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第2部:壁 - 国会という名の怪物
第78話 父の死
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朝の柔らかな陽光が議員宿舎の窓から差し込んでいた。登院準備をしていた健人のスマホが震えた。
画面には懐かしい文字――「父」。
出ると、少し掠れたが、温かい声が耳に届いた。
「おう、健人か。テレビで見たぞ、お前の質問の時の顔。緊張してたなぁ」
思わず健人は笑ってしまう。「あの場は、誰でも緊張しますよ」
「でもな、胸を張って立ってた。俺はそれが嬉しかった」
父の声には、いつも通りの優しい響きがあった。
「無所属だから大変だろう。けど、誰も聞いちゃいないようなことでも、ちゃんと声を上げろ。あくびされても、気にするな
誰にも流されるなよ。」
「わかってる。いつか認めさせますから」
短いやり取りだったが、健人はスマホを耳から離した後、なぜか胸が熱くなっていた。
――この時の会話が、父との最後になるとは思いもしなかった。
その日も国会は忙しかった。委員会の資料に目を通し、打ち合わせをこなす。だがふとした瞬間に、朝の父の言葉が胸をよぎる。
(もっと頑張らなきゃな……)
健人は自然と拳を握りしめた。
日が暮れかけたころ、議員宿舎へ戻る廊下を歩きながら、ふと思った。
(今度、時間を作って帰省してみようか。ちゃんと顔を見せないと)
その直後、ポケットのスマホが震えた。表示された名前に、息を呑む――「母」。
電話口の母の声は、かすれて震えていた。
「健人……お父さんが……さっき、倒れて……」
その後の言葉は涙に飲まれた。
しばし沈黙が続いたが、言葉がなくてもわかった。もう父は、この世にはいないのだと。
つい今朝まで元気な声を聞いたばかりだったのに――。
健人は立ち尽くし、国会のざわめきや書類の束が遠い世界のものに感じられた。
真田と田島に事情を話すと、二人は即座に帰郷の手配を始めてくれた。
「健人、すぐに行け。こっちは任せろ」
「後のことは全部こちらで片付けます」
健人はただ黙って頷き、バッグをまとめた。
新幹線の窓に映る夜景をぼんやりと眺めながら、朝の父の声が何度も耳に蘇る。
(胸を張ってやれ……か)
窓に映る自分の顔は、まるで少年の頃に戻ったようだった。
夜遅く実家に着くと、母が目を赤く腫らして出迎えた。
「健人……お父さんね、朝、あなたと話したことをすごく喜んでたのよ」
母の声を聞くなり、張り詰めていたものが崩れそうになった。
居間に進むと、布団に横たわる父の顔は穏やかで、まるで眠っているようだった。
母は静かに語った。
「倒れる直前までね、テレビを見ながら“健人は本気だ”って笑ってたの」
健人は膝をつき、父の手を握った。冷たいが、不思議とその手には、これまでの温かさが残っている気がした。
「父さん……ありがとう」
翌朝、葬儀の準備が進む中、健人は母に言った。
「弔辞は俺が読みたい」
母は涙を拭い、「きっと喜ぶわ」と微笑んだ。
葬儀の日、地元の人々が次々と弔問に訪れた。
農作業の帰りに駆けつけた人、かつて父と商売を共にした友人、健人の同級生まで。
その多くが「お父さんは、あなたを誇りに思っていた」と声をかけてくれた。
弔辞の番が来ると、健人は万年筆で書いた原稿を握りしめ、喉が詰まりそうになるのを必死にこらえた。
「父は、いつも“人のために動け”と言ってくれました。
その言葉が、私を政治の道へと導きました。
最後に交わした電話で、胸を張って頑張れと背中を押してくれました。
これからも私は、父が信じてくれたように、国民のために働きます」
その声に、参列者の多くが目頭を押さえた。母も静かに涙を拭った。
葬儀を終えた帰り道、夕暮れの町並みを車窓から見ながら、健人は心の中で父に語りかけた。
(父さん、ありがとう。もう迷わない。あなたが信じてくれた道を、俺は歩き続ける)
東京に戻った夜、母から預かった
父の形見――古い万年筆を手に取った。
その重みは、まるで父の想いそのもののように感じられた。
ノートを開き、一行だけ書き記す。
「父の声に恥じない政治家でありたい」
“去ってしまった人の声は、もう届かない。
だが、その声が残した言葉は、
これからの道を照らす灯となる。”
画面には懐かしい文字――「父」。
出ると、少し掠れたが、温かい声が耳に届いた。
「おう、健人か。テレビで見たぞ、お前の質問の時の顔。緊張してたなぁ」
思わず健人は笑ってしまう。「あの場は、誰でも緊張しますよ」
「でもな、胸を張って立ってた。俺はそれが嬉しかった」
父の声には、いつも通りの優しい響きがあった。
「無所属だから大変だろう。けど、誰も聞いちゃいないようなことでも、ちゃんと声を上げろ。あくびされても、気にするな
誰にも流されるなよ。」
「わかってる。いつか認めさせますから」
短いやり取りだったが、健人はスマホを耳から離した後、なぜか胸が熱くなっていた。
――この時の会話が、父との最後になるとは思いもしなかった。
その日も国会は忙しかった。委員会の資料に目を通し、打ち合わせをこなす。だがふとした瞬間に、朝の父の言葉が胸をよぎる。
(もっと頑張らなきゃな……)
健人は自然と拳を握りしめた。
日が暮れかけたころ、議員宿舎へ戻る廊下を歩きながら、ふと思った。
(今度、時間を作って帰省してみようか。ちゃんと顔を見せないと)
その直後、ポケットのスマホが震えた。表示された名前に、息を呑む――「母」。
電話口の母の声は、かすれて震えていた。
「健人……お父さんが……さっき、倒れて……」
その後の言葉は涙に飲まれた。
しばし沈黙が続いたが、言葉がなくてもわかった。もう父は、この世にはいないのだと。
つい今朝まで元気な声を聞いたばかりだったのに――。
健人は立ち尽くし、国会のざわめきや書類の束が遠い世界のものに感じられた。
真田と田島に事情を話すと、二人は即座に帰郷の手配を始めてくれた。
「健人、すぐに行け。こっちは任せろ」
「後のことは全部こちらで片付けます」
健人はただ黙って頷き、バッグをまとめた。
新幹線の窓に映る夜景をぼんやりと眺めながら、朝の父の声が何度も耳に蘇る。
(胸を張ってやれ……か)
窓に映る自分の顔は、まるで少年の頃に戻ったようだった。
夜遅く実家に着くと、母が目を赤く腫らして出迎えた。
「健人……お父さんね、朝、あなたと話したことをすごく喜んでたのよ」
母の声を聞くなり、張り詰めていたものが崩れそうになった。
居間に進むと、布団に横たわる父の顔は穏やかで、まるで眠っているようだった。
母は静かに語った。
「倒れる直前までね、テレビを見ながら“健人は本気だ”って笑ってたの」
健人は膝をつき、父の手を握った。冷たいが、不思議とその手には、これまでの温かさが残っている気がした。
「父さん……ありがとう」
翌朝、葬儀の準備が進む中、健人は母に言った。
「弔辞は俺が読みたい」
母は涙を拭い、「きっと喜ぶわ」と微笑んだ。
葬儀の日、地元の人々が次々と弔問に訪れた。
農作業の帰りに駆けつけた人、かつて父と商売を共にした友人、健人の同級生まで。
その多くが「お父さんは、あなたを誇りに思っていた」と声をかけてくれた。
弔辞の番が来ると、健人は万年筆で書いた原稿を握りしめ、喉が詰まりそうになるのを必死にこらえた。
「父は、いつも“人のために動け”と言ってくれました。
その言葉が、私を政治の道へと導きました。
最後に交わした電話で、胸を張って頑張れと背中を押してくれました。
これからも私は、父が信じてくれたように、国民のために働きます」
その声に、参列者の多くが目頭を押さえた。母も静かに涙を拭った。
葬儀を終えた帰り道、夕暮れの町並みを車窓から見ながら、健人は心の中で父に語りかけた。
(父さん、ありがとう。もう迷わない。あなたが信じてくれた道を、俺は歩き続ける)
東京に戻った夜、母から預かった
父の形見――古い万年筆を手に取った。
その重みは、まるで父の想いそのもののように感じられた。
ノートを開き、一行だけ書き記す。
「父の声に恥じない政治家でありたい」
“去ってしまった人の声は、もう届かない。
だが、その声が残した言葉は、
これからの道を照らす灯となる。”
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