賢者転生〜世界最強の賢者、赤ん坊からやり直す〜

KAORUwithAI

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第6話 姉の見た夜

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 それからというもの、ルークの日常は一つの“習慣”を持つようになっていた。

 昼間。
 両親や近所の人たちが話すのは、決まって作物のことだった。

「最近、葉の色が悪くてね」

「水は足りてるはずなんだけど……」

 そんな会話が聞こえるたびに、ルークは胸の奥で小さく決意する。

(今夜だな)

 誰にも気づかれないように。
 不自然にならない程度に。
 ほんの少しだけ、手を貸す。

 〈グロウアップ〉。

 賢者ゼノン・マギウスが、かつて飢饉の只中で生み出した魔法。
 それを、三歳の身体で、夜毎に使い続けていた。

 だが――。

 その“夜”を、見ていた者がいた。



 その晩、セシリアは物音で目を覚ました。

(……?)

 八歳になった彼女は、もう子供とはいえない年齢だ。
 夜中に目が覚めること自体、そう多くはない。

 だからこそ、その音が気になった。

 ――床が、わずかに軋む音。

 セシリアはゆっくりと体を起こし、暗闇の中で目を凝らす。

 隣に置かれた、小さなベッド。

 そこにいるはずの――。

「……ルーク?」

 返事はない。

 月明かりに照らされたベッドは、空だった。

(……え?)

 一瞬、心臓が跳ねた。

 こんな夜中に、三歳の弟がいない。
 それが意味することの重さを、セシリアは理解していた。

 だが、すぐに叫ぶことはしなかった。

(……待って)

 視界の端で、小さな影が動く。

 ルークだ。

 彼は部屋の扉を静かに開け、廊下を歩いていく。
 足取りは覚束ないはずなのに、妙に迷いがない。

(……どこ行くの?)

 セシリアは、声を掛けなかった。

 なぜだろう。
 危ないと思う気持ちと同時に、
 “見てはいけないものを見る前触れ”のような感覚があった。

 彼女はベッドを抜け出し、そっと後を追った。

 裸足で、音を立てないように。

 ルークは裏口から外へ出た。

 夜風が、ひんやりと頬を撫でる。

 セシリアは柱の影に身を隠し、息を殺した。

 ――畑。

 月明かりの下で、ルークは立ち止まった。

 小さな身体。
 小さな背中。

 だが、そこに漂う雰囲気は――いつもと違う。

(……なに、してるの?)

 ルークは、畑に向かって手を伸ばした。

 何かを“投げる”わけでも、
 触れるわけでもない。

 ただ、じっと、そこに立っている。

 空気が、わずかに揺れた気がした。

 ――気がした、だけ。

 光もない。
 音もない。

 それでも、セシリアは確信した。

(……何か、してる)

 理由は分からない。
 でも、弟が“普通じゃないこと”をしているのは、分かった。

 数分後、ルークは踵を返し、家へ戻り始めた。

(……っ)

 セシリアは慌てた。

(戻らなきゃ!)

 彼女は息を殺し、先回りするように家へ入り、
 ベッドに飛び込む。

 布団をかぶり、目を閉じる。

 心臓の音が、うるさい。

 少しして。

 ――きぃ。

 扉が開く音。

 小さな足音。

 ルークが戻ってきた。

 隣のベッドが、きし、と鳴る。

 やがて、規則正しい寝息。

(……)

 セシリアは、その夜、眠れなかった。



 朝。

 いつも通りの朝食。
 いつも通りの光景。

 両親は気づいていない。
 何も知らない。

 セシリアだけが、落ち着かなかった。

「……ルーク」

 朝食後、少し時間が経った頃。
 彼女は、意を決して声を掛けた。

「昨日の夜……起きて、どこか行かなかった?」

 ルークはきょとんとした顔で、彼女を見る。

「……ううん?」

 首を傾げる仕草。

 三歳児らしい、無邪気な反応。

 だが――。

(……嘘)

 セシリアは確信した。

 昨夜見た背中は、間違いなくルークだった。

「……そっか」

 彼女は、それ以上聞かなかった。

 問い詰めれば、何かが壊れる気がした。

(……今は、いい)

 理由は分からない。
 何をしているのかも、分からない。

 それでも。

(ルークは、ルークだ)

 危ないことをしているなら、守る。
 誰かに知られて困るなら、隠す。

 姉として、そう決めた。

 セシリアは、そっとルークの頭を撫でた。

 ルークは、何も知らない顔で笑った。

 その笑顔の裏に、
 小さな秘密があることを――
 セシリアだけが、知っていた。
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