34 / 207
七将編(剛腕将軍グラドン)
第29話 頭を下げる領主と勇者
しおりを挟む
翌朝。
夜襲の名残を宿した鉱山都市は、静けさと不安が入り混じった奇妙な空気に包まれていた。
石畳にはまだ黒ずんだ血痕が残り、割れた木の扉やひしゃげた柵が修復もされずに放置されている。
市民たちはそれを横目に、肩を寄せ合いながら小声で囁きあっていた。
「……また来るんじゃないか?」
「勇者様がいたから助かったんだ。けど、次は……」
その声は通りごとに広がり、朝市にすら影を落としていた。野菜や鉱石を並べる店は半分も開かず、人々の顔は皆こわばっている。
そんな街のざわめきをよそに、悠は宿屋の二階で布団を頭までかぶっていた。
「……俺に報告されても、どうしようもねぇだろ……」
昨日の痕跡調査の際に、領主から立ち話で「再調査をお願いしたい」と言われたことを思い出し、再びため息をつく。
布団の中は静かで、誰も「勇者様」と叫ばない。
それがどれほど心地よいか――悠にはよく分かっていた。
だが。
「勇者殿! 領主様より正式なお招きです!」
扉の外から声が響いた。
「……知ってた」
布団に顔を押しつけたまま、ぼそりと呟く。
しかし扉の向こうの兵士は退かず、ただ規則正しい呼吸音が続く。
観念した悠は、ゆっくりと起き上がった。寝癖が跳ねた髪を片手で押さえつけながら、「はぁ」と息を吐く。
「……面倒くせぇ」
領主邸の大広間は、すでに緊張した空気で満ちていた。
壁にかかる古びた絵画や、天井のシャンデリアが淡い光を反射している。
列をなす家臣たち、選ばれた市民代表、武装した兵士たち。普段は静かな鉱山都市の館に、これほどの人々が集まることは滅多にない。
悠が入室すると、ざわりと空気が揺れた。
視線が一斉に集まる。期待、不安、畏怖――ありとあらゆる感情が混ざり合った眼差しに、悠は思わず顔をしかめた。
「……また注目されてんのかよ」
小声でぼやき、頭をかく。
隣のリオネルが真剣な表情で囁いた。
「勇者様、ここは大切な場です。どうか少しだけ真面目に」
「真面目にしなくても勝手に期待するだろ。……ほんと、騒がしいのは勘弁だ」
そう言いつつも、悠は大広間の中央に用意された椅子に腰を下ろした。
壇上に立つ領主の顔には、夜通し眠れなかった痕跡が刻まれていた。
深い隈、やつれた頬、震える手。
その姿は、街の現状を雄弁に物語っている。
「市民諸君。そして勇者殿」
領主の声は重く響いた。
「魔物の襲撃、今朝の痕跡調査。我らは、もはや疑う余地なく魔王軍の影に脅かされている」
会場にどよめきが広がる。
誰もが予想していたことだが、領主の口から改めて告げられると現実味を増した。
領主は震える手で一通の羊皮紙を掲げた。
「ここに、王国より届けられた正式な依頼状がある。この街を守れるのは勇者殿しかおらぬ――そう記されている」
読み上げられる言葉に、市民代表たちが一斉に立ち上がった。
「勇者様! どうか我らをお救いください!」
「息子を……息子を返してください!」
「夫を助けてください!」
広間に嗚咽混じりの声が重なり、まるで嵐のように押し寄せる。
悠は顔をしかめ、両耳を塞いだ。
「……うるせぇな。」
ぼそりと吐き捨てるが、人々の必死の声に掻き消される。
領主は壇上から降り、悠の前まで歩み寄ると、その場に膝をついた。
そして、額を床に擦りつけるように深く頭を垂れる。
「勇者殿……どうか、この街を救ってくだされ」
家臣たちが息を呑む。
鉱山都市を治める者が、ここまで頭を下げるなど本来あり得ない。
リオネルが必死に言葉を添える。
「勇者様……この街には、あなたしか頼れる方はいないのです」
「いやいや、兵士も冒険者もいるだろ。……俺一人に押し付けんなって」
悠は頭を仰け反らせて天井を見つめ、大きく息を吐いた。
そのときだった。
人混みをかき分けて、小さな子供が前へ進み出てきた。
震える手で悠の服の裾を掴み、涙を溜めた瞳で見上げる。
「勇者様……お父さんを、助けて」
その声は小さいのに、不思議と広間全体に届いた。
悠は顔を背け、「泣かれるのが一番苦手なんだよな」と小さく呟いた。
広間に静寂が訪れる。
市民も家臣も、息を呑んでその答えを待っていた。
やがて、悠は頭をかきむしりながら立ち上がった。
「……分かったよ。やればいいんだろ、やれば」
その瞬間、広間に歓声が爆発した。
泣き崩れる女性、抱き合う夫婦、子供を高く掲げる父親。
人々の声が一斉に「勇者様!」と響き渡り、大広間は地鳴りのような熱気に包まれた。
兵士たちは胸に手を当てて敬礼し、リオネルは目を潤ませて静かに頷いた。
領主は深く頭を下げたまま、声を震わせて言った。
「勇者殿……感謝いたします。あなたの決断こそ、この街に再び希望を灯すものです」
ただ一人、悠だけが心底うんざりした顔で耳を塞ぎ、ぼそりと呟く。
「……ほんと、静かにして寝かせてほしいんだけどな」
だが、その投げやりな態度こそが、逆に彼を「揺るぎなき勇者」として人々の目に焼き付いたのだった。
夜襲の名残を宿した鉱山都市は、静けさと不安が入り混じった奇妙な空気に包まれていた。
石畳にはまだ黒ずんだ血痕が残り、割れた木の扉やひしゃげた柵が修復もされずに放置されている。
市民たちはそれを横目に、肩を寄せ合いながら小声で囁きあっていた。
「……また来るんじゃないか?」
「勇者様がいたから助かったんだ。けど、次は……」
その声は通りごとに広がり、朝市にすら影を落としていた。野菜や鉱石を並べる店は半分も開かず、人々の顔は皆こわばっている。
そんな街のざわめきをよそに、悠は宿屋の二階で布団を頭までかぶっていた。
「……俺に報告されても、どうしようもねぇだろ……」
昨日の痕跡調査の際に、領主から立ち話で「再調査をお願いしたい」と言われたことを思い出し、再びため息をつく。
布団の中は静かで、誰も「勇者様」と叫ばない。
それがどれほど心地よいか――悠にはよく分かっていた。
だが。
「勇者殿! 領主様より正式なお招きです!」
扉の外から声が響いた。
「……知ってた」
布団に顔を押しつけたまま、ぼそりと呟く。
しかし扉の向こうの兵士は退かず、ただ規則正しい呼吸音が続く。
観念した悠は、ゆっくりと起き上がった。寝癖が跳ねた髪を片手で押さえつけながら、「はぁ」と息を吐く。
「……面倒くせぇ」
領主邸の大広間は、すでに緊張した空気で満ちていた。
壁にかかる古びた絵画や、天井のシャンデリアが淡い光を反射している。
列をなす家臣たち、選ばれた市民代表、武装した兵士たち。普段は静かな鉱山都市の館に、これほどの人々が集まることは滅多にない。
悠が入室すると、ざわりと空気が揺れた。
視線が一斉に集まる。期待、不安、畏怖――ありとあらゆる感情が混ざり合った眼差しに、悠は思わず顔をしかめた。
「……また注目されてんのかよ」
小声でぼやき、頭をかく。
隣のリオネルが真剣な表情で囁いた。
「勇者様、ここは大切な場です。どうか少しだけ真面目に」
「真面目にしなくても勝手に期待するだろ。……ほんと、騒がしいのは勘弁だ」
そう言いつつも、悠は大広間の中央に用意された椅子に腰を下ろした。
壇上に立つ領主の顔には、夜通し眠れなかった痕跡が刻まれていた。
深い隈、やつれた頬、震える手。
その姿は、街の現状を雄弁に物語っている。
「市民諸君。そして勇者殿」
領主の声は重く響いた。
「魔物の襲撃、今朝の痕跡調査。我らは、もはや疑う余地なく魔王軍の影に脅かされている」
会場にどよめきが広がる。
誰もが予想していたことだが、領主の口から改めて告げられると現実味を増した。
領主は震える手で一通の羊皮紙を掲げた。
「ここに、王国より届けられた正式な依頼状がある。この街を守れるのは勇者殿しかおらぬ――そう記されている」
読み上げられる言葉に、市民代表たちが一斉に立ち上がった。
「勇者様! どうか我らをお救いください!」
「息子を……息子を返してください!」
「夫を助けてください!」
広間に嗚咽混じりの声が重なり、まるで嵐のように押し寄せる。
悠は顔をしかめ、両耳を塞いだ。
「……うるせぇな。」
ぼそりと吐き捨てるが、人々の必死の声に掻き消される。
領主は壇上から降り、悠の前まで歩み寄ると、その場に膝をついた。
そして、額を床に擦りつけるように深く頭を垂れる。
「勇者殿……どうか、この街を救ってくだされ」
家臣たちが息を呑む。
鉱山都市を治める者が、ここまで頭を下げるなど本来あり得ない。
リオネルが必死に言葉を添える。
「勇者様……この街には、あなたしか頼れる方はいないのです」
「いやいや、兵士も冒険者もいるだろ。……俺一人に押し付けんなって」
悠は頭を仰け反らせて天井を見つめ、大きく息を吐いた。
そのときだった。
人混みをかき分けて、小さな子供が前へ進み出てきた。
震える手で悠の服の裾を掴み、涙を溜めた瞳で見上げる。
「勇者様……お父さんを、助けて」
その声は小さいのに、不思議と広間全体に届いた。
悠は顔を背け、「泣かれるのが一番苦手なんだよな」と小さく呟いた。
広間に静寂が訪れる。
市民も家臣も、息を呑んでその答えを待っていた。
やがて、悠は頭をかきむしりながら立ち上がった。
「……分かったよ。やればいいんだろ、やれば」
その瞬間、広間に歓声が爆発した。
泣き崩れる女性、抱き合う夫婦、子供を高く掲げる父親。
人々の声が一斉に「勇者様!」と響き渡り、大広間は地鳴りのような熱気に包まれた。
兵士たちは胸に手を当てて敬礼し、リオネルは目を潤ませて静かに頷いた。
領主は深く頭を下げたまま、声を震わせて言った。
「勇者殿……感謝いたします。あなたの決断こそ、この街に再び希望を灯すものです」
ただ一人、悠だけが心底うんざりした顔で耳を塞ぎ、ぼそりと呟く。
「……ほんと、静かにして寝かせてほしいんだけどな」
だが、その投げやりな態度こそが、逆に彼を「揺るぎなき勇者」として人々の目に焼き付いたのだった。
12
あなたにおすすめの小説
転生したら『塔』の主になった。ポイントでガチャ回してフロア増やしたら、いつの間にか世界最強のダンジョンになってた
季未
ファンタジー
【書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡٩( 'ω' )و】
気がつくとダンジョンコア(石)になっていた。
手持ちの資源はわずか。迫りくる野生の魔物やコアを狙う冒険者たち。 頼れるのは怪しげな「魔物ガチャ」だけ!?
傷ついた少女・リナを保護したことをきっかけにダンジョンは急速に進化を始める。
罠を張り巡らせた塔を建築し、資源を集め、強力な魔物をガチャで召喚!
人間と魔族、どこの勢力にも属さない独立した「最強のダンジョン」が今、産声を上げる!
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
ダンジョンをある日見つけた結果→世界最強になってしまった
仮実谷 望
ファンタジー
いつも遊び場にしていた山である日ダンジョンを見つけた。とりあえず入ってみるがそこは未知の場所で……モンスターや宝箱などお宝やワクワクが溢れている場所だった。
そんなところで過ごしているといつの間にかステータスが伸びて伸びていつの間にか世界最強になっていた!?
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
俺の家に異世界ファンタジーガチャが来た結果→現実世界で最強に ~極大に増えていくスキルの数が膨大になったので現実世界で無双します~
仮実谷 望
ファンタジー
ガチャを廻したいからそんな理由で謎の異世界ガチャを買った主人公はガチャを廻して自分を鍛えて、最強に至る。現実世界で最強になった主人公は難事件やトラブルを解決する。敵の襲来から世界を守るたった一人の最強が誕生した。そしてガチャの真の仕組みに気付く主人公はさらに仲間と共に最強へと至る物語。ダンジョンに挑戦して仲間たちと共に最強へと至る道。
ガチャを廻しまくり次第に世界最強の人物になっていた。
ガチャ好きすぎて書いてしまった。
迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜
サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。
父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。
そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。
彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。
その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。
「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」
そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。
これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる