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七将編(剛腕将軍グラドン)
第31話 怯える足音と気だるい勇者
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結界を打ち砕き、再び鉱山の内部へ足を踏み入れた悠たちを迎えたのは、以前よりもはるかに濃密な瘴気だった。
空気はどこか生ぬるく、それでいて底冷えするような冷気を含んでいる。吐息が白く煙り、兵士たちは思わず襟をかき合わせた。岩肌には黒ずんだ苔が張り付き、滴り落ちる水は鉄錆の匂いを帯びていた。
松明の炎は頼りなく揺らぎ、まるで誰かが息を吹きかけているかのように今にも消えそうだ。
「……前より寒くなってんぞ」
悠がぼそりと呟く。声に緊張感はなく、ただの感想のようだった。
だがその軽い一言に、兵士たちの中にはかすかな安堵を覚える者もいた。勇者は恐れていない。ならば自分たちも――そう思おうとするが、震える足はごまかせない。
坑道を進むにつれ、押し潰されるような圧が全員の肩にのしかかっていく。耳鳴りがし、頭の奥でじんじんと鈍い痛みが広がる。兵士の一人は、剣を持つ手からじっとりと汗が滴った。
「ひっ……な、なんだ、この空気……」
「魔力が……体にまとわりついているみたいだ……」
呟きはすぐに波紋のように広がる。恐怖は伝染する。
誰かが怯えを口にすれば、別の誰かもその影響を受け、士気は一気に削がれていった。
悠は深いため息を吐いた。
「……雰囲気だけで怖がるとか、無駄だろ」
ぞんざいな一言。
けれど、だからこそ兵士たちは「確かにそうかもしれない」と思ってしまう。勇者が平然としているのに、自分たちが怯えるのは滑稽だ――そう言い聞かせて足を前に出した。
松明の光が照らした岩壁には、深々と刻まれた爪痕があった。
ひとつひとつが人の腕ほどの太さを持ち、鋭く抉れている。
岩石は砕かれ、粉状になって足元に積もっていた。
リオネルが険しい顔でその跡をなぞる。
「……これほどの力、人間では到底及びません。魔獣の仕業にしては規模が大きすぎる」
「だからって、怯えて立ち止まってたら進まねぇだろ」
悠は淡々と返し、ひょいと先頭に出る。
兵士たちは慌ててその背を追った。
勇者の背中は堂々としているわけでも、威風堂々という雰囲気でもない。
ただ「眠そうに歩いている」だけなのに、なぜかそれが常人離れした安心感を生み出していた。
坑道の奥へ進むにつれ、空気はますます濃く重くなっていく。
呼吸は浅くなり、胸に鉛を抱え込んでいるかのような圧迫感。
汗は冷たく、背筋をつたって衣服に染み込んだ。
ついに一人の兵士が、がくりと膝をついた。
「はぁ……はぁ……く、苦しい……」
別の兵士が慌てて肩を支える。
「しっかりしろ! まだ……崩れてはいない!」
だがその顔も青ざめ、恐怖が理性を凌駕していた。
悠は振り返りもせず、淡々と告げる。
「ここで止まるなら帰れ。……ただの空気に飲まれててもしょうがねぇ」
あまりにぞんざいな言葉に、兵士たちは一瞬顔をしかめた。
しかし、その背が迷いなく前に進んでいくのを見て、再び足を動かした。
勇者に置いていかれることの方が、何倍も恐ろしかったのだ。
――ドォン。
地の底から響くような振動が、坑道全体を揺らした。
天井から砂がぱらぱらと降り、兵士たちが一斉に顔を上げる。
「な、なんだ……!?」
「地震か……!?」
誰かが叫んだ。だが違う。
これは自然の揺れではない。
悠は眠そうな瞳を少しだけ鋭くした。
押し寄せてくる圧は、地殻の動きではなく「存在そのもの」だった。
リオネルが剣を抜き、低く告げる。
「……来ます」
「やっぱり、面倒な奴が控えてんのかよ」
悠は鼻を鳴らし、あくびを噛み殺した。
――ドォォン。
二度目の衝撃は一度目よりも大きく、坑道の岩壁を揺らした。
兵士たちは剣や槍を構え、だがその腕は震えている。
背中をぶつけ合うようにして身を寄せ合い、必死に勇者の背を見失うまいとする。
奥から吹き抜けてくる風は冷たく、重く、どす黒い魔力を帯びていた。
松明の火が一瞬で細く絞られ、頼りない光の輪の外は闇に呑み込まれていく。
その闇の向こうに――確かに何かがいる。
巨躯、あるいは怪物。
岩盤を叩くような音とともに、確実に近づいてきていた。
「くっ……!」
兵士の一人が剣を構える腕を高く上げ、歯を食いしばった。
だがその眼には怯えが宿り、今にも折れそうな心が透けていた。
悠はそんな背後を気にも留めず、ただ面倒そうに肩を回した。
「……これ以上うるさいと、眠れなくなるんだよな」
それでも歩みは止めない。
勇者の背に、兵士もリオネルも縋りつくようにして進んだ。
空気はどこか生ぬるく、それでいて底冷えするような冷気を含んでいる。吐息が白く煙り、兵士たちは思わず襟をかき合わせた。岩肌には黒ずんだ苔が張り付き、滴り落ちる水は鉄錆の匂いを帯びていた。
松明の炎は頼りなく揺らぎ、まるで誰かが息を吹きかけているかのように今にも消えそうだ。
「……前より寒くなってんぞ」
悠がぼそりと呟く。声に緊張感はなく、ただの感想のようだった。
だがその軽い一言に、兵士たちの中にはかすかな安堵を覚える者もいた。勇者は恐れていない。ならば自分たちも――そう思おうとするが、震える足はごまかせない。
坑道を進むにつれ、押し潰されるような圧が全員の肩にのしかかっていく。耳鳴りがし、頭の奥でじんじんと鈍い痛みが広がる。兵士の一人は、剣を持つ手からじっとりと汗が滴った。
「ひっ……な、なんだ、この空気……」
「魔力が……体にまとわりついているみたいだ……」
呟きはすぐに波紋のように広がる。恐怖は伝染する。
誰かが怯えを口にすれば、別の誰かもその影響を受け、士気は一気に削がれていった。
悠は深いため息を吐いた。
「……雰囲気だけで怖がるとか、無駄だろ」
ぞんざいな一言。
けれど、だからこそ兵士たちは「確かにそうかもしれない」と思ってしまう。勇者が平然としているのに、自分たちが怯えるのは滑稽だ――そう言い聞かせて足を前に出した。
松明の光が照らした岩壁には、深々と刻まれた爪痕があった。
ひとつひとつが人の腕ほどの太さを持ち、鋭く抉れている。
岩石は砕かれ、粉状になって足元に積もっていた。
リオネルが険しい顔でその跡をなぞる。
「……これほどの力、人間では到底及びません。魔獣の仕業にしては規模が大きすぎる」
「だからって、怯えて立ち止まってたら進まねぇだろ」
悠は淡々と返し、ひょいと先頭に出る。
兵士たちは慌ててその背を追った。
勇者の背中は堂々としているわけでも、威風堂々という雰囲気でもない。
ただ「眠そうに歩いている」だけなのに、なぜかそれが常人離れした安心感を生み出していた。
坑道の奥へ進むにつれ、空気はますます濃く重くなっていく。
呼吸は浅くなり、胸に鉛を抱え込んでいるかのような圧迫感。
汗は冷たく、背筋をつたって衣服に染み込んだ。
ついに一人の兵士が、がくりと膝をついた。
「はぁ……はぁ……く、苦しい……」
別の兵士が慌てて肩を支える。
「しっかりしろ! まだ……崩れてはいない!」
だがその顔も青ざめ、恐怖が理性を凌駕していた。
悠は振り返りもせず、淡々と告げる。
「ここで止まるなら帰れ。……ただの空気に飲まれててもしょうがねぇ」
あまりにぞんざいな言葉に、兵士たちは一瞬顔をしかめた。
しかし、その背が迷いなく前に進んでいくのを見て、再び足を動かした。
勇者に置いていかれることの方が、何倍も恐ろしかったのだ。
――ドォン。
地の底から響くような振動が、坑道全体を揺らした。
天井から砂がぱらぱらと降り、兵士たちが一斉に顔を上げる。
「な、なんだ……!?」
「地震か……!?」
誰かが叫んだ。だが違う。
これは自然の揺れではない。
悠は眠そうな瞳を少しだけ鋭くした。
押し寄せてくる圧は、地殻の動きではなく「存在そのもの」だった。
リオネルが剣を抜き、低く告げる。
「……来ます」
「やっぱり、面倒な奴が控えてんのかよ」
悠は鼻を鳴らし、あくびを噛み殺した。
――ドォォン。
二度目の衝撃は一度目よりも大きく、坑道の岩壁を揺らした。
兵士たちは剣や槍を構え、だがその腕は震えている。
背中をぶつけ合うようにして身を寄せ合い、必死に勇者の背を見失うまいとする。
奥から吹き抜けてくる風は冷たく、重く、どす黒い魔力を帯びていた。
松明の火が一瞬で細く絞られ、頼りない光の輪の外は闇に呑み込まれていく。
その闇の向こうに――確かに何かがいる。
巨躯、あるいは怪物。
岩盤を叩くような音とともに、確実に近づいてきていた。
「くっ……!」
兵士の一人が剣を構える腕を高く上げ、歯を食いしばった。
だがその眼には怯えが宿り、今にも折れそうな心が透けていた。
悠はそんな背後を気にも留めず、ただ面倒そうに肩を回した。
「……これ以上うるさいと、眠れなくなるんだよな」
それでも歩みは止めない。
勇者の背に、兵士もリオネルも縋りつくようにして進んだ。
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