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第4部:政権奪取 - 総理就任
第162話 逃げないと決めた日
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総裁選出馬表明から、数日が過ぎていた。
時間にすれば、ほんのわずかだ。
だが国会という場所では、その「数日」が空気を一変させるには十分だった。
朝、議員会館の執務室に入った健人は、机の上に積まれた新聞とタブレットを見て、静かに息を吐いた。
――まただ。
見出しはどれも似たようなものだった。
「坂本健人、総裁候補に急浮上」
「異例の一年生議員、次期総理の可能性」
「人気先行か、中身は未知数」
肯定と否定が、同じ紙面に並んでいる。
ネットを開けば、さらに露骨だった。
〈顔が地味すぎる〉
〈経験不足〉
〈所詮は一発屋〉
〈討論になったら何も言えないだろ〉
健人はタブレットを伏せ、椅子に深く腰を下ろした。
「……ここまで来たか」
独り言のように呟いた声は、部屋に吸い込まれて消える。
与党に入った瞬間から、評価は変わった。
“無所属の挑戦者”ではなく、“権力に近づいた男”。
その立場は、歓迎と同時に、容赦のない検証を呼び込む。
昼前、真田が資料を抱えて入ってきた。
表情はいつも通り冷静だが、声にはわずかな緊張が滲んでいた。
「世論調査です。支持率は横ばい。ただし……」
差し出されたグラフには、はっきりとした傾向が出ていた。
「“討論から逃げるな”という声が、急増しています」
健人は黙ってグラフを見つめた。
「党内でも、同じ空気ですか?」
「ええ。若手は『出るべきだ』。ベテランは慎重論。
城戸幹事長は……まだ判断を保留しています」
そこへ、ドアがノックされる。
「よう、健人」
田島だった。ネクタイを緩めたまま、椅子にどさっと腰を下ろす。
「ネット、見た?」
「見なくても分かる」
「だよな」
田島は苦笑し、少し間を置いてから続けた。
「なあ、正直に言うぞ。
ここで討論から逃げたら、一生言われる」
健人は視線を上げた。
「分かってるつもり」
「いや、“つもり”じゃダメだ。
“顔だけの男”“担がれただけの男”って、ずっと言われる」
真田も頷いた。
「データ上も明確です。討論を拒否した場合、支持率は確実に下がる。
それ以上に、“中身がない”という印象が固定化されます」
健人は、机の上の新聞を指でなぞった。
――中身がない。
その言葉が、胸に引っかかる。
午後、党本部では非公式な議論が始まっていた。
「公開討論は危険すぎる」
「相手は百戦錬磨だぞ」
「一年生議員を晒し者にする気か」
一方で、別の声もあった。
「今さら守ってどうする」
「ここで逃げたら、坂本は終わる」
「国民は“逃げない姿”を見たいんだ」
城戸幹事長は、そのすべてを聞きながら、結論を出さずにいた。
夜。
議員会館の廊下は静まり返り、足音だけが響く。
健人は自室に戻り、電気もつけずに窓辺に立った。
遠くに見える国会議事堂が、暗闇の中で淡く光っている。
ふと、スマートフォンを取り出す。
開いたのは、昔の動画だった。
――街頭演説。
誰も足を止めなかった、あの頃の映像。
声は風にかき消され、通行人は無関心に通り過ぎる。
それでも、自分はマイクを握り、必死に叫んでいた。
『誰も聞いてなくても、俺は話す!』
画面の中の自分は、今よりずっと頼りなく、震えている。
だが、逃げてはいなかった。
「……そうだよな」
健人は小さく笑った。
「俺は、最初から守られる立場じゃなかった」
その瞬間、胸の奥で何かが定まった。
翌朝。
健人は自分から城戸幹事長に連絡を入れた。
党本部の一室。
城戸は書類から顔を上げ、静かに言った。
「覚悟はできたか?」
「はい」
健人は一歩前に出た。
「公開討論、受けます」
城戸の眉が、わずかに動く。
「相手は甘くないぞ」
「分かっています」
「潰される可能性もある」
「それでも、逃げません」
しばし沈黙。
やがて城戸は、短く息を吐いた。
「……分かった。党としても受ける。
相手も、本気で来る」
「望むところです」
部屋を出た健人の背中を、城戸は黙って見送った。
廊下で待っていた真田と田島が、同時に顔を上げる。
「決めたんですね」
「ああ」
田島がニッと笑った。
「そうこなくちゃだ。
健人、どうせやるなら真正面からだ」
健人は軽く頷き、歩き出す。
――顔じゃない。
――中身だ。
それを証明する舞台が、すぐそこまで迫っていた。
”顔で選ばれる政治なら、
俺は最初から立っていない。
中身で問われるなら、
逃げる理由は、一つもない“
時間にすれば、ほんのわずかだ。
だが国会という場所では、その「数日」が空気を一変させるには十分だった。
朝、議員会館の執務室に入った健人は、机の上に積まれた新聞とタブレットを見て、静かに息を吐いた。
――まただ。
見出しはどれも似たようなものだった。
「坂本健人、総裁候補に急浮上」
「異例の一年生議員、次期総理の可能性」
「人気先行か、中身は未知数」
肯定と否定が、同じ紙面に並んでいる。
ネットを開けば、さらに露骨だった。
〈顔が地味すぎる〉
〈経験不足〉
〈所詮は一発屋〉
〈討論になったら何も言えないだろ〉
健人はタブレットを伏せ、椅子に深く腰を下ろした。
「……ここまで来たか」
独り言のように呟いた声は、部屋に吸い込まれて消える。
与党に入った瞬間から、評価は変わった。
“無所属の挑戦者”ではなく、“権力に近づいた男”。
その立場は、歓迎と同時に、容赦のない検証を呼び込む。
昼前、真田が資料を抱えて入ってきた。
表情はいつも通り冷静だが、声にはわずかな緊張が滲んでいた。
「世論調査です。支持率は横ばい。ただし……」
差し出されたグラフには、はっきりとした傾向が出ていた。
「“討論から逃げるな”という声が、急増しています」
健人は黙ってグラフを見つめた。
「党内でも、同じ空気ですか?」
「ええ。若手は『出るべきだ』。ベテランは慎重論。
城戸幹事長は……まだ判断を保留しています」
そこへ、ドアがノックされる。
「よう、健人」
田島だった。ネクタイを緩めたまま、椅子にどさっと腰を下ろす。
「ネット、見た?」
「見なくても分かる」
「だよな」
田島は苦笑し、少し間を置いてから続けた。
「なあ、正直に言うぞ。
ここで討論から逃げたら、一生言われる」
健人は視線を上げた。
「分かってるつもり」
「いや、“つもり”じゃダメだ。
“顔だけの男”“担がれただけの男”って、ずっと言われる」
真田も頷いた。
「データ上も明確です。討論を拒否した場合、支持率は確実に下がる。
それ以上に、“中身がない”という印象が固定化されます」
健人は、机の上の新聞を指でなぞった。
――中身がない。
その言葉が、胸に引っかかる。
午後、党本部では非公式な議論が始まっていた。
「公開討論は危険すぎる」
「相手は百戦錬磨だぞ」
「一年生議員を晒し者にする気か」
一方で、別の声もあった。
「今さら守ってどうする」
「ここで逃げたら、坂本は終わる」
「国民は“逃げない姿”を見たいんだ」
城戸幹事長は、そのすべてを聞きながら、結論を出さずにいた。
夜。
議員会館の廊下は静まり返り、足音だけが響く。
健人は自室に戻り、電気もつけずに窓辺に立った。
遠くに見える国会議事堂が、暗闇の中で淡く光っている。
ふと、スマートフォンを取り出す。
開いたのは、昔の動画だった。
――街頭演説。
誰も足を止めなかった、あの頃の映像。
声は風にかき消され、通行人は無関心に通り過ぎる。
それでも、自分はマイクを握り、必死に叫んでいた。
『誰も聞いてなくても、俺は話す!』
画面の中の自分は、今よりずっと頼りなく、震えている。
だが、逃げてはいなかった。
「……そうだよな」
健人は小さく笑った。
「俺は、最初から守られる立場じゃなかった」
その瞬間、胸の奥で何かが定まった。
翌朝。
健人は自分から城戸幹事長に連絡を入れた。
党本部の一室。
城戸は書類から顔を上げ、静かに言った。
「覚悟はできたか?」
「はい」
健人は一歩前に出た。
「公開討論、受けます」
城戸の眉が、わずかに動く。
「相手は甘くないぞ」
「分かっています」
「潰される可能性もある」
「それでも、逃げません」
しばし沈黙。
やがて城戸は、短く息を吐いた。
「……分かった。党としても受ける。
相手も、本気で来る」
「望むところです」
部屋を出た健人の背中を、城戸は黙って見送った。
廊下で待っていた真田と田島が、同時に顔を上げる。
「決めたんですね」
「ああ」
田島がニッと笑った。
「そうこなくちゃだ。
健人、どうせやるなら真正面からだ」
健人は軽く頷き、歩き出す。
――顔じゃない。
――中身だ。
それを証明する舞台が、すぐそこまで迫っていた。
”顔で選ばれる政治なら、
俺は最初から立っていない。
中身で問われるなら、
逃げる理由は、一つもない“
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