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第5話遺産を狙う叔母
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「来たぞ……真っ黒なやつが」
マヨイが呟いたのは、居間の扉がゆっくり開いた瞬間だった。
そこから現れたのは、派手な帽子に真っ赤な口紅、ヒールの音を鳴らしながら登場した中年女性佐伯澄子。
「やあ、久しぶりね、ミナちゃん。……その人、誰?」
「探偵の探田さんです。遺言状の件で来ていただいてて……」
「へぇ、探偵さん。わたし、怪しいって思われてるのかしら?」
「先代の妹ってことは……ミナ殿の叔母君か。ふむ、いかにも怪しげな立ち位置じゃ」
「ずいぶん失礼な探偵ねぇ」
澄子はヒラリと笑いながらソファに腰を下ろした。
その笑顔の奥に、どこか計算高さを感じさせる雰囲気があった。
「さては、幼少期から何かと可愛がられその分、遺産にも期待していたと見た!」
「……探偵さん、あなた自分の妄想だけで話を進めてない?」
「妄想とは、“推理の卵”のようなもの。ゆでれば真実、腐れば事件じゃ」
「腐ってると思う」
ミナの小声が刺さるなか、澄子はため息まじりに言った。
「正直に言わせてもらうとね、遺産なんていらないのよ。というか、相続放棄するつもり」
「……えっ?」
ミナが思わず声を上げる。
「だって、私もう借金だらけなのよ? そんな状態で相続してみなさい、プラスよりマイナスのほうが大きいに決まってるでしょ」
「……むう。では、遺産狙いではないと?」
「だから言ってるじゃないの。私はただ、兄の死に立ち会いたかっただけ」
マヨイはジッと澄子を見つめる。
その表情は、これまでのような「的外れ推理の顔」ではなく、少しだけ真剣味を帯びていた。
「では、もし仮に。遺言状の中に“澄子殿にすべてを譲る”と書かれていたら……どうする?」
「うーん……迷うわね。でも、たぶん断るかな。相続したところで借金返済に消えるだけだし」
「……む」
「まあ、それでも他の親族に取られるくらいなら、私が握って燃やしたほうがマシ、って思う日が来るかもしれないけど」
その一言に、ミナがピクリと反応した。
「それって、もし封筒が見つからなかったら……」
「冗談よ。そんなことするほど元気じゃないわ。今はどちらかというと、“遺産じゃなくて遺品”のほうに思い入れがあるの」
そう言って澄子はバッグから、小さな懐中時計を取り出した。
「これ、昔兄さんからもらったのよ。まだ動いてるの。ほら」
マヨイはその懐中時計をじっと見つめたあと、くるりと背を向けて言った。
「……うむ。遺産より、思い出か。そういう人間も、たまにはおるのじゃな」
「“たまには”って何よ」
「勘違いしていたようじゃ。わしとしたことが……」
マヨイは少し肩を落としながら、ソファに座り直した。
「でもまあ、わしの中ではまだ“黒寄りのグレー”じゃ」
「そのランク意味ある?」
「ある。あと7段階ある。深黒(しんこく)まではまだ遠い」
「どこまで濃くなるつもりよ」
思いのほか協力的な叔母との会話は、マヨイの“空振り推理”をまたひとつ重ねる結果となった。
だが、懐中時計という“記憶の品”の存在が、後の推理に思わぬ光を投げかける
……かもしれない。
マヨイが呟いたのは、居間の扉がゆっくり開いた瞬間だった。
そこから現れたのは、派手な帽子に真っ赤な口紅、ヒールの音を鳴らしながら登場した中年女性佐伯澄子。
「やあ、久しぶりね、ミナちゃん。……その人、誰?」
「探偵の探田さんです。遺言状の件で来ていただいてて……」
「へぇ、探偵さん。わたし、怪しいって思われてるのかしら?」
「先代の妹ってことは……ミナ殿の叔母君か。ふむ、いかにも怪しげな立ち位置じゃ」
「ずいぶん失礼な探偵ねぇ」
澄子はヒラリと笑いながらソファに腰を下ろした。
その笑顔の奥に、どこか計算高さを感じさせる雰囲気があった。
「さては、幼少期から何かと可愛がられその分、遺産にも期待していたと見た!」
「……探偵さん、あなた自分の妄想だけで話を進めてない?」
「妄想とは、“推理の卵”のようなもの。ゆでれば真実、腐れば事件じゃ」
「腐ってると思う」
ミナの小声が刺さるなか、澄子はため息まじりに言った。
「正直に言わせてもらうとね、遺産なんていらないのよ。というか、相続放棄するつもり」
「……えっ?」
ミナが思わず声を上げる。
「だって、私もう借金だらけなのよ? そんな状態で相続してみなさい、プラスよりマイナスのほうが大きいに決まってるでしょ」
「……むう。では、遺産狙いではないと?」
「だから言ってるじゃないの。私はただ、兄の死に立ち会いたかっただけ」
マヨイはジッと澄子を見つめる。
その表情は、これまでのような「的外れ推理の顔」ではなく、少しだけ真剣味を帯びていた。
「では、もし仮に。遺言状の中に“澄子殿にすべてを譲る”と書かれていたら……どうする?」
「うーん……迷うわね。でも、たぶん断るかな。相続したところで借金返済に消えるだけだし」
「……む」
「まあ、それでも他の親族に取られるくらいなら、私が握って燃やしたほうがマシ、って思う日が来るかもしれないけど」
その一言に、ミナがピクリと反応した。
「それって、もし封筒が見つからなかったら……」
「冗談よ。そんなことするほど元気じゃないわ。今はどちらかというと、“遺産じゃなくて遺品”のほうに思い入れがあるの」
そう言って澄子はバッグから、小さな懐中時計を取り出した。
「これ、昔兄さんからもらったのよ。まだ動いてるの。ほら」
マヨイはその懐中時計をじっと見つめたあと、くるりと背を向けて言った。
「……うむ。遺産より、思い出か。そういう人間も、たまにはおるのじゃな」
「“たまには”って何よ」
「勘違いしていたようじゃ。わしとしたことが……」
マヨイは少し肩を落としながら、ソファに座り直した。
「でもまあ、わしの中ではまだ“黒寄りのグレー”じゃ」
「そのランク意味ある?」
「ある。あと7段階ある。深黒(しんこく)まではまだ遠い」
「どこまで濃くなるつもりよ」
思いのほか協力的な叔母との会話は、マヨイの“空振り推理”をまたひとつ重ねる結果となった。
だが、懐中時計という“記憶の品”の存在が、後の推理に思わぬ光を投げかける
……かもしれない。
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