【完結】彼女が幸せを掴むまで〜モブ令嬢は悪役令嬢を応援しています〜

かわもり かぐら(旧:かぐら)

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モブ令嬢イェーレ

19. 精霊族の番に手を出してはいけない

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 それからしばらくは、レアーヌの動きはなかった。
 おとなしく精霊魔法の教師であるリーゼル先生から教えを受けているらしい。
 まあ、たしかにシナリオにない展開だからね。ゲーム情報を元に動くこともできなくなったから、ひとまずおとなしくしているという状況だろう。
 平和な日常の中、ヴェラリオンの皇帝・皇后陛下が分体でやってきて、エルの7年間の事情(一目惚れからのストーカー)までエリザベスにぶっちゃけてエルを大慌てさせるなんてこともあったが、そんなのは些細なことだ。

 王太子妃教育も始まり、周辺国に関する勉強も始まった。
 近隣国の慣習、歴史、特産品 etc… この学園の座学で学んでいた部分もあるとはいえ、覚えることが多すぎて頭がパンクしそう。他大陸の国々については、婚約発表後に履修することになっているのがせめてもの救いか。
 実は、この大陸内の国に関しては事情を伏せてエリザベスから学んでいる。さすが外交を担う公爵家のご令嬢、質問するとスラスラと教科書以上の言葉が返ってくる。
 「エレンが興味を持ってくれて嬉しいわ」と嬉々として教えてくれるエリザベスに若干申し訳なく思うものの、エリザベスと一緒に勉強するのは楽しかった。

 忙しい時期が過ぎたのかレオがたまにこっそり寮の部屋にやってきて、ちょっと防音の結界を張ってあれこれすることも、ある。

 
 …解決していないのに平和すぎた。その点で警戒はすべきだったのだと、今では思う。


 ある日、学園長からライズバーグ家から知らせがあるとして担任経由で呼び出された。
 レアーヌの驚異は完全に去ったわけじゃない。だが担任経由、ということは本当に学園長から呼び出しを受けているということだ。
 ヴィクトリアが一緒にいてくれるということだったのと、この教室から人がいなくなることはしばらくないこと、エルにも連絡したら「もうすぐ着くから行ってていいよ」と言われたこともあり、私は学園長室へと向かった。

 兄様も呼び出されていたのだろう、学園長室前で待っていた兄様と合流し、コンコンとノックする。
 中から「入りなさい」と声が聞こえたので、ふたりで足を踏み入れた。
 学園長は、外見上は老齢の紳士だ。このお方は先代国王の弟君である。博識で、一時は玉座にと望まれたらしいが、自分は勉学に関する仕事をしたいと断った稀有な方だ。

 私たちの姿を見た学園長が「おや」と目を瞬かせる。その時点で嫌な予感がした。


「どうしたのかね?」
「我々の担任より、学園長からお話があると聞いたのですが…」
「うん?そんな話はしとらんぞ?」
「エレン走れ!!」


 兄様の掛け声と同時に、学園長室から飛び出した。
 ここから教室は中庭を挟んで真反対に位置する。しかも、ここは最上階の3階で階の移動もしなければならない。それならば中庭を飛び越えてしまった方が早い!
 両開き窓を開け放つと、窓枠へと足をかける。廊下にいた教師がギョッとして「ライズバーグ嬢、止めなさい!」と声がかかったのを無視して強く蹴り出す。


私に飛ぶ力をフェ・ウィ・ディレア


 精霊魔法で風の精霊に助力を請う。
 すぐに反応があって落下から滑空へと切り替わり、すぐに教室前の窓にたどり着いた。ふわりとその場に浮かべば廊下にいた生徒たちがギョッとしてこちらを見ている。クラスメイトのひとりが慌てて窓を開けてくれたので、窓枠を乗り越えて廊下に降りる。


「ライズバーグ様、一体何を…」
「エリザベスは!?」
「はい?フェーマス様ですか?それなら、今も教室にクランク様と一緒にいらっしゃいますよ」


 クラスメイトがそう言いながら、教室へと足を踏み入れる。だが、瞬時に顔が困惑した。


「あら…?ねぇ、誰かフェーマス様とクランク様を見なかった?」
「え?そこに…おや、いらっしゃらないな。いつの間に」
「ライズバーグ様、お手紙がありますわ」


 エリザベスとヴィクトリアがいたであろう机の上に、置き手紙があった。「移動している」という一言だけ書かれたその文字はヴィクトリアの文字だが、走り書きのようだ。

 室内を見渡す。室内にいるのは私を除いて13人。
 これらの人数が「今そこにいた」と証言して「気づけばいなくなっていた」と言っているようなものだ。エリザベスとヴィクトリアが誰にも声をかけずにいなくなることはあり得ない。

 血の気が引いた。
 精霊魔法の中には、私やエルが使ったように気配を極端に薄くさせて他人に認識させないようにする術がある。おそらくそれをエリザベスとヴィクトリアにかけられたのだ。
 他人にかけるのは高度な技術が必要だが精霊から助力が得られる場合はかんたんにできてしまう。そして、そんなことがこの学園でできるのは私と、エル、兄様、リーゼル先生、それからレアーヌしかいない。


「イェーレ嬢、エリザベスに会いにきたんだけど…この痕跡、なに?」


 なぜか少し焦った様子ではあったが、事情を把握していないエルも気づいたらしい。
 置き手紙を渡すとサッと表情が変わった。


「エレン、レオに連絡して近衛兵動かしてもらえ!イーリス第二王子が謹慎中の身でありながら王城から抜け出したと連絡が先ほどあったばかりだ!」
「分かった!」
「皆様、フェーマス公爵令嬢とクランク侯爵令嬢の捜索にご協力いただけませんか!?」


 関係者だけでは無理だ。この学園内の敷地は広い。闇雲に精霊たちに探させても難しい可能性が高い。エルの呼びかけにクラスメイトたちが頷いてくれたのは僥倖だ。
 懐から紙を取り出して精霊の手紙に使う魔法陣を書き込む。ふ、と息を吹きかけるとふわりと精霊が魔法陣から浮かび上がった。


「レオナルド・プレヴェド王太子殿下へ、イェーレ・ライズバーグより。エリザベスとヴィクトリアが拐われた可能性が非常に高い。至急、兵を連れて学園へ。…急ぎでお願いね。急いでくれたら今日の夜に部屋にきてちょうだい、お礼に砂糖菓子をあげる」


 にこりと微笑んだ精霊が一瞬でかき消える。これでレオへの連絡は問題ない。
 エルがクラスメイトたちに指示を飛ばして校舎内に分散させた。兄様のところへ分体を飛ばして状況を連絡すると、学園側も協力してくれるとのことだ。まだ安心はできないが、大人を巻き込めるのは助かる。
 ただ、エリザベスたちに何かあった場合、このクラス以上の人数が増えるのは色々とマズいということで捜索はうちの魔術学科Aクラスと兄様、エル、レオ、学園の教師たちということになった。

 それでも人数がそれなりにあったのは良かった。捜索したところ、西棟の廊下に魔法陣が残されていたのをクラスメイトが発見した。一部消されてしまっていたが、すべて消されていないということは私たちが近づいてきたのに気づいて犯人は逃げたのだろう。


『エレン、あの愛し子のにおいがする』
『たぶん、愛し子のせい』
『血のにおいもする。たぶん、まわりをごまかした』


 ごまかしたってことは幻影魔法?精霊魔法の中でも高レベルだぞ…。レアーヌのやつにどんだけ精霊が惚れ込んでるんだ。

 精霊魔法が使えるからといって、全てに精通しているわけではない。
 私は身体能力を強化する防衛特化型、兄様は攻撃特化型だ。エルは攻守どちらもできるオールラウンダーだが、偵察には向いていない。脳筋?みなまで言うな。

 精霊魔法は次の学年で習う科目だ。この場で一番詳しいのは私だけ。
 エルは自分の足でエリザベスを探している。もうエリザベスを番にしているから分体を飛ばせるはずが、連れ込まれた場所が結界で守られているらしくエリザベスのところに飛べないらしい。


「待って、この魔法陣は一体何?見たことがないわ!」
「おそらく転送の魔法陣ですね。転送先を解析することも可能ですが、時間がかかります」


 この魔法陣に似たものは軍で見たことがある。だが、軍は人を転送魔法陣では送り込まない。なぜなら事故が起こる可能性があるからだ。
 この魔法がある世界でまだ馬車が有用なのは、転送魔法陣で安定的に送れるのが「命がないもの」だけだから。命があるものを送り込んだ事例は多々あるが、転送先でバラバラになることも珍しくはない。まだ人間や動物を転送するには安全ではない代物だ。
 …こんなものを、エリザベスたちに使ったのか。彼女たちは大丈夫だろうか。

 ひとまず、魔術学科の担任なら解析できるかもしれないので彼を呼びに行ってもらう。その間、進められるだけ解析を進めておかなくては。


「あ、あのっ、僕が解析します!」


 解析に手を付けようとしたときに声を上げたのは、クラスメイトのハーバル伯爵令息だった。
 彼がこの場にいたのは幸運だ、魔法解析においてはトップの成績を誇る彼ならなんとかなるかもしれない!


「お願いします!」
「はい!」
「エル、収穫は!?」
『ない!くそっ、一体どこに…!!』
「東棟の方もくまなく探したが、見当たらない!」
「フェーマス様、クランク様…!」


 一部の生徒が悲嘆に暮れる。
 もしかして、転送先は学園内じゃなくて外?もしそうなら、探しようがない…!風の精霊の力を借りても王都中を探すのは時間がかかる。
 こう考えている間にも、エリザベスは、ヴィクトリアは怖い思いをしているかもしれない。


『エレン』
『エレン、手伝うよ』
『言って』
『ぼくら、エレンのちからになるよ』


「――分かりました!ここ西棟の地下です!!」


 即座に分体経由でレオと兄様、エルに連絡する。東棟にいたエルが最上階の窓から、さっきの私と同じように飛び出した。
 それにしてもここに地下なんてあったかな。ざっと構内図を思い出してもそんなものはなかった気がする。


「僕は引き続き、先生が来られたらこの魔法陣の製作者と発動者を調べます」
「よろしくお願いします、ハーバル様」
「ライズバーグ様、ここはわたくしどもに任せて、フェーマス様とクランク様を!」
「ありがとう!」
「私たちはおふたりの居場所が分かったと他のみんなや先生方に伝えてこよう!」
「地下室の捜索を手伝います!」
「俺も手伝います!」


 この場や各所への連絡を彼らに任せて、捜索を手伝うと名乗り出てくれたロンド子爵令嬢らと一緒に近場にあった階段を駆け下りる。
 精霊たちにどこか地下にいける通路はないか、西棟の1階を重点的に調査するようお願いし、私たちも足で探す。エルや兄様とも合流したが、エルはともかく上の学年である兄様も地下室の存在は知らなかった。
 西棟なんて、実験室や音楽室、図書室などの特殊教室がメインでそういったところに用事がある場合しか利用されない。生徒会室はあるものの、あれは西棟の3階だ。
 一体どこから入るのか。もしかして、転送魔法陣でないと入れない封鎖された場所なのだろうか。

 そのときだった。


「ライズバーグ様、第一皇子殿下!!見つけました!!」


 ロンド様の声を精霊たちが私たちに運ぶ。場所は西棟の中庭 ―― 私たちがいつも会っていた、あのガゼボだった。
 駆けつけると、ロンド様が土の精霊から力を借りたようで、ガゼボの床だと思っていた石造りの扉を持ち上げていた。すかさず、兄様が補助に入って扉を固定化させる。
 扉の先は階段だった。薄暗く、地下に繋がっているようだ。中の空気は長年入れ替えられていないせいか淀んでいる。
 風の精霊の力を借りて外と入れ替えると同時に、何かが聞こえてきた。

 人の声。男の声だ。ということはやはりここで合っている!
 三人で目を合わせ、頷きあう。階段を降りようとした、そのときだ。


「エルっ、助けてエル!!」


 エリザベスの悲鳴。それと同時に、隣にいたエルが消えた。次の瞬間には何かを破壊する轟音。


「ロンド嬢はここで待機を!」
「はい!」


 兄様を先頭に階段を駆け下りる…といっても実質は体を浮かせて、滑らせていく形で一気に降りていく。
 扉は破壊されていた。その先に衣服を引き裂かれたエリザベスが呆然と座っており、その隣にはヴィクトリアが倒れている。


「兄様、ヴィクトリアをお願い」
「っ、分かった」
「エリザベス!」
「…っ、エレン…!」


 兄様にヴィクトリアを任せ、エリザベスに駆け寄って思わず抱きしめた。
 無事。無事だ、エリザベスは生きている。良かった。
 は、と我に返ったように私の胸元を押してエリザベスはヴィクトリアのことを聞いてきた。たぶん大丈夫だろう。兄様が爆速で医務室に駆け込むから。

 兄様と入れ違いで、レオが近衛兵たちを率いて入ってくる。するとレオは苦笑いを浮かべて「そのくらいにしてくれ」とエルを止めた。
 …実は部屋に入ってからここまで、ドカンだかバキッだか何かが折れる音が響いてた。そちらに視線を向ければ、第二王子はボコボコにされてて今にも死にそうだ。

 なんで止めないのかって?精霊族は番至上主義…とまではいかないけど、番に対しては過保護になりやすい。そんな番を穢そうとした相手が目の前にいたら?お察し状態だ。私もレオが大怪我をしたりした場合、たぶん我慢できない。
 エリザベスとヴィクトリアにこんなことしやがって。兄様もヴィクトリアがあんな状態じゃなきゃエルと一緒に第二王子をぶん殴ってたと思う。

 エルがこちらに来たのでそっとエリザベスから離れる。
 安堵したのだろう、エリザベスはその瞳からポロポロと涙を零してエルの腕の中で泣き始めた。

 ふと、レオの方を向く。
 担架で運ばれていく第二王子をじっと見つめているレオの隣に立って、そっと手に触れれば強く握られた。


 家族が、弟が、こんなことをしでかすだなんて。その心情ははかりしれない。


「…殿下。上に戻りましょう」
「…そうだね」




  ―― イーリス第二王子は、治療が終わり次第離宮の一角にある隔離塔へ収監されることが確定したそうだ。あんだけエルにボコられたのに生きていたらしい。ある意味すごい。

 先生方も巻き込んでみたものの、魔法陣の製作者は分からなかったそうだ。ただ、発動者だけは分かってる。レアーヌだ。
 エリザベスからそう証言があって、彼女は今貴族牢に捕らわれていると聞く。ヴェラリオン第一皇子の婚約者を襲撃した片棒を担いだからね。念の為、身につけていたものはすべて取り上げ、精霊避けのお香を焚いて精霊たちが勝手にレアーヌを助けようとしないようにしている。

 今日からエルとエリザベスが学園に戻ってくる。
 あの事件後、エルがエリザベスを離さなかったのだ。仕方ないだろう。

 …と、一通り喋った学園長は紅茶を一口飲んだ。


「本題に入ろうか」
「今までのお話と関係が?」
「いいや。気にしていたようだからね、まずは伝えておこうと思って」


 正直、レオから聞いてるからいらなかったんだよなぁ…でもご厚意なのでこれは黙っておく。
 ソーサーをテーブルに置いた学園長が、ふと息を吐く。それから、まっすぐこちらを見た。


「…魔物暴走現象アウトオブコントロールの発生が見込まれると、陛下より連絡があった。場所はこの国最大のダンジョン、君たちの故郷、ライズバーグ領にあるディクレルの大穴だ。現在、各軍団の精鋭が向かっている」
「では」
「君たちの父君、ライズバーグ卿から言伝を預かっている。『問題ないから、お前たちはいつも通りに過しなさい』とのことだ」


 ゲームでは、卒業間近のこの時期に起こるとされる魔物暴走現象アウトオブコントロールは正規の軍団でも一進一退が続くものだ。彼らだけで抑えられない規模だとされている。
 その状態で、学園側からヒロインのレアーヌが、攻略対象者たちとともに助太刀に入る。愛し子の願いを叶える精霊たちの力添えもあり、ようやく抑えられたという流れだ。

 父様のこの伝言は、私や兄様が学園を放り出して領地に帰ってこないようにするためだろう。私と兄様はすでに竜騎士軍団に所属している。本来であれば、自領地ということもあって同行しなければならない立場だ。

 …大丈夫だろうか。
 私の前世の知識はゲームだ。現実とは違う。でも、ゲームと同じ事象が発生している。
 兄様を見上げると、兄様は苦笑いを浮かべた。


「父上が言うなら、大丈夫だろう」
「でも…」
「それに母上のことだ。あの本を見て、事前に対策してるだろ」


 あの本とは、おそらく私が前世で見たゲームの内容を記したものだろう。
 母様を思い浮かべる。……うん、大丈夫だな。
 あの人、本当に規格外だから。


「と、いうわけだ。何かあったらすぐに伝えるから、君たちは普段通りに過ごしなさい。なお、ディクレルの大穴で魔物暴走現象アウトオブコントロールの前兆があるという件についてはまだ公開されていない。理由は分からないが、この件が発生しているとに知られるとマズいらしい」
「…かのご令嬢ですか?」
「私からはなんとも」
「分かりました。我ら兄妹、この件について公表されるまで黙秘します」
「よろしく頼むよ」


 学園長からの話は以上だったようで、兄様と一緒に一礼して退室した。
 思わずため息を吐けば、ぽんと頭を撫でられる。


「ゲームだと俺らも含めて魔物暴走現象アウトオブコントロールの対処をするんだったか」
「そうね」
「だがよくよく考えれば、俺らはまだ見習いの立場なのに現場に赴いたってことになるよな」
「…そこまで切羽詰まる状況になれば、普通は国王陛下が各国に救援要請するわね」
「学生や見習いまで総動員するほどとなるのであれば、普通はな。そのゲームは、物語を盛り上げるためにそういったイベントとやらを仕込んだのだろう。現実味がない」


 確かに、と頷いた。
 この世界の人間として生きている身で、この世界の常識であればあのゲーム程の魔物暴走現象アウトオブコントロールが発生したのであれば、愚王でない限り即座に各国に救援を要請するはずだ。
 この国で抑えきれない場合、他国にも多大な影響が出るはずだから。とくに、ライズバーグ領に隣接しており、ディクレルの大穴に近いサーランドでは被害が甚大になるだろう。

 こういう設定や事象の違いを確認すると安心する。
 ここは、ゲームの中の世界ではなく、現実世界なのだと分かるから。


「ま、お前は卒業式のパーティーに向けての準備に参加しつつ、招集があれば即応できる準備だけやっとけ」
「分かった。兄様は放課後はヴィクトリアのところ?」
「ああ」


 教室に向かいがてら聞けば、兄様から照れくさそうな表情でそんな返答が来た。
 …私もこの前、ヴィクトリアのお見舞い行ったけど、まんざらでもなさそうなんだよなぁ。兄様の話をしたら顔真っ赤にしてたぐらいだし。このまま上手くいけばヴィクトリアが義姉様…いいな、うん。

 ぽん、と兄様の背中を叩いた。
 兄様からぽん、と頭を撫でられる。

 そうして、私たちはそれぞれ自分の教室へと向かった。
 予鈴が鳴ったタイミングで入れば、エルとすれ違う。従兄妹同士であることがこのクラスメイトにはバレているとはいえ、立場は弁えるものだ。軽く頭を下げれば、エルはふと微笑んだだけで去っていった。
 まだ教師が来るには少し時間があるだろう。久々に会えたエリザベスの下へ歩み寄ると、その場で跪く。


「申し訳ありません。私が、あの場から離れなければ」


 そう。担任からの連絡とはいえ、疑うべきであった。
 エリザベスの護衛を任されているにも関わらず、危険に晒してしまったのは職務怠慢と見做されても仕方がない失態だ。


「…頭を上げてイェーレ。あれは仕方がないわ」


 事情説明のため招集された場でフェーマス公爵閣下にも同じことを言われた。
 頭を上げてエリザベスを見上げれば、彼女は優しく微笑んでいる。


「わたくしが卒業するまであなたが守ってくれることになっているのでしょう?今後に期待することにしましょう」
「感謝いたします」
「ここは公式の場ではないわエレン。友人に戻りましょう?」
「はい、エリザベス」


 エリザベスの許可を得て立ち上がる。怒っている様子がないことに安堵した。
 エルからトラウマがあっても塗り潰すぐらいのことはした、と報告されたときは開いた口が塞がらなかったが、こうやって元気な姿のエリザベスと一緒にいられることは嬉しい。


「ヴィクトリアは大丈夫なの?」
「まだ大事をとって休まれています。ですが回復は順調で、今週中には復帰できる見込みとのことです」
「そう…良かった」


 ほ、とエリザベスが安堵の息をつく。
 それとほぼ同時に、教師が入室した。それをきっかけに私を含め、立っていた皆席に着く。
 気づけばもう、卒業式まであと1週間となっていた。
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