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第2部:壁 - 国会という名の怪物
第73話 ボランティアが辞めていく
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朝の事務所は、どこか寂しげな空気に包まれていた。
かつて選挙戦の頃は、夜明け前から次々に集まってきたボランティアたちの笑い声や足音で満ちていた場所だ。
今は電話のベルと書類をめくる音、キーボードを叩く音だけが響いている。
国会議員としての健人の日々は目まぐるしいものになっていた。
国会審議、地元との往復、委員会の打ち合わせや政策調査…。
気づけば、事務所に腰を落ち着ける時間はほとんどなくなっていた。
選挙戦を共に駆け抜けたボランティアたちは、彼の代わりに電話番をしたり、資料整理をしたり、ポスターの保管を手伝ったりしていたが――その顔ぶれは、少しずつ減っていた。
その日の午前、事務所の扉をそっと開けて入ってきたのは、選挙当時からずっと手伝ってくれていた二十代の女性、佐知子だった。
少し迷いのある表情で、健人の机の前に立った。
「坂本さん……あの、今日でボランティアをやめようと思います。仕事を探さなきゃいけなくて」
健人は手を止め、驚いたように顔を上げた。
「そうか……これまで本当にありがとう。君がいなかったら、あの時の電話対応は回らなかったよ」
精一杯の笑顔でそう言ったが、その胸に小さな穴が空いたような感覚を覚えた。
田島がドアまで見送り、戻ってきてため息をつく。
「仕方ないさ。みんな生活があるからな。でも……寂しいな」
健人は無言で頷いた。去っていく佐知子の背中が、選挙で得た希望の一片が遠ざかっていくように見えた。
数日後、今度は大学生のボランティア・翔がやってきて言った。
「国会って、遠いですね。ここで書類整理をしていても、自分が役に立っている気がしなくて……。就活もあるし、しばらく来られそうにありません」
その言葉は、健人にとって小さな刃のように心に刺さった。
彼にとってはどんな雑務も、政治を支える大事な一歩だと思っていたが、その想いは若いボランティアには届いていなかったのだ。
「ありがとう。君の手伝いがなければ、資料も整わなかった」
健人はそう告げたが、翔は申し訳なさそうに微笑んで事務所を後にした。
その様子を見ていた真田が、机に置かれた書類を整えながら言った。
「仕組み上、市民と議員の距離がどうしても遠くなります。だから、あの頃の熱気を維持するのは難しいんです」
冷静な言葉に、健人は頷きつつも胸の奥にわだかまりを抱いた。
ある夜、地元に帰ったボランティアの女性から一通のメールが届いた。
《最近の健人さんは、遠くの人になった気がします》
短い文面だったが、健人はしばらくその画面を見つめ続けた。
選挙で共に夢を語った仲間に、距離を感じさせてしまっていた。
「国会での仕事に追われすぎて、市民との距離を見失っていないか……」
健人は深く息を吐いた。
夕方には、高校生のボランティアが顔を出し、屈託のない笑顔で言った。
「また選挙の時に呼んでくださいね!」
その笑顔に救われるような気持ちになりながらも、健人は手を振り返した後、しばらく机の前で動けなかった。
「地元の人たちはお前を信じてる。でも、この世界は厳しい。長く支え続けるのは簡単じゃないんだ」
田島が静かに言った。
その言葉には、選挙を勝ち抜いた喜びの裏にある現実の重さが滲んでいた。
夜、健人は机の引き出しから一枚の写真を取り出した。
選挙事務所の前で、仲間たちと肩を組んで撮った写真だ。
みんな疲れていたはずなのに、満面の笑顔を見せていた。
その笑顔を見ているうちに、胸が締めつけられた。
ペンを手に取り、ノートを開く。
そこにゆっくりと書き込む。
「市民に背を向ける政治家にはならない」
その一行を書き終えたとき、ペン先がわずかに震えた。
窓の外には夜の街が広がり、ビルの灯りが点々と瞬いていた。
去っていった仲間たちの顔を思い浮かべながら、健人は決意を新たにする。
――たとえ支えてくれた人々が去っても、自分は市民の声を決して忘れない。
その誓いが、静かな夜に深く刻まれていった。
“支えてくれた仲間が去っていく寂しは、権力の椅子では埋められない。
だからこそ、残された信頼を裏切らず、
市民に向き合い続けなければならない。”
かつて選挙戦の頃は、夜明け前から次々に集まってきたボランティアたちの笑い声や足音で満ちていた場所だ。
今は電話のベルと書類をめくる音、キーボードを叩く音だけが響いている。
国会議員としての健人の日々は目まぐるしいものになっていた。
国会審議、地元との往復、委員会の打ち合わせや政策調査…。
気づけば、事務所に腰を落ち着ける時間はほとんどなくなっていた。
選挙戦を共に駆け抜けたボランティアたちは、彼の代わりに電話番をしたり、資料整理をしたり、ポスターの保管を手伝ったりしていたが――その顔ぶれは、少しずつ減っていた。
その日の午前、事務所の扉をそっと開けて入ってきたのは、選挙当時からずっと手伝ってくれていた二十代の女性、佐知子だった。
少し迷いのある表情で、健人の机の前に立った。
「坂本さん……あの、今日でボランティアをやめようと思います。仕事を探さなきゃいけなくて」
健人は手を止め、驚いたように顔を上げた。
「そうか……これまで本当にありがとう。君がいなかったら、あの時の電話対応は回らなかったよ」
精一杯の笑顔でそう言ったが、その胸に小さな穴が空いたような感覚を覚えた。
田島がドアまで見送り、戻ってきてため息をつく。
「仕方ないさ。みんな生活があるからな。でも……寂しいな」
健人は無言で頷いた。去っていく佐知子の背中が、選挙で得た希望の一片が遠ざかっていくように見えた。
数日後、今度は大学生のボランティア・翔がやってきて言った。
「国会って、遠いですね。ここで書類整理をしていても、自分が役に立っている気がしなくて……。就活もあるし、しばらく来られそうにありません」
その言葉は、健人にとって小さな刃のように心に刺さった。
彼にとってはどんな雑務も、政治を支える大事な一歩だと思っていたが、その想いは若いボランティアには届いていなかったのだ。
「ありがとう。君の手伝いがなければ、資料も整わなかった」
健人はそう告げたが、翔は申し訳なさそうに微笑んで事務所を後にした。
その様子を見ていた真田が、机に置かれた書類を整えながら言った。
「仕組み上、市民と議員の距離がどうしても遠くなります。だから、あの頃の熱気を維持するのは難しいんです」
冷静な言葉に、健人は頷きつつも胸の奥にわだかまりを抱いた。
ある夜、地元に帰ったボランティアの女性から一通のメールが届いた。
《最近の健人さんは、遠くの人になった気がします》
短い文面だったが、健人はしばらくその画面を見つめ続けた。
選挙で共に夢を語った仲間に、距離を感じさせてしまっていた。
「国会での仕事に追われすぎて、市民との距離を見失っていないか……」
健人は深く息を吐いた。
夕方には、高校生のボランティアが顔を出し、屈託のない笑顔で言った。
「また選挙の時に呼んでくださいね!」
その笑顔に救われるような気持ちになりながらも、健人は手を振り返した後、しばらく机の前で動けなかった。
「地元の人たちはお前を信じてる。でも、この世界は厳しい。長く支え続けるのは簡単じゃないんだ」
田島が静かに言った。
その言葉には、選挙を勝ち抜いた喜びの裏にある現実の重さが滲んでいた。
夜、健人は机の引き出しから一枚の写真を取り出した。
選挙事務所の前で、仲間たちと肩を組んで撮った写真だ。
みんな疲れていたはずなのに、満面の笑顔を見せていた。
その笑顔を見ているうちに、胸が締めつけられた。
ペンを手に取り、ノートを開く。
そこにゆっくりと書き込む。
「市民に背を向ける政治家にはならない」
その一行を書き終えたとき、ペン先がわずかに震えた。
窓の外には夜の街が広がり、ビルの灯りが点々と瞬いていた。
去っていった仲間たちの顔を思い浮かべながら、健人は決意を新たにする。
――たとえ支えてくれた人々が去っても、自分は市民の声を決して忘れない。
その誓いが、静かな夜に深く刻まれていった。
“支えてくれた仲間が去っていく寂しは、権力の椅子では埋められない。
だからこそ、残された信頼を裏切らず、
市民に向き合い続けなければならない。”
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