まぼろしのミッドナイトスクール

木野もくば

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第1話 青年とネコ

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 深夜0時00分、とつぜん目の前に学校があらわれた。キーンコーンカーンコーンとチャイムの音がひびいている。

「がっ、学校!? 学校だよな。な、何で!?」

 深夜の公園のベンチに座り込んでいた二十代前半ほどの男性が唖然あぜんとしながら、公園の上空に浮かぶ学校を見つめる。
 急な理解不能の状況に、混乱する頭を抱えていると誰かの声が聞こえてきた。

「おーい! そこの青年! 早く学校に入りたまえ!」

 学校の屋上おくじょうあやしげな男が、自分に向かって手をっている。くたびれたスーツを着ていて厚底あつぞこ眼鏡めがねをかけているボサボサのかみ無精ぶしょうヒゲが生えた中年の男だった。

「へっ? お、俺!?」 

「そうだ。君だよ君。他に誰がいると言うのかね。0時1分になると学校が消えてしまうぞ。さあ、入りたまえ!」

 気づけば、目の前に階段があり学校の校門につながっていた。
 青年がどうすればいいか分からず固まっていると、どこからともなく現れた真っ白な猫が階段をのぼっていく。

「タ、タマ!?」

 見覚えがある白猫を見た瞬間しゅんかん、考えるより先に体が動き、追いかけるようにして青年は階段をけ上がった。
 息を切らしながら校門まで辿たどり着くと、目の前に広がる光景が目に映り、思わず顔を引きつらせる。
 学校の校庭のような場所で、動物や魚介類、昆虫や花などが走ったり遊んだりしていた。しかも、全員が人間サイズの大きさで、手足がないはずの者まで手足があり二足歩行している。

「……はは。そうか夢か! うん、夢だな。きっと」

 青年が、不気味で奇妙きみょうな場所に、へたり込んでしまった時だった。
 先ほどの怪しげな男が、校舎の屋上からメガホンを使い話し始めた。

「生徒諸君しょくん! 転校生を紹介する」

 それを聞いた奇妙な姿の生徒たちが、一斉いっせいに自分に注目したため青年が青ざめる。

「彼が、転校生の……。ええと、名前が分からん。君、自分で自己紹介をしたまえ!」

「はっ!? えっ?」

(夢の中とはいえ、こんな変な場所で本名を名乗りたくないな。何となく)

「あの、ニックネームとかでもいいですか?」
 
「かまわんよ。許可きょかしよう!」

「……えっと、その、アンラッキーです。会社員やってます。ええと、あと何だ?……独身どくしんです」

「何だと、アンラッキーだと? ふーむ、なかなかトゲがあって刺激しげきを感じる名前ではないか。不吉な感じが実にいい!」

 生徒たちが、ワーと喜んで拍手はくしゅする。変なニックネームを名乗なのったことがずかしくなるほどの歓迎かんげいぶりだった。
 怪しげな男が満足そうな様子で、青年にニヤリと不気味な笑顔を向けて言った。

「まぼろし学校へようこそ! 私は校長の遠野とおのだ。さあ、諸君しょくん、一校時目の授業が始まるぞ。早く教室に入りたまえ」

 生徒たちが戸惑とまどう青年の手を引きながら、教室まで案内してくれた。
 中に入ると、自分が通っていた小学校の教室と似ていて青年はおどろく。なつかしい感じがする場所に切なさを覚えて、心がしめつけられるような気分になる。
 小学生の自分が座っていた机とイスの前まで自然しぜんと足が動いた。

「この机の落書き。なつかしいな……」

 見覚えがある猫の落書きをなぞりながら、そう静かにつぶやいた時、遠野先生がイソイソと教室に入ってきた。

「さあ、授業を始めるぞ。一校時目は、アンラッキー君の人生相談だ!」

「な、何で俺の人生相談? それが授業!?」

 混乱する青年を気にすることなく、遠野先生がグイグイめ寄る。

「何かあるだろう? 恋の悩みとか。ん? ん?」

「……いえ、今は別に恋はしてないので」

「恋愛相談がないだと……。なんてことだ……。二校時目の授業にいくとしよう」

 すると、生徒たちからブーイングがおきた。

「先生! 恋バナが好きだからって、いくら何でもひどいと思います!」

「生徒の気持ちも考えてあげて下さい!」
 
「ちゃんと話を聞いてあげて下さい!」

「しょ、諸君しょくん。落ち着きたまえ。すまなかった。アンラッキー君、他に相談したいことはあるかね?」

「……じゃあ、一つだけ。相談というか懺悔ざんげですが」

「……ふむ。話してみたまえ」

ねこってたんです。タマって名前で真っ白な、そのえっと、捨て猫でした。俺が小学生の時に拾って家族になって、ずっと一緒に。なのに……」

 青年の瞳に涙が浮かび始める。

「………使いたまえ」

 もらい泣きして瞳がうるんでいる遠野先生が、青年にハンカチを差し出す。若干じゃっかん汗臭あせくさにおいがするハンカチだった。

「あ、ありがとうございます。……仕事のために一人暮らしをするようになってから、実家に預けっぱなしで、タマが弱ってきてることを聞いても、俺は仕事を優先して最後まで会いに行かなかったんです」

「そうか、それでタマ君は……」

「天国へ行ってしまいました。お気に入りのオモチャをかかえたまま。それも俺が買って一緒に遊んだ思い出のオモチャで……」

 タマの最後を思い出して言葉につまった青年は、ポロポロとこぼれ落ちる涙を遠野先生の汗臭いハンカチでぬぐった。

「ハンカチ、本当にすみません。今さら後悔こうかいしてもおそいんですが、何で、もっと早くに会いに行ってやらなかったんだろうって」

「ハンカチは遠慮えんりょなく使ってくれてかまわんよ。ふむふむ、二校時目の授業が決まったな」

「えっ? あの、そう言えば、この学校が現れた時、タマが……」

 青年が、そう言いかけた時、遠野先生が意味深な笑顔を浮かべて言った。
 
「分かっているよ。………生徒諸君しょくん! 二校時目の授業を始めるぞ。校庭に集合だ!」

 生徒たちは、キャッキャッと、はしゃぎながら青年の手を引いて校庭へと連れ出す。

「何だこれ?」

 校庭に出ると、猫じゃらしやボール、ネズミや魚のぬいぐるみなど猫が好むオモチャが置いてあった。だが、サイズがおかしく、どれも巨大だった。まるで、自分が猫になったような気分になる視点してんの大きさだった。

 青年がおどろいていると、ジャージ姿に着替えた遠野先生がメガホンを使って話し始める。

「えー、本日、二人目の転校生を紹介する。猫のタマ君だ」

「えっ!?」

 いつの間にいたのか、遠野先生の後ろからピョコッと真っ白な猫が顔を出した。そして、人間ほどのサイズになると二足歩行で、おずおずと前に進み出る。

「タマです。よろしくお願いします」

「ふむ、よろしく! 諸君しょくん、友達も増えた事だし自由に遊びたまえ!」

 生徒たちが喜んでけ出すなか、青年とタマだけが立ち止まり、お互いを見つめていた。

「一緒に遊ぼう!」

 そう言って、タマが笑顔で手を差し出した。

「……タマ」

 涙をこらえながら差し出された手をにぎると、青年の姿が子どもに変わる。タマを拾ったばかりのころの姿だった。

「うん。いっぱい遊ぼう。タマ!」

 一人と一匹は、空いてしまった時間を取り戻すように夢中で遊んだ。
 遠野先生は、その様子をながめながら、どこからか引っ張り出してきたビーチチェアでくつろいでいた。そして、それを見た生徒たちから抗議こうぎを受けている。

 無我夢中むがむちゅうで遊んでいるうちに、外がいつの間にか暗くなっていた。

「よーし、諸君しょくん!最後の授業だ。キャンプファイヤーを囲んでフォークダンスをしよう!」

 遠野先生が、そう言った瞬間しゅんかん、猫のオモチャが全て消え、校庭の中央に巨大なき火が出現しゅつげんした。
 
 生徒たちが、ペアを組んで楽しくおどるなか、遠野先生も楽しそうに一人でヘッドバンギングしながら激しくおどっている。
 子どもに戻った青年とタマもペアを組んでおどっていた。タマが、うれしさを表すように、シッポを立てて小刻こきざみにプルプルとふるわせている。

「ふふ。楽しかったな。あのころを思いだしたわ」

「ごめん、タマ。俺……」

「いいのよ。だって、こどものころからやりたかった仕事でしょう?私にも教えてくれたじゃない。採用が決まった時に、本当にうれしそうな笑顔で……」

「……でも」

「私は、やさしい君に拾われて家族になれて幸せだった。だから自分をめないで」

 そう話したタマは、まぼろし学校の校舎をしばらくながめる。そして、少しだけさみしそうに青年を見つめて微笑ほほえんだ。

「お別れを言えるチャンスが与えられて本当によかった。さようなら。………く…ん…」

 タマの言葉は、消え入りそうな声で最後まで聞き取ることができなかったが、自分の本当の名前を呼んでくれた気がした。

 眠りに落ちるように意識がボンヤリとしていくなか、再びまぶたをゆっくり開けると学校は消えており、青年は公園のベンチに座っていた。時計の針は、深夜0時1分を指している。

「……やっぱり夢か」

 青年が、ため息をついて項垂うなだれた時だった。自分の手がにぎっているハンカチに気付いた。あの遠野先生の汗臭いハンカチだった。

 おどろいてハンカチを広げると一枚のメモ用紙がヒラリと足元に落ちた。あわてて拾い上げると、そのメモには達筆たっぴつな字で、こう書いてあった。

『まぼろし学校は楽しんでもらえただろうか? 出会えた記念に私のハンカチをやろう。喜んで使いたまえ。では、また会う日まで。さらばだ!』





(遠野先生と生徒たち)
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