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モブ令嬢イェーレ
15. そろそろ覚悟を決めなければ
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帰りの馬車でも何故か散々喘がされ、寮まで送ってもらった。
ヘロヘロになって部屋に帰って着替えれば、着替えを受け取ったデイジーから「ずいぶん愛されましたね…」と生温かい目で見られた。レオのせいだ、ちくしょう。
翌朝は、なぜか起き上がれなかった。
デイジーに起こされたものの頭が回らない。前世で酒を飲んで酔っ払ったときの感覚に似ている気がする。そんな私の様子を見て、デイジーは学園に午前は休むと伝えてくれたとのことだったので、遠慮なく休ませてもらうことにした。
物足りない。でも、ちょっと満たされている。そんな不思議な感覚に下腹部を擦りながら、再び襲ってきた眠気に身を任せて目を閉じた。
二度寝をしたからか頭がすっきりしたので、昼食を部屋で軽く食べてから教室に向かった。
いつもより邪魔な髪がウザい。貴族令嬢は髪を伸ばした方が良いなんてなんなんだホントに。いいじゃんショートでも。戦闘で動くの邪魔だし、ひっつめるのも面倒なんだよなぁ。
普段はゆるくふたつのみつあみにして、身体の前に垂らしている。でも今日はそれをすべてほどいて、髪を下ろした状態。普段の私の様子と違うから皆も戸惑っている。
なんでこうしてるかって?レオのせいだよ。
いつもどおりに髪を結ぼうとしたらデイジーが「今日は髪を下ろした方が良さそうですね」と鏡越しに教えてくれた。昨日、シャワーを浴びたときには気づかなかったけど、首にチラホラと赤い痕がある。当然虫刺されではない。
婚約者がいない貴族令嬢がこんな痕をつけて歩いていたら面白おかしく噂されるに決まっている。私も辺境伯の令嬢だ。化粧である程度消しているとはいえ分かる人には分かるので、だから仕方なく、髪を下ろしている。
「あらイェーレ。今来たの?」
「ヴィクトリア」
本来であれば錬金術科であるヴィクトリアがさも当然というようにいた。クラスメイトもいつものことだと気にしている様子はないし、イェーレも普段通りだなと思っている。
「お昼休み、ちょっと騒ぎがあったらしいわよ」
「騒ぎ?」
「ダンフォール様よ。今度はヴェラリオン第一皇子殿下にすり寄ってるらしいわ」
「…あー」
「…やっぱり隠しキャラルート?」
声を潜めてそう尋ねてきたヴィクトリアに、頷いた。
もう確定だ。ヒロインは隠しルートを狙っていた。こういったゲーム世界への転生の小説や漫画にあるような、ハーレム狙いじゃない。最初はちょっとそれを懸念していたけど、エルに接触したっていうことはそうなんだろう。
声を潜めながら話を続ける。
「あのしつこかったときあったでしょ?あれ、どうにか私と接点作ってエルをこの国に呼び寄せようとしたみたい」
「ああ、あのときね…なるほど。でもゲームと経緯は違うんでしょう?」
「違う違う。だって」
そこまで言いかけたところで、教室がざわめいた。黄色い悲鳴まで聞こえる。
何事かと周囲を見渡せば、教室のドアのところにエルとエリザベスが立っていた。しっかりとエスコートされて、お互い愛おしそうに見つめ合っている。
え、ちょっとまって。まだ婚約は公表しないんじゃなかったっけ?
「またね、リズ」
エルが繋いでいた手に軽くキスを落としたのにエリザベスはまた顔を赤らめ、そんな様子を見たエルはエリザベスの頭を優しく撫ぜた。リズ?愛称呼びしてんの?
エリザベスが笑みを浮かべてエルに手を振って教室に戻る彼の背を見送った直後、クラスメイトたちが「一体どういうことですの?!」「第一皇子殿下といつの間に!」「フェーマス様が!顔を赤らめた!!」と騒然となった。
これ、昼休みに公表せざるを得ない何かがあったのか。たぶんレアーヌのせいだろう。
「私が不甲斐ないばかりに…っ」
あの眠気に耐え、朝からいれば昼間のその騒動とやらに介入できたかもしれないのに。
がくりと思わずその場に膝をついたら、エリザベスが慌てて私を立たせて椅子に座らせてくれた。天使か。
昼間の件について聞こうと口を開いた瞬間「なんですか騒がしい!授業始めるから席につきなさい!」と怒鳴り声が響いた。ああ、これは放課後だな。うん。
ヴィクトリアは慌てて教室に戻っていった。「クランク嬢、はしたないですよ!」と教師からの叱責に「申し訳ありませーーん!」と遠くから答えている。ノリがもはや元の世界の感覚だな…。
今日の授業がすべて終わり、あとは帰るばかりとなった頃。
帰る準備をしているとエリザベスにヴィクトリアが声をかけてきて、エリザベスは手を止めた。
「わたくしに教えてくれたって良かったじゃないの。いつヴェラリオン第一皇子殿下とお知り合いになったの?」
「そうね…3ヶ月くらい前かしら。でも実際にお会いしたのは先日の舞踏会がはじめてよ」
「ああ…お父上が外交長官ですし、手紙のやり取りか何かしてらしたのね。…ねぇエリザベス、もしかして、今回の婚約破棄をさほど気にしていなかったのって殿下の件もあったのでなくて?」
ヴィクトリアの問いに、エリザベスはにこりと笑みを浮かべて無言で答えた。
…こういうやり取りってホント、貴族って感じだよなぁ。腹の探り合いとかできないから、やっぱり王太子妃とかには向いてないって。
レオの側妃や愛妾になればそういったのは心配しなくていいだろうけど、まず私が耐えられない。番に他の女がいるなんて状態になったら腸が煮えくり返るだろう。
精霊族は浮気なんてしない。できない性質と言ってもいい。
今はまだレオを番とする行為をしていないから、今ならまだ離れられる。時間が経てば新たな番を探すこともできるだろう。
そう、準備をしながらぼんやり考えていると不意にくるりとヴィクトリアがこちらを見て、にこりと微笑んだ。
「で、イェーレ?あなた、今日は珍しく髪を下ろしてるのね」
「…気分です」
目を閉じながら答える。
内心テンパってるけど、こういうとき表情に出ないのは便利だ。
「見えてるわよ」
ヴィクトリアが首の右側を指差す。
一瞬なんのことだと思ったが、すぐにキスマークのことだと思い至ってバッとそこを押さえた。じわじわと顔が熱を持ち始める。
ヴィクトリアは不敵な笑みを浮かべて、エリザベスはきょとんとしていた。
「いい人がいたのね」
「…そういうわけでは」
「そう?とてもあなたに執着してるように見えるわよ」
「ヴィクトリア、何の話?」
「なんでもありません、エリザベス」
「イェーレのことをすごーく好きな人がいるみたいで、イェーレも少なからず嫌とは思っていないようよ」
ヴィクトリア…!いや、まあ、そうなんだけど。そうなんだけど!
恥ずかしくなって顔を反らす。反面、この痕をつけた犯人が私に執着しているように見えると言われて嬉しいと思うのも確かだ。
だって、レオのものだって言われてるようなものだ。
番に求められることほど喜ばしいことはない。
「イェーレ」
「はい」
「わたくしも、あなたのこと応援していますわ」
なにかに気づいたのだろう、エリザベスが微笑んで応援してくれている。
そういえば私もエリザベスに応援してるって言ったな。覚えててくれたんだ。
「…ありがとう」
ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、頑張ってみようかな。
頑張ってみようかなとは思ったし実践したけど、まさか人前でレオに膝枕することになるとは。
ちょっとだけ頑張ってみる、というのは、レオに何かを誘うことだった。
今まで私からレオを何かに誘ったことはない。いつもレオから誘うか、兄様がそれとなく3人で出かけられるようにしたりとか、そんな感じだった。6年半もそうやってきたレオってある意味すごくないか?
だから生徒会の仕事をしていて、ふと何かしてあげようと思ったのだ。レオがちょっと疲れてる様子だったのもある。
ジェマ様とクォーク様にも相談した。そうしたらクォーク様が「それなら…」と少し助言をしてくれたのだ。その助言=自分がやってもらって嬉しいことだからあまり当てはまらないかもしれない、とは言われたけども。ジェマ様がその後、嬉々としてその助言通りに動いて益々おふたりの仲が宜しくなったのは過言ではない。
まあ、それでレオに聞いたのだ。「最近お疲れのようですが、私が何かできることはありますか」と。
レオはしばらく驚いたように目を丸くしたあと、嬉しそうに笑った。イケメン眩しい。同じ室内で仕事をしながら様子を伺っていたであろうジェマ様が「あら」と思わず声をあげたぐらいだ。
「エレンに膝枕をしてほしい。今すぐ」
「…殿下?」
「うん?」
愛称呼びはふたりきり、もしくは兄様しかいないときだけだったはずだ。この生徒会室にはジェマ様もクォーク様もいるのに、今レオは私を「エレン」と呼んだ。
ジェマ様は事情を知ってる。でもクォーク様は知らないから…とちょっとクォーク様を見れば、ぽかんとしていた。兄様も口をあんぐり開いている。
「でん「レオと呼んでくれと言っただろう?」兄様殿下が変!!」
「あー…最近、謹慎中のイーリス殿下の分まで仕事してるから疲れてるかもな」
「エレン」
この前の、レオの寝室でイチャコラしたときのような甘ったるい声にぶわっと顔が熱くなった。
ジェマ様なんて「殿下、あとひと押しですよ!」なんて応援してるし!兄様もニヤニヤしてるし!クォーク様だけオロオロしてるじゃん!
あーーーッ、もう!!
「………30分だけなら」
そう答えた途端、レオは席から立つと私を応接セットのソファに引きずっていった。そのままソファの端に座らせると、ゴロンと私の足を枕にして横になる。よっぽど疲れていたのか、そのまま静かに寝息を立て始めてしまった。
「……殿下の想い人って、ライズバーグ嬢…?」
「7年近くも口説いてるんだよな~。最近になってようやく進展したけど」
「水臭いですわイェーレ様!教えてくださっても!婚約式はいつですの!?」
「いや婚約してないです」
レオを起こさないように小声で騒ぐ3人に頭を抱える。
ふと、レオに隈がうっすらできているのが見えた。化粧で隠しているようだが、ここまで間近で見れば分かってしまう。それでも寝顔もイケメンだ。
…まあ、理由ぐらいはジェマ様たちに打ち明けてもいいか。
「…王太子妃になりたくないんです」
「まあ。理由をお伺いしても?」
「社交が苦手、というのが理由です。王太子妃はいずれ国母となる立場。社交界を牽引し、王と並び国の顔となる存在です。もともと父に憧れ、モンスター退治を得意とする私ではとても務まりません。それに顔も動きませんから」
お茶会等にも何回か呼ばれたことがあったけど無表情で喋る私の扱いに困ったようで、誘いはだんだんなくなっていった。にこりとも笑えない女相手にどう振る舞えばいいのか、特に同年代は困惑していたように思える。
ここに入った当初はレアーヌの動向が確定したらレオに応えよう、と思っていた。
でもエリザベスやヴィクトリア、それから細々とクラスメイトと交流するようになって強く思い始めたのだ。この無表情っぷりは相手に誤解を与える。戦闘であれば相手に威圧感を与えるし、考えを読ませないようにするという意味では強いが、人間関係を構築するという点に置いてはデメリットでしかない。
…国を思えば、レオの想いに応えないのが望ましいのだ。
ジェマ様は私の答えを聞いて、かくりと首を傾げ…え?傾げた?
「理由はそれだけですの?」
「…え?」
「まあ、社交も確かに重要ですけれど、だからといって王妃がすべて引っ張っていかなくてはならないということはないと思いますわ。適材適所という言葉もございますし」
それに、とジェマ様は笑う。
「イェーレ様が無表情だなんてとんでもない。最近はほんの少しですが出るようになっていますよ。ねぇ?ウィル」
「ええ。失礼ながら、最初は表情と声色が一致しなかったので困惑していたんですが、初めてお会いした当初に比べたら分かりやすくなられてます」
…そういえば、レオにも気を許した相手には表情が出ているって言われたな。
兄様を見れば、こくりと頷いていた。ということは、ジェマ様たちの前では少なくとも表情は出ていたのだろう。思わず頬を触る。
「それにイェーレ様、国母も完璧である必要はないのですよ。夫婦は足りない部分を補い合ってこそ。国王陛下も実は社交が苦手だということはご存知ですか?その点は王妃様がカバーされています」
「…そ、うだったんですか」
「たしかに社交が上手く、王太子妃になれるご令嬢は大勢います。でも、わたくしはその手で国を守れる方も素晴らしいと思いますの。それにご存知?イェーレ様に憧れてる子女も多くてよ」
「え?」
「特に武術学科の方々からそういうお声が届きますの」
まさかそんなことになっているとは…ええ…?そこまで?
兄様はうんうんと頷いてる。そんな兄様に非公式ファンクラブがあるんだけど、兄様は把握してるんだろうか。ちなみにそれは我が家では公認ファンクラブとして扱うのはどうかと議題に上がっていたりするが、それも兄様は知らない。なお、母様はノリノリだ。
「少なくともこの場にいる人間は、イェーレ様が王太子妃になられるのを楽しみにしていますわ」
そう微笑むジェマ様は嘘偽りがないように見えた。
周囲の野良精霊たちも『そうだそうだ!』『エレンがお妃さまになったらてつだうね!』と盛り上がっている。
視線を落として、眠るレオを見た。
「……考えて、みます」
レオを番として見てしまっているけど、レオが誰かと結婚して、子どもを生んで…と見守っていくこともできる。でもそれはすごく嫌な気分だ。
あとは覚悟するだけの段階で、いま、私は背中を押してもらった。
近いうちに応えよう。そのために何をすべきか考えなくては。
ヘロヘロになって部屋に帰って着替えれば、着替えを受け取ったデイジーから「ずいぶん愛されましたね…」と生温かい目で見られた。レオのせいだ、ちくしょう。
翌朝は、なぜか起き上がれなかった。
デイジーに起こされたものの頭が回らない。前世で酒を飲んで酔っ払ったときの感覚に似ている気がする。そんな私の様子を見て、デイジーは学園に午前は休むと伝えてくれたとのことだったので、遠慮なく休ませてもらうことにした。
物足りない。でも、ちょっと満たされている。そんな不思議な感覚に下腹部を擦りながら、再び襲ってきた眠気に身を任せて目を閉じた。
二度寝をしたからか頭がすっきりしたので、昼食を部屋で軽く食べてから教室に向かった。
いつもより邪魔な髪がウザい。貴族令嬢は髪を伸ばした方が良いなんてなんなんだホントに。いいじゃんショートでも。戦闘で動くの邪魔だし、ひっつめるのも面倒なんだよなぁ。
普段はゆるくふたつのみつあみにして、身体の前に垂らしている。でも今日はそれをすべてほどいて、髪を下ろした状態。普段の私の様子と違うから皆も戸惑っている。
なんでこうしてるかって?レオのせいだよ。
いつもどおりに髪を結ぼうとしたらデイジーが「今日は髪を下ろした方が良さそうですね」と鏡越しに教えてくれた。昨日、シャワーを浴びたときには気づかなかったけど、首にチラホラと赤い痕がある。当然虫刺されではない。
婚約者がいない貴族令嬢がこんな痕をつけて歩いていたら面白おかしく噂されるに決まっている。私も辺境伯の令嬢だ。化粧である程度消しているとはいえ分かる人には分かるので、だから仕方なく、髪を下ろしている。
「あらイェーレ。今来たの?」
「ヴィクトリア」
本来であれば錬金術科であるヴィクトリアがさも当然というようにいた。クラスメイトもいつものことだと気にしている様子はないし、イェーレも普段通りだなと思っている。
「お昼休み、ちょっと騒ぎがあったらしいわよ」
「騒ぎ?」
「ダンフォール様よ。今度はヴェラリオン第一皇子殿下にすり寄ってるらしいわ」
「…あー」
「…やっぱり隠しキャラルート?」
声を潜めてそう尋ねてきたヴィクトリアに、頷いた。
もう確定だ。ヒロインは隠しルートを狙っていた。こういったゲーム世界への転生の小説や漫画にあるような、ハーレム狙いじゃない。最初はちょっとそれを懸念していたけど、エルに接触したっていうことはそうなんだろう。
声を潜めながら話を続ける。
「あのしつこかったときあったでしょ?あれ、どうにか私と接点作ってエルをこの国に呼び寄せようとしたみたい」
「ああ、あのときね…なるほど。でもゲームと経緯は違うんでしょう?」
「違う違う。だって」
そこまで言いかけたところで、教室がざわめいた。黄色い悲鳴まで聞こえる。
何事かと周囲を見渡せば、教室のドアのところにエルとエリザベスが立っていた。しっかりとエスコートされて、お互い愛おしそうに見つめ合っている。
え、ちょっとまって。まだ婚約は公表しないんじゃなかったっけ?
「またね、リズ」
エルが繋いでいた手に軽くキスを落としたのにエリザベスはまた顔を赤らめ、そんな様子を見たエルはエリザベスの頭を優しく撫ぜた。リズ?愛称呼びしてんの?
エリザベスが笑みを浮かべてエルに手を振って教室に戻る彼の背を見送った直後、クラスメイトたちが「一体どういうことですの?!」「第一皇子殿下といつの間に!」「フェーマス様が!顔を赤らめた!!」と騒然となった。
これ、昼休みに公表せざるを得ない何かがあったのか。たぶんレアーヌのせいだろう。
「私が不甲斐ないばかりに…っ」
あの眠気に耐え、朝からいれば昼間のその騒動とやらに介入できたかもしれないのに。
がくりと思わずその場に膝をついたら、エリザベスが慌てて私を立たせて椅子に座らせてくれた。天使か。
昼間の件について聞こうと口を開いた瞬間「なんですか騒がしい!授業始めるから席につきなさい!」と怒鳴り声が響いた。ああ、これは放課後だな。うん。
ヴィクトリアは慌てて教室に戻っていった。「クランク嬢、はしたないですよ!」と教師からの叱責に「申し訳ありませーーん!」と遠くから答えている。ノリがもはや元の世界の感覚だな…。
今日の授業がすべて終わり、あとは帰るばかりとなった頃。
帰る準備をしているとエリザベスにヴィクトリアが声をかけてきて、エリザベスは手を止めた。
「わたくしに教えてくれたって良かったじゃないの。いつヴェラリオン第一皇子殿下とお知り合いになったの?」
「そうね…3ヶ月くらい前かしら。でも実際にお会いしたのは先日の舞踏会がはじめてよ」
「ああ…お父上が外交長官ですし、手紙のやり取りか何かしてらしたのね。…ねぇエリザベス、もしかして、今回の婚約破棄をさほど気にしていなかったのって殿下の件もあったのでなくて?」
ヴィクトリアの問いに、エリザベスはにこりと笑みを浮かべて無言で答えた。
…こういうやり取りってホント、貴族って感じだよなぁ。腹の探り合いとかできないから、やっぱり王太子妃とかには向いてないって。
レオの側妃や愛妾になればそういったのは心配しなくていいだろうけど、まず私が耐えられない。番に他の女がいるなんて状態になったら腸が煮えくり返るだろう。
精霊族は浮気なんてしない。できない性質と言ってもいい。
今はまだレオを番とする行為をしていないから、今ならまだ離れられる。時間が経てば新たな番を探すこともできるだろう。
そう、準備をしながらぼんやり考えていると不意にくるりとヴィクトリアがこちらを見て、にこりと微笑んだ。
「で、イェーレ?あなた、今日は珍しく髪を下ろしてるのね」
「…気分です」
目を閉じながら答える。
内心テンパってるけど、こういうとき表情に出ないのは便利だ。
「見えてるわよ」
ヴィクトリアが首の右側を指差す。
一瞬なんのことだと思ったが、すぐにキスマークのことだと思い至ってバッとそこを押さえた。じわじわと顔が熱を持ち始める。
ヴィクトリアは不敵な笑みを浮かべて、エリザベスはきょとんとしていた。
「いい人がいたのね」
「…そういうわけでは」
「そう?とてもあなたに執着してるように見えるわよ」
「ヴィクトリア、何の話?」
「なんでもありません、エリザベス」
「イェーレのことをすごーく好きな人がいるみたいで、イェーレも少なからず嫌とは思っていないようよ」
ヴィクトリア…!いや、まあ、そうなんだけど。そうなんだけど!
恥ずかしくなって顔を反らす。反面、この痕をつけた犯人が私に執着しているように見えると言われて嬉しいと思うのも確かだ。
だって、レオのものだって言われてるようなものだ。
番に求められることほど喜ばしいことはない。
「イェーレ」
「はい」
「わたくしも、あなたのこと応援していますわ」
なにかに気づいたのだろう、エリザベスが微笑んで応援してくれている。
そういえば私もエリザベスに応援してるって言ったな。覚えててくれたんだ。
「…ありがとう」
ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、頑張ってみようかな。
頑張ってみようかなとは思ったし実践したけど、まさか人前でレオに膝枕することになるとは。
ちょっとだけ頑張ってみる、というのは、レオに何かを誘うことだった。
今まで私からレオを何かに誘ったことはない。いつもレオから誘うか、兄様がそれとなく3人で出かけられるようにしたりとか、そんな感じだった。6年半もそうやってきたレオってある意味すごくないか?
だから生徒会の仕事をしていて、ふと何かしてあげようと思ったのだ。レオがちょっと疲れてる様子だったのもある。
ジェマ様とクォーク様にも相談した。そうしたらクォーク様が「それなら…」と少し助言をしてくれたのだ。その助言=自分がやってもらって嬉しいことだからあまり当てはまらないかもしれない、とは言われたけども。ジェマ様がその後、嬉々としてその助言通りに動いて益々おふたりの仲が宜しくなったのは過言ではない。
まあ、それでレオに聞いたのだ。「最近お疲れのようですが、私が何かできることはありますか」と。
レオはしばらく驚いたように目を丸くしたあと、嬉しそうに笑った。イケメン眩しい。同じ室内で仕事をしながら様子を伺っていたであろうジェマ様が「あら」と思わず声をあげたぐらいだ。
「エレンに膝枕をしてほしい。今すぐ」
「…殿下?」
「うん?」
愛称呼びはふたりきり、もしくは兄様しかいないときだけだったはずだ。この生徒会室にはジェマ様もクォーク様もいるのに、今レオは私を「エレン」と呼んだ。
ジェマ様は事情を知ってる。でもクォーク様は知らないから…とちょっとクォーク様を見れば、ぽかんとしていた。兄様も口をあんぐり開いている。
「でん「レオと呼んでくれと言っただろう?」兄様殿下が変!!」
「あー…最近、謹慎中のイーリス殿下の分まで仕事してるから疲れてるかもな」
「エレン」
この前の、レオの寝室でイチャコラしたときのような甘ったるい声にぶわっと顔が熱くなった。
ジェマ様なんて「殿下、あとひと押しですよ!」なんて応援してるし!兄様もニヤニヤしてるし!クォーク様だけオロオロしてるじゃん!
あーーーッ、もう!!
「………30分だけなら」
そう答えた途端、レオは席から立つと私を応接セットのソファに引きずっていった。そのままソファの端に座らせると、ゴロンと私の足を枕にして横になる。よっぽど疲れていたのか、そのまま静かに寝息を立て始めてしまった。
「……殿下の想い人って、ライズバーグ嬢…?」
「7年近くも口説いてるんだよな~。最近になってようやく進展したけど」
「水臭いですわイェーレ様!教えてくださっても!婚約式はいつですの!?」
「いや婚約してないです」
レオを起こさないように小声で騒ぐ3人に頭を抱える。
ふと、レオに隈がうっすらできているのが見えた。化粧で隠しているようだが、ここまで間近で見れば分かってしまう。それでも寝顔もイケメンだ。
…まあ、理由ぐらいはジェマ様たちに打ち明けてもいいか。
「…王太子妃になりたくないんです」
「まあ。理由をお伺いしても?」
「社交が苦手、というのが理由です。王太子妃はいずれ国母となる立場。社交界を牽引し、王と並び国の顔となる存在です。もともと父に憧れ、モンスター退治を得意とする私ではとても務まりません。それに顔も動きませんから」
お茶会等にも何回か呼ばれたことがあったけど無表情で喋る私の扱いに困ったようで、誘いはだんだんなくなっていった。にこりとも笑えない女相手にどう振る舞えばいいのか、特に同年代は困惑していたように思える。
ここに入った当初はレアーヌの動向が確定したらレオに応えよう、と思っていた。
でもエリザベスやヴィクトリア、それから細々とクラスメイトと交流するようになって強く思い始めたのだ。この無表情っぷりは相手に誤解を与える。戦闘であれば相手に威圧感を与えるし、考えを読ませないようにするという意味では強いが、人間関係を構築するという点に置いてはデメリットでしかない。
…国を思えば、レオの想いに応えないのが望ましいのだ。
ジェマ様は私の答えを聞いて、かくりと首を傾げ…え?傾げた?
「理由はそれだけですの?」
「…え?」
「まあ、社交も確かに重要ですけれど、だからといって王妃がすべて引っ張っていかなくてはならないということはないと思いますわ。適材適所という言葉もございますし」
それに、とジェマ様は笑う。
「イェーレ様が無表情だなんてとんでもない。最近はほんの少しですが出るようになっていますよ。ねぇ?ウィル」
「ええ。失礼ながら、最初は表情と声色が一致しなかったので困惑していたんですが、初めてお会いした当初に比べたら分かりやすくなられてます」
…そういえば、レオにも気を許した相手には表情が出ているって言われたな。
兄様を見れば、こくりと頷いていた。ということは、ジェマ様たちの前では少なくとも表情は出ていたのだろう。思わず頬を触る。
「それにイェーレ様、国母も完璧である必要はないのですよ。夫婦は足りない部分を補い合ってこそ。国王陛下も実は社交が苦手だということはご存知ですか?その点は王妃様がカバーされています」
「…そ、うだったんですか」
「たしかに社交が上手く、王太子妃になれるご令嬢は大勢います。でも、わたくしはその手で国を守れる方も素晴らしいと思いますの。それにご存知?イェーレ様に憧れてる子女も多くてよ」
「え?」
「特に武術学科の方々からそういうお声が届きますの」
まさかそんなことになっているとは…ええ…?そこまで?
兄様はうんうんと頷いてる。そんな兄様に非公式ファンクラブがあるんだけど、兄様は把握してるんだろうか。ちなみにそれは我が家では公認ファンクラブとして扱うのはどうかと議題に上がっていたりするが、それも兄様は知らない。なお、母様はノリノリだ。
「少なくともこの場にいる人間は、イェーレ様が王太子妃になられるのを楽しみにしていますわ」
そう微笑むジェマ様は嘘偽りがないように見えた。
周囲の野良精霊たちも『そうだそうだ!』『エレンがお妃さまになったらてつだうね!』と盛り上がっている。
視線を落として、眠るレオを見た。
「……考えて、みます」
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あとは覚悟するだけの段階で、いま、私は背中を押してもらった。
近いうちに応えよう。そのために何をすべきか考えなくては。
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