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第196話 父、謝罪の言葉
応接の間に、張りつめた沈黙が落ちていた。
アルフの言葉が終わってから、どれほどの時間が経ったのか、誰にも分からない。
窓の外で風に揺れる木々の音だけが、かろうじて時の流れを示していた。
レオポルトは、俯いたまま動かなかった。
辺境伯として、数多の場で決断を下してきた男。
戦場で命令を下し、領地の行く末を背負い、誰よりも重い責任を背負ってきたはずのその背中が、今は異様なほど小さく見えた。
拳が、微かに震えている。
アルフはその様子を、感情を挟まずに見ていた。
怒りも、憎しみも、もう声にはならない。ただ、胸の奥に沈殿したまま、動かない何かがあるだけだった。
「……」
レクターは何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。
今ここで声を挟むことが、父にとっても、兄にとっても、最善ではないと直感したからだ。
ルナは腕を組み、鋭い視線を父に向けている。
ルカはその隣で、静かに唇を噛みしめていた。
やがて。
椅子が、わずかに軋む音がした。
レオポルトが、立ち上がった。
誰もが息を呑む。
その動きは、決して芝居がかったものではなかった。
威厳を示すためでも、場を収めるためでもない。ただ――覚悟を固めるための動作だった。
そして。
レオポルトは、ゆっくりと腰を折った。
深く、深く。
辺境伯が。
アルフの父が。
この場にいる誰よりも地位の高い男が。
頭を下げた。
「……すまなかった、アルフ」
掠れた声だった。
誤魔化しのない、逃げ場のない、真正面からの言葉。
その瞬間、応接の空気が凍りついた。
息をする音すら、聞こえなくなる。
「……っ」
レクターの目が見開かれる。
父が、誰かに、ましてやアルフに、頭を下げる光景など、想像したことすらなかった。
「父上……」
思わず漏れた声を、レクター自身が慌てて噛み殺す。
レオポルトは顔を上げなかったまま、言葉を続けた。
「私は……間違えた」
一言一言を、確かめるように。
「お前を追放した日、私は“領のため”だと信じて疑わなかった。
だが、それは違った。恐れていたのだ。理解できぬ力を、制御できぬ未来を」
唇が、わずかに歪む。
「結果として、私は……最も大切なものを切り捨てた」
静かな声だった。
だが、その言葉は、重く、深く、部屋の奥まで沈み込んでいった。
アルフは、黙って聞いていた。
視線を逸らすことも、表情を変えることもなく。
レオポルトは、ようやく顔を上げる。
「それでも……」
その瞳には、後悔と、悔恨と、そして微かな誇りが混じっていた。
「お前が築いたこの村を見て、私は知った。
お前は、私が信じきれなかった“答え”そのものだったのだと」
一瞬、言葉に詰まる。
「領を支えてくれたこと……いや、この国の未来を示してくれたこと。
心から、感謝している」
その言葉は、謝罪と感謝が絡み合った、不器用な告白だった。
アルフは、ゆっくりと息を吐いた。
そして、静かに口を開く。
「……分かりました」
短い返答だった。
許したわけでも、受け入れたわけでもない。
ただ、“聞いた”という事実だけを示す言葉。
それでも、レオポルトの肩が、わずかに緩む。
「俺は……」
アルフは続けた。
「父上の言葉を、否定しません。
でも、忘れたわけでもありません」
視線は真っ直ぐだった。
「追放された日、俺はすべてを失いました。
家も、名も、守るべき場所も」
ルナが、ぎゅっと拳を握る。
「それでも……ここに立っているのは、俺を拾ってくれた人たちがいたからです」
その言葉に、サリーとシーナが小さく息を呑んだ。
「だから俺は、ここを選びました。
父上の領ではなく、この村を」
ルナが、低く呟く。
「……今さら、だよ」
鋭く、突き放すような声。
だが、アルフは首を振った。
「いいんだ、ルナ」
そして、レオポルトに向き直る。
「父上が頭を下げたこと、それ自体は……重い。
でも、それで過去が消えるわけじゃない」
レオポルトは、黙って頷いた。
「それでも、言葉をもらえたことは……無駄にはしません」
その瞬間。
窓辺に、淡い光が揺れた。
精霊たちだった。
小さな光の粒が、まるで様子を伺うように、ふわりと漂う。
音もなく、ただそこにいるだけで、張り詰めていた空気が、少しだけ和らぐ。
シーナが、ほっと息をついた。
サリーも、肩の力を抜く。
レオポルトは、その光景を見て、静かに目を細めた。
「……良い村だ」
その言葉は、称賛であり、敗北宣言でもあった。
アルフは答えない。
ただ、精霊の光を見つめながら、胸の奥で一つだけ思う。
――この距離感でいい。
赦しでも、拒絶でもない。
互いに立つ場所を認めた、その第一歩として。
応接の間には、まだ緊張が残っていた。
だが、それはもう、刃のようなものではなかった。
ゆっくりと、確かに。
空気が、和らいでいく。
アルフの言葉が終わってから、どれほどの時間が経ったのか、誰にも分からない。
窓の外で風に揺れる木々の音だけが、かろうじて時の流れを示していた。
レオポルトは、俯いたまま動かなかった。
辺境伯として、数多の場で決断を下してきた男。
戦場で命令を下し、領地の行く末を背負い、誰よりも重い責任を背負ってきたはずのその背中が、今は異様なほど小さく見えた。
拳が、微かに震えている。
アルフはその様子を、感情を挟まずに見ていた。
怒りも、憎しみも、もう声にはならない。ただ、胸の奥に沈殿したまま、動かない何かがあるだけだった。
「……」
レクターは何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。
今ここで声を挟むことが、父にとっても、兄にとっても、最善ではないと直感したからだ。
ルナは腕を組み、鋭い視線を父に向けている。
ルカはその隣で、静かに唇を噛みしめていた。
やがて。
椅子が、わずかに軋む音がした。
レオポルトが、立ち上がった。
誰もが息を呑む。
その動きは、決して芝居がかったものではなかった。
威厳を示すためでも、場を収めるためでもない。ただ――覚悟を固めるための動作だった。
そして。
レオポルトは、ゆっくりと腰を折った。
深く、深く。
辺境伯が。
アルフの父が。
この場にいる誰よりも地位の高い男が。
頭を下げた。
「……すまなかった、アルフ」
掠れた声だった。
誤魔化しのない、逃げ場のない、真正面からの言葉。
その瞬間、応接の空気が凍りついた。
息をする音すら、聞こえなくなる。
「……っ」
レクターの目が見開かれる。
父が、誰かに、ましてやアルフに、頭を下げる光景など、想像したことすらなかった。
「父上……」
思わず漏れた声を、レクター自身が慌てて噛み殺す。
レオポルトは顔を上げなかったまま、言葉を続けた。
「私は……間違えた」
一言一言を、確かめるように。
「お前を追放した日、私は“領のため”だと信じて疑わなかった。
だが、それは違った。恐れていたのだ。理解できぬ力を、制御できぬ未来を」
唇が、わずかに歪む。
「結果として、私は……最も大切なものを切り捨てた」
静かな声だった。
だが、その言葉は、重く、深く、部屋の奥まで沈み込んでいった。
アルフは、黙って聞いていた。
視線を逸らすことも、表情を変えることもなく。
レオポルトは、ようやく顔を上げる。
「それでも……」
その瞳には、後悔と、悔恨と、そして微かな誇りが混じっていた。
「お前が築いたこの村を見て、私は知った。
お前は、私が信じきれなかった“答え”そのものだったのだと」
一瞬、言葉に詰まる。
「領を支えてくれたこと……いや、この国の未来を示してくれたこと。
心から、感謝している」
その言葉は、謝罪と感謝が絡み合った、不器用な告白だった。
アルフは、ゆっくりと息を吐いた。
そして、静かに口を開く。
「……分かりました」
短い返答だった。
許したわけでも、受け入れたわけでもない。
ただ、“聞いた”という事実だけを示す言葉。
それでも、レオポルトの肩が、わずかに緩む。
「俺は……」
アルフは続けた。
「父上の言葉を、否定しません。
でも、忘れたわけでもありません」
視線は真っ直ぐだった。
「追放された日、俺はすべてを失いました。
家も、名も、守るべき場所も」
ルナが、ぎゅっと拳を握る。
「それでも……ここに立っているのは、俺を拾ってくれた人たちがいたからです」
その言葉に、サリーとシーナが小さく息を呑んだ。
「だから俺は、ここを選びました。
父上の領ではなく、この村を」
ルナが、低く呟く。
「……今さら、だよ」
鋭く、突き放すような声。
だが、アルフは首を振った。
「いいんだ、ルナ」
そして、レオポルトに向き直る。
「父上が頭を下げたこと、それ自体は……重い。
でも、それで過去が消えるわけじゃない」
レオポルトは、黙って頷いた。
「それでも、言葉をもらえたことは……無駄にはしません」
その瞬間。
窓辺に、淡い光が揺れた。
精霊たちだった。
小さな光の粒が、まるで様子を伺うように、ふわりと漂う。
音もなく、ただそこにいるだけで、張り詰めていた空気が、少しだけ和らぐ。
シーナが、ほっと息をついた。
サリーも、肩の力を抜く。
レオポルトは、その光景を見て、静かに目を細めた。
「……良い村だ」
その言葉は、称賛であり、敗北宣言でもあった。
アルフは答えない。
ただ、精霊の光を見つめながら、胸の奥で一つだけ思う。
――この距離感でいい。
赦しでも、拒絶でもない。
互いに立つ場所を認めた、その第一歩として。
応接の間には、まだ緊張が残っていた。
だが、それはもう、刃のようなものではなかった。
ゆっくりと、確かに。
空気が、和らいでいく。
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