『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI

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第155章その手が、届く場所に

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崩れ落ちた“災厄”――アシュ=カルマは、もはや動かない。

それを見届けた直後、二郎の身体から力が抜けた。

「……っ、レン……」

最後にその名を呟きながら、二郎はその場に崩れ落ちる。
地面に倒れ込んだその顔には、安堵と達成の色が混じっていた。

静寂の中、わずかな声が風に乗る。

「……おにー……ちゃん……?」

レンの瞳がうっすらと開かれた。

その声を聞いたのは、アイだった。

『お目覚めですね、レン様。ご安心ください――傷はすでに癒えています』

アイの言葉通り、レンの身体には、もはや血の痕も痛みもなかった。
だが――

「レン!」

その声は、涙に濡れていた。

クレアだった。

レンが目を開けた瞬間、彼女は思わずその身体に抱きついていた。

「無茶しないで……お願いだから……!」

その腕の中、レンは小さく「ごめんなさい」と囁いた。

そして、すぐ傍でミーナが小さな手で、そっとレンの手を握る。
その眼差しは、震えていたが、強い意思を宿していた。

「……おにーちゃんは……どこ?」

レンがゆっくりと身体を起こし、辺りを見回す。

すぐに、倒れたまま動かない二郎の姿を見つけた。

「おにーちゃん……!」

レンは駆け寄り、膝をついてその身体を抱きしめる。

「ねえ、目を開けてよ……帰ってきてくれるん
でしょ……?」

その頬を、涙が伝う。
何度も何度も、震える声でその名を呼んだ。

『ご安心ください、レン様。二郎様は力の使いすぎによる意識喪失です。命に別状はありません。しばらくすれば、目を覚ましますよ』

レンは涙を拭いながら、アイの言葉に縋るように問いかけた。

「……本当? 本当に……起きてくれるの?」

アイは柔らかく微笑むように言う。

『ええ。だって、あの方は――レン様を置いて、どこかへ行かれるような方ではありませんから』

その言葉に、レンの胸がぎゅっと締めつけられた。


「……うん。分かってる……私、信じてる」

レンは二郎の胸に額を当て、そっと目を閉じた。


気が遠のいていた。

何も聞こえず、何も見えず、ただ真っ白な世界に漂っているようだった。

けれど――

「……おにーちゃん」

誰かの声がした。

「……目を……開けて……お願い……」

それは、確かにレンの声だった。

まぶたの裏に浮かぶのは、涙を浮かべて呼びかける、懐かしく、いとおしい笑顔。

その声に導かれるように、二郎の瞼がかすかに震えた。

「……ん……」

微かに、空気の重みを感じた。

地面に横たわっている感触。熱い血の匂い。どこか遠くで人の声が飛び交っている。

そして――

「おにーちゃん……!」

その声が、はっきりと耳に届いた。

ゆっくりと目を開けると、焦点の合わぬ視界の中に、泣き笑いのレンの顔があった。

「……レン……俺……」

「うん、無事で良かった……っ!」

レンは目元をぬぐいながら、そっと二郎の手を握りしめた。

──その後、戦場で倒れていた二郎は、クレアや騎士たちの手によって収容され、各部隊と共にハーモンド邸へ帰還した。

治療と休息ののち、数日を経て、執務室では戦後の報告が正式に行われていた。

ハーモンド、ボルドー、ノーマ、キース、そして体調が回復しつつある二郎が揃い、戦いの総括が始まる。

「……まずは、国境線での戦闘は我々の勝利に終わった」

ハーモンドの厳かな声が室内に響く。

「敵の主力――あの“アシュ=カルマ”と呼ばれる怪物は、二郎の奮戦により撃破された」

その言葉に、全員が深く頷く。

「公都からの援軍によって、領都近辺に現れた魔物も押し返され、被害は最小限に抑えられました。これは公王陛下とシエスタ連邦の素早い対応の賜物でもあります」

ノーマが補足し、キースも続けた。

「狙撃部隊も拠点防衛と避難誘導に尽力し、市民に大きな混乱は出ませんでした」

「うむ……だが、肝心の“あの男”……」

ハーモンドは、やや顔を曇らせた。

「ユリウス本人は、今回も戦場には姿を見せなかった。どれほど探しても、その影さえ掴めていない」

その名が出た瞬間、空気が凍る。

「奴の目的は、まだ終わっていない……むしろ、これは“試し”だったのかもしれん」

静まり返る室内に、二郎がゆっくりと口を開いた。

「……アシュ=カルマは、あれで“完成品”ではなかった。少なくとも、奴の言動や動きから察するに、もっと先がある。……もっと、危険な何かが」

皆が重苦しい沈黙に包まれる。

ハーモンドは机の上に置かれた戦況地図を見つめ、低く呟いた。

「我々は勝った。だが、戦いが終わったとは言えない。ユリウスの“真意”は、未だ霧の中だ」

その夜、静かな風が領都を包んでいた。

だがその静けさは、嵐が去った後の平穏ではなかった。

それは――次なる災厄を孕む、ただの“間(ま)”に過ぎなかった。
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