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17.覚悟を決めて
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私からも、ちゃんと気持ちをお伝えすべきだ。さあ言うぞと覚悟を決めて執務室に向かったはずだったのに、思わぬ形で知られるとどうしてこうも恥ずかしいのか。
――全部、聞かれてしまったわよね……?
初めてお会いした時に好きなってしまったという話も、会えない間もずっと蒼牙様のことを考えていたという話も、蒼牙様とでなければ結婚しないと断言したのも。すぐ後ろに居られたのだから、聞こえていないはずがない。
反応が気になる。しかし蒼牙様は英賢に話しかけられても無言。尻尾の音も聞こえない。私も私で、恥ずかしすぎて蒼牙様のほうを振り向けそうにない。それどころか、この場から今すぐ走り去ってしまいたい。
今にも地面を蹴ろうとする足に身をゆだねて脱兎のごとく走り出そう……としたところで、英賢にすかさず阻止された。
「おっとラビーシャ様! どこに行かれるんです? 蒼牙様のお仕事、手伝わないとじゃないですかー?」
「うっ……」
「はい蒼牙様も。仕事仕事!」
「…………」
ふたりして英賢に背中をぐいぐい押され、執務室の中に。
「はーい! それではふたり仲良く、お仕事頑張ってくださいねー!」
そうして無情にも扉が閉められ。執務室の中にはひと言も喋らなくなった蒼牙様と、恥ずかしさで蒼牙様のほうを見れもしない私が残された。これほどまでに気まずい沈黙が、今までにあっただろうか。
あまりの居たたまれなさに「先程の話は忘れてください」と言いそうになったけれど、すんでのところで踏みとどまった。
昨日、婚姻の儀式が始まる前。怒りで我を忘れて「お慕いしている」と言ってしまった時と同じだ。
もし蒼牙様にたずね返された時。私が「聞かなかったことに」だなんて逃げるのではなく、そうですお慕いしていますと真っ直ぐ返していれば、その場で誤解がとけていたはずなのだ。
図らずも盛大に告白してしまったこの機会を、ふいにしてはいけない。
何度か深呼吸した後、私は思い切って蒼牙様に話しかけた。
「あの……先程、麗樹に言ったことなのですが――」
喋りながら蒼牙様のほうを向いて、思わず目を見張った。蒼牙様は首が直角になるほど俯き、両手で尻尾を握りしめている。尻尾の先で顔を隠しておられるけれど、隠れきっていない頬と人耳が真っ赤だ。
一気に緊張が解けて、私は蒼牙様のお隣にびゅんと駆け寄った。
「蒼牙様」
「……なんだ?」
顔を隠したまま、ぼそりと返事があった。しかし間近で見るとよくわかる。尻尾の根元が無理やり動こうとしているのを見るに、蒼牙様は今、ものすごく喜んでおられる。
「先程、麗樹に言ったことなのですが、全部本当です。初めてお会いした日からずっと、蒼牙様のことをお慕いしていますから。尻尾が動いてしまうのを見たくらいでは嫌になりません」
「なっ……!?」
急に恥ずかしげもなく告白したからか、蒼牙様が驚いて顔をばっとあげた。赤らんだ頬と、まあるく見開かれた目。私をじっと見つめた後、なぜかまた、尻尾で顔をお隠しになった。
「……それでも、嫌になるだろう。夫がこのような有様では」
蒼牙様が俯くのと一緒に、握られた尻尾もしょんぼりと垂れ下がっていく。
「ゆくゆくは国を治める身だというのに、自分の尻尾すらまともに管理できない。それに……隠そうとするあまり、お前を怯えさせてしまった。嫌になっても仕方ない……」
――あっ……蒼牙様も、私と一緒なんだわ。
尻尾の先が丸まろうとするのを見て、そう思った。
私が一番怖いのは、蒼牙様に嫌われてしまうこと。蒼牙様もまた、私に嫌われるのが怖い。だから私がお慕いしていると申し上げても、まだ怯えておられるのだ。
「……蒼牙様。私、本当に嫌じゃありません。百爪様の跡継ぎとして、常にご自分を律してこられたのですから。立派なことです」
「情けない奴だと、思わないのか?」
「まったく思いません。ただ、お疲れではないか心配です。英賢の前では楽になさっていると聞きましたが」
「あ、ああ。あいつはどうせ、昔の俺を知っているから……」
「でしたら、もう知ってしまったわけですし。私の前でも楽に過ごされては? そうしていただけたほうが、私も心配ありません」
私の話を聞いて蒼牙様がやっと顔をあげてくださったけれど、尻尾はまだしっかりと握られたままだ。
「いや。それでも、お前に無様な姿を晒すのは……」
「無様だなんて。英賢の前だと素を見せていると聞いて、少し嫉妬してしまったくらいなんです」
「や、やはり……普段の顔は気にくわないか……?」
「そんなことありません。覚えておられないと思いますが、実は昨晩も同じ話をしたんです」
「そうなのか?」
「はい。怒りに任せて心にもないことを言いましたが、蒼牙様が冷たいお顔ばかりでも嫌になるなんてことはあり得ません。お仕事をしていらっしゃるお姿も、凛々しくて素敵だと思います」
「そ、そうか……」
「もちろん、元々の蒼牙様も私は好きです」
「……そうか」
ひとまず安心していただけたようで、尻尾の根元がまた動こうとしている。
そして照れておられるお顔も可愛い。
そもそも、尻尾がぱたぱたするのもしょんぼりするのも可愛いので、私の前で素を見せていただければもっと好きになってしまうだけ。晒すと駄目なのは、私みたいに凶暴な本性……
そうだ。嫌がられているとすれば、むしろ私のほうである。つい先程も、蒼牙様が居る前で足をダンダンしてしまった。麗樹は私と争う気が一切なかったのに。
性懲りもなく乱暴に振舞ってしまったことを思い出すと、だんだんと兎耳が垂れていく。
「……蒼牙様こそ、私が凶暴だと知って嫌になっていませんか?」
――全部、聞かれてしまったわよね……?
初めてお会いした時に好きなってしまったという話も、会えない間もずっと蒼牙様のことを考えていたという話も、蒼牙様とでなければ結婚しないと断言したのも。すぐ後ろに居られたのだから、聞こえていないはずがない。
反応が気になる。しかし蒼牙様は英賢に話しかけられても無言。尻尾の音も聞こえない。私も私で、恥ずかしすぎて蒼牙様のほうを振り向けそうにない。それどころか、この場から今すぐ走り去ってしまいたい。
今にも地面を蹴ろうとする足に身をゆだねて脱兎のごとく走り出そう……としたところで、英賢にすかさず阻止された。
「おっとラビーシャ様! どこに行かれるんです? 蒼牙様のお仕事、手伝わないとじゃないですかー?」
「うっ……」
「はい蒼牙様も。仕事仕事!」
「…………」
ふたりして英賢に背中をぐいぐい押され、執務室の中に。
「はーい! それではふたり仲良く、お仕事頑張ってくださいねー!」
そうして無情にも扉が閉められ。執務室の中にはひと言も喋らなくなった蒼牙様と、恥ずかしさで蒼牙様のほうを見れもしない私が残された。これほどまでに気まずい沈黙が、今までにあっただろうか。
あまりの居たたまれなさに「先程の話は忘れてください」と言いそうになったけれど、すんでのところで踏みとどまった。
昨日、婚姻の儀式が始まる前。怒りで我を忘れて「お慕いしている」と言ってしまった時と同じだ。
もし蒼牙様にたずね返された時。私が「聞かなかったことに」だなんて逃げるのではなく、そうですお慕いしていますと真っ直ぐ返していれば、その場で誤解がとけていたはずなのだ。
図らずも盛大に告白してしまったこの機会を、ふいにしてはいけない。
何度か深呼吸した後、私は思い切って蒼牙様に話しかけた。
「あの……先程、麗樹に言ったことなのですが――」
喋りながら蒼牙様のほうを向いて、思わず目を見張った。蒼牙様は首が直角になるほど俯き、両手で尻尾を握りしめている。尻尾の先で顔を隠しておられるけれど、隠れきっていない頬と人耳が真っ赤だ。
一気に緊張が解けて、私は蒼牙様のお隣にびゅんと駆け寄った。
「蒼牙様」
「……なんだ?」
顔を隠したまま、ぼそりと返事があった。しかし間近で見るとよくわかる。尻尾の根元が無理やり動こうとしているのを見るに、蒼牙様は今、ものすごく喜んでおられる。
「先程、麗樹に言ったことなのですが、全部本当です。初めてお会いした日からずっと、蒼牙様のことをお慕いしていますから。尻尾が動いてしまうのを見たくらいでは嫌になりません」
「なっ……!?」
急に恥ずかしげもなく告白したからか、蒼牙様が驚いて顔をばっとあげた。赤らんだ頬と、まあるく見開かれた目。私をじっと見つめた後、なぜかまた、尻尾で顔をお隠しになった。
「……それでも、嫌になるだろう。夫がこのような有様では」
蒼牙様が俯くのと一緒に、握られた尻尾もしょんぼりと垂れ下がっていく。
「ゆくゆくは国を治める身だというのに、自分の尻尾すらまともに管理できない。それに……隠そうとするあまり、お前を怯えさせてしまった。嫌になっても仕方ない……」
――あっ……蒼牙様も、私と一緒なんだわ。
尻尾の先が丸まろうとするのを見て、そう思った。
私が一番怖いのは、蒼牙様に嫌われてしまうこと。蒼牙様もまた、私に嫌われるのが怖い。だから私がお慕いしていると申し上げても、まだ怯えておられるのだ。
「……蒼牙様。私、本当に嫌じゃありません。百爪様の跡継ぎとして、常にご自分を律してこられたのですから。立派なことです」
「情けない奴だと、思わないのか?」
「まったく思いません。ただ、お疲れではないか心配です。英賢の前では楽になさっていると聞きましたが」
「あ、ああ。あいつはどうせ、昔の俺を知っているから……」
「でしたら、もう知ってしまったわけですし。私の前でも楽に過ごされては? そうしていただけたほうが、私も心配ありません」
私の話を聞いて蒼牙様がやっと顔をあげてくださったけれど、尻尾はまだしっかりと握られたままだ。
「いや。それでも、お前に無様な姿を晒すのは……」
「無様だなんて。英賢の前だと素を見せていると聞いて、少し嫉妬してしまったくらいなんです」
「や、やはり……普段の顔は気にくわないか……?」
「そんなことありません。覚えておられないと思いますが、実は昨晩も同じ話をしたんです」
「そうなのか?」
「はい。怒りに任せて心にもないことを言いましたが、蒼牙様が冷たいお顔ばかりでも嫌になるなんてことはあり得ません。お仕事をしていらっしゃるお姿も、凛々しくて素敵だと思います」
「そ、そうか……」
「もちろん、元々の蒼牙様も私は好きです」
「……そうか」
ひとまず安心していただけたようで、尻尾の根元がまた動こうとしている。
そして照れておられるお顔も可愛い。
そもそも、尻尾がぱたぱたするのもしょんぼりするのも可愛いので、私の前で素を見せていただければもっと好きになってしまうだけ。晒すと駄目なのは、私みたいに凶暴な本性……
そうだ。嫌がられているとすれば、むしろ私のほうである。つい先程も、蒼牙様が居る前で足をダンダンしてしまった。麗樹は私と争う気が一切なかったのに。
性懲りもなく乱暴に振舞ってしまったことを思い出すと、だんだんと兎耳が垂れていく。
「……蒼牙様こそ、私が凶暴だと知って嫌になっていませんか?」
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