『あなたの悩みに、そっと味付けを』

KAORUwithAI

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第24話 かぼちゃの煮付け

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 夕暮れが落ちきり、路地裏には静かな夜が訪れていた。
 街の灯りは遠くに瞬き、
 人の声さえ聞こえない静寂が、癒庵(ゆあん)をそっと包み込む。

 佐伯は、まな板の前で固いかぼちゃに
向き合っていた。

 かぼちゃの皮は驚くほど硬い。
 包丁を入れると「ゴン」という鈍い音が響き、
 力加減を誤ると危険なほど跳ね返ってくる。

 「……硬いな。けど、こういうのに限って中は甘いんだ」

 佐伯は自分に言い聞かせるように呟き、
 慎重に包丁を押し込んでいく。
 切り分けたかぼちゃは、夕暮れ色の鮮やかなオレンジをしていた。

 煮崩れしないよう、角を面取りする。
 ほんの少し削ぐだけで、煮た時に形が守られる。
 それはどこか、人を大切に扱う時の“気遣い”に似ていた。

 鍋に出汁と醤油、砂糖、みりんを合わせ、
 ゆっくり弱火にかけると、甘い香りが店内にふわりと広がった。

 ──かぼちゃは、急かしちゃいけない。
   弱火で、じんわり、じんわり温める。
   そうすれば、驚くほど優しく甘くなる。

 

 そのとき、暖簾がそっと揺れた。

 「……こんばんは」

 入ってきたのは、五十代の男性だった。
 スーツ姿だが肩が落ち、表情には疲労と焦りが滲んでいる。
 佐伯は直感的に思った。「この人は……何かを抱えている」

 「いらっしゃい。どうぞお好きな席に」

 男性──柴田は軽く会釈して席に座った。
 そこへ水を出すと、両手を添えて飲みながら小さな溜息をつく。

 「……すみません、大将。
   何か……温かいものが食べたくて」

 その声音は弱く、どこか壊れそうでもあった。

 佐伯は頷きながら言う。

 「寒い夜ですし、体が欲してるんでしょうね。
   ゆっくりしていってください」

 柴田は少し酒を頼み、ひと口飲んだところで
 ぽつりと呟いた。

 「……娘とうまくいかないんです」

 酒のせいではない震えが声に混ざっていた。

 佐伯は急がず、「そうでしたか」とだけ返す。

 柴田は俯き、テーブルを見つめながら続ける。

 「娘が中学生なんですけど……
   最近、本当に何を言っても返してくれなくて。
   “うん”とか“別に”とか……
   それすら返ってこない時もあって……」

 目の奥に、諦めと寂しさが滲んでいた。

 「質問しても怒られるし……
   一緒にご飯を食べようと言っても無視されて……
   どう接していいか、全く分からないんです」

 佐伯は相槌を打ちながら、静かに耳を傾けた。

 「昔は、手を繋いで離れなかった子だったんですよ。
   休日も一緒に買い物に行って……
   俺の腕にずっとくっついてて。
   なのに今じゃ……
   こっちを見ることすらしてくれない」

 柴田は拳を握った。

 「……俺が、何か悪いんでしょうか。
   どこで間違えたのか……
   どうすればまた、あの頃みたいに……」

 佐伯は、胸の奥に美咲の姿が浮かぶ。
 美咲は不器用で、人前ではそっけなかった。
 真正面からぶつかられると、逆に逃げてしまう子だった。

 (あの子も……“待ってほしい”だけの時期があったよな)

 強く言葉を求められると、
 強がって「別に」と答え、
 本心はその裏に隠してしまう。

 不器用な子ほど、
 “急かされると壊れてしまう”ものなのだ。

 

 佐伯は立ち上がった。

 「……少しお待ちください」

 柴田が不思議そうにするなか、
 佐伯は煮込み途中のかぼちゃの鍋へ戻った。

 

 かぼちゃは優しい火加減で、
 じんわりと甘みを引き出されている最中だった。

 鍋の中で、かぼちゃがふつふつと小さく息をしているように見える。
 強火にすれば、すぐに煮崩れる。
 焦って触れば、形を壊してしまう。

 ──そうだ。
 ──子どもってのは、かぼちゃに似ている。

 急かすとダメだ。
 強く言いすぎると壊れてしまう。
 でも、見守ればちゃんと柔らかく、甘くなる。

 しばらく火を見守り、
 味が染みたところでそっと器に盛りつける。
 かぼちゃは深いオレンジ色をしていて、
 見るだけで温かさが伝わってきた。

 

 「どうぞ」

 佐伯が器を柴田の前に置くと、
 柴田は目を丸くした。

 「……えっ、頼んでませんよ?」

 佐伯は穏やかに微笑んだ。

 「ええ。サービスです。」

 柴田は困惑しながらかぼちゃを見つめる。

 佐伯はゆっくり言葉を続けた。

 「かぼちゃって……火が強いと崩れちゃうんです。
   急かすとダメなんですよ。
   でも、弱火でゆっくり煮てあげると──
   驚くほど甘く、柔らかくなる」

 柴田の目が揺れる。

 「人も、同じだと思います」

 静かな声だった。

 「思春期の子は……
   強くぶつかると逃げてしまいます。
   でも、何も言わずに“待てる”親は……
   実はすごく強いんですよ」

 柴田の息が詰まったような声が漏れる。

 「……待つ……か……」

 「はい。
   急かさないで、追い詰めないで……
   ただ“いつでも話せるよ”という雰囲気だけ
   置いておくんです」

 柴田はスプーンでかぼちゃをひと口すくい、
 恐る恐る口に運んだ。

 ほくほくした食感。
 舌に乗った瞬間に広がる甘み。
 醤油と出汁の優しい香りが喉の奥まで染みていく。

 「……あぁ……
   なんて優しい……味なんだ……」

 柴田の目から涙が零れる。

 「俺……
   焦ってたんだな……
   娘を変わってしまったと思い込んで……
   必死に話しかけて……
   それが逆に……重かったのかもしれない……」

 佐伯は深く頷いた。

 「娘さんは、きっと変わってませんよ。
   ただ、自分で考える時間が必要なだけです」

 柴田は両手で顔を覆い、
 しばらく声も出さずに泣いた。

 

 会計を済ませた後、
 柴田は出口に向かいながら振り返った。

 「……帰ったら……
   “おかえり”ってだけ言います。
   あとは……待ってみます」

 佐伯は微笑んで見送った。

 暖簾が揺れ、柴田は夜の中へ消えていった。

 

 店内にひとり残された佐伯は、
 鍋に残る甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

 「美咲……
   お前も……“待ってほしい”子だったよな……」

 あの日、急かさず、
 もっと穏やかに寄り添うことができていたら──
 そんな後悔がふっと胸をかすめた。

 かぼちゃの甘い余韻だけが、
 静かに佐伯の心を温め続けていた。
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