて、それをガサガサと取ってきては、柔らかくなるように踏み拉いた。それを延々と繰り返す。頃合のところを見計らって、黒太郎さんがいるところに運び始めた。
「黒太郎さん、こんな感じでいいですか?」
黒太郎さんは低い木と木の間に太いつる草を何本も通していた。桃子ちゃんは木の下枝や葉をくり抜くように空間を作っている。
「すごいなぁ。」
私は感嘆してしまった。でもこれだけでは全部のチワワとチワバターは入らないだろう。もう二つくらい必要だろう。私とガリレオコンビが用意した草も、これでは足りない。
「その草を下はしっかりと、上はふわっと置いてください。」
私たちは黒太郎さんの的確な指示に従った。と、その時反対側からは萱を束ねて運んでくる春海さんたちが見えた。あれが屋根か。本格的だなぁ。
「まだまだ足りないわね!もうちょっと頑張ろう!」
春海さんに促されて、私もまた水辺に戻った。さすがに喉が渇いて水を飲んだが、水道水でもないミネラルウォーターでもない水を飲むとは思わなかった。
「水を見つけて飲んでも、これを運ぶのが問題よねー。ここは南の島じゃないから、椰子の実の器なんてないしさ。」
とミーコさんが考え込んでいる。
「竹が生えているから、これを切ることができればコップにできるのにね。そこに転がっているのがザルのゴミじゃねぇ」
と私が言うと、うんうんとミーコさんが頷いた。そして、ミーコさんが、
「優さん!それ、ザルよ!」
と目を輝かせた。ミーコさん、ザルじゃ水はみんな落ちてしまいますよ?
「大きな葉っぱをさっき見つけたの。それを上手く敷けば大丈夫。夜寝る前にみんな水分補給をして、ザルの水は夜間用ね。」
ミーコさんとチワワたちはザルを綺麗に洗って、葉っぱを摘みに行った。私たちは引き続き葦を摘んでは柔らかくして運んだ。やがて太陽が傾き始めた。
十回目に葦を運んだ時には、簡単なキャンプのような光景になっていた。屋根があるところの下には柔らかい葦。食べ物がたくさん積まれている。水も揃っている。
「良かった。これだけのチワワとチワバターだから、装備は充分とはいえないかもしれない。でもとにかく飢えや乾くことなく、夜露に震えることもない。一晩過ごしたら、どうやってチワワ御殿へ戻って飼い主たちの身体を取り戻せるか考えよう。」
雷子さんが女の子なのに雄雄しく言った。皆は遠吠えをした。私たちチワバターも遠吠えをした。こんな状況に不謹慎かもしれないが、この一体感は何というか感動に近い。
この夜は、皆で水を飲み、アケビなどを食べ、黒太郎さんと春海さんが作ったテントの下で、私たちが柔らかくした葦の布団で眠った。
ふと、眠りに落ちながら気がついた。娘の麻耶は風邪で自室にいるはずだ。どうしているだろう? 二晩も帰らない母親を探し始めているのではないだろうか? チワバターの施設に向かったのではないか? いや、それ以前に鳴海さんはどこへ行ったのだ? あの残忍な執事といい、鳴海さんに何かがあったに違いない。
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