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第2部:壁 - 国会という名の怪物
第65話 法案が握り潰された日
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健人は、自分の机に置かれた分厚い紙の束をそっと撫でた。半年がかりで真田と共に作り上げた「地域小児医療支援法案」。医療過疎地に生まれた子どもたちが、命の危機にさらされることなく診療を受けられるように――その願いを込めた法案だった。
「これでやっと、国会を動かせるんだ」
心の奥にあった小さな希望が、その紙の重みとともに息づいていた。
提出の朝、議員会館の小さな部屋で真田が最後の文面を確認し、田島が机をトントンと叩いて気合を入れた。
「半年、ここまでこぎつけたな」
健人はうなずき、紹介議員の署名が入った紙を抱えながら議事堂へ向かった。
初めての正式な議員立法の手続き。事務局の窓口で緊張しながら提出すると、受理の印が押される。その朱色を見た瞬間、健人の胸に喜びがこみ上げた。
――だが、それはまだ始まりにすぎなかった。
数日後、法案が厚生労働委員会に付託されたとの通知が届いた。健人は「やっと動き出す」とほっとしたが、真田は引き締まった表情で言った。
「ここからが本当の勝負です。委員会の議題に上がらなければ、審議すらされませんから」
健人は首をかしげた。「委員会に付託されたんだから、審議されるんじゃないのか?」
真田は苦笑して首を振った。「理事会で合意がなければ、議題に載りません」
それでも健人は希望を捨てず、国民革新党の厚労委員会理事に面会を申し入れた。だが、返事は「多忙につき来週以降」。ようやく短い時間を得て説明に行ったが、相手は書類をぱらぱらとめくっただけで言った。
「理念は悪くないが、財源の裏付けが弱い。このままでは難しい」
打ち合わせを終えた控室で、健人は重く息を吐いた。
「せっかくここまで来たのに……」
田島が腕を組んで言った。「なんだか嫌な予感がするな」
そして、嫌な予感は的中した。
次の委員会が開かれたが、議事日程には健人の法案が載っていなかった。驚いた健人は委員長に尋ねたが、返ってきたのはそっけない答えだった。
「理事会の合意が得られていないため、今回は見送ります」
それは事実上の“棚ざらし”を意味していた。
傍聴席で真田が小さくため息をつくのが見えた。議事堂を出ると、真田は淡々と告げた。
「これが現実です。理事会が合意しなければ、議題にすら上がりません。議員がいくら努力しても動かないんです」
記者クラブへ足を運んでも、反応は鈍かった。
「他にもっと大きな法案があるし、話題性がないからな」と記者に軽くあしらわれる。
与党のある議員からは、廊下ですれ違いざまに冷たい一言を浴びた。
「新人が目立とうとするなよ。現実を知れ」
悔しかった。拳を握りしめ、唇を噛んだ。
閉会が近づいても、法案は議題に上がらないまま日々が過ぎていった。
ある夕暮れ、議員会館の自室に戻った健人は、机に積み上げられた草案をじっと見つめていた。窓の外には国会議事堂のシルエットが赤い空に浮かんでいた。
「誰のための国会なんだ……」
小さくつぶやき、拳で机を軽く叩く。
その夜、真田がそっとコーヒーを置き、静かに言った。
「法案は握り潰されました。でも、これで終わりではありません。次がある」
健人はしばらく沈黙した後、ノートを開いた。そして力強く書き込む。
――握り潰されるなら、何度でも出す。次こそは、必ず議場に立たせる。
視線を上げると、窓の外に灯る国会の夜景が目に入った。その灯は、遠く見えても確かにそこにあった。
健人は胸元のバッジに触れ、静かに誓った。
――法案が通らなくても終わりじゃない。
議題にすら上がらなくても、諦めなければ次がある。
市民の声は、必ず国会の扉を叩き続ける。
その言葉を胸に、再びペンを握りしめた。
悔しさは消えない。だが、その悔しさこそが次の挑戦への原動力になると、健人はようやく悟り始めていた。
“法案は握り潰されても、声は消えない。
折られた願いは、次への闘志に変わる。
諦めない限り、国会の扉は叩き続けられる。”
「これでやっと、国会を動かせるんだ」
心の奥にあった小さな希望が、その紙の重みとともに息づいていた。
提出の朝、議員会館の小さな部屋で真田が最後の文面を確認し、田島が机をトントンと叩いて気合を入れた。
「半年、ここまでこぎつけたな」
健人はうなずき、紹介議員の署名が入った紙を抱えながら議事堂へ向かった。
初めての正式な議員立法の手続き。事務局の窓口で緊張しながら提出すると、受理の印が押される。その朱色を見た瞬間、健人の胸に喜びがこみ上げた。
――だが、それはまだ始まりにすぎなかった。
数日後、法案が厚生労働委員会に付託されたとの通知が届いた。健人は「やっと動き出す」とほっとしたが、真田は引き締まった表情で言った。
「ここからが本当の勝負です。委員会の議題に上がらなければ、審議すらされませんから」
健人は首をかしげた。「委員会に付託されたんだから、審議されるんじゃないのか?」
真田は苦笑して首を振った。「理事会で合意がなければ、議題に載りません」
それでも健人は希望を捨てず、国民革新党の厚労委員会理事に面会を申し入れた。だが、返事は「多忙につき来週以降」。ようやく短い時間を得て説明に行ったが、相手は書類をぱらぱらとめくっただけで言った。
「理念は悪くないが、財源の裏付けが弱い。このままでは難しい」
打ち合わせを終えた控室で、健人は重く息を吐いた。
「せっかくここまで来たのに……」
田島が腕を組んで言った。「なんだか嫌な予感がするな」
そして、嫌な予感は的中した。
次の委員会が開かれたが、議事日程には健人の法案が載っていなかった。驚いた健人は委員長に尋ねたが、返ってきたのはそっけない答えだった。
「理事会の合意が得られていないため、今回は見送ります」
それは事実上の“棚ざらし”を意味していた。
傍聴席で真田が小さくため息をつくのが見えた。議事堂を出ると、真田は淡々と告げた。
「これが現実です。理事会が合意しなければ、議題にすら上がりません。議員がいくら努力しても動かないんです」
記者クラブへ足を運んでも、反応は鈍かった。
「他にもっと大きな法案があるし、話題性がないからな」と記者に軽くあしらわれる。
与党のある議員からは、廊下ですれ違いざまに冷たい一言を浴びた。
「新人が目立とうとするなよ。現実を知れ」
悔しかった。拳を握りしめ、唇を噛んだ。
閉会が近づいても、法案は議題に上がらないまま日々が過ぎていった。
ある夕暮れ、議員会館の自室に戻った健人は、机に積み上げられた草案をじっと見つめていた。窓の外には国会議事堂のシルエットが赤い空に浮かんでいた。
「誰のための国会なんだ……」
小さくつぶやき、拳で机を軽く叩く。
その夜、真田がそっとコーヒーを置き、静かに言った。
「法案は握り潰されました。でも、これで終わりではありません。次がある」
健人はしばらく沈黙した後、ノートを開いた。そして力強く書き込む。
――握り潰されるなら、何度でも出す。次こそは、必ず議場に立たせる。
視線を上げると、窓の外に灯る国会の夜景が目に入った。その灯は、遠く見えても確かにそこにあった。
健人は胸元のバッジに触れ、静かに誓った。
――法案が通らなくても終わりじゃない。
議題にすら上がらなくても、諦めなければ次がある。
市民の声は、必ず国会の扉を叩き続ける。
その言葉を胸に、再びペンを握りしめた。
悔しさは消えない。だが、その悔しさこそが次の挑戦への原動力になると、健人はようやく悟り始めていた。
“法案は握り潰されても、声は消えない。
折られた願いは、次への闘志に変わる。
諦めない限り、国会の扉は叩き続けられる。”
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