【完結】兎の花嫁は氷の狼王子に足を踏み鳴らす

Kei.S

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3.初めての夜

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「後は任せた」

 部屋に着くなり私をさっと降ろすと、蒼牙そうが様はまた早足でお戻りになっていった。目の前には侍女がふたり。背格好も顔もそっくりだ。

「「若奥様。お待ちしておりました」」

 ぴたりとそろった声ときれいなお辞儀。狼の耳と尻尾に、髪の毛は人参のように美味しそうな色。私よりふた回りほど年上に見える。

「お初にお目にかかります。狼人族、こうあかねと」
かえででございます」
「茜と楓ね。姉妹で出仕しているの?」
「はい。百爪様とは遠い親戚にあたりまして」
「この度、ぜひ若奥様のお世話を我々でと志願いたしました」
「それはありがとう。狼人宮のこと、色々と教えてちょうだいね」
「かしこまりました。着いたばかりでお疲れでしょう」
「まずはお湯に浸かって、ごゆっくりなさってください」

 そこから二人にかわるがわる世話をされた。

 お湯で砂埃すなぼこりを落とし、長旅で固まった体を丁寧にほぐされ、最後に狼人族の服を着せられた。兎人族の民族衣装と比べるとかっちりしていて少し窮屈きゅうくつだけれど、光沢のある青い布地はまさに今日、蒼牙様がお召しになっていた服と同じものだ。

「見て楓。白いお耳に青色がよくお似合いだわ」
「ええ。真っ白な尻尾も空に浮かぶ雲のようで」
「「大変素晴らしゅうございます」」
「あっ、ありがとう……」

 茜と楓に揃って絶賛され、耳がぺちゃっと垂れた。まさか蒼牙様とお揃いの服が仕立ててあるなんて思いもしていなかったので、少し照れくさい。けれど、おかげで少し気分が明るくなった。

 ただ、謁見が済んだ後だったので誰に会う予定もなく。到着したばかりで疲れているだろうからと昼食も夕食も部屋に運ばれ、結局一歩も外に出ずじまい。

 ついには夜になり、また湯浴みして寝間着に着替えさせられた。せっかく準備してもらった服だったのになんだか申し訳ない。

「それでは若奥様」
「ごゆっくりおやすみください」
「ええ。ふたりとも、ありがとうね」

 茜と楓におやすみの挨拶をして、寝台の布団に入った。到着してからずっとのんびり過ごしていたのに、横になれば意外と眠たくなるものだ。

 そのままうとうとして。もう一息で眠りに落ちるか、という時。誰かの話し声がふと耳に入った。バッと起き上がって扉のほうに耳を向ける。

 部屋の外。何を喋っているかまでは聞き取れないけれど、片方は聞き覚えのある低音だ。

――この声って……蒼牙様よね?

 そう思うも、いやありえないと思い直して布団に戻った。

 こんな時間に蒼牙様が私の寝室にいらっしゃるわけがないのだ……と思ったけれど。きいと扉が開く音がして飛び起きてみれば、部屋に入っていらしたのは蒼牙様だった。

 足首まで隠れる、丈の長い寝間着姿。どう見てもおやすみになる支度が整っているお姿に困惑しているうちに寝台がぎしっときしみ、私の体が布団に沈み込んだ。すぐ目の前に蒼牙様のお顔がある。

「あっ、あの……婚姻の儀式はまだ先では……?」
「お前との結婚はとうに決まったことだ。俺が寝室を訪れることに何か問題があるか?」
「……いえ、ございません」

 まさか到着したその日にいらっしゃるとは思っていなかった。いや、もちろん早ければ早いほど、百爪様のご期待に応えられる。心の準備がまったくできていないけれど、蒼牙様がいらっしゃった以上、私はやるしかないのだ。

「では失礼します」

 覚悟を決めて蒼牙様の寝間着に手を伸ばすと、なぜかその手を握られた。

「何をする」
「えっ? あっ……私が先に脱いだほうがよろしいですか?」

 自分の寝間着の紐を解こうとすると、今度は両腕を掴まれた。眉間の皺が先程より増えた気がする。

「待て。勝手に脱ぐな」
「はい?」
「ここに寝ろ」
「……はい」

 蒼牙様に布団を指さされ、とりあえず服を着たまま横になった。

 まず寝転んでから、ご自分の手で脱がせたいということかしらと思いながらじっと待っていたけれど。蒼牙様は私の隣に寝転んで布団を被ると、目を閉じたまま動かなくなった。

――えっ? 何もなさらないの?

 婚約者の寝室を訪ねておいて、そんなことがあるだろうか。蒼牙様に近寄ってじっと見つめてみるも、険しいお顔のまま目を伏せておられる。そのうち、かすかに寝息が聞こえてきた。

 せっかく覚悟を決めたのに拍子抜けだと思うも、よく考えてみれば、蒼牙様はとても真面目なお方。婚姻の儀式が済むまでは、ただ隣でおやすみになるだけのおつもりなのだな、と合点がいった。

 いや、大変ありがたいことだ。何をする気はなくとも、こうして蒼牙様が寝室を訪れてくだされば、我々の仲が上手くいっているのだと周囲も安心してくれるだろう。私もなんだか安心して、首まで布団をかぶった。

 そして蒼牙様のほうにコロンと寝返りをうつ。たった今、とてもいいことを思いついたのだ。

 大きな音を立てないように、じわじわと蒼牙様に近づく。
 余程お疲れなのか、まるで死んだように眠っておられる。

――なるほど……寝ている時も眉間の皺はそのままなのね。

 昼間はぼんやりと眺めているうちに「何か用か」と言われてしまったけれど、こうして眠っておられる間なら、睨まれることも部屋を追い出されることもない。

 これはいいと思いながら蒼牙様の寝姿を堪能たんのうしているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。
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