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第3話 カッパとリンゴの実
しおりを挟むある山の奥深くにある沼の中で、一匹のカッパが満月を見つめて佇ずんでいた。
「……カパ」
カッパがさみしそうに、ため息をついた時だった。どこからともなくキーンコーンカーンコーンという音が鳴り響いて、目の前に急に学校があらわれた。
「カ、カパ!?」
カッパが驚いて唖然としていると、どこからともなく大量のカッパたちがワラワラと出現して学校につながる階段を上っていく。
「カッパ!? カパ?」
カッパは困惑しながらも、謎のカッパ集団に混ざり一緒に行くことにした。
その頃、まぼろし学校の遠野先生と生徒たちは、調理実習に使うためのキュウリの収穫に学校の隣にある畑へ向かうところだった。
「さあ、諸君! 畑についたぞ。新鮮なキュウリがたくさん……。こ、これは何ということだ!?」
遠野先生と生徒たちが目の前の畑の様子に戦慄した。そこには、大量のカッパがいてキュウリを食べつくしていたからだった。
「うわーん。ボクたちのキュウリが」
「キュウリサラダにする予定だったのに、キュウリがないなんて」
「このカッパたち何なの!?」
「しょ、諸君、落ち着きたまえ。君たちは、もしや転校生か?」
「カパ!」
「カパ? カパカパ……」
「ふむふむ。そうか、とてもお腹がへっていたのか。今回の件は許すが、次からは勝手に食べてはいかん。なぜなら、実りを楽しみにしていた者たちの心を踏みにじる行為だからだ」
「カパ! カパ……」
カッパたちは、反省している様子で遠野先生と生徒たちに頭を下げた。
「よろしい! 反省は大事だぞ」
「先生~。でもキュウリがなくなっちゃったよ。これじゃ、調理実習できないよ」
「安心したまえ。なあに、ツテがあってね。古い友人にお願いしてみよう」
「ツテ? 先生のお友達がキュウリをくれるの?」
「ああ! 少しだけ時間をくれ。カッパの諸君、君たちも待っていてくれ」
「カパ?」
生徒とカッパたちが教室で待機していると、校庭から遠野先生がメガホンを使って呼ぶ声がした。
生徒たちが、ワイワイと校庭に出ると遠野先生の隣に見知らぬ中年の男がいた。薄茶色の長い髪と長い髭と紫色の瞳が特徴的な男だった。赤色の花をつけた艶やかな帽子と青い鳥の羽で作ったマントを身に着けている。
帽子の男の後ろには、巨大なカメがいて大量のキュウリとリンゴが入ったカゴを背負っていた。
「すまないな。急な頼みだったのに」
遠野先生は、帽子の男に頭を下げた。
「なあに、気にしないで下さいよ。遠野のダンナには、いつも世話になっているし。それにしても久しぶりですな。相変わらず不気味な顔立ちで胡散臭そうで、せめて無精ヒゲを剃ったらどうですかい?」
「むむ! そっちこそ相変わらずだな。君も童顔だから髭があまり似合ってないぞ」
気心知れた仲の様子の二人に、生徒やカッパたちも帽子の男への警戒心が薄れ、興味しんしんで近付く。
「おいしそうなリンゴとキュウリ。おじさんが作ったの?」
「ああ、そうだよ。特にリンゴはとても甘くて自慢の一品なんだ」
「へー、ヨダレが出てきた」
「遠野のダンナには、キュウリだけを頼まれてたんだが、せっかくだし皆にリンゴも食べてほしくて持ってきたんだよ。遠慮なく食べてくれ」
それを聞いた生徒とカッパたちは、喜んでリンゴを受け取るとかじりついた。
「おいしい!」
「甘い!」
「カッパー!」
みんながリンゴのおいしさを堪能しているなか、一匹のカッパだけが悲しそうにリンゴを食べずに見つめている。先ほど、沼の中で突然あらわれた学校に驚いていたカッパだった。
遠野先生が、そのカッパの前に腰をかがめて話かけた。
「君はどうやらリンゴに後悔があるようだね」
「カパ……」
「ふむ、誘惑に負けて選択を間違えたと」
「カ……パ……」
カッパは、言葉を濁しながら寂しそうな表情で他のカッパたちを見つめている。
その様子を見ていた帽子の男が遠野先生に言った。
「どうやら、このカッパ君は皆の前では話しづらい悩みを抱えているようですな。遠野のダンナ、調理実習は自分が代わりにやっとくから、話をゆっくり聞いてやったらどうですかい?」
「いいのかね?」
「もちろん。それに遠野のダンナは、手先が不器用で料理も下手くそだから、また生徒たちに軽蔑される姿が目に浮かんで偲びなくて……」
「ぐっ! サラダくらいなら私でも作れるぞ。だ、だが、せっかくの君の申し出だし、まあ、その何だ、よろしく頼む」
「くくくく、素直じゃないのも相変わらずか。まあ、お任せあれ」
帽子の男が生徒とカッパたちを連れ出した様子を見送ると、遠野先生が一人残ったカッパに優しく語りかける。
「さあ、ここには私と君しかいない。遠慮なく話してみたまえ」
「……カパ」
カッパは、ぽつりぽつりと自分の身に起こったことを語り始めた。
今から遠い昔、カッパは仲間たちと楽しく暮らしていた。しかし、妖怪を恐れる人間たちに見つかり襲撃を受けてしまう。
カッパは重傷を負いながら何とか逃げ出したが、仲間とはぐれてしまった。
あてもなくさまよい、深い森の中で行き倒れてしまった時だった。気がつけば目の前に小さなリンゴの木があった。実っているリンゴの実は一つだけだったが、芳醇な香りが辺りに広がっている。
リンゴの木は、カッパに語りかけた。
『このリンゴを一口食べればケガが治るよ』
そして木の枝からリンゴが落ちると、カッパの目の前までコロコロと転がってきた。
瀕死のカッパが、何とか一口かじり飲み込んだ瞬間、たちまちケガが治り全身に力がみなぎってくることを感じた。
「カパ!?」
『元気になったみたいだね』
「カパカパ」
『仲間たちにも食べさせたい?もちろんいいよ。でも、一つだけ大切な話がある。このリンゴは一口食べれば祝福のリンゴ。けれども一人で全部食べてしまったら禁断のリンゴになってしまうんだ』
「カパ?」
『どちらを選ぶかは君の自由だ。でも、みんなで食べることが正解かな。だって一個しかないリンゴだもの』
「カパ!」
カッパはリンゴの木に、お礼を言うと仲間たちを探して、あちこちを放浪した。しかし、いくら探しても仲間たちを見つけ出すことが出来なかった。
心身ともに疲れ果てたカッパは、布にくるんで大切にしまっていたリンゴの実を取り出し眺めてみる。
不思議なことにリンゴの実は、どれほど時間が経っても腐りだすことはなく、あの日のまま瑞々しく芳醇な香りを放っていた。
リンゴの香りを嗅いでいると強烈な食欲がカッパを襲った。あの一口食べた時の、この世の物とは思えない美味しさを思い出してしまう。
仲間のためにと必死に耐えていたのに、さみしさと絶望から誘惑に負けそうになる。
そして…………。
カッパの話を聞いていた遠野先生が静かに呟いた。
「そうか、自分ひとりでリンゴを食べきってしまったのか………」
「………カパカパ」
「ふむ、それで自分の体に異変が起きたと。歳を取らなくなり、何をしても死ねない体になってしまったと」
「………カパ」
「つまり禁断のリンゴは、不老不死になってしまう実だったということか………」
カッパはシクシクと泣き出してしまった。そして遠野先生に縋るようにして告げた。
久しぶりに大勢の仲間たちと楽しく過ごせてうれしかった。
そして仲間たちが自分のいる世界に、もういないことに気付いてしまった。
もう一人ぼっちのまま生き続けるのは嫌だ。
この世界にずっといたい。
「それは出来ない。ここは一時の夢の世界。生者は、この世界にいられない。いずれは夢から醒めてしまう」
遠野先生の無常な言葉に、カッパは黙って悲しそうにうつむいた。
「………話しておきたいことがある。実は今回、この学校に招かれた者は君だけではない」
「カパ?」
「君と同じような境遇で一人ぼっちになってしまったカッパ君がいる。不老不死ではないがね」
「カパ!!」
「世界は思ったより広いということだ」
その話を聞いたカッパが、ゆっくり顔を上げた時だった。目の前にキュウリとリンゴのサラダを持ったカッパがいた。
「カパ? カパカパ………」
「カパカパ? カパ………」
二匹のカッパが何やら話をして、一緒に涙をこぼしながらサラダを食べ始める。
しばらくすると、帽子の男が手をふりながら遠野先生を呼びにやってきた。
「遠野のダンナ~! 完成しましたよ。生徒たちが待ってますぞ」
「ああ! すまなかったな。では私もありがたく頂戴するよ」
遠野先生と入れ替わるように、帽子の男が二匹のカッパの近くに来た。
そして、懐からリンゴの実を一つ取り出すと、カッパに差し出しながら言った。
「これは、一口食べれば祝福のリンゴ。けれど一人で全て食べきってしまうと禁断のリンゴ」
「………カ、カパ!?」
驚きながらもリンゴを受け取ったカッパに、帽子の男が笑顔を向けた。
そして、二匹のカッパの本当の名前を呼んだ。カッパたちの姿がゆっくり消えていく。
消えゆくカッパの耳に、静かに囁く声が聴こえる。
「不老不死の者が禁断のリンゴをもう一度食べきれば死を迎えられる。だが、どんな道を選んでも君の自由だ。後悔のない選択を………」
カッパが、嗅いだ覚えがある芳醇な香りに誘われるようにして、ぼんやりと目を覚ました。
目の前には、いつもと変わらない沼があり水面に満月を映している。
ふと、自分の手の中に何かがあることに気付く。
見覚えがあるリンゴの実だった。
(帽子の男とリンゴ)
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