『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI

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第126章平穏なひと時と帝国の胎動

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辺境伯領 弓の訓練場にて

空は晴れ、柔らかな風が木々を揺らしていた。
まだ朝の涼しさを残した弓の訓練場には、少女たちの明るい声が響いていた。

「……やっぱり、むずかしいよ……」
ミーナは弓を引く手をぷるぷると震わせ、眉を下げた。
的の遥か手前に、放たれた矢がぽとりと落ちる。

「ううん、初めてにしては形になってるよ!」
隣で声をかけるレンは、ミーナの手元をそっと包み込むように添えた。
「ね、ここをもうちょっとだけこうして――…引いて、タイミングを見て、離す」

その指導に、クレアも微笑みながら言葉を添えた。
「肩に力が入りすぎないようにね、ミーナ。呼吸をゆっくり……そう」

ミーナはふたりの言葉に小さく頷くと、再び弓を構えた。

ひゅっ――

今度は矢が、的の縁にかすかに掠った。

「やった! 当たった! ちょっとだけど!」
ミーナの目がきらきらと輝き、頬がほんのりと染まった。

「すごいじゃん! 次はもっと中心狙ってみよう?」
レンが無邪気に手を叩いて褒めると、ミーナは嬉しそうに照れ笑いした。

クレアも、その笑顔を見つめて優しく頷く。
(少しずつ……本当に、少しずつだけど……この子の心にも“光”が戻ってきてる)

そう思ったとき、ミーナがぽつりと呟いた。

「……お母さんも、きっと褒めてくれるかな」

その言葉に、場の空気が一瞬、静かに止まる。

レンがそっとミーナの手を握る。
クレアは何も言わず、後ろからその小さな身体を抱きしめた。

「うん。きっと、笑って見ててくれるよ」
クレアの声が、涙のように穏やかに降り注いだ。

ミーナは静かに目を閉じて、うなずいた。

その笑顔は、どこか強くなろうとしている子どもの決意がにじんでいた。


外からは、子どもたちの明るい声が微かに聞こえてくる。
だが、執務室の中にその柔らかな音は届かなかった。

分厚い地図と報告書が並んだ机を囲むように、
ハーモンド、ノーマ、キース、そして二郎が静かに座っていた。

「……魔道具によって変異させられたオークキング」
ノーマが眉間に皺を寄せながら呟く。
「そしてその背後に、またしてもルーノ聖国の使者ユリウスの影。偶然とは思えません」

「奴らの目的が“実験”だったとすれば、次はもっと大規模な攻撃があるかもしれない」
キースが深刻な表情で言った。
かつての自分では思いつきもしなかった言葉だった。だが今は隊長。背負う立場が違う。

二郎は黙って椅子に深く腰掛けたまま、地図の一点を見つめていた。
「……ルーノの目的は、ただの攻撃じゃない。“示威行為”だ。俺たちに、自分たちの“技術”と“意志”を見せつけることが目的」

「ユリウスは、もはや外交の使者ではありません。――狂信に近い。」
ハーモンドが静かに言った。

「聖職者の顔をして、復讐者の目をしていた」
そう呟いたのは、二郎だった。
かつて見た戦場の狂気を知る彼にとって、その“目”は既視感のあるものだった。

「帝国も完全に手を組んでいる……のか?」
ノーマが尋ねると、ハーモンドは首を横に振った。

「おそらく、まだ“利用し合っている”段階だ。ユリウスの方が一枚上手かもしれん。あの皇帝が新たな魔道具を渡されたとしたら……いずれ制御を失う可能性もある」

「……つまり、ルーノが何を仕掛けてくるか予測し、備える必要があるって事だな」
二郎が机の上の地図に手を置いた。

「次にやられるとすれば、辺境だけじゃ済まない。――公都も、民も、全てを守るには」
二郎の声が少し強くなる。

「“もう一手”打たせるべき時かもしれません」

執務室の空気が、ぴんと張りつめた。

「……君が“本気”になる時が来たということかね?」
ハーモンドがそう問うと、二郎は少し目を細めた。

「……ああ。守れるもんは、全部守りたい。ミーナの笑顔も、レンの未来も、全部だ」

外からはまだ、レンとミーナの笑い声が響いていた。
だが、それを守るための戦いが、すぐそこに迫っていた。

その頃、誰も気づいてはいなかった――
はるか遠くの帝国で、“第二の災厄”が静かに胎動を始めていることを。
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