犬も歩けば時代を超える

有馬 優

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7話 犬千代、犬友ができる

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犬千代こと、現代では「ゼット」と名づけられた私だが、お散歩デビューをすることになった。お散歩デビューというのは、それまで免疫がないために屋内にいた子犬が外で自分の足で歩くことらしい。今日は早速リードという私とお母様をつなぐ紐を購入することになり、ペットショップのあるホームセンターまでやってきた。

「お散歩用の服も買いましょうか? ゼット用のグッズやオヤツもたくさん買っていきましょう。」

お母様は外で色々な人間がいる状況に慣れない私を、大きなタオルで来るんで抱っこしてくれた。ホームセンターに着くと、片手で車の付いたかごを押し、片手でタオルに包んだ私を大事そうに抱いてくれた。まるで本当の赤ん坊のように。

「ゼット、何が欲しいかな?」

人間の子供同様話かけてくれるお母様。もしかして、本当は私を犬千代と分かっているのだろうか?と錯覚してしまう。でもそんなはずはないのだ。お母様には私と違って前世の記憶はない。

 ホームセンターで買い物をしていると、正面からお婆さんが歩いてきてニッコリ微笑んだ。お母様は戸惑っている様子なので、知っている人間ではなさそうだ。

「まぁまぁ、ちょっとお顔を見せてちょうだい。何ヶ月なの?」

とお婆さんはホクホクした笑顔で、私を包んだタオルをちょっとめくった。お母様は、

「三ヶ月を過ぎました。」

と言ったが、お婆さんは、

「まぁ、犬じゃないの!」

と驚いて足早に去ってしまった。お母様は、

「なによ、勝手に勘違いしたくせに。でも、赤ちゃんにかわりはないわよねぇ?」

と私に語りかけた。お母様はおばさんの態度にちょっと傷ついたようだった。そうだ、勝手に人間の赤ちゃんだと思って近づいて、無遠慮にタオルをめくったりするのがいけないのだ。お母様は私を大切に抱いてくれていただけだ。



 お母様はペットショップコーナーに行くと、リードを見て、

「なんだか、全部が大きすぎる気がするわ。どれにしたら良いのか店員さんに聞きましょうか。」

と、犬や猫が入ったガラスケースが置いてある店員のいる付近へ歩いていった。しかしそこは、犬がたくさんいる。ガラス越しとはいえ、お母様は急に立ち止まって息をのんだ。ガラスケースの向こうの犬たちは、容赦なく色んな言葉を浴びせてきているが、お母様にはそれは吠えているようにしか見えない。お母様の犬嫌いは相当なのだ。私を抱っこすることには慣れたが、他の犬も平気になったわけではないのだ。私は外の空気にちょっと震えていたが、包んでいたタオルを押しやってガラスケースに向かって、

「ワンワン!うう~ワンワン!(お前ら静かにしろ!私のお母様の前だぞ!)」

とガラスケースの者どもに向かって言い放った。ここは毅然としなければならない。言い返す者や野次を飛ばすものもいたが、私は、

「黙れ!黙らんか!黙らんと食いちぎってやるぞ!」

と応戦した。そんな私をお母様は驚いたように見ている。もしかして、逆に私を怖くなってしまっただろうか?

「ゼット、あなた、私を守ろうとしてくれたの?」

お母様は分かってくれていたのだ。私をしっかりタオルで包みなおすと、ギュッと抱きしめてくれた。そして顔を上げて、犬のケースの前を通り、店員に私の必要なものを聞きにいった。

「小さなあなたが、私を守ろうとしてくれるなんてね。」

お母様の目に、涙のようなきらめきが見えた。



新しい服を着せてもらい、綺麗な模様のリードをつけて、私はお母様と家の周囲を散歩することになった。最初は抱っこして歩いてくれたが、庭の縁側などに予め出ていて外気には慣れてきていたので、早く歩いてみたかった。私が生まれ変わる前の戦国の世とは、外の様子は随分違う。地面の色さえも違う。家の庭には土があったが、外に出ると地面は灰色の硬いもので覆われているようだった。

「さあ、地面を歩いてみる?」

お母様は私を地面にそっと置いた。地面の感触はやはり硬い。手足をみると、泥などがつかない。現代の人間は泥だらけになることを嫌っているようなので、こういった作りにしたのかもしれない。

「お母様歩きましょう。」

私はお母様の目を見た。お母様はリードを短くもって、私をすぐ近くに引き寄せると、ゆっくりゆっくり歩き出した。

「大丈夫?」

お母様が私を心配そうに覗き込んだが、私は胸を張って歩いた。少し歩くと、どこからか別の犬の臭いがする。首を上げると私と同じくらいの大きさの犬が、やはりリードをつけられて歩いてくる。お母様の様子が固い。おそらく知り合いではないだろう。お母様はどちらかというと仕事以外は外に出るタイプではなく、あまり人付き合いもしない。戦国の世のお母様もそうだった。

 近寄ってきた小型犬は毛足が長く、私とはちょっと違う種類のようだった。連れているのは人の良さそうなおばさんだ。

「あら、かわいいチワワちゃんね。」

と、声をかけてきた。人間の世に来て学んだのは、犬を連れていると顔見知りでもないのに無条件に挨拶をしたり、おしゃべりまでしてしまうところだ。犬を連れているというならではの不思議な連帯感と光景といえるかもしれない。

「君はゼットというの?僕はレオン。僕のほうが年上だね。相手の情報というのは、お尻の臭いを嗅ぎあうと分かるよ。年齢、性別、健康かどうか、疲れているのかまでわかるんだ。お尻の臭いを嗅ぎあうというのは、犬同士の挨拶でもあるんだよ。ほら、人間よりムダがないだろう?」

レオン君、いや、レオン先輩は私よりもずっと年上のようだ。とても愛想がよくて知的で、色々教えてくれそうだ。

「家は近くみたいだから、これから度々合うと思う。よろしくね。ここらには色々な犬がいるけど、危ない犬かどうかを先んじて飼い主に教えてあげるのも私たちの役目だよ。」

レオン先輩がニッコリ笑った。

「ほら、君のお母様に伝えてあげて。僕のお母さんは犬の飼育はベテランだから、色々聞けるし、犬友になるといい。」

私はレオン先輩が言うように、お母様に視線を投げかけて頷いてみせた。

「お母さん、レオン先輩は噛み付いたりやたら吠えたりしない、とても良い方です。飼い主の方も良い方のようです。」

伝わったのか?お母様は私を見て何回も頷いた。

「家も近くだし、よろしくお願いします。」

お母様がペコリと頭を下げた。私もレオン先輩に挨拶をして、これからもよろしくと伝えた。

「僕たちも、それからお母さん同士も、犬友だね!」

レオン先輩の笑顔が、私の散歩の楽しみの一つになった。そしていつも、レオン先輩が散歩している姿が見えると、歩いてくるまでキリッと「お座り」状態で待つことにした。

「あのさ、そんなに堅苦しくなくてもいいんだけど・・。君、もしかして僕と同じお侍か何かの生まれ変わり?」

レオン先輩が言った。

「いいえ、戦国武将です!」

「なるほど・・・・。」

レオン先輩は苦笑いをしているようだった。思わず、私も笑ってしまった。だって、今はふたりとも犬なのだから。

































































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