『総理になった男』

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第4部:政権奪取 - 総理就任

第173話 総裁決定、党本部騒然

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 その知らせは、あまりにも静かに届いた。

 国民革新党本部、三階の会議室。
 壁際に並べられた長机の上には、集計済みの投票用紙と結果報告書が整然と置かれている。
 時計の秒針の音だけが、やけに大きく響いていた。

 「……確定しました」

 事務局長が低い声でそう告げた瞬間、空気が一度、凍りついた。

 誰も言葉を発さない。
 誰も動かない。

 そして、次の一言が放たれる。

 「坂本健人――一票差で、総裁当選です」

 数秒。
 ほんの数秒の沈黙のあと、空気が一気に割れた。

 「……本当にか?」
 「間違いないんだな?」
 「冗談じゃないぞ」

 小さな声が、さざ波のように広がっていく。
 若手議員の席からは、思わず立ち上がりかける者もいた。一方で、重鎮たちは椅子に深く腰を下ろしたまま、表情を動かさない。

 拍手は、自然には起きなかった。

 それでも、誰かが恐る恐る手を叩いた。
 続いて、若手議員の一団が拍手を重ねる。

 だがその音は、祝福というより、確認のようだった。
 ――本当に、起きてしまったのだと。

 廊下に出ると、すでに情報は漏れていた。
 党本部前には中継車が並び、記者たちが携帯電話を耳に押し当てながら走り回っている。

 「一票差!?」
 「無所属上がりが総裁?」
 「党は割れるぞ、これ……」

 そんな声が、遠慮なく飛び交っていた。

 城戸幹事長は、エレベーターホールの前で立ち止まり、深く息を吸った。
 その顔には動揺はない。ただ、覚悟だけが刻まれている。

 「党は決めた。あとは、まとめるだけだ」

 そう言い切ると、周囲の視線を受け止めながら歩き出した。

 一方、副総理の黒崎は、腕を組んだまま、窓の外を見つめていた。
 夜の帳が下りかけた都心の景色が、ガラス越しに滲んで見える。

 (新人議員が、総裁……)

 頭では理解している。
 数字も、世論も、若手の熱も。
 だが、身体がまだ納得していなかった。

 党内SNSでは、すでに議員たちの本音が噴き出していた。

 〈これは革命だ〉
 〈党が若返る〉
 〈だが、政権運営は誰が担う?〉
 〈人気だけで国は動かせない〉

 賛否は、真っ二つ。
 いや、もはや三つ、四つに割れていた。

 その頃、党本部の一角――控室。

 健人は、静かに椅子に座っていた。
 目の前のテーブルには、まだ触れられていない紙コップの水。

 外の喧騒が、壁越しに伝わってくる。

 「……すげぇことになってんな」

 田島が、呆然とした声で言った。

 健人は小さく息を吐き、うなずく。

 「想像はしてたけどな。ここまでとは思わなかった」

 真田は、窓際に立ったまま、騒がしい廊下を見下ろしていた。

 「拍手が少ないですね」

 「歓迎されてないってことか?」

 田島が言うと、真田は首を横に振る。

 「違います。歓迎するかどうか、まだ決めきれていないだけです」
 「党にとって、あなたは“異物”だった」
 「でも今は――“脅威”になった」

 健人は、その言葉をゆっくり噛みしめた。

 異物。
 脅威。

 どちらも、最初から覚悟していた言葉だ。

 「歓迎されなくていい」

 健人は、ぽつりと言った。

 「最初から、拍手をもらうつもりで来たわけじゃない」
 「受け入れさせる。それだけだ」

 田島が、少しだけ笑った。

 「相変わらずだな。……でも、そこがいい」

 やがて、事務局の職員が控室の扉を叩いた。

 「坂本総裁、準備が整いました」

 その呼び方に、健人は一瞬だけ目を伏せる。
 だが、すぐに立ち上がった。

 廊下に出ると、視線が一斉に集まる。
 期待、警戒、不安、反発――そのすべてが、肌に刺さるようだった。

 重鎮の一人が、低い声で呟く。

 「本当に、この男で党は持つのか……」

 健人は、それを聞こえないふりをしなかった。
 だが、立ち止まりもしなかった。

 党本部ロビーに足を踏み入れると、フラッシュが焚かれる。
 マイクが向けられる。

 だが、この瞬間、健人は何も語らない。

 ただ、まっすぐ前を見据え、嵐の中心へと歩み出した。

 ――国民革新党は、今、確実に揺れている。

 だがその揺れは、崩壊ではない。

 変化だ。

 健人は胸の奥で、静かに誓っていた。

 この混乱を、恐れない。
 この反発を、避けない。

 選ばれた以上、進むしかない。

 拍手が起きなくてもいい。
 疑われても、笑われてもいい。

 ここから先は、結果で語る。

 国民の前で、
 そして、この党の中で。



”勝利は、静かにやってくる。
だが、変化は必ず騒ぎを伴う。

拍手のない選出こそ、
この国が本気で揺れ始めた証だ“
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