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七将編(氷獄の魔女セレナ)
第2話 王の勅命を受けた勇者
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王都を発って二日目。
雪は浅い粉をまいて、踏みしめるたびに乾いた音を立てた。白い息が風で引きちぎられ、背中の背嚢がかすかに軋む。三人の列の先頭で、悠は細いロープを肩に掛け、小さな荷運び用のソリを引いていた。
「……勇者様が荷運びって、役割分担、逆じゃないですか?」
後ろからエルザの遠慮がちな声。
「勇者様が引いた方が、進みが安定します」
リオネルが淡々と断言する。
「エルザが真ん中、私が殿(しんがり)。
ただし急斜面は私が前に出ます」
「ほらな。決まったろ」
悠はぼそりと返してから、ぶっきらぼうにロープを握り直す。
「……にしても、寒い。これ以上北行ったら、氷柱(つらら)になって王都に帰る羽目になるぞ」
「王の勅命でございます、勇者様。氷柱にならぬよう、ご自愛を」
「それを言うなら、命よりまず休日がほしい」
ぼやきは出る。けれど歩幅は乱れない。
周囲は背丈ほどの潅木と、葉を落とした白樺の疎林。雪は腰までには至らず、道筋はかろうじて見える。ときどき北からの風が音を引きずって吹き、肌に針を立てる。
「勇者様」
エルザが背嚢を整えながら、足を速めて並ぶ。
「蜂蜜少し垂らしたお茶、あとで淹れますね。手も温まりますし」
「お前は天使か」
「はい、天使です!」
「即答かよ。……ありがとな」
リオネルが手袋越しに地図を開く。
「今日の目的地は小さな街〈レイマール〉。王都から北へ三十里。ここで補給と情報収集を行い、明日以降は森沿いの旧街道を辿ります」
「補給と情報ね。……温泉は?」
「記録にはありません」
「ないのか。じゃあ泣く」
エルザがくすっと笑い、靴紐を結び直す。
「〈レイマール〉は、商人さんが鉱山都市へ向かうときに寄る街なんです。私も何度か父と――」
そこで、エルザは言葉を飲み込んだ。
ほんの一拍の沈黙。それを見て、悠はソリを止めた。ロープを外して、肩のこわばりを軽く回す。
「休憩だ。指先が死ぬ前にな」
腰を落とし、雪の上に断熱布を広げる。リオネルが周囲を一瞥し、風下側に簡易風除けを立てた。あらかじめ切っておいた枝と布を組んで作る、小さな防風壁。エルザは手早く固形燃料に火を付け、湯を掛ける。
「さっきの続き、無理に話さなくていい」
湯気に顔を当てながら、悠は短く言う。
「寒いと余計につらくなる」
「いえ……」
エルザはうつむいたまま首を振る。
「〈レイマール〉は、父と最初に旅した街でした。あの頃、鉱山都市へ向かう商人さんたちに混じって、一緒に何度も……。でも――」
彼女の手が、カップの縁をぎゅっと掴む。
「グラドンが支配していた時、父は鉱夫で。混乱の最中に行方がわからなくなって……。誰に聞いても知らないって。勇者様が尋問で“手下が攫ったかもしれない”って聞き出してくださったのに、それ以上は何も……」
湯が、ことり、と静かに沸いた。
リオネルが言葉を選ぶように、低く落ち着いた声で告げる。
「必ず探しましょう。氷獄へ向かう道すがら、手掛かりは必ず見つけます。……勇者様」
「はいはい」
悠は湯気の向こうで目を細める。
「仕事は増える一方だな。人探しに氷の魔女退治。ついでに温泉探しも追加しとくか」
冗談めかして、それから小さく息を吐いた。
「……放っとけねぇしな。俺がやらなきゃ、誰もやらない」
エルザの目に、じんわりと光が浮かぶ。
「勇者様……ありがとうございます」
「感謝より、まず手を温めろ。指が動かないと紐が結べない」
「はい!」
短い休憩を終えると、再び歩き出す。
今度はリオネルがソリの前に回り、斜面を読む。雪の表面は一見滑らかだが、埋まった根や凍りかけの溝が潜む。踏み抜けば足首をひねる。彼女は杖で先を探り、最小限の迂回で最短を引く。
「勇者様、雪面、右は軟いです。左の白樺の根沿いを」
「了解。……しかし、相変わらず勘がいいな」
「訓練の賜物です」
日が傾き始める。
薄い雲の切れ間から、かすかに陽が漏れ、雪面に淡い金を撒く。遠く、丘の肩の向こうに、木の柵と屋根が並ぶ影が見えた。煙突から白い煙が立ち、犬の遠吠えが風に運ばれてくる。
「〈レイマール〉だ」
悠がロープを肩から外し、首を回す。
「生きてる匂いがする。飯の匂いも」
「勇者様、まずは宿の確保と、医療用品の補充、火打石の追加を」
「了解。ついでに温泉の情報収集も」
「……優先度、低」
「非情だな」
三人が柵門に近づくと、門番の男が肩をすくめて出てきた。毛皮の帽子に、頬は赤い。
「王都の紋章……勇者様か? よくぞまあ、この風の中を徒歩で」
「馬車は埋まるからな。三人だと、歩いた方が早い」
「全くもってその通りで。――中へどうぞ。宿は二軒、酒場が一軒。鍛冶屋は昼間だけです。今夜はもう火を落としてるでしょうが」
「助かる」
悠が頷くと、門番はふとエルザを見た。
「お嬢ちゃん、見ない顔だな。旅かい」
「はい。父を探していて……」
言いかけて、エルザは口を閉じた。門番の目が一瞬、気まずげに泳ぐ。
「……悪いね。あんたらの事情はわからんが、ここじゃ“あの時代”の話は、あまり口にしない方がいい」
「“あの時代”?」
悠が聞き返すと、門番は肩をすくめた。
「雪が増えて、商隊が減って、誰も笑わなくなった時代さ。鉱山の方で妙な連中が動いていたって噂もあった。ま、酒場で聞くなら自己責任でな」
街に入ると、木組みの家々の間を、かすかな温かい空気が漂っていた。
子どもが雪玉を丸め、大人が薪を割る。生活の音がする。旅の者には、それだけでありがたい。
「宿はこちらです、勇者様」
リオネルが案内板を指し、低い屋根の宿屋に入る。
炉の前で、店主の女が手を温めていた。
「三人? 相部屋でよければすぐ出せるよ。乾いた藁と毛布はある。湯は桶に少し」
「十分だ」
悠は背嚢を降ろし、ソリの荷を壁に立て掛ける。
「食事は?」
「鹿のスープと黒パン。あと干し魚の燻製」
「最高」
悠の即答に、店主は目を丸くして笑い、鍋に手を伸ばした。
荷を解く手を止め、エルザが小さく袖を引く。
「勇者様……もし、今夜、酒場で情報を聞けたら」
「ああ。行く」
悠は肩を回し、手袋を外す。
「ただし無理はしない。凍えるのは御免だ。まず飯、次に火、最後に情報」
「はい」
鹿のスープは油が少なく、だが芯から温まった。
藁の匂い、煮込みの香り、外の風の唸り。すべてが“生きている証拠”に思える。満腹に近づくと、まぶたが重くなる。寝たい。布団に沈みたい。……でも。
「勇者様。私が先に酒場へ赴き、様子を見て参ります」
リオネルが立ち上がる。
「勇者様はお身体を温めて。エルザ、あなたは記録の整理を」
「わかりました!」
「待て」
悠は毛布を肩に掛けたまま手を上げる。
「俺も行く。こういうのは面倒だが、面倒な時ほど自分で確かめた方が、あとで面倒が減る」
「理屈としては、理解できます」
「だろ」
「ただし、外套を二重に。首に布を巻く。耳も覆う」
「母親か」
「副官です」
結局、三人で酒場へ向かった。
外はさらに冷えて、吐息がぱきんと割れる感じがする。酒場の扉を押すと、木の香りと低い笑い声、薄い酒の匂いが迎えた。視線がいくつかこちらへ寄る。王都の紋章は目立つ。
「旅人さんかい」
カウンターの内側で、中年の男がコップを拭いている。
「何を探してる?」
「情報」
悠はコインを一枚、木台に置いた。
「最近、鉱山筋で“妙な連中”を見たやつがいれば、話を聞きたい。あと、行方不明者の噂があれば」
店は一瞬、静かになった。
やがて隅の卓で、傷だらけの手袋を外していた男が口を開く。
「妙な連中、ね。いたさ。たぶん“あの時代”の名残りだろうよ。夜に森の縁を列になって歩いててな。足並みが揃いすぎてた。兵隊の歩き方だ」
「装備は?」
リオネルが間髪入れず問う。
「黒っぽい外套。……あと、背負ってるものが、妙に四角かった。箱か檻か、あれは何だ?」
檻。
エルザの喉が、かすかに鳴った。悠はその音に気づき、言葉を柔らかく選ぶ。
「行方不明の家族を探してる。鉱夫だった。……あんた、名前は聞いたか?」
「悪いが、そこまでは」
男は肩をすくめ、酒で喉を湿らす。
「ただ、一つ言える。連中、〈レイマール〉には入らなかった。まっすぐ北東へ折れていった。旧坑道の方角だ」
旧坑道。風の音が、ほんの少しだけ違って聞こえた。
悠はコップの縁を指で叩き、短く頷く。
「感謝する」
コインが二枚、木台に鳴った。
「明朝、出る。旧道を取る。……凍るぞ、覚悟しろよ」
「はい、勇者様」
エルザの返事には震えが混じっていたが、その目は強かった。
リオネルが小さく微笑む。
「では、今夜は早めに休み、装備の調整を。ソリの滑走面に油を塗り直し、ロープは新しい結び方にしましょう」
「面倒くさい」
悠は正直に言った。
「……けど、やる」
宿に戻ると、藁の上で装備の音が続いた。
手袋の中の指は、油でようやく熱を取り戻していく。外は風が唸り、屋根に雪が当たって小さな音を刻んだ。眠気が波のように押してくる。目を閉じれば、すぐにでも沈める。
それでも、悠は少しだけ目を開けて、梁を見た。
面倒だ。寒い。眠い。だけど――
「勇者様」
半ば眠りかけた耳に、エルザの小さな声。
「ありがとうございました。……父を、見つけたいです」
「ああ」
毛布の中で、悠は短く答えた。
「見つける。……面倒でも、やる」
言葉は炉の火に溶け、部屋に静けさが戻る。
北風の音が低く鳴り、遠い雪が屋根をなでた。
明日、旧道。旧坑道。冷たい名前が並ぶ。
それでも、歩くのはいつもと同じだ。
一歩ずつ。呼吸を合わせて。ぼやいて、やる。
勇者一行の寝息が、やがて穏やかなリズムをそろえる。
夜は長く、冷たい。
だが、火は絶えなかった。
雪は浅い粉をまいて、踏みしめるたびに乾いた音を立てた。白い息が風で引きちぎられ、背中の背嚢がかすかに軋む。三人の列の先頭で、悠は細いロープを肩に掛け、小さな荷運び用のソリを引いていた。
「……勇者様が荷運びって、役割分担、逆じゃないですか?」
後ろからエルザの遠慮がちな声。
「勇者様が引いた方が、進みが安定します」
リオネルが淡々と断言する。
「エルザが真ん中、私が殿(しんがり)。
ただし急斜面は私が前に出ます」
「ほらな。決まったろ」
悠はぼそりと返してから、ぶっきらぼうにロープを握り直す。
「……にしても、寒い。これ以上北行ったら、氷柱(つらら)になって王都に帰る羽目になるぞ」
「王の勅命でございます、勇者様。氷柱にならぬよう、ご自愛を」
「それを言うなら、命よりまず休日がほしい」
ぼやきは出る。けれど歩幅は乱れない。
周囲は背丈ほどの潅木と、葉を落とした白樺の疎林。雪は腰までには至らず、道筋はかろうじて見える。ときどき北からの風が音を引きずって吹き、肌に針を立てる。
「勇者様」
エルザが背嚢を整えながら、足を速めて並ぶ。
「蜂蜜少し垂らしたお茶、あとで淹れますね。手も温まりますし」
「お前は天使か」
「はい、天使です!」
「即答かよ。……ありがとな」
リオネルが手袋越しに地図を開く。
「今日の目的地は小さな街〈レイマール〉。王都から北へ三十里。ここで補給と情報収集を行い、明日以降は森沿いの旧街道を辿ります」
「補給と情報ね。……温泉は?」
「記録にはありません」
「ないのか。じゃあ泣く」
エルザがくすっと笑い、靴紐を結び直す。
「〈レイマール〉は、商人さんが鉱山都市へ向かうときに寄る街なんです。私も何度か父と――」
そこで、エルザは言葉を飲み込んだ。
ほんの一拍の沈黙。それを見て、悠はソリを止めた。ロープを外して、肩のこわばりを軽く回す。
「休憩だ。指先が死ぬ前にな」
腰を落とし、雪の上に断熱布を広げる。リオネルが周囲を一瞥し、風下側に簡易風除けを立てた。あらかじめ切っておいた枝と布を組んで作る、小さな防風壁。エルザは手早く固形燃料に火を付け、湯を掛ける。
「さっきの続き、無理に話さなくていい」
湯気に顔を当てながら、悠は短く言う。
「寒いと余計につらくなる」
「いえ……」
エルザはうつむいたまま首を振る。
「〈レイマール〉は、父と最初に旅した街でした。あの頃、鉱山都市へ向かう商人さんたちに混じって、一緒に何度も……。でも――」
彼女の手が、カップの縁をぎゅっと掴む。
「グラドンが支配していた時、父は鉱夫で。混乱の最中に行方がわからなくなって……。誰に聞いても知らないって。勇者様が尋問で“手下が攫ったかもしれない”って聞き出してくださったのに、それ以上は何も……」
湯が、ことり、と静かに沸いた。
リオネルが言葉を選ぶように、低く落ち着いた声で告げる。
「必ず探しましょう。氷獄へ向かう道すがら、手掛かりは必ず見つけます。……勇者様」
「はいはい」
悠は湯気の向こうで目を細める。
「仕事は増える一方だな。人探しに氷の魔女退治。ついでに温泉探しも追加しとくか」
冗談めかして、それから小さく息を吐いた。
「……放っとけねぇしな。俺がやらなきゃ、誰もやらない」
エルザの目に、じんわりと光が浮かぶ。
「勇者様……ありがとうございます」
「感謝より、まず手を温めろ。指が動かないと紐が結べない」
「はい!」
短い休憩を終えると、再び歩き出す。
今度はリオネルがソリの前に回り、斜面を読む。雪の表面は一見滑らかだが、埋まった根や凍りかけの溝が潜む。踏み抜けば足首をひねる。彼女は杖で先を探り、最小限の迂回で最短を引く。
「勇者様、雪面、右は軟いです。左の白樺の根沿いを」
「了解。……しかし、相変わらず勘がいいな」
「訓練の賜物です」
日が傾き始める。
薄い雲の切れ間から、かすかに陽が漏れ、雪面に淡い金を撒く。遠く、丘の肩の向こうに、木の柵と屋根が並ぶ影が見えた。煙突から白い煙が立ち、犬の遠吠えが風に運ばれてくる。
「〈レイマール〉だ」
悠がロープを肩から外し、首を回す。
「生きてる匂いがする。飯の匂いも」
「勇者様、まずは宿の確保と、医療用品の補充、火打石の追加を」
「了解。ついでに温泉の情報収集も」
「……優先度、低」
「非情だな」
三人が柵門に近づくと、門番の男が肩をすくめて出てきた。毛皮の帽子に、頬は赤い。
「王都の紋章……勇者様か? よくぞまあ、この風の中を徒歩で」
「馬車は埋まるからな。三人だと、歩いた方が早い」
「全くもってその通りで。――中へどうぞ。宿は二軒、酒場が一軒。鍛冶屋は昼間だけです。今夜はもう火を落としてるでしょうが」
「助かる」
悠が頷くと、門番はふとエルザを見た。
「お嬢ちゃん、見ない顔だな。旅かい」
「はい。父を探していて……」
言いかけて、エルザは口を閉じた。門番の目が一瞬、気まずげに泳ぐ。
「……悪いね。あんたらの事情はわからんが、ここじゃ“あの時代”の話は、あまり口にしない方がいい」
「“あの時代”?」
悠が聞き返すと、門番は肩をすくめた。
「雪が増えて、商隊が減って、誰も笑わなくなった時代さ。鉱山の方で妙な連中が動いていたって噂もあった。ま、酒場で聞くなら自己責任でな」
街に入ると、木組みの家々の間を、かすかな温かい空気が漂っていた。
子どもが雪玉を丸め、大人が薪を割る。生活の音がする。旅の者には、それだけでありがたい。
「宿はこちらです、勇者様」
リオネルが案内板を指し、低い屋根の宿屋に入る。
炉の前で、店主の女が手を温めていた。
「三人? 相部屋でよければすぐ出せるよ。乾いた藁と毛布はある。湯は桶に少し」
「十分だ」
悠は背嚢を降ろし、ソリの荷を壁に立て掛ける。
「食事は?」
「鹿のスープと黒パン。あと干し魚の燻製」
「最高」
悠の即答に、店主は目を丸くして笑い、鍋に手を伸ばした。
荷を解く手を止め、エルザが小さく袖を引く。
「勇者様……もし、今夜、酒場で情報を聞けたら」
「ああ。行く」
悠は肩を回し、手袋を外す。
「ただし無理はしない。凍えるのは御免だ。まず飯、次に火、最後に情報」
「はい」
鹿のスープは油が少なく、だが芯から温まった。
藁の匂い、煮込みの香り、外の風の唸り。すべてが“生きている証拠”に思える。満腹に近づくと、まぶたが重くなる。寝たい。布団に沈みたい。……でも。
「勇者様。私が先に酒場へ赴き、様子を見て参ります」
リオネルが立ち上がる。
「勇者様はお身体を温めて。エルザ、あなたは記録の整理を」
「わかりました!」
「待て」
悠は毛布を肩に掛けたまま手を上げる。
「俺も行く。こういうのは面倒だが、面倒な時ほど自分で確かめた方が、あとで面倒が減る」
「理屈としては、理解できます」
「だろ」
「ただし、外套を二重に。首に布を巻く。耳も覆う」
「母親か」
「副官です」
結局、三人で酒場へ向かった。
外はさらに冷えて、吐息がぱきんと割れる感じがする。酒場の扉を押すと、木の香りと低い笑い声、薄い酒の匂いが迎えた。視線がいくつかこちらへ寄る。王都の紋章は目立つ。
「旅人さんかい」
カウンターの内側で、中年の男がコップを拭いている。
「何を探してる?」
「情報」
悠はコインを一枚、木台に置いた。
「最近、鉱山筋で“妙な連中”を見たやつがいれば、話を聞きたい。あと、行方不明者の噂があれば」
店は一瞬、静かになった。
やがて隅の卓で、傷だらけの手袋を外していた男が口を開く。
「妙な連中、ね。いたさ。たぶん“あの時代”の名残りだろうよ。夜に森の縁を列になって歩いててな。足並みが揃いすぎてた。兵隊の歩き方だ」
「装備は?」
リオネルが間髪入れず問う。
「黒っぽい外套。……あと、背負ってるものが、妙に四角かった。箱か檻か、あれは何だ?」
檻。
エルザの喉が、かすかに鳴った。悠はその音に気づき、言葉を柔らかく選ぶ。
「行方不明の家族を探してる。鉱夫だった。……あんた、名前は聞いたか?」
「悪いが、そこまでは」
男は肩をすくめ、酒で喉を湿らす。
「ただ、一つ言える。連中、〈レイマール〉には入らなかった。まっすぐ北東へ折れていった。旧坑道の方角だ」
旧坑道。風の音が、ほんの少しだけ違って聞こえた。
悠はコップの縁を指で叩き、短く頷く。
「感謝する」
コインが二枚、木台に鳴った。
「明朝、出る。旧道を取る。……凍るぞ、覚悟しろよ」
「はい、勇者様」
エルザの返事には震えが混じっていたが、その目は強かった。
リオネルが小さく微笑む。
「では、今夜は早めに休み、装備の調整を。ソリの滑走面に油を塗り直し、ロープは新しい結び方にしましょう」
「面倒くさい」
悠は正直に言った。
「……けど、やる」
宿に戻ると、藁の上で装備の音が続いた。
手袋の中の指は、油でようやく熱を取り戻していく。外は風が唸り、屋根に雪が当たって小さな音を刻んだ。眠気が波のように押してくる。目を閉じれば、すぐにでも沈める。
それでも、悠は少しだけ目を開けて、梁を見た。
面倒だ。寒い。眠い。だけど――
「勇者様」
半ば眠りかけた耳に、エルザの小さな声。
「ありがとうございました。……父を、見つけたいです」
「ああ」
毛布の中で、悠は短く答えた。
「見つける。……面倒でも、やる」
言葉は炉の火に溶け、部屋に静けさが戻る。
北風の音が低く鳴り、遠い雪が屋根をなでた。
明日、旧道。旧坑道。冷たい名前が並ぶ。
それでも、歩くのはいつもと同じだ。
一歩ずつ。呼吸を合わせて。ぼやいて、やる。
勇者一行の寝息が、やがて穏やかなリズムをそろえる。
夜は長く、冷たい。
だが、火は絶えなかった。
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