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第6話 姉の見た夜
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それからというもの、ルークの日常は一つの“習慣”を持つようになっていた。
昼間。
両親や近所の人たちが話すのは、決まって作物のことだった。
「最近、葉の色が悪くてね」
「水は足りてるはずなんだけど……」
そんな会話が聞こえるたびに、ルークは胸の奥で小さく決意する。
(今夜だな)
誰にも気づかれないように。
不自然にならない程度に。
ほんの少しだけ、手を貸す。
〈グロウアップ〉。
賢者ゼノン・マギウスが、かつて飢饉の只中で生み出した魔法。
それを、三歳の身体で、夜毎に使い続けていた。
だが――。
その“夜”を、見ていた者がいた。
*
その晩、セシリアは物音で目を覚ました。
(……?)
八歳になった彼女は、もう子供とはいえない年齢だ。
夜中に目が覚めること自体、そう多くはない。
だからこそ、その音が気になった。
――床が、わずかに軋む音。
セシリアはゆっくりと体を起こし、暗闇の中で目を凝らす。
隣に置かれた、小さなベッド。
そこにいるはずの――。
「……ルーク?」
返事はない。
月明かりに照らされたベッドは、空だった。
(……え?)
一瞬、心臓が跳ねた。
こんな夜中に、三歳の弟がいない。
それが意味することの重さを、セシリアは理解していた。
だが、すぐに叫ぶことはしなかった。
(……待って)
視界の端で、小さな影が動く。
ルークだ。
彼は部屋の扉を静かに開け、廊下を歩いていく。
足取りは覚束ないはずなのに、妙に迷いがない。
(……どこ行くの?)
セシリアは、声を掛けなかった。
なぜだろう。
危ないと思う気持ちと同時に、
“見てはいけないものを見る前触れ”のような感覚があった。
彼女はベッドを抜け出し、そっと後を追った。
裸足で、音を立てないように。
ルークは裏口から外へ出た。
夜風が、ひんやりと頬を撫でる。
セシリアは柱の影に身を隠し、息を殺した。
――畑。
月明かりの下で、ルークは立ち止まった。
小さな身体。
小さな背中。
だが、そこに漂う雰囲気は――いつもと違う。
(……なに、してるの?)
ルークは、畑に向かって手を伸ばした。
何かを“投げる”わけでも、
触れるわけでもない。
ただ、じっと、そこに立っている。
空気が、わずかに揺れた気がした。
――気がした、だけ。
光もない。
音もない。
それでも、セシリアは確信した。
(……何か、してる)
理由は分からない。
でも、弟が“普通じゃないこと”をしているのは、分かった。
数分後、ルークは踵を返し、家へ戻り始めた。
(……っ)
セシリアは慌てた。
(戻らなきゃ!)
彼女は息を殺し、先回りするように家へ入り、
ベッドに飛び込む。
布団をかぶり、目を閉じる。
心臓の音が、うるさい。
少しして。
――きぃ。
扉が開く音。
小さな足音。
ルークが戻ってきた。
隣のベッドが、きし、と鳴る。
やがて、規則正しい寝息。
(……)
セシリアは、その夜、眠れなかった。
*
朝。
いつも通りの朝食。
いつも通りの光景。
両親は気づいていない。
何も知らない。
セシリアだけが、落ち着かなかった。
「……ルーク」
朝食後、少し時間が経った頃。
彼女は、意を決して声を掛けた。
「昨日の夜……起きて、どこか行かなかった?」
ルークはきょとんとした顔で、彼女を見る。
「……ううん?」
首を傾げる仕草。
三歳児らしい、無邪気な反応。
だが――。
(……嘘)
セシリアは確信した。
昨夜見た背中は、間違いなくルークだった。
「……そっか」
彼女は、それ以上聞かなかった。
問い詰めれば、何かが壊れる気がした。
(……今は、いい)
理由は分からない。
何をしているのかも、分からない。
それでも。
(ルークは、ルークだ)
危ないことをしているなら、守る。
誰かに知られて困るなら、隠す。
姉として、そう決めた。
セシリアは、そっとルークの頭を撫でた。
ルークは、何も知らない顔で笑った。
その笑顔の裏に、
小さな秘密があることを――
セシリアだけが、知っていた。
昼間。
両親や近所の人たちが話すのは、決まって作物のことだった。
「最近、葉の色が悪くてね」
「水は足りてるはずなんだけど……」
そんな会話が聞こえるたびに、ルークは胸の奥で小さく決意する。
(今夜だな)
誰にも気づかれないように。
不自然にならない程度に。
ほんの少しだけ、手を貸す。
〈グロウアップ〉。
賢者ゼノン・マギウスが、かつて飢饉の只中で生み出した魔法。
それを、三歳の身体で、夜毎に使い続けていた。
だが――。
その“夜”を、見ていた者がいた。
*
その晩、セシリアは物音で目を覚ました。
(……?)
八歳になった彼女は、もう子供とはいえない年齢だ。
夜中に目が覚めること自体、そう多くはない。
だからこそ、その音が気になった。
――床が、わずかに軋む音。
セシリアはゆっくりと体を起こし、暗闇の中で目を凝らす。
隣に置かれた、小さなベッド。
そこにいるはずの――。
「……ルーク?」
返事はない。
月明かりに照らされたベッドは、空だった。
(……え?)
一瞬、心臓が跳ねた。
こんな夜中に、三歳の弟がいない。
それが意味することの重さを、セシリアは理解していた。
だが、すぐに叫ぶことはしなかった。
(……待って)
視界の端で、小さな影が動く。
ルークだ。
彼は部屋の扉を静かに開け、廊下を歩いていく。
足取りは覚束ないはずなのに、妙に迷いがない。
(……どこ行くの?)
セシリアは、声を掛けなかった。
なぜだろう。
危ないと思う気持ちと同時に、
“見てはいけないものを見る前触れ”のような感覚があった。
彼女はベッドを抜け出し、そっと後を追った。
裸足で、音を立てないように。
ルークは裏口から外へ出た。
夜風が、ひんやりと頬を撫でる。
セシリアは柱の影に身を隠し、息を殺した。
――畑。
月明かりの下で、ルークは立ち止まった。
小さな身体。
小さな背中。
だが、そこに漂う雰囲気は――いつもと違う。
(……なに、してるの?)
ルークは、畑に向かって手を伸ばした。
何かを“投げる”わけでも、
触れるわけでもない。
ただ、じっと、そこに立っている。
空気が、わずかに揺れた気がした。
――気がした、だけ。
光もない。
音もない。
それでも、セシリアは確信した。
(……何か、してる)
理由は分からない。
でも、弟が“普通じゃないこと”をしているのは、分かった。
数分後、ルークは踵を返し、家へ戻り始めた。
(……っ)
セシリアは慌てた。
(戻らなきゃ!)
彼女は息を殺し、先回りするように家へ入り、
ベッドに飛び込む。
布団をかぶり、目を閉じる。
心臓の音が、うるさい。
少しして。
――きぃ。
扉が開く音。
小さな足音。
ルークが戻ってきた。
隣のベッドが、きし、と鳴る。
やがて、規則正しい寝息。
(……)
セシリアは、その夜、眠れなかった。
*
朝。
いつも通りの朝食。
いつも通りの光景。
両親は気づいていない。
何も知らない。
セシリアだけが、落ち着かなかった。
「……ルーク」
朝食後、少し時間が経った頃。
彼女は、意を決して声を掛けた。
「昨日の夜……起きて、どこか行かなかった?」
ルークはきょとんとした顔で、彼女を見る。
「……ううん?」
首を傾げる仕草。
三歳児らしい、無邪気な反応。
だが――。
(……嘘)
セシリアは確信した。
昨夜見た背中は、間違いなくルークだった。
「……そっか」
彼女は、それ以上聞かなかった。
問い詰めれば、何かが壊れる気がした。
(……今は、いい)
理由は分からない。
何をしているのかも、分からない。
それでも。
(ルークは、ルークだ)
危ないことをしているなら、守る。
誰かに知られて困るなら、隠す。
姉として、そう決めた。
セシリアは、そっとルークの頭を撫でた。
ルークは、何も知らない顔で笑った。
その笑顔の裏に、
小さな秘密があることを――
セシリアだけが、知っていた。
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