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第136章穏やかな実りと、夜の灯
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領都では、試験農場で育てていた作物の収穫が始まっていた。
二郎が討伐や機銃設置などで奔走していた間も、農民や見回りの騎士たちが農場を支え、地道な世話を続けてくれていたのだ。
ある日。執務室に呼ばれた二郎は、ハーモンドの前に姿を見せる。
「前に、試験農場で作物を育てていただろう?」
開口一番、ハーモンドがそう口にした。
「ええ、順調に育ってますか?」と二郎が応じると、ハーモンドは微笑んで言った。
「順調どころではない。もう収穫が始まっているぞ」
「……えっ!」
二郎は目を見開いた。
「すみません。最近は戦の方に追われていて、農場の様子まで気が回らず……」
だがハーモンドは軽く首を振る。
「よいのだ、二郎。お前がいてくれなければ、収穫どころかこの領都そのものが今頃どうなっていたか……。この実りは、お前が守ったのだ」
「……ありがとうございます」
静かに頭を下げた二郎に、ハーモンドは続けた。
「それでな。領の者たちが、収穫を祝って収穫祭を催すそうだ。レンやクレア、ミーナも誘って、行ってくるといい」
「なるほど、それは楽しそうですね。行ってきます」
⸻
客室に戻ると、レンたちはもう話を聞きつけていたらしく、ミーナと並んで楽しげに笑っていた。
「おにーちゃん、収穫祭行こ?」
「……知ってたのか」
苦笑しながらも、二郎はそのまま頷いた。
「じゃあ、行くか」
⸻
祭会場はすでに多くの人で賑わっており、香ばしい香りと人々の笑い声が辺りに満ちていた。
二郎たちは露店を回り、串焼きや果実菓子などを手に取りながら食べ歩いた。
「わあ、これ美味しいね!」
「ほら、ミーナ。あっちにはアクセサリーのお店もあるみたい」
レンがそう言ってミーナの手を引くと、ミーナは少し照れたように「うん」と頷いた。
そのやり取りを見ていた二郎は、そっと露店を見て回り――。
「はい。レンにはこれ。クレアはこれが似合いそうだな。ミーナには……これだ」
彼は三人に、それぞれの小さな贈り物を手渡した。
レンには小ぶりなブレスレット、クレアには上品なイヤリング、ミーナには花を模した可愛らしい髪飾り。
「わあ……!」
「まぁ……ありがとうございます、二郎さん」
「きれい……」
三人はそれぞれ、宝物をもらったような表情で喜び、その顔に二郎も自然と微笑んだ。
⸻
夕暮れまで祭を楽しんだ帰り道。邸に戻ろうとする三人を、二郎が呼び止めた。
「ちょっと、庭に寄っていこう」
不思議そうに首を傾げる三人を庭に連れて行き、二郎は一つの箱を取り出した。
「……これは?」
「手持ち花火だよ」
異世界にはない文化の一つ。二郎が日本から召喚した手持ち花火セットだった。
三人に一本ずつ持たせ、火をつけると、シュウウッという音と共に火花が鮮やかに噴き出した。
「わ……っ!」
「まぁ……綺麗ですわ!」
「すごい……!」
最初は驚いていた三人だったが、すぐに目を輝かせて、次々と火花の色や形を楽しみながら笑い合った。
最後に取り出したのは、細く頼りない一本の線香花火。
「これが最後だ」
火をつけると、静かな火玉が揺れ、やがて、ポトリと落ちて消えた。
「……儚げですわね」
クレアがぽつりと呟くと、レンも穏やかな声で言った。
「こういう落ち着いたのも、良いね」
ミーナも小さく、「きれい」と呟いていた。
⸻
花火が終わった後、三人は手を繋いで屋敷の中へ戻っていった。
その背中を見送る二郎は、静かに思った。
――また、こうして笑える時間が訪れるように。
この穏やかな日々を、絶対に守ってみせる。
夜風に火薬の匂いがほのかに残る中、月が静かに昇っていた。
客室に戻ると、レンが二郎のベッドにちょこんと座っていた。
両手を膝の上に揃え、視線は床の一点を見つめている。
「どうした?」
二郎が声をかけると、レンは顔を上げずに、そっと自分の隣のシーツを軽く叩いた。
「……ここ、座って」
促されるままに、二郎がその隣に腰を下ろすと、レンは何も言わずに、急に二郎にぎゅっと抱きついてきた。
小さな身体が、迷いなく彼の胸元に飛び込んでくる。
「今日……楽しかった」
その声は、小さくも確かな熱を帯びていた。
「ああ。そうだな」
二郎が静かに応じると、レンは彼の胸元から顔を上げて、そのまま真っ直ぐに見つめた。
「……生きて戻ってきてくれて、ありがとう」
その瞳はまっすぐで、どこか切なげで、でも安堵と喜びが混じっていた。
二郎は優しく微笑み、レンの頭にそっと手を置いた。
「レンがここにいてくれる限り、俺は必ず戻ってくるよ」
その言葉に、レンは目を伏せて頷く。
頬まで紅潮して、耳まで真っ赤になっていた。
「……うん」
空気がゆっくりと落ち着いていき、二郎がふと立ち上がる。
「もう遅いし、寝よう」
ベッドに横たわったそのすぐあと、レンも遠慮がちにその隣にそっと寝転がる。
少し驚いたように目を見開いた二郎に、レンが控えめに口を開いた。
「今日は……ここで寝て、いい?」
一瞬の沈黙のあと、二郎はふっと力を抜き、優しく頷いた。
「ああ。いいよ」
二人はしばらく、何も話さずに隣り合っていた。
やがて、静かな寝息が並んで響く。
その夜、レンの顔には安らかな微笑みが浮かんでいた。
二郎が討伐や機銃設置などで奔走していた間も、農民や見回りの騎士たちが農場を支え、地道な世話を続けてくれていたのだ。
ある日。執務室に呼ばれた二郎は、ハーモンドの前に姿を見せる。
「前に、試験農場で作物を育てていただろう?」
開口一番、ハーモンドがそう口にした。
「ええ、順調に育ってますか?」と二郎が応じると、ハーモンドは微笑んで言った。
「順調どころではない。もう収穫が始まっているぞ」
「……えっ!」
二郎は目を見開いた。
「すみません。最近は戦の方に追われていて、農場の様子まで気が回らず……」
だがハーモンドは軽く首を振る。
「よいのだ、二郎。お前がいてくれなければ、収穫どころかこの領都そのものが今頃どうなっていたか……。この実りは、お前が守ったのだ」
「……ありがとうございます」
静かに頭を下げた二郎に、ハーモンドは続けた。
「それでな。領の者たちが、収穫を祝って収穫祭を催すそうだ。レンやクレア、ミーナも誘って、行ってくるといい」
「なるほど、それは楽しそうですね。行ってきます」
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客室に戻ると、レンたちはもう話を聞きつけていたらしく、ミーナと並んで楽しげに笑っていた。
「おにーちゃん、収穫祭行こ?」
「……知ってたのか」
苦笑しながらも、二郎はそのまま頷いた。
「じゃあ、行くか」
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祭会場はすでに多くの人で賑わっており、香ばしい香りと人々の笑い声が辺りに満ちていた。
二郎たちは露店を回り、串焼きや果実菓子などを手に取りながら食べ歩いた。
「わあ、これ美味しいね!」
「ほら、ミーナ。あっちにはアクセサリーのお店もあるみたい」
レンがそう言ってミーナの手を引くと、ミーナは少し照れたように「うん」と頷いた。
そのやり取りを見ていた二郎は、そっと露店を見て回り――。
「はい。レンにはこれ。クレアはこれが似合いそうだな。ミーナには……これだ」
彼は三人に、それぞれの小さな贈り物を手渡した。
レンには小ぶりなブレスレット、クレアには上品なイヤリング、ミーナには花を模した可愛らしい髪飾り。
「わあ……!」
「まぁ……ありがとうございます、二郎さん」
「きれい……」
三人はそれぞれ、宝物をもらったような表情で喜び、その顔に二郎も自然と微笑んだ。
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夕暮れまで祭を楽しんだ帰り道。邸に戻ろうとする三人を、二郎が呼び止めた。
「ちょっと、庭に寄っていこう」
不思議そうに首を傾げる三人を庭に連れて行き、二郎は一つの箱を取り出した。
「……これは?」
「手持ち花火だよ」
異世界にはない文化の一つ。二郎が日本から召喚した手持ち花火セットだった。
三人に一本ずつ持たせ、火をつけると、シュウウッという音と共に火花が鮮やかに噴き出した。
「わ……っ!」
「まぁ……綺麗ですわ!」
「すごい……!」
最初は驚いていた三人だったが、すぐに目を輝かせて、次々と火花の色や形を楽しみながら笑い合った。
最後に取り出したのは、細く頼りない一本の線香花火。
「これが最後だ」
火をつけると、静かな火玉が揺れ、やがて、ポトリと落ちて消えた。
「……儚げですわね」
クレアがぽつりと呟くと、レンも穏やかな声で言った。
「こういう落ち着いたのも、良いね」
ミーナも小さく、「きれい」と呟いていた。
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花火が終わった後、三人は手を繋いで屋敷の中へ戻っていった。
その背中を見送る二郎は、静かに思った。
――また、こうして笑える時間が訪れるように。
この穏やかな日々を、絶対に守ってみせる。
夜風に火薬の匂いがほのかに残る中、月が静かに昇っていた。
客室に戻ると、レンが二郎のベッドにちょこんと座っていた。
両手を膝の上に揃え、視線は床の一点を見つめている。
「どうした?」
二郎が声をかけると、レンは顔を上げずに、そっと自分の隣のシーツを軽く叩いた。
「……ここ、座って」
促されるままに、二郎がその隣に腰を下ろすと、レンは何も言わずに、急に二郎にぎゅっと抱きついてきた。
小さな身体が、迷いなく彼の胸元に飛び込んでくる。
「今日……楽しかった」
その声は、小さくも確かな熱を帯びていた。
「ああ。そうだな」
二郎が静かに応じると、レンは彼の胸元から顔を上げて、そのまま真っ直ぐに見つめた。
「……生きて戻ってきてくれて、ありがとう」
その瞳はまっすぐで、どこか切なげで、でも安堵と喜びが混じっていた。
二郎は優しく微笑み、レンの頭にそっと手を置いた。
「レンがここにいてくれる限り、俺は必ず戻ってくるよ」
その言葉に、レンは目を伏せて頷く。
頬まで紅潮して、耳まで真っ赤になっていた。
「……うん」
空気がゆっくりと落ち着いていき、二郎がふと立ち上がる。
「もう遅いし、寝よう」
ベッドに横たわったそのすぐあと、レンも遠慮がちにその隣にそっと寝転がる。
少し驚いたように目を見開いた二郎に、レンが控えめに口を開いた。
「今日は……ここで寝て、いい?」
一瞬の沈黙のあと、二郎はふっと力を抜き、優しく頷いた。
「ああ。いいよ」
二人はしばらく、何も話さずに隣り合っていた。
やがて、静かな寝息が並んで響く。
その夜、レンの顔には安らかな微笑みが浮かんでいた。
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