『腰は重いけど速攻解決!』 ~異世界最速のめんどくさがり~

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七将編(剛腕将軍グラドン)

第76話 面倒を終わらせた勇者

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粉塵がゆっくりと沈み、焦げたような匂いが漂っていた。
 長く続いた戦いの熱気がまだ残る地下の広間で、兵士たちは息を呑みながら立ち尽くしていた。
 崩れ落ちた岩壁の中央――そこに、巨体が横たわっている。

 剛腕将軍グラドン。
 あれほど凶暴で、あれほど不死身に思えた怪物が、今はまるで抜け殻のように沈黙していた。
 血に染まった体からは、かすかに蒸気のような瘴気が立ち上る。

「……終わった、のか……?」

 誰かが呟いた。
 その声は恐る恐る、祈るようでさえあった。
 返事の代わりに、悠が瓦礫の中からゆっくりと姿を現す。
 肩で息をしているように見えたが、その表情はいつも通りだ。

「はぁ……後片付け、面倒だな」

 悠は首を鳴らしながら、無造作にグラドンへと歩み寄った。
 兵士たちは慌てて道を開ける。

「よし、縛っとけ」
 指先で顎をしゃくる。

 リオネルがすぐに号令をかけた。
「拘束を開始せよ! 鎖を持て!」

 兵士たちが四方から駆け寄り、分厚い鉄鎖を何重にも巻き付ける。
 巨体の腕、脚、胴を縛り上げながら、何人かはその重みに押し潰されそうになっていた。

 だが――。

 ギシ……ギギギ……ッ!

 嫌な音が響いた。
 巻きつけた鎖が、音を立てて歪む。
「な、なんだ!? まだ生きて……!」

 グラドンの体が微かに痙攣した。
 だが目は開かない。意識はないようだ。
 それでも魔力が暴走しているのか、鎖が焼け焦げるように軋んでいく。

 悠がため息をついた。
「まったく、寝かせてもくれねぇな」

 彼は片手を軽く掲げる。
 瞬間、青白い光が掌から走った。
 淡い蒼光がグラドンの体を包み込み、鎖の表面に複雑な紋が浮かぶ。

 ピタリ、と軋みが止まった。
 光が落ち着くと、巨体は完全に沈黙する。

「……結界、展開完了。これで十分だろ」

 悠がぼそりと呟くと、兵士の一人が息を呑んだように声を上げた。
「ゆ、勇者様! 今のは……結界魔法を、素手で……!」

 悠は肩を竦めた。
「いや、俺だって面倒なこと増やしたくないだけ。放っとくと、また暴れられそうだったからな」

 リオネルが苦笑し、少しだけ安堵の息を漏らす。
「……さすが、勇者様。何もかもお見通しですね」

「褒めなくていい。眠い」

 悠はその場に腰を下ろした。
 崩れた岩の上に座り込み、あくびをひとつ。
 その姿に、兵士たちは思わず笑いを漏らす。
 戦場に似つかわしくない、奇妙な安堵の笑いだった。

 しかし、緊張はまだ解けてはいない。
 グラドンの胸はかすかに上下している。
 その度に、赤黒い瘴気がわずかに溢れ出す。

 リオネルが険しい顔で問う。
「……本当に、これで終わったのですか?」

 悠は目を閉じたまま答える。
「多分な。しぶとくなければ」

「しぶとい相手でしたね」

「ああ。筋肉の塊にしては、意地が強かった」

 悠の言葉には皮肉も、尊敬も、同じくらい混ざっていた。

 ――静寂。

 戦場の空気が少しずつ変わっていく。
 兵士たちは鎖を二重にし、運搬の準備を整えていく。
 崩れた坑道には水が流れ込み、あちこちで蒸気が立ち上る。
 誰もが疲労困憊だったが、それでも手を止める者はいなかった。

 やがて、リオネルがグラドンを見下ろして小さく呟いた。
「これで……終わったのですね」

 悠が軽く頷く。
「終わった、ことにしとけ」

「……はい」

 リオネルが敬礼する。
 兵士たちが鎖を引き、巨大な体を少しずつ動かし始める。
 地面を擦る音が響き、瓦礫の粉が舞った。

「搬出開始! 負傷者を先に!」
 リオネルの声が坑道に響く。

 悠は一人、その光景をぼんやりと眺めていた。
 自分の拳の跡がグラドンの胸に深く残っている。
 それを見て、彼は苦笑を漏らした。

「……あんだけ頑丈で、やっとこれか。ほんと割に合わねぇ」

 その独り言は、誰の耳にも届かない。
 ただ静かな広間に溶けていく。

 やがて、一行は坑道の出口へと向かった。
 崩れた通路を避けながら、慎重に進む。
 遠くで風の音がする――地上の空気だ。

 誰かが呟く。
「外の空気が……恋しかった……」

 光が見え始めた頃、リオネルが振り返った。
「勇者様、地上に戻られますか?」

 悠は立ち上がり、土埃を払う。
「そうだな。さすがにこのまま寝たら、潰されそうだし」

 わずかに笑い、出口の方へ歩き出す。
 蒼い結界の光が、背後で静かに揺れていた。

坑道の出口。
地上の風が吹き込み、冷たい夜気が頬を撫でる。

 空には、雲の切れ間から月が覗いていた。
 その月光が、勇者と兵士たちの帰還を優しく照らしている。

「見ろ、勇者様が戻られたぞ!」
「やった……勝ったんだ!」

 待ち構えていた市民が歓声を上げる。
 涙を流しながら抱き合う者たち。
 領主が人々を押し分けて駆け寄り、深く頭を下げた。

「勇者殿……! あなたのおかげで、この街は救われました!」

 悠は目を逸らし、気まずそうに頭を掻いた。
「いや、別に。寝る前の運動ってやつだ」

 兵士たちが笑い、リオネルが胸を張る。
「これぞ我らが勇者様!」

 悠はその称賛を聞き流すように、空を見上げた。
 月は静かに輝いている。
 だが、その光の奥――世界の闇は、まだ確かに残っていた。

「……これで全部終わり、ってわけでもなさそうだな」
 そう呟きながら、彼は一歩、夜の風の中へと踏み出した。
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