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第16話二人の影と、一枚のレシート
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カフェ・アレグロを出て、ミナはふと振り返った。
そこには、背筋をしゃんと伸ばした黒髪の女性が立っていた。
年は三十代後半くらい。上品な雰囲気に、黒いブラウス。
「あ……」
それは、まさに静香の言っていた“その女”に酷似していた。
ミナが一瞬声をかけようとしたそのとき
「よう、助手殿。調査資料を忘れておったぞ!」
背後からマヨイの声が響き、ミナの肩にファイルがトンと置かれる。
振り返った瞬間、あの女性の姿はすでに人波に紛れていた。
「……いま、あの人……」
「ん? あの黒ブラウスの女か? 確かに、怪しげな雰囲気じゃったな……。お主、尾行しないのか?」
「しないですし、今ので完全にタイミング逃しました!」
ミナは深く息を吐いてから、手に持ったレシートを見つめた。
「でも、この日付と時間、席の位置は一致してる。つまり、あの人が間違いなく“その時の女性”」
「ふむ、では容疑者として名前を書いておこう」
「やめなさい」
その夜、事務所に戻ったふたりは、再び調査の整理を始めていた。
ミナがレシートを拡大コピーし、時刻の部分を指差す。
「この注文、午後3時26分。“アイスティー2つ”。この時間帯、周囲の席は比較的空いてたはずだから……会話も周りに聞かれにくかったと思います」
「つまり、“わざわざここを選んだ”可能性がある、ということじゃな」
マヨイはごそごそと、ポケットから小さなスケッチブックを取り出す。
例によって、自作の“事件現場図”である。見た目はだいぶ雑だ。
「……窓際に座ったふたり、店員の視線は背後から。つまり、“人目を避けつつ話せる”場所じゃ」
「マヨイさん、たまに鋭いのが悔しいです」
そして次の瞬間、ミナがふと気づいたように言った。
「でも、“だったらどうする?”って言葉……」
「うむ」
「あれ、実は“相談”だったんじゃないでしょうか。浮気の言い訳とかじゃなくて、何か、“重大な悩み”の」
マヨイが目を細めて、頷いた。
「ふむ。つまり、浮気の現場ではなく、
“迷い”の現場だったという仮説じゃな」
ミナは、静香の表情を思い出していた。
あの“微笑み”に込められた意味を、彼女はまだ知らない。
でも、それを“裏切り”と決めつけるには、どこか……引っかかるものがある。
「やっぱり、一度直接この女性に話を聞かないと」
「うむ。では、再び張り込みじゃな!」
「今度は店員のフリしないでくださいね?」
「うむ、今週末はもう本物のシフトが入っておる」
「ほんとに働くつもりなんですか!!?」
こうして次なる調査ターゲットは、「黒いブラウスの女性」となった。
その正体が、“ただの知人”か、“密会相手”か、
あるいは──とても大切な“誰か”なのか。
物語は、少しずつその核心へと歩み出していた。
そこには、背筋をしゃんと伸ばした黒髪の女性が立っていた。
年は三十代後半くらい。上品な雰囲気に、黒いブラウス。
「あ……」
それは、まさに静香の言っていた“その女”に酷似していた。
ミナが一瞬声をかけようとしたそのとき
「よう、助手殿。調査資料を忘れておったぞ!」
背後からマヨイの声が響き、ミナの肩にファイルがトンと置かれる。
振り返った瞬間、あの女性の姿はすでに人波に紛れていた。
「……いま、あの人……」
「ん? あの黒ブラウスの女か? 確かに、怪しげな雰囲気じゃったな……。お主、尾行しないのか?」
「しないですし、今ので完全にタイミング逃しました!」
ミナは深く息を吐いてから、手に持ったレシートを見つめた。
「でも、この日付と時間、席の位置は一致してる。つまり、あの人が間違いなく“その時の女性”」
「ふむ、では容疑者として名前を書いておこう」
「やめなさい」
その夜、事務所に戻ったふたりは、再び調査の整理を始めていた。
ミナがレシートを拡大コピーし、時刻の部分を指差す。
「この注文、午後3時26分。“アイスティー2つ”。この時間帯、周囲の席は比較的空いてたはずだから……会話も周りに聞かれにくかったと思います」
「つまり、“わざわざここを選んだ”可能性がある、ということじゃな」
マヨイはごそごそと、ポケットから小さなスケッチブックを取り出す。
例によって、自作の“事件現場図”である。見た目はだいぶ雑だ。
「……窓際に座ったふたり、店員の視線は背後から。つまり、“人目を避けつつ話せる”場所じゃ」
「マヨイさん、たまに鋭いのが悔しいです」
そして次の瞬間、ミナがふと気づいたように言った。
「でも、“だったらどうする?”って言葉……」
「うむ」
「あれ、実は“相談”だったんじゃないでしょうか。浮気の言い訳とかじゃなくて、何か、“重大な悩み”の」
マヨイが目を細めて、頷いた。
「ふむ。つまり、浮気の現場ではなく、
“迷い”の現場だったという仮説じゃな」
ミナは、静香の表情を思い出していた。
あの“微笑み”に込められた意味を、彼女はまだ知らない。
でも、それを“裏切り”と決めつけるには、どこか……引っかかるものがある。
「やっぱり、一度直接この女性に話を聞かないと」
「うむ。では、再び張り込みじゃな!」
「今度は店員のフリしないでくださいね?」
「うむ、今週末はもう本物のシフトが入っておる」
「ほんとに働くつもりなんですか!!?」
こうして次なる調査ターゲットは、「黒いブラウスの女性」となった。
その正体が、“ただの知人”か、“密会相手”か、
あるいは──とても大切な“誰か”なのか。
物語は、少しずつその核心へと歩み出していた。
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