『腰は重いけど速攻解決!』 ~異世界最速のめんどくさがり~

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七将編(剛腕将軍グラドン)

第27話 闇を払う眠たげな勇者

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夜。
 鉱山都市の空は雲に覆われ、月明かりすら差さなかった。
 街灯に吊るされたランプが、揺れる炎で路地をかろうじて照らす。
 昼間はあれほど賑わっていた市場も、今は戸板が打ち付けられ、通りは静まり返っている。

 ――その静寂を破ったのは、甲高い悲鳴だった。

「きゃあああっ!」
「逃げろ! 魔物だ!」

 狭い路地を突き破るように、黒い影が飛び出してきた。
 狼に似ているが、口からは泡立つ涎、皮膚の一部は硬い鱗に覆われ、異様に膨張した四肢が石畳を砕きながら走る。
 その背後からは、さらに数匹の異形がぞろぞろと現れ、牙をむき出しにして市民へと襲いかかった。

 抱きかかえられた子供が泣き叫び、母親が必死にその身を抱き締める。
 男たちは必死に棒や石を手に応戦するが、魔物の爪はそれらを容易く粉砕した。
 家の中に逃げ込もうとする者、荷物を投げ捨てて走る者――街は一瞬にして修羅場と化した。


 鐘が鳴る。
 ゴーン、ゴーン、と重く響き渡る音が夜空に広がり、兵士たちが一斉に飛び出してきた。
 盾を構え、槍を突き出し、通りを塞ぐように布陣する。

「怯むな! ここで止めるんだ!」

 その先頭に立つのは、若き騎士リオネル。
 彼の剣は月光の代わりにランプの光を反射し、鋭く煌めいた。

 魔物が雄叫びを上げ、兵士たちに突進する。
 槍と牙がぶつかり合い、火花が散る。
 兵士たちの額には冷や汗が浮かび、それでも必死に盾を押し出し、仲間と声を掛け合って踏ん張っていた。

 だが――押し返すにはあまりにも力の差が大きい。
 「ぐっ……! 押される!」
 「ひぃっ、来るなぁ!」

 混乱の渦に飲み込まれそうになる兵士たちを、リオネルが必死に鼓舞した。
「退くな! 市民を守れ! 俺がいる!」


 その喧騒を聞きつけ、のそのそとやってきた男が一人。

 勇者・悠である。

 宿屋から出てきたその姿は、英雄然とした華々しさなど一切ない。
 剣を片手に担ぎ、もう片方の手で目をこすりながら、まるで散歩に出るかのようにゆったりと歩いていた。
 途中で大きなあくびをひとつ。

「……夜襲ってさぁ、ほんっと一番迷惑だわ」

 眠たげな声が路地に響いた。


 リオネルが振り返り、声を張り上げる。
「勇者様! 今こそお力を!」

 悠は片手をひらひらさせながら、気の抜けた返事をした。
「はいはい……」

 その瞬間、一匹の魔物が雄叫びを上げながら悠へ飛びかかる。
 兵士たちが思わず息を呑んだ――が、悠は一歩も動かない。

 ただ、片手を軽く振った。

 ――ドンッ!

 衝撃波のような力が迸り、魔物の巨体が宙を舞った。
 石壁に叩きつけられ、骨の砕ける音を残して沈黙する。

 兵士たちの目が大きく見開かれる。
 リオネルでさえ、一瞬だけ言葉を失った。

 次の瞬間、市民の群れから歓声が上がる。
「勇者様だ!」「助かった!」「やっぱり本物だ!」

 その声に、悠は眉をひそめて耳を塞いだ。
「……静かにしろよ。眠くなるだろ」


 だが、夜は終わらない。
 暗い路地の奥から、再び赤い目が現れる。
 狼型、トカゲ型、混じり合った異形の魔物たちが、数匹ごとに姿を現し、次々と市民を狙う。

 リオネルは剣を振り上げ、声を張り上げた。
「市民を避難させろ! 勇者様の援護を!」

 兵士たちは再び立ち上がり、盾を構えて人々を誘導する。
 だが魔物の数は減らない。
 角を曲がるたびに新たな影が飛び出し、通りのあちこちで悲鳴が響いた。

 悠はその様子を見ながら、肩を落とした。
「……キリがねぇな。どんだけ出てくんだよ」

 眠気に満ちた声。だが、その瞳は一瞬だけ鋭く光った。

 剣を軽く振るうと、衝撃波が生まれ、数匹の魔物が同時に吹き飛ぶ。
 岩が砕け、粉塵が舞う。
 その光景に市民たちは再び歓声を上げるが、悠はどこまでも無愛想に吐き捨てる。

「うるせぇって……静かにしてろ」


 兵士たちは呆然としながらも、勇者の背中に力を得て再び立ち上がった。
 リオネルの声が響く。
「勇者様がいる! 恐れるな!」

 その声に応じるように、街の混乱は少しずつ秩序を取り戻していった。
 しかし、魔物の群れはなおも尽きることなく現れ続ける。

 ――夜襲は、まだ始まったばかりだった。
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