上 下
16 / 63
第1章 育成準備につき、裏で密かに動いていく

16話 残してきた者たちへ1

しおりを挟む
 隠者のダンジョンでの作戦が一昨日の出来事。
 予定通りであれば明日にも魔王城侵攻が開始されるだろう。

 あらかたの準備も終わりという事で、魔王城にあてがわれた私室でくつろいでいた時だった。
 来客を示す、部屋の扉を叩く音が響く。

「リア、今ちょっといいかなー?」

 すると、大分聞き慣れてきた声色が聞こえてくる。
 どうやら来客はクロエのようだ。
 俺は本を閉じて、横になっていたベッドから体を起こし、ベッドに座り直した所で返事をする。

「開いてるから入っていいぞ」

「おじゃまするよー」

 許可を出すとフリフリと尻尾を振りつつ、クロエが部屋の中に入ってきた。
 クロエは俺の目の前まで歩いてくると、ベッドに座っている俺の隣に腰を下ろした。

「近いんだが?」

「またまたー、私とリアの仲じゃない!」

 隠者のダンジョンに行った後から何故だか知らないが、やたらとクロエが俺に接する時の距離感が近くなった。
 出会った時から人懐っこい感じはしていたが、急にこうなるような理由は思い浮かばない。
 どこかの英雄よろしく、さっそうとクロエを助けた訳でもない。

 まあ口では注意を促しつつも、こんなかわいい子に懐かれるのは悪い気はしない。
 世間一般ではどうなのか分からないが、俺自身は別段、亜人だからと言って嫌悪感を示したりはしないからな。

「まあいいや。それで?」

 アギトさんやクロエ達も、既に準備は済ませたと聞いていたし、俺に何の用事なんだろうか。

「えっとね。勇者たちの動向を監視するためにデュオの様子を見てたんだけどね?」

 1週間とは言ってたが、魔王城侵攻の予定が早まったりしたら大変だからな。
 クロエが街の様子を解析室で見ていてくれたようだが、何かあったのだろうか。

「ん、何か起きたのか?」

「ううん、何か起きたって訳じゃないんだけどね。リアが前に組んでいたパーティーの女の子がここ数日、街の中で誰かを探しているみたいなのが気になってね。心当たりとしては、リアの事かなって思って教えに来たの」

 前に組んでいたパーティーに女の子は1人しか居ない。
 俺と入れ替わる形で2人にはなったが。

「もしかしてスノーか」

「さすがに、私の解析魔法でも名前は分からないから、正確なことは言えないけど、多分その子かな」

 それにしても誰か探してると言ったが、誰かとは限らないんじゃないだろうか。
 それこそ何かを探しているとか。

「何か落とし物をしたとかじゃなくてか」

「うーん。そんな感じじゃないんだよね。人の往来で誰かを探してるって感じだったよ? リアのいた宿屋にも行ってたみたいだし、それで、もしかしてリアを探しているんじゃないかなって思ったの」

 こっちに私室を貰えるという事で、泊まっていた宿屋からは荷物をもって出てしまったからな。

「確かに別れてから姿は見せていないが……」

「会って訊いてみればいいんじゃないかな」

 もし本当に俺を探しているなら、早めに顔を出したほうがいいか。
 違うなら違うで、ちょうど別の用事もあるから、それを済ませるだけでいいしな。

「それもそうだな。ちょっと行ってくるか」

「うんうん、それがいいよっ」

「わざわざ知らせてくれて、ありがとな」

「ん!」

 すると、隣にいるクロエが頭をこちらに近づけて、こちらを上目遣いにじっと見てくる。
 ……これは、撫でろってことか?

 ためらいつつも試しに頭を撫でてみると、途端に腰のあたりに何かが当たりだす。
 振り返ってみると、クロエの尻尾がブンブンと左右に揺れて、それがぶつかっていたようだ。

 撫でている頭と同じく毛並みがいいように見える尻尾。
 触ってみたいが、流石に失礼だよな。
 しかし、これはいつまでも撫でていたくなる手触りだな……。

「わうー! リアって撫でるの上手だね」

「あー、たまに孤児院でちびっこたちの相手をする時にしてたからかもな」

「これ、病みつきになっちゃうかも……」

 しばらくその感触を堪能した後でいくつか荷物をもって、2人で解析室へ行ってスノーの姿を確認する。
 その場所に近い、人のいない路地裏へと転移して、俺は数日ぶりである街デュオへとやって来た。

 行く直前にクロエにお土産を催促されたが、まあそれは一番最後でいいよな。
しおりを挟む

処理中です...