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第2部:壁 - 国会という名の怪物
第63話 同期議員の離党劇
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国会に初当選してから数か月。
春の朝にしては空気が重く、いつも以上に議事堂の白い石壁が冷たく見えた。
坂本健人は、登院して最初に控室へ足を踏み入れた瞬間に異様な気配を感じた。
秘書たちが慌ただしく廊下を行き来し、記者たちが携帯を握りしめながら控室の前で群れを作っている。
机の上には早朝に届いた新聞が束になって置かれていた。
真田が眉をひそめ、ひとつの紙面を差し出した。
そこには太い見出しが躍っていた。
――『与党若手ホープ・小林翔太議員 離党の意向』。
「……小林議員が? 本当に?」
健人は新聞を手に取り、じっと見つめた。
記事には、小林翔太が派閥の方針に反発し、今国会会期の最中に離党届を提出するという速報が記されていた。
小林翔太――健人にとって、その名は“同期の中で最も国民の支持を集めた男”として印象に残っていた。
初登院の日、議場の一角で記者たちに囲まれていた彼の姿を健人は覚えている。
若くして弁舌に優れ、与党の未来を担うホープと呼ばれていた。
だがそれ以来、直接言葉を交わす機会はほとんどなかった。
健人にとっては遠い存在――しかし“同じ初当選組”というだけで、なぜか心の奥で親近感を抱いていた人物だった。
その翔太が党を離れる――その意味の大きさが、まだ飲み込めない。
⸻
その日の国会は朝から騒然としていた。
記者団が議事堂の正面玄関に詰めかけ、テレビカメラの赤いランプが一斉に点灯していた。
控室を出た健人は、廊下の人だかりを目にし、思わず足を止めた。
人垣の中心に、小林翔太がいた。
深い紺色のスーツに、固く結んだ唇。
その顔にかつての柔らかい笑みはなく、記者の質問に短く、そして真剣に答えていた。
「離党の理由は?」
「派閥の圧力に反発したと報じられていますが?」
「次の選挙は無所属で戦うつもりですか?」
質問が飛び交うたびに、無数のフラッシュが瞬く。
小林はわずかに目を細め、低い声で答えた。
「国民の声に正直であるために、必要な決断でした」
その一言に記者たちがざわめいた。
その時、小林がふと顔を上げ、通りかかった健人と視線が合った。
驚くほど澄んだ目だった。
次の瞬間、小林はわずかに会釈した。
それだけで健人は、彼がどれほどの覚悟を抱いてこの決断に臨んでいるのかを感じ取った。
⸻
昼休み、議員食堂はいつもよりも騒がしかった。
健人が盆を手に席を探すと、周囲のテーブルでひそひそ声が飛び交っている。
「勇気はあるけど無謀だな」
「派閥を敵に回したら次は落選だろう」
「でもよく決断したと思う」
褒める声もあれば、冷ややかな声もあった。
健人は窓際の小さなテーブルに腰を下ろした。
田島が隣で声を潜める。
「結局、政治って派閥が物を言うんだな。翔太さんはそれに抗えなかったってわけだろう」
真田は静かに首を横に振った。
「いいえ。抗ったからこそ離れたんです。派閥に残る方が楽なんですよ。信念を貫くには、孤独を受け入れなければならない」
健人は箸を握ったまま黙り込んだ。
その言葉が、胸に重く響いた。
⸻
午後、小林翔太は正式に記者会見を開いた。
テレビモニター越しに見る彼は、落ち着いていたが、その声の奥に緊張がにじんでいた。
「派閥の論理に従うだけでは、市民のための政治はできない。私は国民に顔を向けて働くため、この決断をしました」
会場にいた記者たちが一斉に質問を浴びせる。
だが小林は目を逸らさず、最後まで静かに語り切った。
その姿を見ながら、健人は自分が初めて演壇に立った日のことを思い出していた。
震える手で原稿を握り、無視されながらも市民の声を届けようとしたあの日。
あの孤独と似たものを、小林も今、背負おうとしているのだろう。
⸻
夕方の審議で、小林の座席に付けられていた所属政党の札が取り外されていた。
議場の一番端に座る彼の背中は、どこか孤独に見えた。
しかし、その背筋はまっすぐ伸びていた。
休憩時間に廊下で偶然すれ違ったとき、小林は立ち止まり、短く口を開いた。
「……お前の気持ちが少し分かった気がする」
それだけを言い残し、再び歩き出した。
健人は拳を握り、無言で頷いた。
派閥の庇護を捨て、国民だけを見て立つということの重さを、互いに理解していた。
⸻
夜、議員会館の窓から外を眺めると、国会議事堂の白い塔が夜空に浮かび上がっていた。
テレビでは解説者たちが「次の選挙は厳しい」「話題づくりだろう」と冷ややかな評価を繰り返している。
健人はテレビを消し、机に向かいノートを開いた。
そこには、これまでの闘いの断片がびっしりと書き込まれている。
その隅に、新しい一行を書き足した。
――政治家は、どの旗を掲げるかでなく、誰のために立つかで評価されるべきだ。
書き終えたあと、ふと手を止め、小さくこう付け加えた。
――彼は孤独じゃない。
窓の外に広がる夜景を見つめながら、健人は心の奥で誓った。
翔太の孤独を他人事にせず、国民の声を共に届ける同志として、この国会の壁に挑み続けると。
“所属の旗がなくても、
掲げるべきは志の旗だ。
政治は組織のものじゃない。
市民の声のものだ。”
春の朝にしては空気が重く、いつも以上に議事堂の白い石壁が冷たく見えた。
坂本健人は、登院して最初に控室へ足を踏み入れた瞬間に異様な気配を感じた。
秘書たちが慌ただしく廊下を行き来し、記者たちが携帯を握りしめながら控室の前で群れを作っている。
机の上には早朝に届いた新聞が束になって置かれていた。
真田が眉をひそめ、ひとつの紙面を差し出した。
そこには太い見出しが躍っていた。
――『与党若手ホープ・小林翔太議員 離党の意向』。
「……小林議員が? 本当に?」
健人は新聞を手に取り、じっと見つめた。
記事には、小林翔太が派閥の方針に反発し、今国会会期の最中に離党届を提出するという速報が記されていた。
小林翔太――健人にとって、その名は“同期の中で最も国民の支持を集めた男”として印象に残っていた。
初登院の日、議場の一角で記者たちに囲まれていた彼の姿を健人は覚えている。
若くして弁舌に優れ、与党の未来を担うホープと呼ばれていた。
だがそれ以来、直接言葉を交わす機会はほとんどなかった。
健人にとっては遠い存在――しかし“同じ初当選組”というだけで、なぜか心の奥で親近感を抱いていた人物だった。
その翔太が党を離れる――その意味の大きさが、まだ飲み込めない。
⸻
その日の国会は朝から騒然としていた。
記者団が議事堂の正面玄関に詰めかけ、テレビカメラの赤いランプが一斉に点灯していた。
控室を出た健人は、廊下の人だかりを目にし、思わず足を止めた。
人垣の中心に、小林翔太がいた。
深い紺色のスーツに、固く結んだ唇。
その顔にかつての柔らかい笑みはなく、記者の質問に短く、そして真剣に答えていた。
「離党の理由は?」
「派閥の圧力に反発したと報じられていますが?」
「次の選挙は無所属で戦うつもりですか?」
質問が飛び交うたびに、無数のフラッシュが瞬く。
小林はわずかに目を細め、低い声で答えた。
「国民の声に正直であるために、必要な決断でした」
その一言に記者たちがざわめいた。
その時、小林がふと顔を上げ、通りかかった健人と視線が合った。
驚くほど澄んだ目だった。
次の瞬間、小林はわずかに会釈した。
それだけで健人は、彼がどれほどの覚悟を抱いてこの決断に臨んでいるのかを感じ取った。
⸻
昼休み、議員食堂はいつもよりも騒がしかった。
健人が盆を手に席を探すと、周囲のテーブルでひそひそ声が飛び交っている。
「勇気はあるけど無謀だな」
「派閥を敵に回したら次は落選だろう」
「でもよく決断したと思う」
褒める声もあれば、冷ややかな声もあった。
健人は窓際の小さなテーブルに腰を下ろした。
田島が隣で声を潜める。
「結局、政治って派閥が物を言うんだな。翔太さんはそれに抗えなかったってわけだろう」
真田は静かに首を横に振った。
「いいえ。抗ったからこそ離れたんです。派閥に残る方が楽なんですよ。信念を貫くには、孤独を受け入れなければならない」
健人は箸を握ったまま黙り込んだ。
その言葉が、胸に重く響いた。
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午後、小林翔太は正式に記者会見を開いた。
テレビモニター越しに見る彼は、落ち着いていたが、その声の奥に緊張がにじんでいた。
「派閥の論理に従うだけでは、市民のための政治はできない。私は国民に顔を向けて働くため、この決断をしました」
会場にいた記者たちが一斉に質問を浴びせる。
だが小林は目を逸らさず、最後まで静かに語り切った。
その姿を見ながら、健人は自分が初めて演壇に立った日のことを思い出していた。
震える手で原稿を握り、無視されながらも市民の声を届けようとしたあの日。
あの孤独と似たものを、小林も今、背負おうとしているのだろう。
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夕方の審議で、小林の座席に付けられていた所属政党の札が取り外されていた。
議場の一番端に座る彼の背中は、どこか孤独に見えた。
しかし、その背筋はまっすぐ伸びていた。
休憩時間に廊下で偶然すれ違ったとき、小林は立ち止まり、短く口を開いた。
「……お前の気持ちが少し分かった気がする」
それだけを言い残し、再び歩き出した。
健人は拳を握り、無言で頷いた。
派閥の庇護を捨て、国民だけを見て立つということの重さを、互いに理解していた。
⸻
夜、議員会館の窓から外を眺めると、国会議事堂の白い塔が夜空に浮かび上がっていた。
テレビでは解説者たちが「次の選挙は厳しい」「話題づくりだろう」と冷ややかな評価を繰り返している。
健人はテレビを消し、机に向かいノートを開いた。
そこには、これまでの闘いの断片がびっしりと書き込まれている。
その隅に、新しい一行を書き足した。
――政治家は、どの旗を掲げるかでなく、誰のために立つかで評価されるべきだ。
書き終えたあと、ふと手を止め、小さくこう付け加えた。
――彼は孤独じゃない。
窓の外に広がる夜景を見つめながら、健人は心の奥で誓った。
翔太の孤独を他人事にせず、国民の声を共に届ける同志として、この国会の壁に挑み続けると。
“所属の旗がなくても、
掲げるべきは志の旗だ。
政治は組織のものじゃない。
市民の声のものだ。”
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