『腰は重いけど速攻解決!』 ~異世界最速のめんどくさがり~

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七将編(剛腕将軍グラドン)

第29話 頭を下げる領主と勇者

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翌朝。

 夜襲の名残を宿した鉱山都市は、静けさと不安が入り混じった奇妙な空気に包まれていた。
 石畳にはまだ黒ずんだ血痕が残り、割れた木の扉やひしゃげた柵が修復もされずに放置されている。
 市民たちはそれを横目に、肩を寄せ合いながら小声で囁きあっていた。

「……また来るんじゃないか?」
「勇者様がいたから助かったんだ。けど、次は……」

 その声は通りごとに広がり、朝市にすら影を落としていた。野菜や鉱石を並べる店は半分も開かず、人々の顔は皆こわばっている。

 そんな街のざわめきをよそに、悠は宿屋の二階で布団を頭までかぶっていた。
「……俺に報告されても、どうしようもねぇだろ……」
 昨日の痕跡調査の際に、領主から立ち話で「再調査をお願いしたい」と言われたことを思い出し、再びため息をつく。

 布団の中は静かで、誰も「勇者様」と叫ばない。
 それがどれほど心地よいか――悠にはよく分かっていた。

 だが。

「勇者殿! 領主様より正式なお招きです!」
 扉の外から声が響いた。

「……知ってた」
 布団に顔を押しつけたまま、ぼそりと呟く。
 しかし扉の向こうの兵士は退かず、ただ規則正しい呼吸音が続く。

 観念した悠は、ゆっくりと起き上がった。寝癖が跳ねた髪を片手で押さえつけながら、「はぁ」と息を吐く。
「……面倒くせぇ」


 領主邸の大広間は、すでに緊張した空気で満ちていた。
 壁にかかる古びた絵画や、天井のシャンデリアが淡い光を反射している。
 列をなす家臣たち、選ばれた市民代表、武装した兵士たち。普段は静かな鉱山都市の館に、これほどの人々が集まることは滅多にない。

 悠が入室すると、ざわりと空気が揺れた。
 視線が一斉に集まる。期待、不安、畏怖――ありとあらゆる感情が混ざり合った眼差しに、悠は思わず顔をしかめた。

「……また注目されてんのかよ」
 小声でぼやき、頭をかく。

 隣のリオネルが真剣な表情で囁いた。
「勇者様、ここは大切な場です。どうか少しだけ真面目に」

「真面目にしなくても勝手に期待するだろ。……ほんと、騒がしいのは勘弁だ」

 そう言いつつも、悠は大広間の中央に用意された椅子に腰を下ろした。


 壇上に立つ領主の顔には、夜通し眠れなかった痕跡が刻まれていた。
 深い隈、やつれた頬、震える手。
 その姿は、街の現状を雄弁に物語っている。

「市民諸君。そして勇者殿」
 領主の声は重く響いた。

「魔物の襲撃、今朝の痕跡調査。我らは、もはや疑う余地なく魔王軍の影に脅かされている」

 会場にどよめきが広がる。
 誰もが予想していたことだが、領主の口から改めて告げられると現実味を増した。

 領主は震える手で一通の羊皮紙を掲げた。
「ここに、王国より届けられた正式な依頼状がある。この街を守れるのは勇者殿しかおらぬ――そう記されている」

 読み上げられる言葉に、市民代表たちが一斉に立ち上がった。

「勇者様! どうか我らをお救いください!」
「息子を……息子を返してください!」
「夫を助けてください!」

 広間に嗚咽混じりの声が重なり、まるで嵐のように押し寄せる。
 悠は顔をしかめ、両耳を塞いだ。

「……うるせぇな。」
 ぼそりと吐き捨てるが、人々の必死の声に掻き消される。


 領主は壇上から降り、悠の前まで歩み寄ると、その場に膝をついた。
 そして、額を床に擦りつけるように深く頭を垂れる。

「勇者殿……どうか、この街を救ってくだされ」

 家臣たちが息を呑む。
 鉱山都市を治める者が、ここまで頭を下げるなど本来あり得ない。

 リオネルが必死に言葉を添える。
「勇者様……この街には、あなたしか頼れる方はいないのです」

「いやいや、兵士も冒険者もいるだろ。……俺一人に押し付けんなって」
 悠は頭を仰け反らせて天井を見つめ、大きく息を吐いた。

 そのときだった。
 人混みをかき分けて、小さな子供が前へ進み出てきた。
 震える手で悠の服の裾を掴み、涙を溜めた瞳で見上げる。

「勇者様……お父さんを、助けて」

 その声は小さいのに、不思議と広間全体に届いた。
 悠は顔を背け、「泣かれるのが一番苦手なんだよな」と小さく呟いた。


 広間に静寂が訪れる。
 市民も家臣も、息を呑んでその答えを待っていた。

 やがて、悠は頭をかきむしりながら立ち上がった。
「……分かったよ。やればいいんだろ、やれば」

 その瞬間、広間に歓声が爆発した。
 泣き崩れる女性、抱き合う夫婦、子供を高く掲げる父親。
 人々の声が一斉に「勇者様!」と響き渡り、大広間は地鳴りのような熱気に包まれた。

 兵士たちは胸に手を当てて敬礼し、リオネルは目を潤ませて静かに頷いた。
 領主は深く頭を下げたまま、声を震わせて言った。
「勇者殿……感謝いたします。あなたの決断こそ、この街に再び希望を灯すものです」

 ただ一人、悠だけが心底うんざりした顔で耳を塞ぎ、ぼそりと呟く。
「……ほんと、静かにして寝かせてほしいんだけどな」

 だが、その投げやりな態度こそが、逆に彼を「揺るぎなき勇者」として人々の目に焼き付いたのだった。
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