33 / 207
七将編(剛腕将軍グラドン)
第28話 渋々承諾する勇者
しおりを挟む
夜の鉱山都市は、まるで嵐が通り過ぎた後のようだった。
路地に転がるのは、数十匹にも及ぶ魔物の死骸。狼ともトカゲともつかぬ異形が、石畳の上に重なり合っている。建物の壁は砕かれ、屋根瓦は散乱し、街の至るところに戦いの爪痕が残されていた。
それでも人々が無事だったのは、ただ一人の存在のおかげだ。
勇者・悠。
彼は、最後の魔物が牙を剥いて飛びかかってきた瞬間、大きな欠伸を一つしながら足を軽く振り上げただけだった。
その一撃は雷鳴のような衝撃を生み、魔物を路地の奥の壁に叩きつける。骨の砕ける音と共に、赤い光を宿していた瞳は濁り、やがて完全に動かなくなった。
辺りに残るのは、市民の荒い呼吸と、兵士たちの驚愕に満ちた視線。
誰もが声を上げたい衝動に駆られたが、当の本人は耳を塞ぎ、面倒そうに顔をしかめていた。
「……もういいだろ。静かにしてくれ。眠て……」
眠たげな声を残し、悠は肩に剣を担ぎ直すと、そのまま背を丸めて宿屋へと歩いていった。
英雄然とした威容など一切ない。ただ“眠いから帰る”。その背中に、人々は言葉を失ったまま頭を垂れるしかなかった。
翌朝。
陽が昇ると同時に、兵士たちは街の路地に散らばり、残された魔物の死骸を調べ始めた。
死骸の皮膚は硬質化し、部分的に鱗のような模様を持つ。指の先は鉤爪のように変形し、背中には焼き印のような黒い紋様が刻まれていた。
異臭が辺りに漂い、兵士たちは布で口と鼻を覆いながら槍の柄で突いては後ずさる。
「……これは普通の魔物じゃない」
「まるで誰かが造り出したか、操って送り込んだかのようだ」
兵士たちの怯えた声が広がり、やがてリオネルが死骸の傍らに膝をついた。
彼は目を細め、真剣に観察する。
「街に自然に入り込んだのではない……これは、鉱山から送り込まれたと見るべきだ」
彼の言葉に兵士たちは息を呑み、互いに顔を見合わせた。
そのやりとりを、悠は近くの石垣に腰を掛けながら欠伸混じりに聞いていた。
眠そうな目を擦り、乱れた髪を掻きながら呟く。
「……やっぱり、まだ面倒な敵がいるんだな」
彼にとっては昨夜の戦いも睡眠妨害に過ぎず、今日の調査も二度寝の邪魔をされているようなものだった。
だが、街の人々にとってはそうではない。
子供を抱いた母親は涙を流しながら兵士に感謝を述べ、老人たちは「勇者様のおかげで命拾いした」と口々に祈りを捧げた。
その視線のすべてが、気怠げな若者に集まっている。
やがて兵士の一人が声を上げた。
「足跡があります! 北の坑道方面に続いている!」
リオネルは立ち上がり、険しい顔をして振り返る。
「やはり……。魔物は鉱山の奥から送り込まれているのです。放置すれば、再び街が襲われるでしょう」
そこに領主が現れた。
疲れ切った顔をしていたが、その眼差しは必死だった。
彼は悠の前に歩み寄ると、膝をつき、震える声で言った。
「勇者殿……どうか、鉱山の再調査をお願いしたい。この街は、いや王国は、あなたの力を必要としております」
周囲の市民もまた、祈るような眼差しで悠を見つめる。
昨夜救われた人々、泣きながら感謝を伝えた母親、勇者ごっこをしていた子供たち――すべての視線が彼に注がれていた。
悠は乱暴に髪を掻きむしり、うんざりしたように顔を歪めた。
「……だからよ。なんで俺ばっかりに面倒押し付けんだよ」
その一言に、場の空気が凍り付く。
領主は顔を伏せ、兵士たちは言葉を失った。
しかし次の瞬間、悠は大きな溜息を吐き、肩を落とした。
「……はぁ、わかったよ。どうせまた寝られないんだろ」
その声に、市民から歓声が上がった。
領主は深く頭を垂れ、兵士たちは安堵の息を漏らした。
リオネルはそんな悠を横目に見つめ、真剣な声で告げる。
「勇者様、鉱山の奥には――尋常ではない魔力の気配が濃く漂っています。昨日の副官とは比べものにならない……強敵が潜んでいるはずです」
悠は片目を細め、剣を肩に担ぎ直した。
「強敵ねぇ……。あんま強すぎると、片付けが面倒なんだけどな」
言葉は気怠げだが、その背中からは否応なく圧が放たれていた。
市民も兵士も、ただその姿に目を奪われる。
鉱山の奥に潜む存在。
それはまだ名前すら口にされぬが、重く圧倒的な気配だけが街を覆っていた。
――魔王軍七将のひとり、【剛腕将軍】グラドン。
やがて彼の巨躯が、勇者の前に立ちはだかる時が来る。
路地に転がるのは、数十匹にも及ぶ魔物の死骸。狼ともトカゲともつかぬ異形が、石畳の上に重なり合っている。建物の壁は砕かれ、屋根瓦は散乱し、街の至るところに戦いの爪痕が残されていた。
それでも人々が無事だったのは、ただ一人の存在のおかげだ。
勇者・悠。
彼は、最後の魔物が牙を剥いて飛びかかってきた瞬間、大きな欠伸を一つしながら足を軽く振り上げただけだった。
その一撃は雷鳴のような衝撃を生み、魔物を路地の奥の壁に叩きつける。骨の砕ける音と共に、赤い光を宿していた瞳は濁り、やがて完全に動かなくなった。
辺りに残るのは、市民の荒い呼吸と、兵士たちの驚愕に満ちた視線。
誰もが声を上げたい衝動に駆られたが、当の本人は耳を塞ぎ、面倒そうに顔をしかめていた。
「……もういいだろ。静かにしてくれ。眠て……」
眠たげな声を残し、悠は肩に剣を担ぎ直すと、そのまま背を丸めて宿屋へと歩いていった。
英雄然とした威容など一切ない。ただ“眠いから帰る”。その背中に、人々は言葉を失ったまま頭を垂れるしかなかった。
翌朝。
陽が昇ると同時に、兵士たちは街の路地に散らばり、残された魔物の死骸を調べ始めた。
死骸の皮膚は硬質化し、部分的に鱗のような模様を持つ。指の先は鉤爪のように変形し、背中には焼き印のような黒い紋様が刻まれていた。
異臭が辺りに漂い、兵士たちは布で口と鼻を覆いながら槍の柄で突いては後ずさる。
「……これは普通の魔物じゃない」
「まるで誰かが造り出したか、操って送り込んだかのようだ」
兵士たちの怯えた声が広がり、やがてリオネルが死骸の傍らに膝をついた。
彼は目を細め、真剣に観察する。
「街に自然に入り込んだのではない……これは、鉱山から送り込まれたと見るべきだ」
彼の言葉に兵士たちは息を呑み、互いに顔を見合わせた。
そのやりとりを、悠は近くの石垣に腰を掛けながら欠伸混じりに聞いていた。
眠そうな目を擦り、乱れた髪を掻きながら呟く。
「……やっぱり、まだ面倒な敵がいるんだな」
彼にとっては昨夜の戦いも睡眠妨害に過ぎず、今日の調査も二度寝の邪魔をされているようなものだった。
だが、街の人々にとってはそうではない。
子供を抱いた母親は涙を流しながら兵士に感謝を述べ、老人たちは「勇者様のおかげで命拾いした」と口々に祈りを捧げた。
その視線のすべてが、気怠げな若者に集まっている。
やがて兵士の一人が声を上げた。
「足跡があります! 北の坑道方面に続いている!」
リオネルは立ち上がり、険しい顔をして振り返る。
「やはり……。魔物は鉱山の奥から送り込まれているのです。放置すれば、再び街が襲われるでしょう」
そこに領主が現れた。
疲れ切った顔をしていたが、その眼差しは必死だった。
彼は悠の前に歩み寄ると、膝をつき、震える声で言った。
「勇者殿……どうか、鉱山の再調査をお願いしたい。この街は、いや王国は、あなたの力を必要としております」
周囲の市民もまた、祈るような眼差しで悠を見つめる。
昨夜救われた人々、泣きながら感謝を伝えた母親、勇者ごっこをしていた子供たち――すべての視線が彼に注がれていた。
悠は乱暴に髪を掻きむしり、うんざりしたように顔を歪めた。
「……だからよ。なんで俺ばっかりに面倒押し付けんだよ」
その一言に、場の空気が凍り付く。
領主は顔を伏せ、兵士たちは言葉を失った。
しかし次の瞬間、悠は大きな溜息を吐き、肩を落とした。
「……はぁ、わかったよ。どうせまた寝られないんだろ」
その声に、市民から歓声が上がった。
領主は深く頭を垂れ、兵士たちは安堵の息を漏らした。
リオネルはそんな悠を横目に見つめ、真剣な声で告げる。
「勇者様、鉱山の奥には――尋常ではない魔力の気配が濃く漂っています。昨日の副官とは比べものにならない……強敵が潜んでいるはずです」
悠は片目を細め、剣を肩に担ぎ直した。
「強敵ねぇ……。あんま強すぎると、片付けが面倒なんだけどな」
言葉は気怠げだが、その背中からは否応なく圧が放たれていた。
市民も兵士も、ただその姿に目を奪われる。
鉱山の奥に潜む存在。
それはまだ名前すら口にされぬが、重く圧倒的な気配だけが街を覆っていた。
――魔王軍七将のひとり、【剛腕将軍】グラドン。
やがて彼の巨躯が、勇者の前に立ちはだかる時が来る。
12
あなたにおすすめの小説
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜
サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。
父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。
そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。
彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。
その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。
「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」
そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。
これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
最弱スキル《リサイクル》で世界を覆す ~クラス追放された俺は仲間と共に成り上がる~
KABU.
ファンタジー
平凡な高校生・篠原蓮は、クラスメイトと共に突如異世界へ召喚される。
女神から与えられた使命は「魔王討伐」。
しかし、蓮に与えられたスキルは――《リサイクル》。
戦闘にも回復にも使えない「ゴミスキル」と嘲笑され、勇者候補であるクラスメイトから追放されてしまう。
だが《リサイクル》には、誰も知らない世界の理を覆す秘密が隠されていた……。
獣人、エルフ、精霊など異種族の仲間を集め、蓮は虐げられた者たちと共に逆襲を開始する。
『三度目の滅びを阻止せよ ―サラリーマン係長の異世界再建記―』
KAORUwithAI
ファンタジー
45歳、胃薬が手放せない大手総合商社営業部係長・佐藤悠真。
ある日、横断歩道で子供を助け、トラックに轢かれて死んでしまう。
目を覚ますと、目の前に現れたのは“おじさんっぽい神”。
「この世界を何とかしてほしい」と頼まれるが、悠真は「ただのサラリーマンに何ができる」と拒否。
しかし神は、「ならこの世界は三度目の滅びで終わりだな」と冷徹に突き放す。
結局、悠真は渋々承諾。
与えられたのは“現実知識”と“ワールドサーチ”――地球の知識すら検索できる探索魔法。
さらに肉体は20歳に若返り、滅びかけの異世界に送り込まれた。
衛生観念もなく、食糧も乏しく、二度の滅びで人々は絶望の淵にある。
だが、係長として培った経験と知識を武器に、悠真は人々をまとめ、再び世界を立て直そうと奮闘する。
――これは、“三度目の滅び”を阻止するために挑む、ひとりの中年係長の異世界再建記である。
ダンジョンをある日見つけた結果→世界最強になってしまった
仮実谷 望
ファンタジー
いつも遊び場にしていた山である日ダンジョンを見つけた。とりあえず入ってみるがそこは未知の場所で……モンスターや宝箱などお宝やワクワクが溢れている場所だった。
そんなところで過ごしているといつの間にかステータスが伸びて伸びていつの間にか世界最強になっていた!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる