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第197話 食卓、同じ席で
村の中央にある集会所には、その夜、いつもより多くの灯りがともされていた。
木の梁に吊るされたランプが柔らかな光を落とし、長く組まれた卓の上には、湯気を立てる料理が並べられている。
焼きたてのパン。
果樹園の実を煮詰めた甘味。
香草を効かせた煮込みと、村で獲れた野菜の炒め物。
すべて、シーナが中心となって用意したものだった。
「……どうぞ」
控えめだが、はっきりとした声でシーナが告げる。
その言葉を合図に、レオポルトとレクターは、村人たちと同じ卓へと案内された。
辺境伯という立場でありながら、上座でも隔てられた席でもない。
村人と肩を並べる位置だった。
それだけで、場の空気は一瞬、張りつめる。
村人たちは視線を泳がせ、手にした食具をすぐには動かせずにいた。
怒りでも恐怖でもない。ただ、どう接していいのか分からない戸惑いだ。
レオポルトもまた、背筋を伸ばしたまま、料理に手を伸ばそうとしなかった。
卓に並ぶ料理を前にしても、どこかよそ者のように見える。
その沈黙を、豪快な音が破った。
「どん!」
酒樽が卓の中央に置かれる。
「おいおい、そんな顔してたら腹も減らねえだろ」
ドワーフのロックが、大きな手で杯を掲げて笑った。
「せっかくの飯だ。飲め、辺境伯殿。肩書きなんざ、うちの酒に浸しちまえ」
周囲の村人たちが、思わず息を呑む。
だがロックは気にも留めず、豪快に酒を注いだ。
レオポルトは一瞬、驚いたように目を見開いたが、やがて静かに杯を受け取った。
「……いただこう」
口に含んだ瞬間、目を伏せる。
「……美味い」
思わず零れたその一言に、周囲の空気が緩んだ。
誰かが小さく笑い、別の誰かが肩の力を抜く。
「だろう?」
「ロックの酒は本物だ」
そんな声が飛び交い、村人たちの表情にも、少しずつ柔らかさが戻っていく。
そこへ、からりとした声が割り込んだ。
「ほらほら、そんな堅い顔では宴が泣くぞ」
カノンが肘をつき、からかうように笑う。
「人間の宴はな、酒と冗談で半分できている」
その言葉に、レオポルトは思わず苦笑した。
「……覚えておこう」
次に立ち上がったのはシオンだった。
静かな所作で卓を回り、杯に澄んだ水を注いでいく。
「酒が苦手な方もいるでしょう。こちらを」
水が杯に満たされた瞬間、ほのかな光が揺れた。
「……これは?」
レオポルトが目を細める。
「精霊の加護を受けた水です。身体に優しい」
恐る恐る口に含むと、胸の奥に溜まっていた重さが、すっと引いていくのを感じた。
「……不思議だ」
思わず漏れた言葉に、近くにいた子どもたちが笑う。
「すごいでしょ!」
「シオンさまの水なんだよ!」
その声に呼応するように、精霊たちがふわりと宙を舞い始めた。
小さな光が灯りの中を漂い、集会所全体を包み込む。
やがて、子どもたちの笑い声が広がり、村人たちも自然と料理に手を伸ばし始める。
会話が生まれ、笑顔が交わされる。
護衛と村人が言葉を交わし、精霊がその間を縫うように舞う。
レオポルトは、その光景を、ただ黙って見つめていた。
「……これが」
ぽつりと、呟く。
「これが……アルフの築いた村か」
アルフは、卓の向こうから父を見て、静かに頷いた。
「そうです」
それ以上の言葉は要らなかった。
その沈黙を引き継ぐように、レクターが胸を張る。
「俺の自慢の弟です」
迷いのない、誇らしい声だった。
その言葉に、レオポルトは完全に言葉を失った。
杯を持つ手が止まり、視線が揺れる。
――自分が追放した息子が、ここまでのものを築いた。
――人を集め、種族を繋ぎ、笑顔を生む場所を。
胸の奥に、悔恨と誇りが同時に込み上げ、何も言えなくなる。
やがて、宴は完全に打ち解けたものとなった。
笑い声が満ち、音楽が生まれ、精霊が舞う。
その輪の中に、かつて断ち切ったはずの“父”も、静かに座っている。
その夜、ニーベル村は、確かに一つになっていた。
立場も、過去も、すべてを超えて。
同じ食卓を囲む、ただの人として。
木の梁に吊るされたランプが柔らかな光を落とし、長く組まれた卓の上には、湯気を立てる料理が並べられている。
焼きたてのパン。
果樹園の実を煮詰めた甘味。
香草を効かせた煮込みと、村で獲れた野菜の炒め物。
すべて、シーナが中心となって用意したものだった。
「……どうぞ」
控えめだが、はっきりとした声でシーナが告げる。
その言葉を合図に、レオポルトとレクターは、村人たちと同じ卓へと案内された。
辺境伯という立場でありながら、上座でも隔てられた席でもない。
村人と肩を並べる位置だった。
それだけで、場の空気は一瞬、張りつめる。
村人たちは視線を泳がせ、手にした食具をすぐには動かせずにいた。
怒りでも恐怖でもない。ただ、どう接していいのか分からない戸惑いだ。
レオポルトもまた、背筋を伸ばしたまま、料理に手を伸ばそうとしなかった。
卓に並ぶ料理を前にしても、どこかよそ者のように見える。
その沈黙を、豪快な音が破った。
「どん!」
酒樽が卓の中央に置かれる。
「おいおい、そんな顔してたら腹も減らねえだろ」
ドワーフのロックが、大きな手で杯を掲げて笑った。
「せっかくの飯だ。飲め、辺境伯殿。肩書きなんざ、うちの酒に浸しちまえ」
周囲の村人たちが、思わず息を呑む。
だがロックは気にも留めず、豪快に酒を注いだ。
レオポルトは一瞬、驚いたように目を見開いたが、やがて静かに杯を受け取った。
「……いただこう」
口に含んだ瞬間、目を伏せる。
「……美味い」
思わず零れたその一言に、周囲の空気が緩んだ。
誰かが小さく笑い、別の誰かが肩の力を抜く。
「だろう?」
「ロックの酒は本物だ」
そんな声が飛び交い、村人たちの表情にも、少しずつ柔らかさが戻っていく。
そこへ、からりとした声が割り込んだ。
「ほらほら、そんな堅い顔では宴が泣くぞ」
カノンが肘をつき、からかうように笑う。
「人間の宴はな、酒と冗談で半分できている」
その言葉に、レオポルトは思わず苦笑した。
「……覚えておこう」
次に立ち上がったのはシオンだった。
静かな所作で卓を回り、杯に澄んだ水を注いでいく。
「酒が苦手な方もいるでしょう。こちらを」
水が杯に満たされた瞬間、ほのかな光が揺れた。
「……これは?」
レオポルトが目を細める。
「精霊の加護を受けた水です。身体に優しい」
恐る恐る口に含むと、胸の奥に溜まっていた重さが、すっと引いていくのを感じた。
「……不思議だ」
思わず漏れた言葉に、近くにいた子どもたちが笑う。
「すごいでしょ!」
「シオンさまの水なんだよ!」
その声に呼応するように、精霊たちがふわりと宙を舞い始めた。
小さな光が灯りの中を漂い、集会所全体を包み込む。
やがて、子どもたちの笑い声が広がり、村人たちも自然と料理に手を伸ばし始める。
会話が生まれ、笑顔が交わされる。
護衛と村人が言葉を交わし、精霊がその間を縫うように舞う。
レオポルトは、その光景を、ただ黙って見つめていた。
「……これが」
ぽつりと、呟く。
「これが……アルフの築いた村か」
アルフは、卓の向こうから父を見て、静かに頷いた。
「そうです」
それ以上の言葉は要らなかった。
その沈黙を引き継ぐように、レクターが胸を張る。
「俺の自慢の弟です」
迷いのない、誇らしい声だった。
その言葉に、レオポルトは完全に言葉を失った。
杯を持つ手が止まり、視線が揺れる。
――自分が追放した息子が、ここまでのものを築いた。
――人を集め、種族を繋ぎ、笑顔を生む場所を。
胸の奥に、悔恨と誇りが同時に込み上げ、何も言えなくなる。
やがて、宴は完全に打ち解けたものとなった。
笑い声が満ち、音楽が生まれ、精霊が舞う。
その輪の中に、かつて断ち切ったはずの“父”も、静かに座っている。
その夜、ニーベル村は、確かに一つになっていた。
立場も、過去も、すべてを超えて。
同じ食卓を囲む、ただの人として。
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