【完結】彼女が幸せを掴むまで〜モブ令嬢は悪役令嬢を応援しています〜

かわもり かぐら(旧:かぐら)

文字の大きさ
35 / 48
モブ令嬢イェーレ

11. そんなことで気を引こうとするとかドン引きだわ

しおりを挟む
 ダンスタイムに入ろうか、というタイミングでこちらに近づいてくる彼女に軽く頭を下げた。
 彼女はにこりと微笑み軽く手を振るとエリザベスに声をかける。エリザベスは「ヴィクトリア」と微笑んだ。
 ヴィクトリアの視線が私に向けられる。上から下、と見たヴィクトリアは目を瞬かせた。


「イェーレ、あなたドレスじゃないのね」
「はい、クランク嬢。私は只今フェーマス嬢の護衛の任を務めておりますゆえ」
「やだ、口調まで変わってない?いつも通りヴィクトリアで良くてよ」
「申し訳ありません。公私は分けなければなりませんから」


 いまは任務中なので、いくら友人のヴィクトリアでも親しく接することはできない。
 ヴィクトリアは少し納得がいかない様子で「そう」と呟く。そういえば、と私から視線を外してエリザベスへと視線を向けた。


「ところでエリザベス。あなた、今日は本当ならあそこで第二王子殿下と一緒のはずでしょう。どうしたの?まさか、妃教育をお休みしていることに関係があるの?」


 そう。本来ならば第二王子の婚約者であるエリザベスは、第二王子のエスコートを受けながらあの王族たちと共に登壇するはずだったのだ。彼女は若い王族の唯一の婚約者だから。
 王太子殿下は「イェーレ嬢を妃として迎えたいから、婚約者は選定しない」と両陛下に告げたとあっけらかんと、生徒会室で、私に報告してきた。固まる私に「早く君をエスコートしたい」と言われてジェマ様に「愛されてますわねぇ」なんて言われた私の心情。
 なので、王太子殿下は基本、まだ婚約者を選定中のメリーベル王女のパートナーを務めている。今日もそうだ。

 ああ、うん。つらつら考えてる場合じゃない。表向き婚約者であるエリザベスがあの場に登壇していないのは確かにおかしい。でも、もう噂は広まっているから皆、ある意味納得するだろう。


 ―― どうやらイーリス第二王子殿下は、フェーマス公爵令嬢との婚約を無効化し、ダンフォール伯爵令嬢と婚約するのだと、殿下主導で、ジェマ様やクォーク様にも協力してもらって、さり気なく社交界には噂が流されていた。


「私の方からご説明してもよろしいでしょうか?」
「…ええ、いいわ。イェーレ、説明してちょうだい」
「今回、国賓であるヴェラリオン皇国第一皇子殿下をお迎えするにあたり、国王陛下より本日は王族のみで対応するとのお達しがありました。理由は、まあ…」


 最後まで言わずに視線をずらす。ヴィクトリアも見たのだろう、彼女から「…まぁ」と不機嫌を隠さない声が漏れた。

 そこには、仲睦まじい様子の第二王子バカレアーヌヒロインがいた。
 レアーヌは黄色ベースに金の刺繍が入ったドレスを身にまとっており、オレンジレッドの髪は緩やかに巻かれて、首元にあるネックレスは遠目からでも分かる大振りのエメラルドがメインに据えられているものだった。
 明らかに、第二王子バカの色合いだ。

 …乙女ゲームで隠しキャラであるエルのルートに入るには、第二王子をある程度攻略する必要がある。第二王子の好感度が確定ルートに入る寸前まで上がっている状態で、イェーレを仲間に引き入れなければならない。
 え?キスしたのに確定ルートに入っていないのかって?うん。そうなんだよ、そこが変。

 第二王子ルートでエリザベスにキスを見られてしまうイベントは、第二王子の確定ルートに入ったことを意味する。そこから、第二王子ルートの悪役令嬢であるエリザベスからの猛烈な圧力がかかり始めるからだ。もうすでにそのイベントが発生しているにも関わらず、私に接触してきたりするのはちょっとおかしい。ゲームの記憶を持っているなら、余計に。
 まあ、今は考えても仕方ない。


「…ご理解いただけましたでしょうか」
「ええ。それはもう。ありがとうイェーレ。それもそうよね。令嬢を壇上にあげる可能性が否定できないなら、王族のみでお迎えした方が良いわよね」


 周囲の様子を伺えば第二王子たちのことに気づいたか、私たちの会話を耳にしていたか。現役世代の貴人たちが面白そうに第二王子たちを眺めているようだった。
 醜聞スキャンダルは社交界が好む話題のひとつだ。それが王族のものともなれば、面白くて仕方がないだろう。そういう裏を探るようなことは苦手だから、やっぱり騎士でありたい。

 第二王子バカを見ながらぼんやりと考え事をしているエリザベスに、ヴィクトリアが心配そうに声をかける。我に返って大丈夫だと微笑むエリザベスを見て、内心ため息を吐いた。
 身内贔屓かもしれないけど、エルだったらこんな表情はさせない。絶対に。むしろでろでろに甘やかしてどうにかするだろう。

 そんなことを考えていると、ひととおり挨拶を終えたのか、エルと殿下がこちらに向かって歩いてきた。まるでモーセの海割りのごとく、人波が分かれて道が出来ていく。
 私たちのような、デビュタントしてから数年しか経っていない人たちの中には表情が引きつっている者もいた。現役世代の貴人たちのうち、軍に関係する家門の人なんかは手が震えている。
 所詮神話は神話なのに、と考えるのは、ヴェラリオン皇国と繋がりがある我が家門と、王族ぐらいだろう。


 エリザベスがエルに最敬礼を表す、深いカーテシーをした。それに続いてヴィクトリアも。
 最敬礼のカーテシーともなると、ヒールを履いた状態で姿勢は伸ばし足と腰を同時に深く下げて相手の胸よりも低い位置になることもある。これ以外と筋力必要だよね。尊敬するわ。
 ちなみに私は現在の立場は騎士なので、男性と同様お辞儀である。


「あなたが、フェーマス卿のご息女かな」
「お目にかかれて光栄です。クリストフ・フェーマスが娘、エリザベス・フェーマスでございます」
「フェーマス卿から話を聞いて、少し話をしてみたかったんだ。急にごめんね。そこまでかしこまらなくていいよ、これから学友となるのだから。そちらは?」
「ヴィクトリア・クランクと申します」
「イェーレ・ライズバーグと申します」
「よろしくね」


 公的には、我が家とヴェラリオン皇国の繋がりはないとされている。だから初対面として扱われるのは当然だ。

 それにしても、エリザベスのエルを見つめるその表情といったら…淑女はアルカイックスマイルで通すのが常識なんだけど、それも取れちゃってる。恋する乙女。かわいいな。
 ふと、エリザベスが周囲に視線を向けて、エルが自国の人間から向けられている感情に気づいたらしい。一気に表情が曇った。


「…君に悲しい顔は似合わないよ。ありがとう。私のこの容姿のことで、心を痛めてくれたんだね」
「あ…」
「大丈夫。もともと覚悟していたことだし、理解してくれているレオナルドも…君もいてくれるから」
「…え…で、殿下…」


 エルは胸元に手を添えて、エリザベスに向けて微笑んだ。
 うん。側だけ見ればイケメンだよね、エルって。さすが隠しキャラ。


「君に婚約者がいたことは知っている。ただ、まあ彼は彼で踊る相手がいるようだし、私はフェーマス嬢と踊りたい。良ければ、手を取ってもらえないかな?」
「わたくしで良ければ、喜んで」


 殿下から視線で了承をもらったエリザベスは、エルの手を取った。
 ほんのり色づいた頬に、柔らかな笑みを浮かべているエリザベスをエルがホール中央へとエスコートしていく。
 その場に残ったのは、私とヴィクトリア、それから殿下だ。


「…本当だったのね」


 ぽつりと呟いたヴィクトリアに、殿下が微笑みで答える。ヴィクトリアは扇子で顔を隠すと、呆れた眼差しを第二王子バカに向けた。
 第二王子バカは、エリザベスとエルを見て驚愕したかのように瞳を大きく見開いている。それはレアーヌも同じだ。


「…そういえば、ドードゥリアン嬢から聞いたのだけれど」


 不意に殿下が呟く。
 それにつられて私とヴィクトリアが殿下の方を見れば、アルカイックスマイルで殿下は小さく告げた。


「…恋のスパイスとして協力してる立場なんだって」
「「は?」」


 奇しくも私とヴィクトリアの声が重なった。恋のスパイス?は??
 誰のことを指しているか、なんて分かりきっている。レアーヌだ。ジェマ様がさり気なく聞いてくれたのだろう。
 ヴィクトリアに至っては何かに気づいたようで、額に手を当てて眉根を寄せる。それから、衝撃的な発言をしたのだ。


「つまり、あのキスの噂も、実際にはやっていないと?嫉妬させようとしただけ?」
「……では、エリザベスが見たという光景は」
「フリだったそうだよ。まあ、エリザベス嬢も疲れてたからちょうど良かったんだよ。きっと」

「(ねぇイェーレ。ゲームのイェルクルートも、もしかして…)」
「(あり得る)」


 つまり、第二王子バカはエリザベスが好き。
 で、エリザベスに嫉妬してほしかったからあんな行動をしていたらしい。ふざけんな。

 あーー、だからエリザベス宛にドレス贈ったのかあの野郎。いやもうドレスはエリザベスに内緒で送り返したけど。

 ちなみにその事実はエリザベスには伝えられていない。
 なんでも、第二王子バカの記録映像を見たフェーマス公爵が激怒されたようだ。まあ、最近の勉学に対する姿勢もあまりよろしくなかったそうだから、見限られたのだろうな。

 よくよく観察すれば、第二王子バカは踊りながらチラチラとエルとエリザベスを気にしている。それはエルを狙っているレアーヌも同じで。


「踏めばいいのに」
「あら奇遇ね。わたくしもそう思ったわ」


 ドン引きしながらぼそりと呟いた私たちに、殿下は苦笑いを浮かべるだけだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

気配消し令嬢の失敗

かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。 15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。 ※王子は曾祖母コンです。 ※ユリアは悪役令嬢ではありません。 ※タグを少し修正しました。 初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

処理中です...