『腰は重いけど速攻解決!』 ~異世界最速のめんどくさがり~

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七将編(氷獄の魔女セレナ)

第48話 心の氷を溶かす勇者

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 氷牢を脱した二人は、北の高台に立っていた。

 眼下には、どこまでも続く白銀の大地。
 砕けた氷獄の塔の残骸が、遠くに小さく見える。

 吹雪は、完全には止んでいない。
 だが、以前のような牙を剥いた嵐ではなく、ただ冷たい風が雪を運んでいるだけだった。

「……まだ、終わっていないわね」

 セレナが、ぽつりと呟いた。

 その声には、焦りも恐怖もない。
 ただ、事実を受け止める静けさがあった。

 悠は、隣で同じ景色を見ている。

「外の氷じゃねぇな」

 短く言い、続ける。

「残ってんのは……お前の心だろ」

 セレナは、一瞬だけ肩を強張らせた。

 図星だった。

「……ええ」

 彼女は、視線を落とす。

「吹雪は弱まっている。でも……完全には消えない」
「それは、私の中が、まだ凍っているから」

 風が、二人の間を抜ける。

 セレナの脳裏に、懐かしい声が蘇った。

 ――孤独でいなさい。
 ――凍っていれば、失わずに済む。
 ――誰も、裏切らない。

 魔王の囁き。

 かつて救いに見えた、その言葉。

「……一人の方が、楽なの」

 セレナは、無意識に一歩、距離を取った。

「期待しなければ、裏切られない」
「信じなければ、傷つかない」

 それは、長い年月で染み付いた生き方だった。

 悠は、その背中を見つめていたが――
 追いかけなかった。

 呼び止めもしない。

 ただ、同じ場所に立ち続ける。

 その態度に、セレナは戸惑い、振り返る。

「……どうして、止めないの」

 声に、わずかな揺れが混じった。

 悠は、肩をすくめる。

「逃げるなら、止めねぇ」

 セレナの目が、見開かれる。

「……え?」

「決めるのは、お前だ」

 突き放すでも、優しく包むでもない。
 ただの事実。

「俺が命令する話じゃねぇ」

 セレナは、言葉を失った。

 これまで――
 彼女の周囲には、二種類の人間しかいなかった。

 恐れて距離を取る者。
 力を欲し、利用しようとする者。

 だが、悠は違う。

 縛らない。
 引き留めない。
 救おうともしない。

「……それでも、私は」

 セレナは、震える声で言う。

「また、凍らせてしまうかもしれない」
「心が、冷えたままなら……」

 悠は、少しだけ考え、答えた。

「……俺もな」

 その言葉に、セレナは顔を上げる。

「昔、面倒だった」

 悠は、遠くを見る。

「誰かと深く関わるのが」
「期待されるのも、期待するのも」
「だから、距離を取ってた」

 だが、と続ける。

「それでもさ」

 悠は、静かに言った。

「誰かが凍っていくのを見過ごす方が……もっと面倒だろ?」

 セレナの胸が、強く締め付けられる。

「……面倒?」

「そうだ」

 悠は、はっきりと頷いた。

「逃げるのも楽だ」
「凍るのも楽だ」

「でも――」

 一歩、セレナに近づく。

「それを見て見ぬふりするのは、性に合わねぇ」

 その言葉に、
 セレナの中で、何かが崩れた。

 救われる存在としてではない。
 守られる弱者としてでもない。

 共に立つ者として、見られている。

「……私は」

 声が、掠れる。

「一人じゃなきゃ、いけないと思ってた」

 長い孤独。
 凍りついた時間。

「誰かの隣に立つ資格なんて、ないって」

 悠は、答えない。

 否定もしない。

 ただ、そこにいる。

 その沈黙が、
 セレナの心に、温度を与えた。

「……っ」

 目の奥が、熱くなる。

 視界が、滲む。

 ――涙。

 だが、それは氷ではない。

 凍りついた結晶ではなく、
 確かに“水”だった。

「……泣いて、いる……?」

 セレナは、自分の頬に触れ、呆然とする。

 その瞬間。

 風が、変わった。

 吹雪が、はっきりと弱まる。
 雲の切れ間から、淡い光が差し込んだ。

 北の大地が、わずかに、きらめく。

「……溶けたな」

 悠が、ぽつりと呟く。

 セレナは、涙を拭い、空を見上げた。

 胸の奥に、まだ冷えはある。
 だが、それはもう、支配ではない。

「……ええ」

 彼女は、静かに言った。

「私は……魔王の言葉を、拒む」

 命令でも、反動でもない。
 自分の意志として。

「孤独を、選ばない」

 その宣言に応えるように、
 吹雪が、確かに止んだ。

 完全な春ではない。
 だが、永遠の冬は、終わった。

 悠は、剣を肩に担ぐ。

「じゃあ、行くか」

 セレナは、頷き――
 一歩、悠の隣に立った。

 もう、距離はない。

 心の氷は、溶けた。

 それは、誰かに壊されたのではない。
 自分で、溶かしたのだ。
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