『三度目の滅びを阻止せよ ―サラリーマン係長の異世界再建記―』

KAORUwithAI

文字の大きさ
38 / 188
Mission6: 魔物の脅威を退けよ

第5話 傷と薬草

しおりを挟む
 ――夜が明けた。
 村の広場には、昨夜の戦いの痕跡が色濃く残っていた。血に染まった土、壊れた槍の柄、矢羽根の残骸。魔物の死骸はすでに処理されたが、その臭気がまだ漂っている。

 「ぐっ……!」
 呻き声に、村人たちの視線が一斉に集まった。昨日、狼型の魔物に飛びかかられ、腕を深く裂かれた若者だった。布を巻いていたが血は滲み出し、顔は青ざめ、目はうつろだ。

 「こんな傷じゃ……もう助からねえんじゃないか……」
 誰かが呟くと、周囲の空気が一気に沈む。戦えば死ぬ。そう信じていた村人たちの恐怖は、再び強く膨らんでいった。


 「諦めるな。」
 その声が静かに響いた。悠真だった。
 彼はしゃがみ込み、傷口を確かめると、すぐに立ち上がって指示を飛ばす。
 「森に生える“苦草(にがぐさ)”を知っているか? 止血に効くはずだ。あと“白花草”を探せ、傷の腫れを抑える。」

 村人たちは顔を見合わせたが、怪我をした仲間を前に迷ってはいられない。ユナが率先して駆け出し、数人の若者も後に続いた。


 しばらくして、手に一抱えの草を持ったユナたちが戻ってきた。苦い匂いを放つ緑の葉と、小さな白い花がまだ朝露を纏って光っている。

 悠真は火にかけた鍋に水を張り、草を細かく刻んで放り込む。煮出した汁を布に染み込ませ、傷口に押し当てた。

 「いっ……てぇぇ!!」
 若者が悲鳴を上げる。
 「我慢しろ、これで膿まない。」
 悠真は短く言い、布を巻き直した。


 周囲の村人たちは固唾を呑んで見守っていた。やがて、噛み切られたような出血が次第に弱まり、若者の呼吸も落ち着いていく。

 「……血が、止まってきた?」
 「まさか……こんな草で……」

 驚きと安堵が交錯する。昨日まで「戦えば死ぬ」と怯えていた彼らの心に、小さな希望が灯った。


 治療を受けた若者は弱々しい声で言った。
 「俺……死なねえのか……? 戦っても……生き残れるんだな。」

 その言葉に、周囲からどよめきが起こった。
 絶望しかなかった戦いに、“生き残れる”という感覚が初めて生まれた瞬間だった。


 ユナは薬草を煮詰めながら、真剣な眼差しで悠真を見上げる。
 「……やっぱり、戦ってもいいんだね。怖いけど……生きるために。」
 悠真は頷いた。
 「戦うだけじゃない。戦った後にどう生き残るか、それも大事だ。」

 その言葉に、若者たちは槍を握る手を強めた。恐怖はまだ残っているが、目には確かな光が宿っていた。


 長老が口を開いた。
 「……戦の術だけでなく、生き残る術も授けてくれるのか。ならば、わしらも腹を括るしかあるまい。」

 年老いたその声は、村全体の心を支える支柱となった。


 だが課題も浮き彫りになった。
 薬草は限られた資源だ。いくら効き目があっても、使えば尽きる。
 「これからは、薬草の備蓄も兵糧と同じくらい大事になる。森へ定期的に探索隊を出そう。」
 悠真の言葉に、村人たちは頷き合う。


 戦いは終わっていない。
 けれど、ただ恐怖に怯えるだけの村ではなくなった。治療が希望を生み、希望が新しい決意を生み出していく。

その日、見張り台に立っていた少年が、血相を変えて鐘を打ち鳴らした。
 「お、奥に……森の奥に、でっけぇ影が!」
 耳をつんざく鐘の音に、村人たちは一斉に顔を上げる。畑にいた者は鍬を投げ出し、子供を抱いた母親たちは慌てて家へ駆け戻った。

 見張り台へと駆け上がった悠真は、森の奥を睨みつける。
 木々を押し分けるように、異様な大きさの影がゆっくりと揺れていた。形ははっきりとしない。だが確実に、狼型の魔物や小型の獣とは比べ物にならない巨躯であることが分かる。

 「……まさか、あんなものまで出てくるのか。」
 村長が蒼白な顔で呟く。周囲の村人も恐怖に駆られ、足元を震わせていた。


 「戦ったら全員死ぬ……」
 誰かが口にしたその言葉が、瞬く間に広場全体を覆う。
 「逃げよう! あんなもの勝てるわけがない!」
 「でも、逃げても追いつかれるぞ!」
 言い争う声が次々に上がり、子供の泣き声が混じり、村は混乱に包まれていった。

 ユナは不安そうに悠真の袖を掴み、震える声で言った。
 「……悠真さん、本当に戦えるの? もしも……」
 その瞳には恐怖と、かすかな期待が入り混じっていた。


 悠真は深く息を吐き、村人たちの前へと立った。
 「正面から挑んでも勝ち目はない。それは俺も分かってる。」
 ざわめきが広がる中で、彼は棒切れを拾い、土の上に素早く線を引いていく。

 「だが、俺たちには“知恵”がある。落とし穴だ。深さは三人分、底に槍を突き立てる。通り道には横槍を仕掛ける。森を抜けてくる大物は、必ず決まった道を通る。その道を俺たちが仕掛け場に変えればいい。」

 棒で描かれた図が、落とし穴や槍の罠を示していた。村人たちは口を開けて見つめ、やがて一人が声を上げた。
 「……本当にそんなもので勝てるのか?」

 悠真は真っ直ぐに答える。
 「勝てるかどうかじゃない。“やらなければ滅ぶ”。だからやるんだ。」


 その一言に、動揺していた空気が止まった。
 最初に動いたのは、前に出た若者だった。
 「……やってみる。死ぬのを待つより、掘る方がマシだ。」
 次いで別の者が「俺も!」と声を上げる。

 こうして、村総出の罠作りが始まった。


 男たちは鍬やつるはしを手に、必死で地面を掘り進める。女たちは縄を編み、槍の先に巻く布を焼き固めるための火を準備する。子供たちですら枝や石を運び、作業を手伝った。

 土を掘るたびに汗が滴り落ちる。手は豆だらけになり、息も荒くなる。だが「死にたくない」「守りたい」という一心が、彼らを動かしていた。


 作業の合間、ユナが不安げに呟いた。
 「……もし罠にかからなかったら?」
 悠真は一瞬だけ言葉を失ったが、すぐに真剣な眼差しで答えた。
 「その時は俺が前に出る。だが必ず仕留める。みんなを守るために。」

 その声は村人たちの胸を震わせ、不安を押しのける力を持っていた。


 夕暮れ、最初の落とし穴が完成した。底には槍が突き立てられ、伐採した枝葉で巧妙に隠されている。横には木を削って作った槍の罠も仕掛けられた。

 「これで……本当に止められるのか?」
 誰かが呟くと、悠真は落ち葉を払いながら言った。
 「必ず止められる。みんなが力を合わせた罠だ。信じろ。」


 日が沈み、村の周囲には十数箇所の罠が並んでいた。
 人々は疲れ果てていたが、同時に奇妙な高揚感も感じていた。恐怖の中でも、初めて“戦う準備”を共有したのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強剣士が転生した世界は魔法しかない異世界でした! ~基礎魔法しか使えませんが魔法剣で成り上がります~

渡琉兎
ファンタジー
政権争いに巻き込まれた騎士団長で天才剣士のアルベルト・マリノワーナ。 彼はどこにも属していなかったが、敵に回ると厄介だという理由だけで毒を盛られて殺されてしまった。 剣の道を極める──志半ばで死んでしまったアルベルトを不憫に思った女神は、アルベルトの望む能力をそのままに転生する権利を与えた。 アルベルトが望んだ能力はもちろん、剣術の能力。 転生した先で剣の道を極めることを心に誓ったアルベルトだったが──転生先は魔法が発展した、魔法師だらけの異世界だった! 剣術が廃れた世界で、剣術で最強を目指すアルベルト──改め、アル・ノワールの成り上がり物語。 ※アルファポリス、カクヨム、小説家になろうにて同時掲載しています。

初期スキルが便利すぎて異世界生活が楽しすぎる!

霜月雹花
ファンタジー
 神の悪戯により死んでしまった主人公は、別の神の手により3つの便利なスキルを貰い異世界に転生する事になった。転生し、普通の人生を歩む筈が、又しても神の悪戯によってトラブルが起こり目が覚めると異世界で10歳の〝家無し名無し〟の状態になっていた。転生を勧めてくれた神からの手紙に代償として、希少な力を受け取った。  神によって人生を狂わされた主人公は、異世界で便利なスキルを使って生きて行くそんな物語。 書籍8巻11月24日発売します。 漫画版2巻まで発売中。

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

転生魔竜~異世界ライフを謳歌してたら世界最強最悪の覇者となってた?~

アズドラ
ファンタジー
主人公タカトはテンプレ通り事故で死亡、運よく異世界転生できることになり神様にドラゴンになりたいとお願いした。 夢にまで見た異世界生活をドラゴンパワーと現代地球の知識で全力満喫! 仲間を増やして夢を叶える王道、テンプレ、モリモリファンタジー。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...