【完結】兎の花嫁は氷の狼王子に足を踏み鳴らす

Kei.S

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18.それぞれのやり方で

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 おそるおそる反応をうかがうと、なぜか蒼牙様はきょとんとしておられる。

「凶暴?」
「はい。何か不満があると、足をダンダン鳴らしてしまうんです。昨日もですし、先程も麗樹の前でやってしまって……」
「あれが凶暴……? 怒る姿も可愛いものだと思ったが」
「可愛い?」
「ああ。しかし怪我が心配ではある。足の裏に負担がかかりそうだった」

 蒼牙様の反応に、今度は私がきょとんとする番だ。

 えっ? あんなにうるさくてぼうにも見えるのに、蒼牙様の中では可愛いで済まされるの? それどころか、足裏の負担のほうが気になってしまうの?

 首を傾げている私を見て、蒼牙様の首も傾く。

「……何をそんなに考えている?」
「い、いえ。もしかして、嬉しい時にぴょんぴょん飛び跳ねてしまう習性も気にならなかったり……?」
「どうして気になるんだ? お前は飛び跳ねている時が一番可愛いだろう」

――飛び跳ねてる時が、一番可愛い……!?

 初めてお会いした時、ぴょんぴょんする私を鬱陶うっとうしそうなお顔で……ああ、そうだ。尻尾がぱたぱたしそうになるのを耐えておられたからああいうお顔だったわけで。つまり初めてお会いした時から、私は蒼牙様に気に入ってもらえていたということだ。

 そう分かった途端。喜びでどうしようもなくなり、足が勝手に床を蹴った。

 体が宙に浮いて、床に着地して。そしてまたぴょんと、さらに高く跳ねてしまう。思えば、狼人宮に来てから嬉しさで飛び跳ねるのは初めてだ。

 ほとんどの時間を蒼牙様の隣で過ごしていたので、こんな姿見せてはいけないと思っていた。けれどそんな心配、必要なかったのだ!

「うふふ……嬉しいです! ずっと、我慢していたので!」

 部屋の中を飛び跳ねながら蒼牙様に話しかける。私を眺めながら微笑ほほえんでおられるけれど、相変わらず尻尾はしっかり掴んだまま。

 だんだんと、あの尻尾がかわいそうに思えてきた。自由になってみてよくわかる。やっぱり、本来の自分をひた隠すのはとても疲れることなのだ。

「蒼牙様! ふたりだけの時、私はもう、楽にさせていただきますので!」
「ぜひそうしてくれ。毎日でも見たい」
「うふふ……もしよかったら、蒼牙様も! 無理なさらないでくださいね!」

 ぴょんぴょん飛び跳ねてみせながらそう言うと、尻尾を握っていた蒼牙様の指先がぴくりと動いた。

「……本当に、本当に情けないと思わないんだな?」
「はい! むしろ素を、見せていただけたほうが、嬉しいです!」

 念入りな確認に笑顔を返すと、ついに蒼牙様が尻尾から手を放した。途端に、蒼牙様のお顔も満面の笑みに。

 尻尾をぱたぱたさせながら私のほうに走っていらして、ぴょんと飛び跳ねたところを空中で捕まえられてしまった。

「うふふ。やっぱり、蒼牙様は笑顔も素敵ですね」
「そ、そうか……」
「もちろん、照れても可愛いです」
「…………」

 無言になってしまっても、尻尾がぱたぱたしているのを見れば分かる。私に可愛いと言われるのも別に嫌じゃないのだ。

 蒼牙様に抱きしめられながら、間近で照れ笑いを堪能たんのうする。そしてふと気づいた。蒼牙様の下まぶた。はしのほうがこすりすぎたように赤くなっている。

「……蒼牙様。もしかして、泣いておられたのですか?」
「あまり見ないでくれ……もう嫌われてしまったかと思っていたんだ」
「申し訳ありません。蒼牙様は私の気持ちをご存じだとばかり思っていました」
「いや、昨日初めて知った。お前を怒らせてしまった時に……」

――やっぱり……それまで一度も、口にしたことがなかったんだわ。

 自分のことなのに信じられない。いくら私が分かりやすくても、結局は口に出して伝えないと。蒼牙様からすれば、私が本当にどう思っているかは分からないのに。

「……本当に、申し訳ありませんでした。急に怒りだして驚かれましたよね」
「いや。あれは俺が悪かった。英賢にも言葉足らずだと言われたんだ」
「言葉足らず、ですか?」
「ああ。誰にも見せられないと言ったが、あれは悪い意味で言ったのではない」
「えっ?」

 色々あってすっかり忘れていたけれど、そういえばそんなことを言われた。もう気にしていなかったのに、そんなことを言われるとどういう意味だったのか気になってしまう。

「あの……そのままの意味ではなかったんですか? 衣装は素敵でしたけれど、私に着こなせるだけの器量がなかったのかなと」
「そんなことはない。着飾った姿が普段よりさらに可愛いので、他の奴に見せたら取られるかもしれないと思って……ああいう言葉になってしまった」
「!?」

 まさかの真逆である。
 てっきり、人に見せられないくらい似合ってないという意味だと思っていた。

「も、申し訳ありません。私、勝手に勘違いして怒ってしまうなんて……自分に似合ってないのかと思ったんです」
「いや、とてもよく似合っていた。衣装も、青い花飾りも」
「あっ……ありがとうございます!」
「……やはりお前は、そうして笑っている顔が一番可愛い」

 飛び跳ねている私が一番じゃなくなってしまった。でも蒼牙様がそうおっしゃるなら、もうずっと笑っていよう。

 そう思いながらにやけていたら、蒼牙様の口が私に近づいてきた。

「蒼牙様……?」

 どうなさったのかとたずねる前に、かぷっと鼻にみつかれた。狼人族の愛情表現だ。

 鼻の周りに蒼牙様の歯が少し食い込む。ちゃんと力を加減してくださっているようで、痛みはない。

 いつかこんな日が来ればとは思っていたけれど、いざ愛を表現されたら熱いものが込み上げて息が詰まるほど。蒼牙様が口を離した拍子に、私の目からぽろりと涙がこぼれた。

「すっ、すまない! 痛かったか!?」
「いえ、とても嬉しくて……全然、痛くはなかったです」
「本当か? 無理に笑わなくていい。痛いだろう?」
「いえいえ。本当に――」

 大丈夫だと言いかけて、すぐそこにあった姿見すがたみが目に入った。蒼牙様が心配するのも納得。鼻の周りにくっきりと歯型が残っている。

「本当に大丈夫です。触っても痛くありませんし」
「そうか……肌が白いからか、余計と目立ってしまうのだな……」

 血色の悪い真っ白な肌が悩みだったけれど、こうして蒼牙様の歯型が目立つなら悪くない。むしろ今すぐ廊下を闊歩かっぽして見せびらかしたいくらいである。

 ほこらしい気持ちで姿見を眺めていると、蒼牙様にたずねられた。

「ラビーシャ。兎人族の場合はどうするんだ?」
「あっ……では少し、お顔を近づけてもらっても?」
「こうか?」

 すぐそこまでやってきた蒼牙様のひたいに、私の額をこつんと合わせる。兎人族が相手をいつくしみ、愛を伝えたい時に額をくっつける習性だ。

「うふふ……不思議ですか?」
「いや。これだと歯型がつかなくていい」

 額をくっつけたまま、すぐそこで目が合って。互いに笑いあって。
 そしてどちらからともなく、唇が重なった。









兎の花嫁は氷の狼王子に足を踏み鳴らす おわり
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