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七将編(剛腕将軍グラドン)
第83話 寝ぼけても勇者
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夜の帳が街道を覆っていた。
昼の穏やかさはすでに消え、冷たい風が木々を揺らす。
焚き火が小さく揺れ、橙色の光が兵士たちの顔を照らしていた。
王都ファルスへ向かう護送隊は、この夜も途中の平原で野営していた。
焚き火の輪の外には見張りが立ち、遠くでは馬の鼻息が白く浮かぶ。
空には雲が流れ、月は時折その姿を隠した。
悠は寝袋に潜り込み、背を丸めていた。
片腕を枕に、すでに寝息を立てている。
その横では、リオネルが鎧を脱いで上衣だけを羽織り、地図を広げていた。
彼女の表情はいつになく真剣だ。
少し離れた場所では、エルザが毛布にくるまって眠っている。
まだ旅慣れない身体は疲れているはずだが、それでも彼女の寝顔には安堵があった。
――この夜が静かに過ぎると信じていた。
だが、その静寂は長くは続かなかった。
見張りの兵士がふと眉を寄せる。
耳に届いたのは、風ではない――複数の足音。
乾いた土を踏みしめる重い音。
それは確実に、こちらへ向かってきていた。
「……何か来るぞ!」
兵士が低く叫び、剣を抜いた。
瞬く間に緊張が広がり、焚き火の影が揺れる。
リオネルが立ち上がり、目を細めて森の方を見やる。
闇の奥――そこに、赤い光がいくつも浮かび上がった。
獣のような瞳。
いや、それは……人の形をしていた。
「魔族……!」
彼女の声に兵士たちがざわめく。
次の瞬間、闇の中から黒装束の魔族の一団が飛び出してきた。
数は十。いや、二十はいる。
「グラドン様を返せぇぇぇッ!」
先頭の魔族が叫び、炎のような魔力をまとって突進してくる。
兵士たちは慌てて剣を構えた。
「防御陣形! 護送車を守れ!」
リオネルが即座に指示を飛ばす。
金属の擦れる音が一斉に響き、火花が闇を照らした。
しかし、相手の動きは速い。
魔族の一人が地を蹴り、兵士の前に一瞬で迫る。
剣と爪が交錯し、火花が散った。
「くっ……!」
押し負けそうになった兵士を、リオネルが剣で弾き返す。
「怯むな! ここを突破されたら終わりです!」
彼女の叫びが夜気に響く。
その時――。
「……うるせぇ」
低く、だるそうな声が響いた。
全員の動きが止まる。
焚き火の向こう。
寝袋から、もそもそと頭を出した男――悠。
髪は寝癖で跳ね、目は半分しか開いていない。
寝袋から顔だけ出して、彼はあくびをした。
「……寝てんのに邪魔すんな」
その瞬間、魔族たちの動きが一瞬止まる。
まさか、戦場のど真ん中で寝ていた人間がいるとは思わなかったのだ。
「ふざけるなッ! 人間ごときが我らを侮辱――」
魔族の一人が叫び、飛びかかる。
だが、悠は起き上がりもしなかった。
ただ寝袋の中で、片手をゆるく持ち上げただけ。
その指先から、淡い蒼光が瞬いた。
――風が爆ぜた。
轟音とともに、魔族の一団がまとめて吹き飛ぶ。
地面が抉れ、火の粉が散った。
リオネルは一瞬、目を見開いた。
彼が本気ではないことを知っている。それでも――その力は、恐ろしく静かに、完璧に敵を葬った。
砂煙の中、かろうじて立ち上がった魔族が数名。
だが、彼らの目は既に怯えに染まっていた。
「ば、化け物め……!」
「撤退だ、撤退ッ!」
彼らは互いを支え合いながら森の奥へと消えていった。
その背に、悠が片目だけ開けてぼそりと呟く。
「勝手に来て、勝手に逃げやがって……。また噂広がんだろ、面倒だな」
リオネルが息を整え、近づいてきた。
「勇者様……護送は無事です! 本当に、ありがとうございました!」
彼女の声は安堵に満ちていた。
悠は寝袋の中で片手を振った。
「礼なら静かに言え……眠気が逃げる」
「……はい」
リオネルは思わず笑ってしまう。
彼がどれほど無気力に見えても――結局、誰よりも確実に皆を守るのだ。
エルザが目を覚まし、ぼんやりと焚き火を見つめていた。
「……今の、勇者様が?」
「そう。寝ぼけながら、ね」
リオネルが微笑むと、少女は息を呑んだ。
「やっぱり、本物なんですね……勇者って」
「ええ。でも、あの人は自分をそう呼ばれるのが一番嫌いなの」
「どうして?」
「……面倒だから、ですって」
エルザはくすりと笑った。
焚き火の火がぱちぱちと弾ける。
その明かりの向こうで、悠はもう再び眠りに落ちていた。
寝息は穏やかで、まるで何事もなかったかのよう。
しかしリオネルは、その寝顔を見つめながら小さく呟く。
「勇者様――。あなたがいる限り、私たちは負けません」
夜空には再び静寂が戻った。
ただ、森の奥では逃げた魔族たちが集まり、密やかに報告を交わしていた。
「……確かに見た。人間の中に、あの力を持つ者がいる」
「グラドン様を奪ったのは、間違いなく奴だ」
「王へ伝えろ。――“勇者”が動いている、と」
その言葉は、やがて王国と魔王軍の戦線を震撼させることになる。
だが、この夜の勇者本人は、そんなことなど露ほども知らず――
寝袋の中で、幸せそうに寝返りを打っていた。
昼の穏やかさはすでに消え、冷たい風が木々を揺らす。
焚き火が小さく揺れ、橙色の光が兵士たちの顔を照らしていた。
王都ファルスへ向かう護送隊は、この夜も途中の平原で野営していた。
焚き火の輪の外には見張りが立ち、遠くでは馬の鼻息が白く浮かぶ。
空には雲が流れ、月は時折その姿を隠した。
悠は寝袋に潜り込み、背を丸めていた。
片腕を枕に、すでに寝息を立てている。
その横では、リオネルが鎧を脱いで上衣だけを羽織り、地図を広げていた。
彼女の表情はいつになく真剣だ。
少し離れた場所では、エルザが毛布にくるまって眠っている。
まだ旅慣れない身体は疲れているはずだが、それでも彼女の寝顔には安堵があった。
――この夜が静かに過ぎると信じていた。
だが、その静寂は長くは続かなかった。
見張りの兵士がふと眉を寄せる。
耳に届いたのは、風ではない――複数の足音。
乾いた土を踏みしめる重い音。
それは確実に、こちらへ向かってきていた。
「……何か来るぞ!」
兵士が低く叫び、剣を抜いた。
瞬く間に緊張が広がり、焚き火の影が揺れる。
リオネルが立ち上がり、目を細めて森の方を見やる。
闇の奥――そこに、赤い光がいくつも浮かび上がった。
獣のような瞳。
いや、それは……人の形をしていた。
「魔族……!」
彼女の声に兵士たちがざわめく。
次の瞬間、闇の中から黒装束の魔族の一団が飛び出してきた。
数は十。いや、二十はいる。
「グラドン様を返せぇぇぇッ!」
先頭の魔族が叫び、炎のような魔力をまとって突進してくる。
兵士たちは慌てて剣を構えた。
「防御陣形! 護送車を守れ!」
リオネルが即座に指示を飛ばす。
金属の擦れる音が一斉に響き、火花が闇を照らした。
しかし、相手の動きは速い。
魔族の一人が地を蹴り、兵士の前に一瞬で迫る。
剣と爪が交錯し、火花が散った。
「くっ……!」
押し負けそうになった兵士を、リオネルが剣で弾き返す。
「怯むな! ここを突破されたら終わりです!」
彼女の叫びが夜気に響く。
その時――。
「……うるせぇ」
低く、だるそうな声が響いた。
全員の動きが止まる。
焚き火の向こう。
寝袋から、もそもそと頭を出した男――悠。
髪は寝癖で跳ね、目は半分しか開いていない。
寝袋から顔だけ出して、彼はあくびをした。
「……寝てんのに邪魔すんな」
その瞬間、魔族たちの動きが一瞬止まる。
まさか、戦場のど真ん中で寝ていた人間がいるとは思わなかったのだ。
「ふざけるなッ! 人間ごときが我らを侮辱――」
魔族の一人が叫び、飛びかかる。
だが、悠は起き上がりもしなかった。
ただ寝袋の中で、片手をゆるく持ち上げただけ。
その指先から、淡い蒼光が瞬いた。
――風が爆ぜた。
轟音とともに、魔族の一団がまとめて吹き飛ぶ。
地面が抉れ、火の粉が散った。
リオネルは一瞬、目を見開いた。
彼が本気ではないことを知っている。それでも――その力は、恐ろしく静かに、完璧に敵を葬った。
砂煙の中、かろうじて立ち上がった魔族が数名。
だが、彼らの目は既に怯えに染まっていた。
「ば、化け物め……!」
「撤退だ、撤退ッ!」
彼らは互いを支え合いながら森の奥へと消えていった。
その背に、悠が片目だけ開けてぼそりと呟く。
「勝手に来て、勝手に逃げやがって……。また噂広がんだろ、面倒だな」
リオネルが息を整え、近づいてきた。
「勇者様……護送は無事です! 本当に、ありがとうございました!」
彼女の声は安堵に満ちていた。
悠は寝袋の中で片手を振った。
「礼なら静かに言え……眠気が逃げる」
「……はい」
リオネルは思わず笑ってしまう。
彼がどれほど無気力に見えても――結局、誰よりも確実に皆を守るのだ。
エルザが目を覚まし、ぼんやりと焚き火を見つめていた。
「……今の、勇者様が?」
「そう。寝ぼけながら、ね」
リオネルが微笑むと、少女は息を呑んだ。
「やっぱり、本物なんですね……勇者って」
「ええ。でも、あの人は自分をそう呼ばれるのが一番嫌いなの」
「どうして?」
「……面倒だから、ですって」
エルザはくすりと笑った。
焚き火の火がぱちぱちと弾ける。
その明かりの向こうで、悠はもう再び眠りに落ちていた。
寝息は穏やかで、まるで何事もなかったかのよう。
しかしリオネルは、その寝顔を見つめながら小さく呟く。
「勇者様――。あなたがいる限り、私たちは負けません」
夜空には再び静寂が戻った。
ただ、森の奥では逃げた魔族たちが集まり、密やかに報告を交わしていた。
「……確かに見た。人間の中に、あの力を持つ者がいる」
「グラドン様を奪ったのは、間違いなく奴だ」
「王へ伝えろ。――“勇者”が動いている、と」
その言葉は、やがて王国と魔王軍の戦線を震撼させることになる。
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寝袋の中で、幸せそうに寝返りを打っていた。
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