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第2部:壁 - 国会という名の怪物
第64話 質問の“順番待ち”は半年後
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朝から曇り空だった。
国会議事堂の白い石の壁は重苦しく沈んだ光を帯びていて、坂本健人の胸にも同じような陰が落ちていた。
この日も委員会は朝からぎっしり詰まっていた。
分厚い資料を脇に抱え、無言で歩く健人の背中を、秘書の真田と田島が無言で追う。
議員たちがぞろぞろと会議室へ吸い込まれていく様は、まるで無表情な巨大な歯車に飲み込まれていくようだった。
委員長の木槌が鳴り、議事進行が始まった。
何本もの法案が次々に議題に挙げられ、質問の機会が設けられる。
しかし、順番は与党と主要野党の間で取り決めがなされ、無所属の新人には当然のように回ってこない。
――今日こそは何かひと言でも。
そう心に誓ってきた健人だったが、午前の部はあっという間に終わった。
昼休みを挟み、午後の部も始まる。
再び木槌が打たれ、委員会の空気が張り詰める。
健人は机の下で手を握り、何度か手を挙げるタイミングを計ったが、議長の視線は彼を素通りし、別の議員の名前を呼んだ。
彼は唇を噛みしめて手を下ろす。
議事が進む中、健人の耳には前列の議員たちの笑い声がかすかに届いた。
「無所属は半年くらい黙って座ってりゃいいんだ」
「どうせ目立ったことはできないさ」
それはささやきに近かったが、妙にはっきりと聞こえた。
健人は背筋を伸ばしながら、机の下で拳を握った。
やがて会議は閉会の時間を迎えた。
健人は深いため息をつきながら委員会室を出ると、すぐに真田が声をかけてきた。
「お疲れさまでした。今日も…出番はありませんでしたね」
健人は苦笑し、「わかってたけど、やっぱり辛いな」とつぶやいた。
そこへ田島が、苛立ったように足早に近づいてきた。
「なぁ健人、これじゃ意味がないじゃないか。国民の声を届けるためにここに来たのに、半年も座ってるだけなんて…」
健人は田島の肩に手を置き、かすかに笑ってみせた。
「気持ちは同じだ。でも、感情だけじゃ変わらない」
そのとき、事務局の職員が手帳を片手に現れた。
「坂本議員、次に質問時間が正式に割り当てられるのは、早くても半年後になる見込みです」
健人は一瞬耳を疑い、思わず聞き返した。
「半年後……ですか」
職員は申し訳なさそうに軽く頭を下げた。
その言葉は、重い石のように胸に落ちた。
――半年も、このまま黙っていろというのか。
だが、悔しさを顔には出さず、ただ小さく頷いた。
廊下を歩きながら、健人は遠くから聞こえてくる笑い声に耳を澄ませた。
ベテラン議員たちが連れ立って歩きながら、また皮肉めいた言葉を投げていた。
「無所属は次の選挙まで持たんだろ」
「せいぜい半年は見物だな」
そのたびに胸がちくりと痛んだ。
だが立ち止まるわけにはいかない、と自分に言い聞かせた。
控室に戻ると、田島は怒りを隠そうともせず机を叩いた。
「半年も待たされるなんて、バカにしてる! 国民の声を届けるチャンスを奪ってるようなものじゃないか!」
真田は静かに座り、冷静な声で言った。
「これが現実です。質問時間は政党間の駆け引きと力の差で決まる。無所属は後回しにされるのが常です」
健人は窓の外に目をやった。
夕日が白い議事堂の壁を朱色に染めている。
その美しさとは裏腹に、心は重い。
「数がものを言う世界だってことはわかってたけど……これほどとはな」
そう呟くと、田島が振り返った。
「でも、数がなくても戦うためにここに来たんだろ? ここで諦めたら終わりだ」
夜になって議員会館の事務所に戻ると、地元からのメールやFAXが机に山積みになっていた。
生活支援や医療費補助、農業への補助金など、切実な声が並んでいる。
健人はそれを手に取り、深い息を吐いた。
「この声を、半年も寝かせておくのか……」
すると真田が隣で優しく言った。
「半年の時間は無駄じゃありません。いまから準備を積み重ねて、半年後には必ず心を動かす質問をぶつけましょう」
田島も頷き、力強く言った。
「順番を待つしかないなら、その間に力をつけよう。準備した分だけ、必ず響く質問ができるはずだ」
健人は机にノートを広げ、静かにペンを握った。
そしてページの端に大きく書き記した。
――“待たされても、声は消えない”
その文字を見つめ、ゆっくりと息を吐く。
待たされても、立ち止まらずに歩き続ける。
やがて訪れるその日に、この積み重ねた声をぶつけるために。
“発言の機会を遠ざけられても、黙る気はない。
待たされた時間だけ、言葉を深く研ぎ澄ます。
市民の声を、必ずこの議場で響かせるために。”
国会議事堂の白い石の壁は重苦しく沈んだ光を帯びていて、坂本健人の胸にも同じような陰が落ちていた。
この日も委員会は朝からぎっしり詰まっていた。
分厚い資料を脇に抱え、無言で歩く健人の背中を、秘書の真田と田島が無言で追う。
議員たちがぞろぞろと会議室へ吸い込まれていく様は、まるで無表情な巨大な歯車に飲み込まれていくようだった。
委員長の木槌が鳴り、議事進行が始まった。
何本もの法案が次々に議題に挙げられ、質問の機会が設けられる。
しかし、順番は与党と主要野党の間で取り決めがなされ、無所属の新人には当然のように回ってこない。
――今日こそは何かひと言でも。
そう心に誓ってきた健人だったが、午前の部はあっという間に終わった。
昼休みを挟み、午後の部も始まる。
再び木槌が打たれ、委員会の空気が張り詰める。
健人は机の下で手を握り、何度か手を挙げるタイミングを計ったが、議長の視線は彼を素通りし、別の議員の名前を呼んだ。
彼は唇を噛みしめて手を下ろす。
議事が進む中、健人の耳には前列の議員たちの笑い声がかすかに届いた。
「無所属は半年くらい黙って座ってりゃいいんだ」
「どうせ目立ったことはできないさ」
それはささやきに近かったが、妙にはっきりと聞こえた。
健人は背筋を伸ばしながら、机の下で拳を握った。
やがて会議は閉会の時間を迎えた。
健人は深いため息をつきながら委員会室を出ると、すぐに真田が声をかけてきた。
「お疲れさまでした。今日も…出番はありませんでしたね」
健人は苦笑し、「わかってたけど、やっぱり辛いな」とつぶやいた。
そこへ田島が、苛立ったように足早に近づいてきた。
「なぁ健人、これじゃ意味がないじゃないか。国民の声を届けるためにここに来たのに、半年も座ってるだけなんて…」
健人は田島の肩に手を置き、かすかに笑ってみせた。
「気持ちは同じだ。でも、感情だけじゃ変わらない」
そのとき、事務局の職員が手帳を片手に現れた。
「坂本議員、次に質問時間が正式に割り当てられるのは、早くても半年後になる見込みです」
健人は一瞬耳を疑い、思わず聞き返した。
「半年後……ですか」
職員は申し訳なさそうに軽く頭を下げた。
その言葉は、重い石のように胸に落ちた。
――半年も、このまま黙っていろというのか。
だが、悔しさを顔には出さず、ただ小さく頷いた。
廊下を歩きながら、健人は遠くから聞こえてくる笑い声に耳を澄ませた。
ベテラン議員たちが連れ立って歩きながら、また皮肉めいた言葉を投げていた。
「無所属は次の選挙まで持たんだろ」
「せいぜい半年は見物だな」
そのたびに胸がちくりと痛んだ。
だが立ち止まるわけにはいかない、と自分に言い聞かせた。
控室に戻ると、田島は怒りを隠そうともせず机を叩いた。
「半年も待たされるなんて、バカにしてる! 国民の声を届けるチャンスを奪ってるようなものじゃないか!」
真田は静かに座り、冷静な声で言った。
「これが現実です。質問時間は政党間の駆け引きと力の差で決まる。無所属は後回しにされるのが常です」
健人は窓の外に目をやった。
夕日が白い議事堂の壁を朱色に染めている。
その美しさとは裏腹に、心は重い。
「数がものを言う世界だってことはわかってたけど……これほどとはな」
そう呟くと、田島が振り返った。
「でも、数がなくても戦うためにここに来たんだろ? ここで諦めたら終わりだ」
夜になって議員会館の事務所に戻ると、地元からのメールやFAXが机に山積みになっていた。
生活支援や医療費補助、農業への補助金など、切実な声が並んでいる。
健人はそれを手に取り、深い息を吐いた。
「この声を、半年も寝かせておくのか……」
すると真田が隣で優しく言った。
「半年の時間は無駄じゃありません。いまから準備を積み重ねて、半年後には必ず心を動かす質問をぶつけましょう」
田島も頷き、力強く言った。
「順番を待つしかないなら、その間に力をつけよう。準備した分だけ、必ず響く質問ができるはずだ」
健人は机にノートを広げ、静かにペンを握った。
そしてページの端に大きく書き記した。
――“待たされても、声は消えない”
その文字を見つめ、ゆっくりと息を吐く。
待たされても、立ち止まらずに歩き続ける。
やがて訪れるその日に、この積み重ねた声をぶつけるために。
“発言の機会を遠ざけられても、黙る気はない。
待たされた時間だけ、言葉を深く研ぎ澄ます。
市民の声を、必ずこの議場で響かせるために。”
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