「  」に溺れ、「  」を泳ぐ。

才記えくぼ(サイキエクボ)

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デミグラスと渦巻く米粒

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アオハルは楽しんだもんガチ、ガチ?マ?あたしらサイキョー★☆★


そんな音楽が流れた瞬間、食卓は一気に凍り付いた。

画面には、制服のスカートを極限まで折ったインフルエンサーが、ゆるやかに踊っている。

腰を緩く振るその振り付けはなかなかに下品で、衝撃のあまり噛んでる途中のハンバーグを呑みこみ、食道を抉じ開け、私は思いっきり噎せてしまった。


ゲホ、ゲホ! ドンドンドン カチャリ。


私の噎せる声と、胸を叩く音。食器の音と、咀嚼音。それと、アナウンサーの声。

十代の流行特集と右上に書いているのを見つけた瞬間、それはぷつりと切れる。

黒い画面に反射しているのは、唖然とした私と微動だにしない父さん、そしてリモコンを手にした母さん。


「なんて頭が悪いの、千代子はこうならないことね。こうなった日には着てるもの全部剥がして群青山に捨てるからね」

母さんがいやみったらしく吐き捨て、私に釘を刺す。

年がら年中眉間に寄るシワは、より深く刻まれている。

群青山は一度入ったら一生出られないと有名な、立ち入り禁止の山だ。母さんならやりかねないなと思うと、少し背筋が冷える。

冷静を装って私は答えた。


「大丈夫だよ。そういう人とは関わんないようにしてるから」


「それならいいんだけど。そういえばあんた、模試の結果、今日だったでしょ」


服の裾で水に濡れた手を雑に拭き、私を見る母さんの目は肉食動物のようだ。

黙々と食事をする父さんは、相変わらず何も言わない。なんだかそれにも腹が立って仕方がない。


「…いつも通りそこに貼ってるよ。赤星高校、Bだった」


指さした瞬間、母さんは早足でそちらへ向かう。

ホワイトボードに貼られた模試の結果は、怯えてひっそりと息を詰めているようだ。

それをあっさりと手に取った母さんは眼鏡をかけた。

分厚いレンズは牛乳瓶の底みたいで、その奥でギラリと獰猛な目が光る。

私の心臓がザワザワと騒いでいるうちに、母さんは隅々を確認すべく目を動かす。

自身の心音の騒がしさに一つ息を吐けば、母さんはそれを咎めるように顔を上げた。


「伸び悩んでるわね。もっと勉強の質を上げなくちゃ。偏差値も五十六でしょ?赤星高校は最低でも六十はないと。もっと頑張りなさい」


母さんの言葉がじくじくと柔い内臓を突き刺していく。私は平静を装いながら口を開いた。


「うん。もうちょっと見直してみる」


それっぽい言葉が無機質に喉から出ていく。すらすらと通って出ていく定型文は、長年の積み重ねから得た模範解答たちだ。


「あんた、まだポエムみたいなの書いてるでしょ?早くあんなお遊びさっさとやめないと受かんないわよ」

母さんが模試の結果をホワイトボードに貼りつけ、真剣に言った。

詰まる息が居場所を失くし、ぐるぐると渦巻く。

辛辣な母さんの言葉に、父さんはふと食事の手を止めた。


「それは千代子が好きでやっているんだろ。だったら…」


少し強めの口調で言う父さんに、母さんが刺すような視線を向けた。
途端、父さんは黙ってしまう。

いつも母さんの圧力に負けて、結局今みたいに俯いて終わり。

張り詰めた息が苦しくて、水中で溺れているような感覚になる。

食器を下げて、水道を捻れば水が流れた。
シンクに置かれた茶碗に水が溜まっていき、一粒の米が渦巻いた。それはデミグラスの汚れと混ざり、濁っていく。
ドツボに嵌っていく私みたいで、浅く笑ってしまった。

濁った水は先を一切見通せない。今もずっと。
母さんのことも、父さんのことも、嫌いじゃない。教育熱心すぎるところも、いつも私を見ていないところも腹が立つけど、愛されている自覚がないわけじゃない。

色々混ざってドロドロになった濁り水に、私は溺れてばかりいる。

自室の机に置かれた紙には、物語がひっそり綴られている。
消しゴムのカスまみれの紙はシワが寄っていて、だけども半分は真っ白だ。
何度も書いては消しての繰り返しの跡が残る紙が妙に恥ずかしくて、思わずぐしゃりと握りしめていた。

そのままゴミ箱へ投げ込もうと腕を振るった。

振るった、はずだ。

身体は急にガチリと固まって、動かなくなった。
頭では身体を動かせと指示をしているのに、びくともしない。誰かの手で押さえつけられているようだ。

誰かって誰。この部屋には、誰もいない。

そもそも私は一人っ子で、だから一人だけの部屋が与えられている。
誰もいないはずの部屋に、人の気配がしていた。
微かにもう一人の息遣いが聞こえるのに何もいなくて、異質な状況にサッと血の気が引いていく。


「…誰なの」


淡々としているが、僅かに恐怖がにじんで上擦った声が部屋に一つ。
身体は鉛のように重く、いくら力を入れても動かない身体に恐怖は募るばかりだ。
冷房を切った部屋は夜でも蒸されているほど外は灼熱なはずなのに、今は一変してひどく冷え切っている。恐怖に肌が粟立ち、背筋は凍る、気味の悪い冷え方だ。

ふと、丸めた紙を握りしめる力が抜けていく。
手から離れていくとともに、重たい気配から解放された。

丸められた紙は、天井近くまで浮いて、それからゆったりと広げられていく。

まるで、人の手で形を変えているようなそれを、呆然と見つめることしか出来ない。

天井からぽたり、ぽたりと水が滴っている。怪奇現象を受け入れたくない頭が、水漏れでもしているのかとすっとぼけた。

しかし、目線の先に何かが見え、反射的に目を凝らしてしまった。


「…ぁっ!」


小さい悲鳴は呆気なく地に堕ち、腰が砕けて尻餅をついた。
本能が警告音を鳴らしているのに、私は一歩も動けないまま、目も逸らせずにいた。

天井に逆さに生えている少女の顔。
編み込まれたおさげは逆さに垂れ下がり、青ざめて血の通わない様子に、この世のものでないと直感が告げている。
少女の双眸はぎろりと私を睨みつけていて、頭の隅で警告音が鳴り響いていた。

少女は天井からぬるりと抜け出した。
身体は水浸しのまま、逆さまの身体を元に戻す。
足はぼやけて見えない。

青白い身体に文字通り透き通る肌をさらし、少女は先ほど広げた紙を手に持っていた。

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