『総理になった男』

KAORUwithAI

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第2部:壁 - 国会という名の怪物

第87話 裏で嘲笑されていた名簿

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厚生労働省の公式サイトに、一つの新着資料が掲載されたのは翌週の月曜だった。
 タイトルは「地域医療支援に関する参考資料」。
 それを見つけたのは真田だった。
 「……これ、見てください。坂本さんの法案内容と、ほとんど同じです」
 パソコンの画面を指差す真田の声は、いつになく固かった。

 健人は目を凝らした。資料の一文一文を読み進めるにつれ、胃のあたりがじわりと重くなる。
 ――確かに、自分たちが半年かけてまとめた内容とほぼ一致していた。
 対象地域の分類基準、診療報酬の補助率、医師派遣の優先順位……どれも、自分が夜中まで議論して書き直した文面だった。

 ただ、一箇所だけ違っていた。
 末尾に小さく、こう記されていたのだ。

 > 「参考:坂本事務所案(非採用)」

 健人は思わず画面から顔を離した。
 しばらく言葉が出てこなかった。
 ようやく口を開いた時には、声が掠れていた。
 「……“非採用”。俺たちは、笑われてたんだな」

 田島が机を拳で叩いた。
 「何が“参考”だよ。丸ごと使っておいて“非採用”って……ふざけんな!」
 真田は唇を噛み、冷静に言葉を選んだ。
 「おそらく“正式採用”にすると、彼らの手柄にならないからです。与党の先生方が“修正”という名で中身を自分たちのものにしたんでしょう」

 その日、健人は廊下を歩いていて偶然聞いてしまった。
 厚労委員会所属の与党議員たちが談笑している。
 「無所属の新人が出したあの案、結局“非採用”だってよ」
 「はは、まぁ参考扱いにはしてやったんだ。名簿に名前を残しただけでも感謝してほしいな」

 笑い声が響く。
 その瞬間、健人の足が止まった。
 振り返りそうになる衝動を、喉の奥で押し殺す。
 拳が震えていた。
 ――怒鳴りたい。叫びたい。
 けれど、声を上げた瞬間、彼らの思う壺になる。

 真田が背後から静かに言った。
 「聞こえないふりをしましょう。彼らは“悔しがる姿”を見たいだけです」
 その声は冷静だったが、握りしめた拳が小さく震えていた。

 議員会館に戻ると、健人は机の上の法案控えを広げた。
 半年間、文字の一つひとつに想いを込めた紙束だ。
 その紙の上に、「非採用」の三文字が重くのしかかっているように感じた。

 「……終わったわけじゃない」
 小さく呟き、赤ペンを手に取る。
 「削除」「再構成」「追記」と書き込みを始めた。

 田島が心配そうに覗き込む。
 「健人、また一からやるのか? 無理すんなよ」
 健人は視線を上げずに答えた。
 「“非採用”で終わるわけにはいかない。採用されるまで、何度でも出す」

 真田がその言葉に頷く。
 「今度は官僚ではなく、現場から始めましょう。地方の医師や看護師、子どもを持つ親たちの声を集めるんです。紙の上の理屈じゃなく、生活の声で押すんです」

 その提案に、健人の目が少し光を取り戻した。
 「そうだな。現場の声なら、彼らも無視できない」
 田島が拳を握る。「そうこなくっちゃな。どうせ“無所属は軽い”って思われてる。だったら、現場の重みでひっくり返そうぜ」

 その夜、三人は議員会館の一室で、地方医療関係者のリストを作り始めた。
 真田がメールを打ち、田島がSNS経由で市民団体に連絡を取る。
 「地域医療を守るための声を集めています」
 そう書かれたメッセージが全国へ広がっていった。

 夜遅く、誰もいなくなった廊下を歩きながら、健人はふと立ち止まった。
 窓の向こうには、国会議事堂がライトアップされていた。
 白い壁が闇に浮かび上がり、その頂上の灯りがかすかに瞬いている。

 「裏で笑われてもいい。俺たちが前を向けば、それだけで意味がある」
 小さく呟き、胸元の議員バッジを指で押さえた。
 冷たい金属の感触が、不思議と温かく感じられた。

 帰り際、真田が疲れた声で言った。
 「坂本さん、官僚や政党に笑われても、市民は笑いません。見ている人は必ずいます」
 田島が続ける。「そうだ。誰かがバカにしても、誰かが信じてる。だからこそ、やるんだろ?」
 健人は微笑みながら頷いた。
 「……ああ。笑われても、やる」

 机の上には修正中の法案とノート。
 ノートの最後のページに、健人はゆっくりとペンを走らせた。

 > “裏で笑われても構わない。
 >  背を向ける人の分まで、前を向いて進む。
 >  それが、俺にできる唯一の抵抗だ。”

 書き終えた瞬間、窓の外の街灯が一段と強く光った。
 まるで夜が、彼の決意を照らしているように思えた。

 そして、再び机に向かう。
 健人の手はもう震えていなかった。
 静かにページをめくりながら、次の挑戦に備えて言葉を紡いでいく。

 誰かが嘲笑う裏側で、確かに灯りは生まれていた。
 その灯りこそ、政治の闇の中でも消えない――市民の希望の証だった。



“裏で笑われても、前を向けば道になる。
嘲笑は壁じゃない。
壁の向こうに立てという合図だ。”
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