『腰は重いけど速攻解決!』 ~異世界最速のめんどくさがり~

KAORUwithAI

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七将編(剛腕将軍グラドン)

第82話 護送する勇者

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王都ファルスへと続く街道は、朝靄をまといながらゆるやかに続いていた。
 鉱山都市を出て二日目。
 勇者一行は、王国の本街道を南へ進んでいた。

 空は晴れ渡り、遠くには森と丘が重なり合っている。
 護送の列は十数名の兵士と二台の馬車で構成され、その中央には鉄檻に閉じ込められた巨体――“剛腕将軍グラドン”が沈黙していた。
 鎖が朝日に鈍く光り、彼がまだ息をしていることを示している。

「……にしても、遅ぇな」
 先頭を歩いていた悠が、肩をぐるりと回しながらぼやいた。
 彼の足取りは軽い。けれどその口調には、露骨な退屈さが滲んでいた。

「こんな人数で歩くと、スピードが半減だろ」
「護送ですから」
 すぐ後ろから、リオネルが涼しい声で答えた。
 彼女は馬に乗り、周囲を警戒しながら進んでいる。鎧の金具がカチャリと鳴った。
「道中はまだ安全地帯ですが、油断は禁物です。魔族が奪還に来る可能性もありますから」
「そっちはそっちで面倒だな……」
 悠は欠伸をひとつ。
「一回捕まった奴をまた取り返しに来るとか、執念深すぎるだろ」
「誇り高い将軍なら、仲間が動くのも当然です」
「そういう美談、嫌いじゃねぇけどな。巻き込まれるのが嫌なだけだ」

 リオネルは微苦笑を浮かべた。
「それでも勇者様は、いつも一番前を歩かれますね」
「後ろにいると寝ちゃうんだよ」
「……前でも寝そうですけどね」
「否定できねぇ」

 二人の軽口を聞きながら、馬車の窓から顔を覗かせたのはエルザだった。
 旅装束に着替えた彼女は、両手で膝を抱えて外を眺めている。
 初めての長旅。道端の草花も、見慣れぬ鳥の声も、すべてが新鮮に映っていた。

「勇者様って……ずっとこんな風に旅してるんですか?」
 馬車の中から遠慮がちに声をかける。
「こんな風に?」
「えっと……のんびりしてるっていうか、怖がってないっていうか」
 悠は振り返りもせず、片手をひらひらと振った。
「怖がる暇があったら寝る。そっちの方が効率いい」
 リオネルが呆れたようにため息をつく。
「勇者様の思考は、ある意味究極ですね」
「そうだろ?」
「褒めてません」
「だと思った」

 穏やかな陽光の中、街道はのどかに見えた。
 だが、静寂は長くは続かなかった。

 昼を過ぎ、森沿いの道へ差しかかった時だった。
 風が、ふと変わった。
 湿った空気。鼻をつく血と土の匂い。

 悠が立ち止まり、視線を森へ向けた。
「……来たな」
 その声に、リオネルが即座に剣を抜く。
 「全員、警戒!」
 兵士たちが一斉に陣形を組み、馬車を囲むように動いた。
 その瞬間――森の影が爆ぜた。

 黒い毛並みを持つ狼型の魔物が十数体、枝葉を裂いて飛び出してくる。
 牙は鋭く、目は紅蓮に輝いていた。
 馬が嘶き、兵士の一人が慌てて盾を構える。

「囲まれた!?」
「前にもいる!」

 混乱の声が広がる中、悠がため息をつく。
「……ほんと、予定通り進まねぇな」

 次の瞬間、彼は片手を軽く上げた。
 掌から淡い青光が走る。
 空気が一瞬、凍った。

 ――そして。

 風が弾ける音と共に、魔物たちがまとめて吹き飛んだ。
 爆風が街道の木々をなぎ倒し、砂塵が渦を巻く。
 十数体の狼は地面に叩きつけられ、動かなくなった。

 兵士たちは唖然としたまま、口を開けて立ち尽くした。
 リオネルが剣を下ろしながら呆れたように言う。
「……勇者様、少しは加減してください。木まで折れました」
「折れた木はまた生えるだろ」
「魔物よりも自然に優しくあってください」
「それは難しい」

 エルザが馬車の窓から顔を出し、目を輝かせた。
「すごい……本当に一瞬で……!」
 悠は彼女をちらりと見て、ぼそり。
「お前、魔物が出てきても驚かないのか」
「怖かったけど……勇者様がいるから」
 その言葉に悠は一瞬だけ目を細めたが、すぐに肩を竦めた。
「過信すんな。俺も寝てる時は弱い」
 リオネルが微笑を漏らす。
「でも、その“寝てる時”を狙える者はいませんよ」
「……そりゃそうかもな」

 兵士の一人がぽつりと呟く。
「……もう勇者様一人で十分では?」
 他の兵たちも同意するように頷いた。

 悠は深くため息をつく。
「お前らな。俺に全部丸投げすんなよ。そういうのが一番疲れる」
「し、しかし……勇者様の力があれば――」
「だから、それを頼りすぎると次の奴が育たねぇだろ」
 悠の声は、どこか低く響いた。
 その一言に、兵士たちははっとして黙り込む。
 リオネルだけが静かに頷いた。
「……勇者様、やっぱりそういうところは立派ですね」
「褒めてんのか皮肉なのか、どっちだ」
「半々です」
「だろうな」

 戦闘が終わり、街道は再び静けさを取り戻した。
 風が通り抜け、吹き飛ばされた枝葉が舞う。
 森の奥から鳥が一羽、怯えたように飛び立った。

 悠は森の方を見やり、少し眉を寄せた。
「……妙だな。あの数、単独行動にしては多すぎる」
「やはり、グラドンを狙って?」
「かもな。魔族が奪還に来てるなら、ここから先が本番だ」
「では、今夜は休まずに警戒を強めましょう」
「休まずって言った? それは聞かなかったことにする」
「勇者様」
「だって寝ないと戦えねぇだろ」
「……確かに、勇者様にだけは眠っていただかないと」
「その言い方、やけに重いな」

 エルザが小さく笑った。
「勇者様、寝てても強そうですけど」
「夢の中ならな」
「え?」
「寝言で魔族を倒すぐらいの勢いで寝てたいってことだ」
 少女は意味がわからず首を傾げ、リオネルが吹き出した。

 街道に笑い声が戻る。
 それはほんの束の間の安堵だったが――確かに、そこには温かい空気があった。

 遠くで、鎖の軋む音が聞こえた。
 グラドンの鉄檻が微かに揺れ、低い唸りが漏れる。
 それに気づいた悠は視線を向け、ぼそりと呟く。

「……まだ寝てろよ、面倒な巨人」

 そして、行軍は再び始まった。
 王都ファルスへ続く道のりは長く、静寂の裏に確かな不穏を孕んでいる。
 だがその中心にいる勇者は――やはり、どこまでも飄々としていた。
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