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ユーリ視点
01.僕は異世界人です
しおりを挟むーー それは唐突だった。
「お兄様、わたくしこの方と結婚しますわ!」
何がなんだか分からないまま、王宮に連れてこられて。
気づいたら王宮の庭園にある四阿に引きずり込まれて、座らされて。
目の前には第一王子であるオルフェウス殿下がいて。
その上での、フィーネ殿下の発言だ。
「……そちらの男性の顔色が悪いが、大丈夫か?」
「え?まあユーリ!どうしたの?」
「あ、うあ…」
どうしたの、じゃないよ。
なんで僕はプロポーズされてるの!?
「ーー 事前に本人の了承もなく連れてきてはダメだろう」
「まあ!そんなことはしてませんわ!」
呆れたようにため息を吐く第一王子殿下に、内心同意した。
僕は今日、ここで第一王子殿下に会ってフィーネ殿下から結婚宣言されます、なんて、聞いてない。泣きそう。
◇
富長侑理。それが僕の名前。
しがない、大学生のひとりだった。
知らない人と話そうとすると吃るか、言葉が出てくるのに時間がかかる。
そのせいで僕は人間関係がうまく構築できず、人付き合いがほとんどない学生だった。
喋ると教授から時々ウザったそうな表情を浮かべられる。だから、基本的にはメールでしかやり取りをしない。
親からも「なんでこんな子が…」と言われるほどで、普通に喋られる弟を溺愛しているぐらいだ。
このまま生きていても、と思った僕に、ひとつの光明が差した。
言語学だ。
有名な所でいえば古代メソポタミアの楔形文字、エジプトのヒエログリフ、その他様々な国や地域で使われている様々な言語。
それらを研究するのが楽しくて、楽しくて没頭していた。人付き合いなんて別にいい、とにかく研究できればいい。
そのためにはきちんと大学に通って、大学院に進んで…と夢を見ながら人と接することが少ない工場系のバイトをこなしながら生活していたときのこと。
バイト帰りにとぼとぼと家路についていたら、踏み出した先の地面がなかった。
え、と思った瞬間にはもう遅く、いつの間にかできていた穴に僕は吸い込まれる。
ーー そうして、目を覚ましたら僕は森の中にいて。
僕を見つけてくれた少年が「ここはエインスボルト王国だよ?」と答えてくれたことで、僕は異世界に来てしまったのだと理解した。
「兄貴ーっ、つぎは?」
「え、と、つぎは水を…」
ディックと一緒に台所に立ち、お菓子を作る。
お菓子作りは趣味のひとつだった。この世界も似たような名称の材料が揃っていたので、お菓子作りができることにはちょっとホッとしている。
ディックは、僕を見つけてくれた少年だ。
いい大人なのに現状の理解が追いつかなくてボロボロと泣いていた僕に「大丈夫だよ」と寄り添ってくれて、ご家族も僕を受け入れてくれた。…こんな、まともに喋れない人間なのに。
実の両親とは違って、ディックの両親は僕の話を遮らずに聞いてくれる。ディックも急かさずに僕が話し終わるのを待ってくれる。最近ではディックたちの前ではスムーズに話せるようになった。
さらに、数年一緒に暮らした上で僕を養子として迎え入れてくれた。だから、もうディックたちは本物の家族だ。
大人だから何か職に就いたほうが…と思ったけど、まだディックたち以外とは喋るのが難しい上、僕はこの世界の学校を卒業していないから、職に就けたとしてもあまり給料が良いものじゃないらしい。
家事手伝いや近所のちょっとした力仕事には出てるけど…このままじゃ穀潰しだよなぁ。
「あとは、焼くだけ」
「兄貴のお菓子美味いから、すっげー楽しみ!」
にこにこと笑うディックの頭を撫でる。
あ。小麦粉がついた手で触ってしまった。
「ご、ごごめん」
「へーきへーき、洗えばいいんだから。あ、じゃあ焼けたらさ、これ持って図書館行こうぜ!」
「いいよ」
ディックは将来、街を守る警衛隊に入りたいらしい。僕の世界でいえば警察だろうか。
そのためには、この王都にあるセントラル・ヴェリテ学園に入学する必要があるんだが、入学試験がとても難しいことで有名だそうだ。
平民も貴族も試験を突破すれば入れる高等教育学校。年齢制限はないようだけど、やっぱりディックぐらいの年代が一番多いらしい。
その試験勉強のため、ディックは王立図書館に行く。
蔵書はすごく多い。興味が惹かれるジャンルもあって、僕はディックの勉強を見がてらついていくようになった。
今日焼いたのはココアクッキー。これなら持ち運びするにも問題ないだろう。
貸出記録も殆どない外国の書籍を読みながら、ディックが分からないと嘆く部分を教えてあげる。
図書館に通うようになって気づいたんだが、僕はこの国の公用語以外の言語もほとんど読めるようだった。異世界転移のチート能力なんだろうか。そもそも、なんで僕はこの世界にいるのか。
翻訳者というのは意外といないようで、図書館でもエインスボルト以外の国の本がぽんと置いてあるだけ。司書も何の本か分からない、という状態だった。
…翻訳者、という仕事もいいかもしれない。
「兄貴はすげーな、オレその本一文字も読めねー。どんな話なの?」
「こことは違う国の建国神話だね」
「どんな話?」
「勉強があるんだから、少しだけだよ。…遥か昔、創世神エレヴェドがまだこの地にいた頃――」
◇
養父母に「翻訳を仕事にしてみたい」と相談したところ、伝手を辿って出版社に見てもらえることになった。
ドーラン出版社と呼ばれるところで、もともといくつか翻訳本を出していたところだ。
王立図書館にあって、翻訳版がないことを確認した本を翻訳した原稿を持ち込んで提出したところ、最初は僕の喋り方を馬鹿にしていた担当者が読み進めていく中で表情を変えた。
「…ひとり、同じ言語の本を翻訳できる人間が社内にいるんだ。一旦預からせてもらっても?」
「は、はい」
それから小一時間ほど、ちびちびとお茶を飲んで待っていたら、バタバタと誰かが駆け込んできた。
ボサボサ頭のメガネをかけた青年。後ろからは面接していた担当者が僕の原稿を持って歩いてきていた。
思わずカップをテーブルに置いたら、次の瞬間にはガシッと両手を掴まれ、ずいっと顔が迫る。
「君!!」
「ひぇ!?」
「君はとんでもない逸材だァ!!ぜひ、ぜひ入社を!!」
「ひぃいいいっ!?」
「やめんか馬鹿者!」
ごちん、という音と共に「イテッ」と悲鳴が聞こえた。僕は泣いた。
担当者はひとつため息を吐くと「悪いな」と苦笑いを浮かべる。
「君さえよければ、一緒に働いてくれないか。…最初に嫌な態度を取って悪かった」
「い、いいえ。こ、こここちらこそ……よろしく、お願いします」
こうして、僕は職を得た。翻訳者という仕事だ。
僕の吃りについては周知してもらって、基本筆談で会話することを了承してもらった。
両手を掴んできた青年はギークといって、あのセントラル・ヴェリテ学園を卒業した秀才らしい。僕と同じ、外国語等の活字が好きで色々と勉強した結果、平民にしては珍しく三ヶ国語を操るのだとか。
…そんなギークは、僕がサラッと別の本を翻訳してみせたのを見て目を丸くしていた。
「なんで君、学園に入学しなかったんだい?これだけの能力があれば学園でもっと伸びただろうに」
異世界人です、なんて言えるはずもなく。
それっぽく『入学試験に落ちてしまったので』と伝えれば、渋々と言った様子で納得してくれた。
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