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第7話 姉の仮説
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それから、セシリアは眠りが浅くなった。
理由は単純だ。
――ルークが、夜に部屋を抜け出すから。
(また……)
床のきしむ音。
小さな足音。
もう、聞き間違えることはない。
八歳の少女は、静かに目を開ける。
隣のベッドが空になっているのを確認すると、溜め息をついた。
(……やっぱり)
あの日以来、ルークは定期的に夜を抜け出している。
決まって、村の誰かが作物の不調を嘆いた夜だ。
最初は偶然だと思っていた。
だが、偶然にしては、あまりにも回数が多い。
セシリアは音を立てないようにベッドを降り、
上着を羽織って、後を追った。
――声は、掛けない。
あの日、問い詰めなかったのと同じ理由だ。
聞いてはいけないことがある、と本能が告げていた。
裏口。
夜風。
月明かりに照らされた畑。
何度見ても、同じ光景だった。
ルークは畑の端に立ち、
小さな手を伸ばして、じっと動かない。
光はない。
音もない。
けれど、空気が――ほんのわずかに、変わる。
(……分からない)
何をしているのかは、相変わらず分からない。
魔法?
それとも、別の何か?
セシリアには判断がつかなかった。
それでも。
(……結果は、はっきりしてる)
翌朝。
村の畑は、決まって元気になっている。
「見てよ、葉が立ってる」
「昨日まであんなに弱ってたのに」
大人たちは不思議そうに首を傾げるが、
セシリアは、もう驚かなかった。
(……やっぱり)
何度も、何度も。
同じ流れを見た。
作物の不調の噂。
夜のルーク。
そして、朝の回復。
それらが結びつかないほど、セシリアは幼くなかった。
ある朝、彼女は確信に近い感覚を得る。
(ルークは……)
胸の奥で、言葉にならない思考が形を持つ。
(ルークは、何かの力で、畑を元気にしてる)
自分の家だけじゃない。
隣の家も。
その向こうも。
(……村中の畑)
三歳の弟が、そんなことをしているなど、
普通なら、信じられる話ではない。
けれど。
(あの子は、普通じゃない)
生まれた時から、どこか違っていた。
赤ん坊の頃から、じっと人を見つめる目。
三歳にしては、落ち着きすぎた態度。
(……賢い、なんて言葉じゃ足りない)
セシリアは、気づいてしまったのだ。
(ルークは……守ってる)
自分たちの生活を。
村の人たちを。
誰にも気づかれないように。
誰にも感謝されないように。
(……なんで)
胸が、きゅっと締めつけられる。
(なんで、そんなことまで……)
それからのセシリアは、変わった。
以前からルークへのスキンシップは激しかった。
抱きしめて、頬ずりして、離さない。
だが、今は違う。
その行動の裏に、感情が増えていた。
(この子は……)
ただの“かわいい弟”じゃない。
頼りになる。
尊い。
そして――。
(……守らなきゃ)
セシリアは、ルークにべったりになった。
家の中でも。
外でも。
「ルーク、こっち来なさい」
「危ないから、私のそばにいなさい」
以前より、距離が近い。
抱き寄せる力も、どこか慎重になった。
その変化に、真っ先に気づいたのは――ミアだった。
「……リアねぇ」
ある日、ミアが不満そうに口を尖らせる。
「ルーク、ぜんぜん遊んでくれない」
「遊んでるでしょ」
「リアねぇが、ずっと一緒にいるから!」
「当たり前でしょ。お姉ちゃんなんだから」
火花が散る。
(……まただ)
ルークは、二人の間で苦笑いを浮かべた。
以前から仲が良いとは言えなかったが、
最近は、明らかに空気が悪い。
セシリアは、ルークから離れない。
ミアは、それが面白くない。
(……原因、俺だよな)
内心で、ため息をつく。
(モテたいとは思った)
前世で、確かにそう願った。
だが――。
(こういう形で拗れるとは、想定外だ)
それでも。
セシリアが、そっと背中に手を置く。
その手には、
以前のような独占欲だけではない、
別の感情が混じっているのを、ルークは感じ取っていた。
(……気づかれた、か)
完全にではない。
だが、“何か”をしていることは、見抜かれている。
(まあ……仕方ない)
セシリアは、信用できる。
口が堅い。
そして、何より――家族だ。
問題は。
ミアの視線が、日に日に鋭くなっていることだった。
ルークは、二人の様子を見ながら、
静かに次の段階を考え始めていた。
(……そろそろ、対策が必要だな)
賢者だった頃の癖で、
物事は先を読んで動く。
夜の秘密は、
いつまでも隠し通せるものではない。
そう遠くない未来で、
この均衡は崩れる。
――その予感だけが、
ルークの胸に、静かに残っていた。
理由は単純だ。
――ルークが、夜に部屋を抜け出すから。
(また……)
床のきしむ音。
小さな足音。
もう、聞き間違えることはない。
八歳の少女は、静かに目を開ける。
隣のベッドが空になっているのを確認すると、溜め息をついた。
(……やっぱり)
あの日以来、ルークは定期的に夜を抜け出している。
決まって、村の誰かが作物の不調を嘆いた夜だ。
最初は偶然だと思っていた。
だが、偶然にしては、あまりにも回数が多い。
セシリアは音を立てないようにベッドを降り、
上着を羽織って、後を追った。
――声は、掛けない。
あの日、問い詰めなかったのと同じ理由だ。
聞いてはいけないことがある、と本能が告げていた。
裏口。
夜風。
月明かりに照らされた畑。
何度見ても、同じ光景だった。
ルークは畑の端に立ち、
小さな手を伸ばして、じっと動かない。
光はない。
音もない。
けれど、空気が――ほんのわずかに、変わる。
(……分からない)
何をしているのかは、相変わらず分からない。
魔法?
それとも、別の何か?
セシリアには判断がつかなかった。
それでも。
(……結果は、はっきりしてる)
翌朝。
村の畑は、決まって元気になっている。
「見てよ、葉が立ってる」
「昨日まであんなに弱ってたのに」
大人たちは不思議そうに首を傾げるが、
セシリアは、もう驚かなかった。
(……やっぱり)
何度も、何度も。
同じ流れを見た。
作物の不調の噂。
夜のルーク。
そして、朝の回復。
それらが結びつかないほど、セシリアは幼くなかった。
ある朝、彼女は確信に近い感覚を得る。
(ルークは……)
胸の奥で、言葉にならない思考が形を持つ。
(ルークは、何かの力で、畑を元気にしてる)
自分の家だけじゃない。
隣の家も。
その向こうも。
(……村中の畑)
三歳の弟が、そんなことをしているなど、
普通なら、信じられる話ではない。
けれど。
(あの子は、普通じゃない)
生まれた時から、どこか違っていた。
赤ん坊の頃から、じっと人を見つめる目。
三歳にしては、落ち着きすぎた態度。
(……賢い、なんて言葉じゃ足りない)
セシリアは、気づいてしまったのだ。
(ルークは……守ってる)
自分たちの生活を。
村の人たちを。
誰にも気づかれないように。
誰にも感謝されないように。
(……なんで)
胸が、きゅっと締めつけられる。
(なんで、そんなことまで……)
それからのセシリアは、変わった。
以前からルークへのスキンシップは激しかった。
抱きしめて、頬ずりして、離さない。
だが、今は違う。
その行動の裏に、感情が増えていた。
(この子は……)
ただの“かわいい弟”じゃない。
頼りになる。
尊い。
そして――。
(……守らなきゃ)
セシリアは、ルークにべったりになった。
家の中でも。
外でも。
「ルーク、こっち来なさい」
「危ないから、私のそばにいなさい」
以前より、距離が近い。
抱き寄せる力も、どこか慎重になった。
その変化に、真っ先に気づいたのは――ミアだった。
「……リアねぇ」
ある日、ミアが不満そうに口を尖らせる。
「ルーク、ぜんぜん遊んでくれない」
「遊んでるでしょ」
「リアねぇが、ずっと一緒にいるから!」
「当たり前でしょ。お姉ちゃんなんだから」
火花が散る。
(……まただ)
ルークは、二人の間で苦笑いを浮かべた。
以前から仲が良いとは言えなかったが、
最近は、明らかに空気が悪い。
セシリアは、ルークから離れない。
ミアは、それが面白くない。
(……原因、俺だよな)
内心で、ため息をつく。
(モテたいとは思った)
前世で、確かにそう願った。
だが――。
(こういう形で拗れるとは、想定外だ)
それでも。
セシリアが、そっと背中に手を置く。
その手には、
以前のような独占欲だけではない、
別の感情が混じっているのを、ルークは感じ取っていた。
(……気づかれた、か)
完全にではない。
だが、“何か”をしていることは、見抜かれている。
(まあ……仕方ない)
セシリアは、信用できる。
口が堅い。
そして、何より――家族だ。
問題は。
ミアの視線が、日に日に鋭くなっていることだった。
ルークは、二人の様子を見ながら、
静かに次の段階を考え始めていた。
(……そろそろ、対策が必要だな)
賢者だった頃の癖で、
物事は先を読んで動く。
夜の秘密は、
いつまでも隠し通せるものではない。
そう遠くない未来で、
この均衡は崩れる。
――その予感だけが、
ルークの胸に、静かに残っていた。
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