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第4話 アサガオと人魚
しおりを挟むとある国のとある場所に、とても小さな無人島があった。地図に載ることのないその場所は、アサガオの群生地になっていた。
その島のちょうど真ん中に小さな家が建っていた。家は外も中も大量のアサガオのツルで埋めつくされている。
部屋の中にはアサガオの花とツルを全身に巻き付けている妙齢の女性が寝ていた。
女性は光が当たらない時間が十時間に達すると目を覚ますという不思議な体質をしていた。そのため眠っている間は何をしても起きない。
故に、とつぜん学校が現れても、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴り響いていようが全く気付いていない。
そんな女性の近くに、怪しげな中年の男がぬっと現れる。そして、女性をアサガオごと肩に担ぐと、大慌てで学校に向かって駆け出した。
何とかチャイムが鳴り止む前に校門をくぐると、中年の男が女性を抱えたまま膝をつく。
「ハアハア、何とか間に合った。ふー、こんなに全力で走ったのは久しぶりだ」
その一部始終を見ていた不思議な姿の生徒たちがザワついていた。
「せ、先生。……何してんの!?」
「み、みんなー!! 大変だ! 遠野先生が女の人をさらってきたぞー」
「やっぱり人攫いだった……」
「怪しい人だと思ってたけど、ボクたちは信じてたんですよ! ……それなのに」
「ま、まちたまえ! 誤解だ。さらってきたわけではない」
「……ふふふ、そうよ。さらわれたわけではないわ。遠野先生とは古い知り合いなの。それにしても本当に不思議な場所ね。ここだと眠くならないわ」
いつの間にか目を覚ましていた女性が、アサガオを遠野先生に巻きつけていた。
「君、いったい何をしているんだ!? 動きにくいではないか」
「あら、ごめんなさい。相変わらずアサガオを巻き付けやすそうな体だったから、ついね」
「ぐえっ! なんでそう言いながら、さらに巻きつけるんだ。く、首はやめてくれ」
「……まどろっこしい話はキライだから単刀直入に聞くわ。私は誰から何のために呼ばれたのかしら?」
「ふむふむ。話が早くて助かる。君は見た目だけは若作りしていても、なかなかの年寄りだ。つまりキング・オブ・シニア。実に察しが良くて素晴らしい! その年の功を ……ぐがっ!」
「ふふふふ。前置きが長いわ。は・や・く・教えて」
遠野先生は、アサガオのツルで全身をグルグル巻きにされたため、話すことも動くこともできなかった。
「あら? やり過ぎたわ。ほどくのが大変ね」
「先生、サナギみたい」
「モゾモゾ動いてて虫みたいで少しカワイイかも」
アサガオの女性と生徒たちが遠野先生を指でツンツンしていた時だった。
「……あの、あなたを呼んだのは私です」
そう話したのは、薄茶色の長い髪と紫の瞳を持つ中年の女性だった。
「あなたは、たしか……」
「はい。遠野の妻です。たまに、この学校で夫の手伝いをしています。今日は、生徒たちに人魚の話を教えてほしくて呼んだんです」
「……人魚の話ね。彼はどうする?」
アサガオの女性は、ツルを解こうと頑張っている遠野先生を指差す。
「今回は夫がいなくても特に問題なさそうです。さあ、生徒たちと教室へ行きましょう」
「……もがが。ま、まってくれ」
遠野先生の奥さんの案内で教室に入ると、そこは水の中のような空間が広がっていた。
「泉の奥底をイメージした教室です。夫は泳げないので、この教室に入ることを怖がります。だから、あのままでよかったわけです」
「うふふ、なるほど。じゃあ、さっそく話を始めてもよさそうね。みんなは人魚を知ってるかしら?」
「半分は人間。半分は魚でしょ」
「キレイな女の人のイメージだな」
色んな意見が飛び交うなか、魚が二足歩行しているような姿の生徒が小さな声で呟やいた。
「凶兆を告げる予言獣……」
それを聞いた遠野先生の奥さんは、目を細めて優しく言った。
「そうですね。古来より人魚が姿をみせると不吉の前触れとも言われていました」
アサガオの女性は、その言葉の続きをつなげるよ
うに人魚の話を生徒たちに語りだすことにした。
「ずっと昔、孤独で臆病な人魚がいたの。人間を恐れて明るい昼間は水の奥底に隠れていて、真っ暗な夜にこっそり陸に上がっていたわ」
「人間が怖いのに会いたかったの?」
「人魚の目的は人間じゃない。アサガオの花よ。どうしても咲いている姿を見たかったみたいね。でも夜に見に行っても、いつも花はしぼんでいたわ」
「それはそうだよ。アサガオの花は朝に咲くもん」
「ふふふ。ちがうわ。アサガオは朝になるから咲くわけではないの。光が当たらない時間が八時間から十時間くらいに達してしまうと光を求めるように花開くの……」
そう話すアサガオの女性は、何かを憂いるように遠くを見つめた後、言葉を続けた。
「そして咲いた花の寿命は、たった一日だけ。かぎりある時間だと分かっているから惜しげもなく精一杯に咲き誇る。だから花は美しいのよ。でも、それが人魚には分からなかった」
「人魚は、しぼんだままのアサガオを一輪だけ摘むと水の奥底に持って帰ったわ。そして自分の血をアサガオに垂らした」
「人魚は不思議な力を持っていたの。しぼんだままのアサガオを不老不死にしたわ。人魚は花開くところを見たくて力を使ったのかしらね。だけど時が止まったアサガオは二度と咲くことはない」
「なんだか寂しいお話だね」
「そうね。だから、あなたたちも相手の気持ちも考えないで勝手なことはしちゃダメよ。まあ、これは道徳の授業だったのかしらね?」
アサガオの女性の話を悲しそうな表情で聞いていた遠野先生の奥さんが生徒たちに声をかける。
「さあ、授業はおわりです。校庭で元気に遊んでいらっしゃい」
それを聞いた生徒たちが喜んで教室を出ていくと、そこにはアサガオの女性と遠野先生の奥さんだけが残った。
「……そのお話の人魚が不老不死にしたのはアサガオだけですか?」
「いいえ。人間の少年もいたわ。とても歌声が美しくて、その声が永遠に変わらないようにしたかったみたいね」
「……人魚にしてみれば、ただの気まぐれでしかなかったのでしょうね。人間が何も考えることもなく花を手折る時と同じような感覚しかないのかもしれません」
「…………そうね」
「そのアサガオと少年に救いはあるのでしょうか?」
「ふふふ。それが聞きたくて私を呼んだのね。救いかどうかは分からないけど、アサガオには太陽が、少年には月が不思議な力を貸してくれたみたい。まあ、不老不死は消えないけれど、ほんの少しだけ本来の自分のあるべき姿でいられるようになったみたいよ」
「……そうですか。話を聞かせてくれてありがとうございました」
「どういたしまして。じゃあ、そろそろ元の世界へ戻るわ。私には名前がないから自分で帰れるのよね……」
そう少しだけ寂しそうに呟くと、アサガオの女性がゆっくり消えていく。
水の中だったような空間が、ごく普通の学校の教室に戻った時だった。遠野先生が息を切らしながら走ってきた。
「むっ! ひと足おそかったか。放置するなんてヒドいじゃないか。愛しの妻よ」
「……あなたの、その話し方きらいです。若い時は、もう少しまともな口調だったのに。まったく、スーツもクタクタだし髪もボサボサ。それに髭も似合わないわ。私が側にいなくてもちゃんとして下さいな」
「私は今の自分の姿と口調の方が気に入っているんだが。ダンディズムを追求しているのさ」
「……はあ。本当にあなたは常に楽しそうですね。どんな状況だとしても」
「ふははは。君もそんな私だから惚れたんだろう?」
「そうでした。……人魚の話を聞いて気分が沈んでいたのに、あなたの顔を見たら元気になってきました」
そう笑顔で話した遠野先生の奥さんは、夫の服にからまったままのアサガオを外してあげた。
ちょうどその頃、小さな無人島で満月が浮かぶ夜空をアサガオの女性が見つめていた。その様子を近くの海から人魚が覗いている。
それに女性が気付くと人魚は慌てて海の底へ逃げていった。
「あらあら、相変わらず臆病ね。それに私だと気付いてないのね」
女性は、アサガオの花に向かって優しく語りかける。
「怖がらなくて大丈夫よ。私が人間に化けている間は人魚が近付いてこれないから。ちゃんと咲くことができるわ」
(アサガオ)
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